アフタースクール

2015/07/25

ホームルームが終わった途端、慌てたように立ち上がってペンを引っ掴んだ友人を見て、首を傾げる。「…どこか行くんですか」そう聞くと、行かないんですけど、と友人はばたばたとペンケースを鞄に投げ入れた。
「迎えが」
それを聞いて、なるほどそういえば、と納得する。
ただし、苦々しい納得だ。

それじゃツェッドさんまた明日、と駆け足で教室を出て行く友人に向かってひらひらと手を振ると、急いでいるだろうに友人もひらひらと手を振った。非常に笑顔が、なんというか微笑ましい。和むとクラスでも評判である友人の名は、レオナルド・ウォッチと言った。
急いでいったねえ、という声に目を向けると、とことこと同じくクラスメイトのリールが箒を手にやって来ていた。「ツェッドくんは?部活?」「ああ」そうですね、と言ってのろのろと立ち上がる。溜息を吐いた自分にリールは肩を竦めて苦笑した。
「そんな顔することないでしょう。…悪い人ではないんだから」
「…悪い人ではないかも知れませんが」
それとこれはまた別ですよ、と言ってツェッド・オブライエンは鞄を背負った。
それとこれ、のそれとこれ、が一体何なのか、自分でも説明できなかった。



そろそろ文化祭だ。六月の文化祭って変な時期だよね、という話が諸所に囁かれる中、ツェッドは部活での展示の説明をぼんやりと聞きながら、脱兎の如くいなくなったクラスメイトのことを考えていた。
レオナルド、通称レオと仲良くなったのは入学してからだ。一年目から三年目に至る今日まで、文系というそれのせいかも知れないがクラスは一貫して同じだった。運がいいと言えばいいのかも知れない。何しろツェッドはレオが好きだった。変な意味ではない。普通に、友人として大切だったからだ。
だから自分の義兄と知り合ったと知った時は絶望した。何に絶望したかと言えば、義兄と縁が出来てしまったというそれに絶望したのだ。しかも聞くところによれば彼は入学式のその日に義兄と出会っていたらしいから悔やむも何もない、そればかりはレオの運が悪いというそれに尽きた。
―――そんなに嫌うことないでしょうに。
よく彼はそう苦笑しながら、そう言った。最近は余り言われなくなったが、それはツェッドがレオに気を使わせたくないからだ。だから先ほどのリールのように、レオ以外の人物からは言われることがある。
義兄はザップ・レンフロという筆舌に尽くしがたい問題児だった。児、と言っていいのかどうか分からない。何しろ今や大学一年生だからだ。現役入学だからまだ未成年なのだが、既に喫煙しているし飲酒は当たり前のようにするしで手がつけられない。しかもそれは今に始まったことではない。高校の頃からだ。何でこんな人が自分の身内なんだと何度も思ったがそれは最早どうしようもない。血は繋がっていないが、縁が出来てしまったのだ。

そんな義兄と友人は。
去年から付き合うようになったらしい。
付き合うというのは友人としてという意味ではない。それを思うと本当に眩暈がした。なぜよりにもよってあんな人と、と死にそうな顔で言ったツェッドを宥めてレオは苦笑した。
―――なんででしょうねえ。
よくわかんないです、とやっぱり困った様にレオは笑ってノートを開いた。困った様な言い方の割に、なんだかものすごく幸せそうに聞こえたから、それ以上ツェッドは追及できなくなった。今まで彼女が出来たと言うレオの言葉を聞いたことはあったが、その時ほど嬉しそうな言い方を聞いたことはなかったのだ。
義兄は今年の春に卒業したが、その時もレオは物凄く涙を流して泣いていて、むしろザップが呆れるくらいだった。一生会えなくなるわけじゃねーのに何なんだオマエは、と言うザップにうるせーよ俺だってそう思うよと泣きながらレオはそう言いつつも、ごしごしとハンカチで目を拭っていた。在校生であんなに泣いていたのはレオくらいかも知れない。案の定ザップはフツーに次の日母校の校門前でレオを待っていたし、在校生の女子にちょっかいをかけていたし、教師達からは煙草喫ってんじゃねえよと叱られていた。
部活が終わったツェッドがのこのこと校門に行くと、あんだよお前かよ、と理不尽に罵られて普通に腹が立った。なぜいつもこの人こうなんだろう、と呆れながらため息を吐いて、何ですかいったい、とツェッドは一応質問した。レオを待ってんだよと当然のようにザップは言うと、校門に寄りかかって煙を吐いた。
――――昨日別れたばかりなのに。
――――別れたって何だよ。ていうか家もちけーんだから何も変わんねえだろ。
――――そりゃそうですけど。
無意味だ、とそこで判断してじゃあ僕は帰りますよとツェッドはのろのろと足を向けた。はいはいさよなら、と適当な返事が背中から聞こえてきたが無視をした。そもそも家に帰ったら会うのだからさよならも何もない。身内とは色々な意味で厄介だ。
夜中家に帰ってきた義兄は矢鱈と機嫌がいいので、何ですか一体気味が悪い、と冷蔵庫の前でそう言うツェッドに、義兄はおかしそうな笑みを向けた。普段だったらキレてくるところである。
―――やーてめーに言ってもわかんねーと思うけど。
―――それじゃ結構です。お休みなさい。
―――ちょちょちょ待て!待て!聞け!
がし、と袖を掴まれて何だよもう、と顔を顰めて振り返る。どう考えても嫌な予感しかしなかった。ザップは牛乳を冷蔵庫から引っ張り出しながら、あいつさあ、と非常に分かり難い切り出し方をした。あいつって。ツェッドには一応見当は付いたが、はっきりさせたらさせたで都合が悪い気がしたから言及するのはやめた。
―――昨日わんわん泣いてたじゃん。何であんな泣いたんだって言ったらさー、
案の定レオのことだった。はあ、とツェッドはぼんやりとした返事をする。自分も牛乳が飲みたかった、と思い出したところだった。
―――もう俺と昼一緒に食うことが無くなると思ったらなんか一気にきたんだって。バカじゃねーのマジで。
くすくすと楽しそうに笑いながら牛乳をコップに注いだザップを見ながら、はあそうですか、とツェッドはどうでもよさそうに返事をした。昼。そう言われれば、彼はいつもこの義兄と一緒にどこかで昼食を摂っていた。屋上だったり校庭だったり教室だったりはたまた階段だったり。たまに五限目に戻って来なかったりすることがあったが、大抵その時もザップと一緒にいた。そしてそういう時のレオを探しに行くのは殆どツェッドの役割だったのだ。
―――はあじゃねーよコラ。聞いてんのか。
―――聞いて無きゃ返事しませんよ。牛乳をください。
―――…あ。
あ、というその声に目を向ける。牛乳は空になっていた。


そこまで回想してため息を吐いた。既に部活は終わっていて、だらだらとツェッドは帰宅するところだった。気が重い。どうも自分はまだきちんと気持ちが整理できないらしい。だってなんで。何であんな人と付き合うんだ。男同士と言うことを差し引いたとしても、彼はないだろう。そんな酷いことを考えながら靴箱から靴を引っ張り出した。
今日だってレオは急いで帰っていたが、恐らく義兄が迎えにきているのだ。待たせると怒られるのだ、と仏頂面でよく言っているのだからそうとしか考えられない。一週間のうち殆ど迎えにくるのだから、幾ら何でもそれはどうなんだ、とツェッドは思う。付き合ってるからってそれ、だって、普通に。
―――鬱陶しくないのかなあ、とか。
思っちゃいますよねえ、とある日レオの妹、ミシェーラ・ウォッチが首を傾げて指を立てて、そう言った。はっきりと言い過ぎだ、と少しぎょっとしてツェッドが彼女に目を向けると、いやいやそもそも私がけしかけたんですけどね、とミシェーラはひそひそとこちらに向かってそう言った。そうなの?その時ツェッドはその事実を初めて知った。
―――付き合えばいーのになー、って思って言ってみたら付き合ってくれました。
―――くれました、って。
何ですかそれ、と怪訝な顔をするツェッドに、ミシェーラはおかしそうな笑みを向けてドーナツを齧った。たまたま委員会が同じだった時の話だ。彼女は自分やレオより一つ年下だったが、ツェッドは敬語で接していた。誰に対してもそうだった。
だとしたら、とツェッドは思った。
だとしたら自分の兄に対してあんまりじゃないだろうか。
非難気な顔に気が付いたのか、あらツェッドさんはお兄ちゃんのこと好きですねえ、とミシェーラは他人事のように言ってまた笑った。好きですけど、とそこで少しツェッドは動揺した。好きだけれど。
そういう、意味ではない。
―――ザップさんってお兄ちゃんのことどう見ても好きだったし。お兄ちゃんは実はそうでもないなと思ったんですけど。好きは好きだけど恋愛と友情微妙なラインかなって。
―――え。
そ、そうなんですか、と上擦った声で聞くと、そうなんですよとミシェーラは鸚鵡返しして肩を竦めた。だから遅かれ早かれザップさんはどうにかしてたと思いますよと続けられて、どうにかって、と思わず呟いた。どうにか?そこはほら、まあ察して下さいよとミシェーラは大人びた笑みで言うと、でもまあもうお兄ちゃんもあんなだし、と続けた。
―――もう遅いですね。落ちてます。
嬉しそうにそう笑ったあと、再度彼女が齧ったドーナツのチョコレートが剥がれ落ちる。どういう訳かその場面だけ、ツェッドは矢鱈と覚えていた。


「…鬱陶しいって言うか」
過保護だよな、と思いながらのろのろと昇降口を出る。校庭からは野球部やサッカー部の掛け声、体育館からは卓球部のボールの音が聞こえてくる。何となくそちらに目を向けながら中庭を横切り、ロータリーを突っ切って校門に向かった。さて、今日の夕飯はどうしよう。義兄が家を出てからもっぱら夕飯の当番は自分だった。
「…………あれ?」
校門の前。そこになぜかレオがぼーっとした様子で突っ立っていた。「…レオくん?」そう言いながら近づくと、ツェッドさん、とぱっと顔を上げてレオがこちらを向いた。自分は部活で一時間くらい時間を割いていたのだから、つまり彼もそのくらいはここにいたのではないだろうか。そう思った。
「どーしたんですか。あの、えーと…うちの愚兄が来ていたのでは」
「…って話だったんですけど」
いないんですよねえ、と顔を顰めてレオは言った。「何回やっても携帯繋がんねーし。昨日約束したとこだから忘れるってことないと思うんですけど」
昨日だから、という理由よりも毎回だから、と言う理由の方がしっくりくるとツェッドは思ったが口にはしなかった。既に教師の中でもザップがほぼ毎日ここに来ることが認知されているのだから、最早この学校の日常行事といってもいい。ちなみにレオはそれに気が付いていない。
「…家で寝てるのでは。飲み会とかで」
「ああ、昨夜はフツーに家に帰ったんすよ」
つまり昨日も一緒にいたのだろう。何だかそれを思うと空しくなった。どうしてだろう。一体彼のどこがそんなに好きなのか、さっぱり理解できない。そりゃいいところが全く無いとか、悪いところしか見つからないとか、最低最悪の愚か者で外道である、とかそこまで言う気はないけれど。自分の義兄であることを差し引いてもどうしても理解できない。そもそも彼に対して身内の欲目と言う言葉を使ったことがない。
「……あの人が帰り道にどこか寄って飲んだという可能性は」
「や、俺そのまま昨日ザップさん家泊まっ……、あー…あー、えーっと」
そこまで言ったら最早隠す意味はない。いいですよとツェッドが言うとレオは困った様にすんませんとなぜか謝った。別段謝ることはないでしょうに、とツェッドは更に言ったが、いやだって、とレオは困った様に俯きながら、口を開いた。
「…あんまり嫌でしょう。自分の身内が、その」
俺みたいな奴と付き合ってるとか見せられると、と早口で言われたそれは、聞きにくかったけれどちゃんとツェッドの耳に届いた。

何を言っているんだ、と少し呆れた。
俺みたいな?みたいなって。何をそんなに卑下するのか、わけがわからない。僕は君みたいにお人好しで優しい格好いい人を他に知りませんけれど。
―――ていうかむしろ、なんできみが。

「…むしろ僕は何でレオくんがあんな人と付き合ってるのか、それが不思議ですが」
「え」
レオが恐る恐ると言った様子で顔を上げる。「…飲む打つ買うを具現化したような人間だと僕は思います。口を開けば暴言しか吐かないし、嘘は吐くし、成人してないのに煙草は喫うし、何事に対しても適当だし、他人に対して礼儀はなっていませんし」はあ、と溜息を吐くとレオは隣でぽかんとしていた。あ、と慌てる。
「あ―――、いや、あの。すみません。僕にとってはそうでもレオくんにとっては」
そうじゃないですよね、と何だか自分でも嫌になるくらい沈んだ声でそう言ってしまった。何でこんなに沈んでしまうのか、それが分からない。
ふふ、という声に目を向けると、隣にいるレオがおかしそうに笑っていた。「…や、そーっすよ。そうです。俺にとっても、あの人そーいう人ですって」そう言われても、一瞬何を言われているのか分からなかった。
「俺と付き合ってからー、女の子に全然声かけなくなったとかそーいうことないし、俺無駄によく罵られるし、こないだも調子悪いとか言うから家に行ったらいねーで飲み会行ってるし、そもそもあんたまだ未成年でしょって話だし。先生にもタメ口だし割に無意味に外面よくするしで」
駄目な人だと思いますよとレオは言って肩を竦めた。ええ。それを君が言ってしまうのか。思わずそう言いそうになったツェッドよりも先に、レオが口を開いた。
「――でも何ででしょうねえ。なんか、だめなんですよ」
「……だめ、ですか」
「はい」

だめなんですよね、あの人じゃないと。

そう言ってレオはまた困った様に笑った。「…まあ俺の趣味が悪いとか、そういう話になるのかも知れませんけど」付け加えられたそれは余り頭に入ってこない。そうか、と思った。そっか。そーなのか。

―――もう遅いですね。落ちてます。

なぜかその時、あの時のミシェーラの言葉が頭の中を過った。
まるで何かを宣言するみたいに。

「…しかし来ねーな。もういっかな。帰ろうかな」
はあ、とレオがため息を吐いたところでやっと我に返った。「…あ、そ、う…ですか?」何だかよく分からないが動揺していた。
「携帯繋がんないしフツーに疲れましたから。ツェッドさんと一緒に帰ります」
そう言ってレオは校門前から立ち上がり、よいしょと言いながら鞄を背負った。こちらに向けてきた顔は笑顔で、なぜかツェッドは少しぎくりとした。たじろぐ。
「まっすぐ帰りますか?俺本屋寄りたいんですけど、よければ」
一緒に行きましょう、と言われる言葉をそれを待つ前に頷いていた。
毎日会っていて、毎日会話していて、毎日一緒に授業を受けているのに。
なぜか隣にいるのがすごく久々な気がした。

それから、たぶんこれが最後かな、と思った。
たぶん彼の隣に並ぶのは、これが最後なんだろう。
物理的な意味ではない。学校が同じなんだから、これからだって一緒に授業を受けたり、机を並べたり、来月の文化祭だって一緒に当番を請け負ったりするだろう。昼食だって一緒に摂っているし、帰りもたまにはこうやって一緒に帰ることだってあるかも知れない。
けれど、とツェッドは思った。
たぶん、これが最後なんだろう。
君の隣にいられるのは。
これ、どころではない。本当はもっと前から最後も何もなかった。本当は、もっと前からとっくに隣になんぞいなかったのだ。それが嫌だったし駄目だと思っていたし、憤っていたからツェッドは気が付いていなかったけれど。

「…時既に遅し、かな…」
「はい?」
なんすか、と聞かれたけれど首を振った。わかりましたわかりました、いいですよ。認めたくなんかないけどいいですよ。彼にそこまで言わせるんだから、あなたも期待に応えてくださいよ。なんだか自棄になりながら脳内でそんなことを考えた。


レオと一緒に本屋に寄ったあと、別れて家に帰るとなぜか義兄がいた。「…何でいるんですか」レオくんずーっと校門で待ってましたよと顔を顰めて言うツェッドに、あのなとザップは虚ろな目でもってこちらを睨んだ。
「…お前今の俺を見てよくそんなことが言えるな」
義兄は普通に親(というか師匠)に玄関先で叱られていた。何でも前期末の試験結果が一部出たらしい。普段は放置といってもいい状態の師匠だが、大学に入ったのだから云々と言うことらしく普通に叱られていた。何だか普通の家庭みたいだった。
「…わかりましたわかりました。マジで。残りの前期頑張るから。…いや、マジで。ほんとにマジでマジでマジで。軽くねーよホントだってばこのジジ…いや、あの、ごめんなさい。すみません師匠。分かりました分かりました」
そうやってぎゃあぎゃあ揉めている二人の声を尻目に夕飯を作った。

説経が終わった瞬間にザップは速攻で携帯を取り出してぺこぺこと弄り始めた。「…レオくんは家に帰りましたからね」一応そう言うと、わーってんよと慌てた声で返事が来る。こんなに慌ててるのを久々に見た気がした。
「もしもし?あー、うん。…え?あ、うん……うん。だいじょーぶ…」
何だかふわふわした声でザップは会話している。謝るところじゃないのか、と思いながらご飯をよそった。ごはん出来ましたよ、という声に師匠が無言でやってくる。一応ザップの分も作ったが食べていくのだろうか。そう思いながら今度は味噌汁をよそった。
「…うん。うん、…ん。それはえーっと、あの、マジで悪かった。ごめん」
謝るなんてこと出来るのか。酷いことを考えながら鍋の蓋を閉めた。「…ん。うん。いや、…あー、うん。………、ん、いーよ。週末な。ん。そんじゃ」
通話は結構早く終わった。ザップはくるりとこちらを振り向いて、俺も飯食う、と当たり前のように言って携帯をその辺に投げた。適当だなあ、と思いながら仕方なく夕飯をよそっていつも座っていた彼の席に置く。
「…お前和食好きだな」
そう義兄は言うと黙々と夕飯を食べた。分かりにくいが、これは彼なりに夕飯が美味いと褒めている、らしい。夕飯に対して言及することイコール褒めている、ということなのだ。これに気が付くまでツェッドは三年くらい要した。分かり難い男だった。

食器洗いをしている後ろで茶を飲みながら、あのさー、とザップがぼんやりした様子でツェッドに話しかけた。「…なんですか」すぐに帰るものと思っていたので、この展開は意外だった。嫌ではなかったが。
「…レオがさー」

そう言われてまたか、と思わないでもない。
思わないでも、なかったが。
なんですか、と聞き返した。ただし背は向けたままだ。

「…俺がなんか、事故ったんじゃねーかって思ってたらしくて」
「え」
そうなんですか、とそこでやっと振り向く。ザップはぼんやりしながらうん、と頷いて茶を啜った。「…大丈夫ですかって最初ソレなんだよ。待たせてんじゃねーよとか言われると思ってたんだけど」
なんかさ、とザップはぼんやりしたまま続けた。

「…なんかもー、だめだよなー…」

俺もさあ、と続けてザップは立ち上がった。「…今日こっち泊まるわ。泊まるっつーか家だからなんか変だけど」風呂入れるぞ、と言ってツェッドの返事も待たずにザップは台所から出て行った。
残されたツェッドは少しばかりぽかんとする。何だそれ。つまり惚気だ。惚気だけど。
「…だめなのはどっちもか…」
小さく呟いて食器洗いを続けた。何だか馬鹿馬鹿しい気もしたけれど、まあ、と思う。
まあ、そういうもんなのだ。
多分。
自分には分からないけれど。


「…夕飯を褒めてくれたことに免じて、まあいいでしょう」
「あ?イミわかんねーぞオマエ」
風呂を出てからだらだらとリビングでテレビを見ているザップにそう言うと、怪訝な顔でそう言われた。「…よかったですね。家族が味方につくというのは結構結構ですよ」「だからイミわかんねーって。んだよソレ」分からなくていいですよ、と言いながらソファに座ると、義兄はいつものように顔を顰めた。

「……あ、俺はニュースはヤだかんな!リモコンは渡さねえぞ」
「…あー……えーっと…はいはい…」
的外れな義兄のそれにがっくりと肩を落としつつも、少しおかしくなって笑った。