結構顔も好き(日本語でお送りいたします)
2020.05.09.
電車のチェイで遅れませ、というメールが届いた。「…意味が分からねえ」そう言って弟弟子に画面を向ける。スマートフォンを受け取ったツェッドは、少しも考えるような素振りもせず、ああこれは、と言いながらスマートフォンをまたこちらに差し出してきた。
「たぶん電車に乗って、けれど混雑か何かで電車が遅延していて、それで到着が遅れるということだと思いますけれど」
「?」
なんでその文章でその状況まで分かるんだ、という顔をしたザップとは裏腹に、ツェッドは大変そうですねとここにはいないレオに同情的な様子でそう言った。
「待てよ。なんで混んでるつーことが……、……てかチェイってなんだ。犬女のあだ名かなんかか?」
「恐らく”遅延”って打とうとして”チェイン”さんってお名前が出てきて、途中までそれを打って消去しようとして、けれど混雑が余りに酷いので諦めて文章を完成させたんですよ。つまりそれ程電車が混んでてメールを打つ気力もないんじゃないでしょうか」
すらすらと淀みなくそう言った弟弟子のそれに、珍しく感心した。なるほどそうか。まるで名探偵が犯人を上げるシーンを見るみたいだった。
ちなみに探偵ものは犯人を上げるまで焦らされるから、ザップは余り好きではない。殺されたらすぐに犯人を知りたい性質だったから、最後のシーンだけ見るか最初から見ないことにしている。それじゃあ意味わかんないでしょう、とよく後輩には言われる。確かに分からない。
「それが届いたのはいつなんですか?」
「一時間くれー前だな。これ。届いたのに気が付いたのは今だけど」
「い……一時間?」
ツェッドがぎょっとした声を上げた。
「ちょっと待って下さい。普通レオくんここに来るまでそんなにかかりませんよね?」
「だからおめーが言ったじゃん。電車が遅れてんだろ?」
「………一時間……」
うーん、とデスクで話を聞いていたらしいスティーブンが、悩まし気な顔になる。
「ザップ。お前迎えに行って来い。流石に遅れ過ぎだ。もしかして乗り過ごしてるかもしれない」
「スターフェイズさん。幾らあいつがぼーっとしてるからってそんなこと流石にないでしょ」
「違う。言っただろ。混雑してるんだから、その混雑に巻き込まれてお前がやったみたいにソファに押し潰されてるかもしれないんだ」
流石にスティーブンも本気でそう思ってはいないだろうが、一応危機的状況であるということはザップにも伝わった。
「…わかりましたよ」
そう言って渋々立ち上がる。ここでなんで俺なんですか、と言う程鈍くもなかった。ツェッドに行かせたら行かせたで、結局ザップは別方向からの文句を言うのだ。自分でも分かっていた。
面倒臭えな、と怠く思いつつエレベーターホールで到着を待つ。
「……おっせえな…」
どこまで降りてんだか、と頭を掻いた時、ポーンという分かり易い到着の音がした。「お」来た、と顔を上げた瞬間ドアが開く。しかしその途端だった。箱の中から誰かが思い切りこちらに突っ込んできたので普通にザップの腹に何かがぶつかった。
「うぐ」
「ぎゃあ!?」
二人分の呻き声と共にごろごろとホールに転がる。普段だったらこんな不意打ち受けないのに、その時はどうしてか油断していたし、自分の本能は全くといっていいほど警戒心を発しなかった。いてえな、と悪態を吐きつつ起き上がる。自分の上には遅れてやってくる筈の後輩がいた。
「あ。なんだよお前。遅れるんじゃねえのかよ」
「遅れてるからこうやって急いで来たんじゃ……、……ありゃ?……ザップさん…」
どうしたんですか、と首を傾げた後輩のことを見上げながら、ふむとザップは手を伸ばした。「?」きょとんとした後輩の頬に触ってみる。
「?なんですか。あ。てゆか俺遅刻……」
そう言って焦ったように顔を上げようとしたレオの頬には、くっきりと変な痕がついている。電車でもみくちゃにされたせいなのか、窓に押し付けられたせいなのか、手すりにでも押し付けられたのか、ともかくとして寝て起きた時の痕みたいだった。よくよく見れば手も少し擦りむいていたので、どうにかこうにか満員電車の中で耐えていたのだろう。原因は別段格好良くもなんともないが、とザップは思って口を開いた。
「…そーいう顔は男前だな。結構」
そう言った途端、レオはぴたりと動きを止めた。「……えっ!?ど、…どう……、…え?」しかし途端にレオは音が出そうなくらいの勢いで真っ赤になってしまったので、台無しだとザップはそう思った。
そういう顔も嫌いじゃない。
そういう顔じゃなくても、嫌いじゃない。
end.