rainy rainy

2018/07/15

やみませんねえ、と言いながら上を見つめたが雨が止む気配は勿論なかった。「……そーだな」隣から面倒臭そうに言った先輩は、だりーなと言いながら後ろに寄りかかった。がしゃん、と軽くドアが音を立てるのを聞いて、少しレオナルド・ウォッチは後ろを振り返る。店の中には誰もいないようだ。暗い店内からは物音ひとつしない。
「………通り雨すかね」
「………だったらいーけどな」
「………ですね」
「………………。」
先輩が黙ってしまったので煙草を喫い始めたのかと隣にちらりと目をやったが、彼の手には何もなかった。どころか、先輩こそこっちを見ていたのでぎょっとしてしまう。慌てて目を逸らしたレオの目の端に映ったのは、先輩のザップ・レンフロが気まずそうな顔で目を逸らした顔だった。


雨ってこの街でも降るんだ。
今更のようにその事実を目で見つめ、それから小さく溜息を吐きそうになったが―――堪えた。早くやまないかなあ、と思いながら自分も後ろに寄りかかった。かしゃん、とさっきよりは軽い音が耳に入る。
雨の音は掻き消されなかった。
ケンカと言うにはもうそれなりにレオは成長していて、なおかつ最後にケンカをした友人が一体誰なのかも覚えていない。つまりケンカというのはレオナルド・ウォッチにとって縁遠い事象だった。元々の性格のせいなのか、それとも友人よりも妹と一緒にいることの方が多いからなのか、いずれにせよ最後にしたケンカだって妹となのだから、他人とするケンカというのはたぶん十年以上ぶりだろう。
つまり横にいる先輩とレオは今ケンカしている。
先輩というか、友人というか、同僚というか、説明に困るがとりあえず友達という程度には仲が良い。一緒に昼を食いに行く程度には仲が良いし、一緒にゲームをする程度には仲が良い。ともかく仲は良い。人に説明するのに抵抗があるが、自分ではそう思っている。果たして横にいる男がレオのことをどう思っているかは定かではなかったが。
「…………。」
無言でポケットに入っているスマートフォンを手にしたが、ついさっきしたばかりの連絡には特に返信がない。というよりも、任務終了しました、の一文だけだったから、恐らく返事はご苦労だった直帰でいい、の一言だろう。そもそも出る前から終わったら帰っていいよ、と上司には言われているので返信を待つまでもなかった。この雨さえなければ、二人でどこか店にでも寄って夕飯を食べて帰宅していただろう。
――――いや。
どうかな、とレオは思い直した。何しろ今やこの男と話題が尽きるどころか話すら始まらないし、顔を見るどころか見た瞬間に互いに目を逸らす始末である。ぎくしゃくしたままそれじゃあ、はいまた明日、などと当たり障りのないことを言って店に行く前に別れただろう。そのくらいの予想はついた。「……はー」隣から聞こえて来る溜息に少しぎくりとする。自分も同じことをしようとしていただけに、余計だった。
隣にいる男はがりがりと頭を掻いたあと、怠そうな顔で煙草を咥え、ライターで火を点けた。かちんという音と一緒に煙が上る。雨であっても流石にこの距離にいれば匂いはすぐに分かった。「……湿気ないんですか。煙草って」「あ?」「あ、いや」雨だから、と端的に言ったレオのそれを何となくザップは理解したらしい。ちらりとこっちに向いていた視線はすぐに正面に向けられてしまった。
「湿気るような持ち方してるわけねえだろ」
「はあ。ですよね」
「…おう」
「ははは」
「………。」
「………。」
そして雨の音が大きくなった。本降りになってきてしまった、とレオは恨めし気な顔で空を見上げる。水滴がぱしゃぱしゃと軒先から跳ねるようにアスファルトへ、いやすでに水溜まりができているそこに流れ込んでいく。それを見ながらレオは再び溜息を吐きそうになり、何とか堪えた。さっさとこの場所から離れたい。―――いや。この気まずい空間から解放されたい。
皮肉なことに空はレオの胸中と同様に、雨空のままだった。


―――もう俺ザップさんと絶交します。
そうきっぱりと言ったレオに対しても先輩は一切謝ろうとしなかった。どころか、てめー生意気だぞコラと言いながらヘッドロックを仕掛けてきたので、レオは決心したのだ。絶交だ。もう絶対絶交だ。仕事以外でぜったい口なんか利かないし話しないし万が一俺が仕事を辞めたら連作先を携帯電話から消去してやる。うちに来ても入れないしベッド貸さないし冷蔵庫にコーラだって入れさせてやんないしゲームだってぜってー貸さねえ。朝起きてそう言おうとした時にはすでに先輩はレオの家からどこぞの愛人宅へと向かっていた。一昨日のことである。
そして昨日。出会い頭にマジで絶交ですとレオはエレベーターの中でザップにそう告げて、それからちょっと待てと言う先輩を振り切って事務所に入り、ドアを開けた瞬間に仕事を言いつけられた。分かりましたと言う間もなく、既にやって来ていたエイブラムス・T・ブリッツに引き摺られるようにしてエレベーターに逆戻りし、昨日は一日中彼と、それからクラウス・V・ラインヘルツと共に仕事にあたっていた。深夜になってからお疲れ様でしたと直帰したレオは、家に帰る途中で思い出した。あ、そういえば絶交するって言ったところだった。つまりレオはコンビニでコーラをうっかり二本買うところだったのである。てゆか何で毎回俺あの人のコーラまで買ってんの?おかしくない?と思いながら慌ててコーラを一本戻し、コーラとポテチを一つずつ買ってソニックと共に自宅に帰った。
ちょっとだけ身構えたが、予想に反して先輩はレオの家にいなかった。時々どころか頻繁にザップはレオの自宅に侵入して、かつゲームを勝手に進めていたりレオの夕飯を勝手に食っていたり、あまつさえピザを注文してレオに払わせたりする。寝ていることもある。そもそも合鍵を渡してもいないのに、というより合鍵をレオは作ってもいないのに、どうしてザップがレオの家の中に入ってこれるのかが不思議で仕方なかった。ねえマジで怖いからやめてくださいよ、と訴えたレオに、だっておめーの家の鍵ザル過ぎんだもん、とザップは飄々と言うと指先からずるりと血を伸ばした。血法を使ってドアを開錠している、ということをレオはその時知り、頭を抱えてしまった。世界の均衡を保つ側にいるからまだマシだが、この男が世界を破壊する側にいたらどうだろう。恐らく世界とやらはとっくに崩壊していてもおかしくない、とその時のレオは思った。
ともかく、昨晩に限って言うならば、世界の均衡を守る男はレオの部屋にはいなかった。ちょっと拍子抜けしつつ、レオはシャワーを浴びてすぐにベッドに寝転がった。コーラを飲んでもよかったが、なんだか飲む気分になれなかったのだ。
ちぇ、と小さく呟いて目を瞑った。部屋の灯りはとっくに消していたからか、ソニックの小さな寝息が聞こえてくる。何で俺がこんな気持ちにならなきゃいけないんだ、と自分を呪いながら昨晩は眠った。
そして今日、タイミングがいいのか悪いのか、レオはザップと二人で任務を言いつかってしまった。任務と言っても書類を目標に預けてくることだったから、使いのようなものだ。何で俺がこんな雑用を、とぶつくさ文句を言っていた筈のザップは、レオと一緒だと分かるとなぜか途端に大人しくなった。そんなザップを不審そうに眺めながら、いーから言ってこいとスティーブン・A・スターフェイズは手をひらひらさせて二人を見送った。
エレベーターの中で無言になったのは、初めてライブラに来た時以来の気がする。
絶対に一昨日のことなんか忘れていると踏んでいたレオの予想を裏切って、どういうわけか常に煩い先輩は何も言わなかった。むっつりと押し黙って腕を組み、エレベーターの壁に寄りかかって階数表示を睨んでいる。何か言った方がいい気がする、と思っている間にもエレベーターはすぐに到着し、うかうかしているレオを他所に、すたすたとザップは先に歩いて行ってしまった。
それから暫く無言が続き、ちょっとだけレオが雑談をしかけたものの、何だかぼんやりとした返事しか返ってこない。ああとかおうとか、ザップにしては半端な答えだった。確かにこの男がそうやって返事をすることはままあったが、それとは明らかに違う。大抵彼は話を聞いていない時にそういう返事をするが、今回はどう聞いても、話を聞いたうえでの返答だ。違いを説明しろと言われてもレオにはできない。できないが分かった。
そうしてなんだか気まずい空気のまま、使いを完了し、そして今は帰っている最中だった。雨が降ってくるとは思わなかった、とレオは遂に溜息を吐いてしまい、慌てて口を押さえた。そっと横を見たが、ザップはまだ空を睨んでいる。煙草の煙がビルの壁に沿うように上って行った。
「………………。」
困ったなあ、と思った。自分で言い出したこととは言え、こんなことになるとは全く思わなかった。てゆか絶対俺の話なんか聞いてないと思ってた、とそれなりに酷いことを思う。けれどザップというのはそういう男なのだ。人の話を聞かない、聞いてもスルー、聞いても聞かなくても自分が決めたことであれば他人の意見は無視だ。ただし周りも似たようなものだったから、彼も彼でそれなりに苦労はしている、らしい。常の傍若無人が際立っているから分からないが、傍若無人が毎度のようにまかり通っている訳ではない。むしろ通っていない。
雨が益々強くなってきたので、わっとレオは声を上げてちょっと後ろに下がる。とはいえすぐ後ろにはガラス戸があるだけなので、勿論下がれない。かしゃんとガラスがまた音を立てた。「…強くなってきた」「あー…」そーな、とザップは言うと、ぽいと煙草をその辺に捨てた。
「あ。ちょっとだめですよ。ポイ捨ては」
「だってどーせこんな雨じゃ……、……。」
ザップが顔を顰めてこっちを向いた。当然、レオはレオでザップの方を見上げていたので、眼が合う。―――あ、と思ったレオと同様、ザップも思ったらしい。ぎくっとした様子で先輩は少し仰け反った。
「…………………………。」
「…………………………。」
「…………………………。」
「…………………………。」
無言が続く。かつてこの男とこんなに気まずかったことがあっただろうか、いいやない、とレオは思う。たとえば彼と一緒に映画に行って、ザップが途中で眠ってレオに寄りかかった時の帰りも、パチンコで暴れているザップを無理矢理引き摺って店外に脱出してきた時も、愛人トラップを仕掛けられた昼下がりも、勝手に彼がレオの部屋に侵入していた時も――――何にせよ、ない。こんなに。
「――――あ〜〜〜〜〜……」
薄い灰色の目が細められたかと思うと、いつも聞いている低い声が、非常に困ったそれでレオの耳に飛び込んできた。「え」きょとんとしてそう言ったレオを横目で見ながら、ザップはもーめんどくせえと言って、レオと同じようにガラス戸に寄りかかった。がしゃん、と乱暴な音が鳴る。
「悪かった。悪かったよ。俺が全部わりーよ。だからもー怒るなよ」
「………、………へっ」
信じられないことを言われてしまった。だからそう言ったレオに、だからよ、とザップは少し苛立ったように言って、しかしレオの方を見ようとはしなかった。「悪かったっつってんだろ。謝ったんだから許せよ」「…………えっ」嘘、と言って一歩横に移動してしまったからか、おいてめえ、とザップがこっちを睨んできた。
「どーいう意味だそれは。つかなんだよ。人が折角謝ってやってんのによ」
「い、色々ツッコミたいんですけど…て、てか今謝ったんですか?ザップさんが?俺に?」
そう言ってまじまじとザップを見つめたレオに、そーだろとザップは言ってじろりとレオを睨んだ。「ここにお前と俺以外誰がいんだよ。いねーだろ」「いませんけど。……、え…ええ〜〜?」マジで?と言ったレオに、だからよ、とザップは遂に怒ったように言った。
「マジだっつってんだろバカ。悪かったって何度言やいいんだよ。いい加減怒るなっつーの」
フツーにしろよフツーに、と言われてきょとんとした。「フツー?」「そーだよ。フツーに喋れよ」「……え、いやそれは俺の台詞っすよ」怒ってんのザップさんじゃないすか、と言ったレオに、はあ?とザップは怪訝そうに言った。
「どこがだよ。オメーじゃん怒ってんの」
「怒ってねっすよ。ただなんかザップさんが何も言わないから気まずいなって」
「そりゃレオが怒ってるからじゃねーか」
「だから怒ってませんてば」
その後堂々巡りを何度か繰り返して、ぜいぜいと二人で息を吐いた。「………えーと…つまりザップさんは俺が怒ってると思ってたからあんまり喋んなかったんですか?」「……んでオメーは俺が怒ってると思って大して喋んなかったのかよ」二人で顔を見合わせて溜息を吐いてしまった。馬鹿馬鹿しいことこの上なかった。子供じゃあるまいに、とレオは思ったが恐らくザップも思ったのだろう。ガキかよと小さな声が隣からは聞こえた。
「…あ、でも怒ってるのはそーっすよ。怒ってます」
「はあ?怒ってねえって今言ってたじゃねーか」
「それはそうですけど、それとは別で怒ってます」
「どっちだよめんどくせー」
んじゃ悪かった悪かった、とザップは言うとそのまま場所を移動して、ビルの入り口にある階段に腰を下ろした。すぐやむと思っていたから最初は座らなかったのか、それともさっきまでの空気のせいで座らなかったのかは定かではない。ただ、それを見てレオもひょいとザップの隣に腰掛けた。
「雑だなー。そーいうのダメですよ。何で謝るのか分かってないでしょ」
「はいはい勝手に部屋入って悪かったし勝手にオメーの飯食って悪かったし勝手にセーブデータ消して悪かったよ。これでいーか」
「………………。」
それでいーわけねえだろと思いながら無言で隣に目をやる。ザップもザップでこっちを見ていたが、今度は気まずくなかった。「…ちげーのか」「違うくはないけど」ホントに悪いと思ってないでしょ、と言うとまーなという返事がきた。ちょっとは取り繕うとかそーいう、と額に手をやったレオの横で、だってよ、とザップは言った。
「オメーも今言ったじゃん。俺なんでオメーが怒ってるかわかんねーもん。何で怒ってんだよ」
「…………さっきザップさんが言ったこともそーっすけど」
「オウ」
他に何かあんのか、とザップは言った。「…なんか色々ですよ。色々」「なんじゃそら。漠然とし過ぎだろ」「……ん〜〜…」んじゃ、と言ってレオは右足を立膝にして、その上に腕を乗せる。目の前は雨でうっすらとしていてよく見えなかった。
「もーちょっと俺を慮るというか、大事にするというか、愛人に対しての優しさの1/100くらいは優しくしてくれてもいいと思うんですよ」
「…お〜〜〜〜?……」
難易度たけーこと言うね、と言ったザップのそれには半ば含み笑いが混じっている。それを聞いて、半ば自棄でレオは言った。「高くてもいいからしてくださいよ。こんな街で一人暮らしして毎日馬車馬のように働いてんのに、そんでザップさんみたいな先輩を相手してる暇なんて本当は無いんですよ、俺」「ねーのかよ」「ないっすよ」そうきっぱりと言った後、でも、とレオはすぐに言った。
「俺はザップさんと一緒にいるの好きなんですよ」
「…………オウ」
隣からは戸惑ったらしい声が聞こえる。言った割に、レオもちょっと照れたからそっちを見るのはやめておいた。「…だから怒ってるんですよ。俺ばっかザップさんといるの楽しいみたいだから」「………んでそーなんだよ」そう言ったザップに側頭部を軽くこつんと小突かれた。
「だってアンタ俺相手だと何してもいいって思ってんでしょ」
「オウ」
「オウじゃねえよ」
そうツッコミを入れた後黙った。何となく、黙った。照れ臭いとか、誤魔化したいとか、そう思ったわけではない。雨が強くなってきたのも余り関係ない。ただ、言い切ったな、と思ったからだ。言いたいことを全部言えたわけじゃなかったが、それでも概ね満足した。だから黙った。
「…………俺さあ」
「はい」
ちょっとだけ無言があったものの、それは今日一日感じていた気まずさとは無縁のそれだった。「…オメーみてーな奴いねーんだよ。他に」「はい?」思ってもみないことを言われて、素っ頓狂な声を上げてしまった。きょとんとしながら隣を見ると、ザップは再び煙草を咥えて怠そうな顔で空を見上げていた。
「…上手く言えねーけど。…なんつーんかなー。…こー、…犬でもねーし猫でもねーし…、……、……ん〜〜」
意味が分からない、という顔をしているレオを見て、ザップはふうと小さく息を吐き、煙草を右手に移した。ひょいとそのまま左手がレオの頬を抓ってきたので、わわわとレオは悲鳴を上げる。「ひょ、ひょっとひゃに、」「…なんかこー、……、…すぐ触れる相手っつーか」「ひゃい?」意味が分からない、と二度目のそれを思ったレオを他所に、だからさ、とザップは言って、自分でもよく分かっていないような顔でむにむにとレオの頬を引っ張った。力は軽かったが、それでも別段気持ちがいいわけではない。ひゃめてくらひゃいよ、とレオは呻くように言った。
「……触るとこう、」
そこまで言ってなぜかザップは黙った。黙るというよりも、口を噤んだといった方がいいだろう。レオはレオでなんなんだ、と思いながらザップの手をどうにか押し退けようと自分のそれでザップの手首辺りを掴む。しかし勿論この男がそう易々と手を退けてくれるわけもなかった。じっとレオを見つめている先輩は、自分自身でも不思議そうな表情をしている。薄い灰色の目はまるで雨みたいにきらきらと輝いて見えた。
「………んー…なんだ?…やっぱ犬か?」
「知らにゃいし俺いにゅじゃにぇえしってか、ちょ、もう、」
やめてください、と何とかザップの手を押しのける。名残惜しそうな手付きで先輩の手はレオの頬から離れたが、ザップの表情はそうでもなかった。面倒臭そうな、怠そうな顔で再び正面を向き、煙草を咥えている。「…………よくわかんねーんだよ。線っつーか場所っつーかさ。…だってオメーミシェーラちゃんの話されるの嫌だっつーわけじゃねえんだろ」「え」何で突然妹の話をされたのか分からなかったが、そりゃあ、と言ってレオは頷いた。
「全然。嫌じゃないです」
「んでも義眼の話はヤなんだろ。たぶん」
「え」
思ってもない方向に話が進んだ。ちょっと黙った後、ぼそぼそと返事をする。「……まあ。いや、いいんですけど。…なんつーかそのー…」「ほら」「ほら?」きょとんとして顔を上げる。知らない間に俯いていたらしい。
「そーいうんだよ。俺よくわかんねえんだって。どの辺まで大丈夫とか駄目だとかさ。…オメーみてーな奴ほかにいねーんだもん」
わかんねーんだよ、と言った後ザップは煙を吐き出した。オメーみてーな奴。俺みたいな?とレオはそう頭の中で繰り返して、はたと気が付いた。
「え?……それってあの、…えーと、と、」
友達ってこと?と言って首を傾げたレオに、ザップはおい、と嫌そうな顔でこっちを向いた。「そーいうことはっきり言うなやバカ。言いたくねえから黙ってたのによ」「…………。」ぽかんとしているレオを他所に、ザップは嫌そうな顔のまま正面に向き直った。
「……そら飲みに行ったり馬見に行く相手はいるよ。いるっつーかまあ、誰でもいんだよ俺は。その辺にいる顔馴染みなら」
「……………。」
「………んでもオメーはそーじゃねえじゃん」
「そ、……そうってーのは」
そう言った自分の声が少しだけぐらぐらと揺らいでいる感覚がする。つまり、動揺しているらしい、とレオは気が付いた。それが一体何に起因しているのかなんて、すぐに分かる。こんなことをこの男に言われるなんて、予想していなかった。
「……………。」
ちらりとザップはレオを横目で見た後、さっきのレオのように自棄になったらしい口調で言った。

「…誰でもよくねえ時だよ。おめえじゃねーとヤな時だ」

「うお」
思わずそう言ってレオは仰け反ってしまった。「オイ。テメー言わせといて引くんじゃ……」流石に照れたらしく、少し顔を赤くした先輩がこっちを向いた。しかしすぐに言葉を切ってぽかんとした顔になったので、レオはうわあ、と言いたくなってしまう。言わなかったが。
「……何でオメーがそーいう顔してんだよ」
「し、そ、そりゃしますよ。そそそ、そーいうことフツーは直で言いませんから!」
友達ってーのは、と言ったあと、慌てて自分の顔に集まってきた熱を冷ますべく、ぱっと正面を向いた。「…そーなんか」「そ、そーっすよ。言わないです」「……ふーん」そーいうもんか、とザップは淡々と言った。ああなるほど、とレオはここに来て理解した。どうやらこの先輩は、信じられないことにレオとの距離を測りかねていたらしい。あれでそうなのかよ、と今までされたことを思い出してレオは呆れた。普通、距離がわからないのであれば気を使うのが普通だと思うが、この男に限ってそれは適応されないようだ。わからないからいっそわからないなりに好き勝手してしまえということだったのだろう。無茶苦茶だ、とレオは思った。
「…………あ、あの。……ザップさんが言いたいことは何となくわかりました」
「おー。そーか」
そりゃよかった、と投げやりな返事が寄越された。「……で、それを踏まえてですよ。お願いします。もうちょい僕に気を使って下さい」「んー」善処するわ、とザップはいかにも適当な返事をすると、立ち上がった。
「え。行くんですか」
「止まねえじゃん。さっさと飯行こうや」
「え」
飯、と言いながらレオも立ち上がる。「だって直帰でいいって言われてんじゃんよ」「そうすけど。……行くんですか」俺と、と言ったレオに、行くんだよとザップはきっぱりと、しかし強めに言った。
先輩がこちらを振り返る。灰色の目に、銀色の髪は外が暗いせいかいつもよりも薄暗く見える。
けれどなぜかレオの目には綺麗に見えた。

「レオがいい」

「………………………。」
思わず顔を引き攣らせてしまったレオを無視して、んじゃ走るぞとザップは何でもないことのように言うと、ひょいとそのまま軒先を飛び出した。「えっ」嘘、と言いつつも慌ててレオもその後に続く。「ま、待って待って!ぜってーもーちょい待った方がいいっつーか、あの、」どこ行くんすか、と言ったレオに知らねー、とザップは笑って返事をしてきた。
「知らねーってなんだよ!決めてんじゃねえの!?」
「決めてねーよ!どこがいんだよオメーこそ!」
「え…えーと、」
んじゃあそこ、と言って二人でハンバーガー屋の軒先に飛び込んだ時には、とっくにびしょ濡れだった。「あーあーもー」ザップさんといるといつもこうですよ、と不満を言いながらレオは濡れた顔を袖で拭う。とはいえ袖も濡れていた。
「そらこっちの台詞だ。オメーといるとろくなことがねえ」
そう言ってザップの手がぐいとレオの頬に伸びたので、レオは慌ててそれを避けようとした。が、予想に反してザップの手はレオの頬ではなく、前髪に動いた。「わっ!?」小さくそう言ったレオの前髪がかき上げられる。ぱたぱたと滴が滴り落ちたが、目の前にいる先輩の顔はレオの目にしっかりと見えた。
よくレオの家で見る顔だった。それは笑顔だったり顰め面だったり、怒っている顔でもある。けれど根底にあるものが何となく同じだ、とレオは感じていた。そしてそれと同時に、ついさっき言われたばかりの言葉がなぜか甦る。
――――レオがいい。
う、という顔をしたせいなのか何なのか、ザップはぱっとレオの額から手を退けて、今度は自分の髪を耳にかけた。そうすると普段より少し髪が短く見える。「………犬でも猫でもねーんだけどなー」珍しく苦笑しながらザップはそう言った。
「………またそれっすか」
そう言った自分の声が少しだけ拗ねていた理由は、あんまり考えたくなかった。



食事を終えてレオの家に二人で歩く頃には、雨は止んでいた。「てゆかこの街も雨降るんですね」「そら空があるんだから降るだろ」「そーいう理屈なんですか?」そう言いながら歩くレオの目に、コンビニが見えた。
「あ。ザップさん俺コンビニ寄る」
「なんで。ゴムは薬屋の方が種類あるぞ」
「買いませんよ!」
顔を真っ赤にしてコンビニに歩いて行くレオを見てザップは爆笑し、けれどレオの後をついてきた。まったくもう、と赤い顔のままコンビニの奥に歩き、透明なガラスケースを開ける。「なんだ。何買うんだよ」「コーラですよ」「あー」んじゃもー一本な、と自然に言いながらザップがもう一本を手に取ろうとしたので、レオはそれを止めた。
「なんだよオイ。自分の分だけかコノヤロー」
「色々言いたいことだらけですけど、いーんすよこれで」
「なんで」
なんでも、とレオは言いながらそれとポテチを一袋籠に入れてレジに歩いた。「おい待てよ。レオ」んじゃビール買えよと言うそれを無視して財布を出す。冷蔵庫の中にあるコーラをザップさんに渡そう、と考えながら小銭を取り出した。
「…ま、炭酸抜けてたらそれはそれだ」
「おいレオ。聞いてんのかよ」
ビール、と言うそれにダメですとレオは笑って返事をした。

冷蔵庫の中のコーラをぽいと手渡したら、先輩は変な顔をしたもののサンキュと言ってすぐに開けた。どうやら炭酸は抜けていなかったらしい。
まあ高々一日、とレオは思ってちょっと笑ってしまった。「……高々一日ももたないのかー」はあ、と溜息を吐いた割に自分でも思った。なんだ、結構嬉しそうだ。


ケンカのやり方が分かんなくなっちゃうパターン