それから花に落ちる

2018/03/02

わっという声を聞いたら笑いたくなってしまう。「…ったくおめーはいい加減、」慣れろよ、と結局笑いながら言ったあとに飛び降りた。風を切る音と一緒に高い声で悲鳴が上がる。死んじゃう死んじゃう、という声を上げながら自分に抱き着いてきた後輩に、ザップ・レンフロはまた爆笑してしまった。


「もー俺ザップさんと仕事したくない」
「ふざけんな」
選り好みできる立場かコラ、と言いながら背中を蹴ったので、痛いとレオは言って顔を上げた。「し、…っ信じらんねえ…!人の背中蹴るとか普通しませんよ!?」「そりゃーてめえの普通だろ。俺の普通はおめえの普通とちげーんだよ」べえと舌を出してそう言ったザップの隣でレオはぴょんと跳ねるように立ち上がった。
「もういいです。帰る」
「そりゃ帰るだろ。お前の家に」
不思議そうに言ったザップに、そうじゃなくてとレオは言ってリュックサックを背負い始めた。「俺帰ります。ウチ来ないで下さいね」鍵開けませんから、とプイとそっぽを向いてレオはそう言った。何言ってんだこのクソガキ、とザップは呆れると、今度はレオの腕を無理矢理引っ張った。当然レオはまたぎゃあと声を上げてソファに無理矢理座る格好になる。
「な、なな、何すんすか!痛いでしょ!?」
「お前背中蹴られた程度で何怒ってんだ。バカじゃねーの?」
「ば、…バカは誰だ!あのね、飛び降りる時一言くらい言って下さいよ!いくら俺だって怖いもんは怖いんです!」
そう言ってぐいぐいとザップのことを押しながらレオは言った。今日の任務の話だろう。一緒にビルの上から飛び降りたことをずっと怒っているのだ。仕事中のことだっつーのにしつけえやつだ、とザップは思うとだからなあと太々しく言った。
「俺だって隙間がありゃー言うわ。なかっただろあれは」
「だって直前までマリカーの裏技の話してたじゃないですか!そん時教えてくれたらいいでしょ!?」
怖かったんですから、と言ったレオにへいへいとザップは適当に返事をした。そこでふと、先ほどの発言を思い出す。「…いくら俺だって、とかてめえ言ったけどよ」「へ」そうレオはきょとんとした様子で言うと、はあ、とこくんと素直に頷いて言った。
「言いましたね。いくら俺でも怖いもんは怖いですよ。ビルの上から予告なく飛び降りるなんて」
「言うようになりやがって。なにがいくら俺でも、だよ。飛び降りる程度は大丈夫になりましたってか?」
生言うね、と言いながらごつんとレオの額を小突く。レオは一瞬何を言われているのか分からない顔をしたあと、ああ、と言って納得したように頷いた。「そこじゃないっすよ。俺が言ったのは」「は?」どういう意味なのかよく分からなかった。なのでそう言ったザップに、あのですねとレオは言って―――しかしそこで口を噤んでしまった。
「…やっぱなんでもない」
「ああ?そこで何で黙るんだバカ。言えよ」
めんどくせえ、と言ったザップにめんどくさくていいです、とレオはレオらしからぬことを言って首を振った。なんだか気まずそうだ。
「い………言えなくなりました。何でもないので気にしないで下さい」
「?何が言えなくなったんだ。言えよ」
「言えません」
「言えよバカ。じゃねえと今晩泣くまで犯すぞ」
「だ、そ、そーいうことここで言わんでくれますかね!?」
途端に顔を真っ赤にしてそう言われたので、ザップは飛び降りた時みたいに噴き出してしまった。なんでそこで笑うんですか、とレオは不満そうに言った後、プイとそっぽを向いてしまった。こういうところはやっぱり子供だ、と思ってしまう。ただしその子供っぽいところも結構ザップは好きだった。分かり易くていい。
「ちゅーかお前、魚類が来た時も旦那と一緒に飛び降りたじゃねえか」
まあ俺もだけど、と言いながら葉巻を咥えたザップを見て、はあ、とレオは情けない顔で言った。「ぶっちゃけあれもめちゃくちゃ怖かったですよ。もうそれどころじゃなくなったからぎゃあぎゃあ言ってる暇なかったけど」確かに、三人でビルから飛び降りた後、すぐに眷属が再生を始めたし、レオは諱を読まなくてはならなかった。悲鳴を上げている暇はなかった。しかし今日は爆発するビルから飛び降りたので、つまりそこで任務は終了になったのだ。軽く空中を滑空しているツェッド・オブライエンを見てレオはツェッドさんが飛んでる、とぼーっとしながら呟いていたが、あれはどうやら呆然としていたらしい、と今更のようにザップは気が付いた。ザップの弟弟子は風を操れる。
「あれは任務の最中だけど今日のは終わりじゃないですか。だから余計怖かったの」
急だったし、と口を尖らせてレオは言った。「てゆかザップさんは怖くないんですか?高いところから落ちるの」「落ちてねえじゃん。飛び降り…あ、てゆかおめえ、こないだ堕落王に拉致られた時も落ちてたじゃねーか」そうびしりと指をさして言ったせいか、レオはやめてくださいよ、と言ってザップの指を押しのけた。
「あれも同じでしょ。落ちるのが怖いとかじゃなくて、もう食われるのが怖い段階ですよ。そんなこと言ってる場合じゃねえし」
「あー…まあ…」
ザップさんは逃げようとするし、と頬を膨らませてレオは言った。「逃げてねえだろ。結局一緒にいてやっただろーが」お前が泣いて頼むから、と言っている最中、何となく口が緩んでしまった。普段レオは絶対にそんなこと言わないから、あんな状況とは言えああやって引き留められたりするのはそれなりに嬉しい。
しかしレオはけっと悪態を吐いて腕を組んだ。「ザップさんしか傍にいませんでしたからしゃーないでしょ。ぶっちゃけ誰でもいいから助けてほしかったんで」「オイこの野郎」台無しじゃねえか、と言いながら腕をレオの首にかけて頭を小突いたので、痛い痛いとレオは悲鳴を上げた。
「…おーしわかったら白状しやがれ。幾ら俺でもこえーってのはどーいう意味だ?あ?」
「し、しつこい…!もーいいでしょそれは…!っていててて、やめて、ちょ、ちょっと痛い…!ぼう、暴力に走り過ぎ…!」
もっといいやり方思いつかないんですか、とレオはじたばたと暴れながらそう文句を言った。「バカかお前。他人に言うこと聞かすなんざこれが一番楽だろーが」「原始人かよてめーは!もっと、あ、痛いってば痛い痛いやめてください」放せ、とレオは言いながらザップの手を叩いた。大して痛くなかったものの、ザップはんー、と少し考える。――――いいやり方。
いいやり方ねえ、と思いつつぱっと手を離した。「い…っ、あ、わっ…!?突然、」何すか、とレオが顔を上げる。

顎に指をかけると大抵レオは眼を瞑る。
けれど今日はそんな暇を与えなかった。

がぶ、と口に噛みつくと呻くような声が上がった。この反応、と少しおかしくなる。かなり驚いた時の反応だったからだ。「………、」無理矢理舌を口の中に捩じ込むと嫌がるように手がザップを押してきた。というか嫌がっている。「………。」このヤロー毎度毎度、と少し憎らしくなりながら無理矢理舌を噛むと、ん、と小さく声が上がった。
ザップを押していた筈の手から力が抜けていく。それを感じてまたおかしくなってきた。そろそろと眼を開けるとレオはしっかりと眼を瞑っていた。緊張した様子の表情は最初からずっと変わらない。「………。」こういうところだ、とザップは思う。いや、こういうところも何もない。たぶん。
レオのどこが好きだとか、こういうところが好きだとか、説明するのはとても難しい。何しろ毎日のように好きな箇所が増えていくし、毎日のように色んなことで好きだと思っているからだ。手に触った時の反応とか、熱すぎるココアを飲んだ時の反応とか、任務が終わった後に怪我をして鼻血を出している時の顔だとか、ともかく何でも好きだった。どこが好きなんだ、と言われても即答できない。多過ぎる。それに大体、他人になんか説明したくない。誰に分かって貰う必要性もない。――――ザップだけが。
レオナルド・ウォッチを好きだと知っている。
「……は……、」
声が甘い。「………慣れてきたんじゃねえの」そう言ってついでのように口の端にちゅっと軽くキスをしたので、レオは慌てたように口を押さえた。今更、とザップは思うと続いて瞼にキスをする。「ぎゃっ。ちょ、…ちょっと、な、」なんすか、という声を無視して次は額にキスをする。くすぐったそうにレオはやめてくださいよ、と言ってザップを軽く押した。やめない。そのまま次は耳を噛んだので、今度こそぎゃあと悲鳴が上がった。
「ちょ、ば、バカやめてくださいよ…!事務所ですよ!?」
「…事務所じゃねーならいーのかよ」
「そりゃいーですけど、てゆかそれは事務所でする話じゃ…」
ないでしょ、と言われる前に抱き締めたのでレオは無言になってしまった。「………んで?幾ら俺でもってーのはどーいう意味だ?」白状しろよ、と言いながら背中を叩くと、レオは呻き声を上げた。
「ば…ばっかじゃねーの…こんなことのためにこんなことするって…どんだけ子供なんですか…!」
「ああ?その子供にぐずぐずにされてんのはどこのどいつだ?」
溶けそうな顔しやがって、とレオの頬をぐいぐいと軽く抓ったせいか、レオはやめてくらさい、ともごもごと言った。「…っも、…わ、わかった!わかったから!」言いますよ、と遂に言った後輩の顔を見て、やっとザップは手を離す。レオははあ、と溜息を吐いた。
「…………あの、…別に事前に言ってくれたら飛び降りるの怖くないとかじゃなくて」
「おう。そんくれーは俺も分かるわ。結局うるせーだろ」
そう言うと、茶々入れないでくださいとレオは顔を顰めた。別にそうしているつもりはなかったが、どうもレオにはそう聞こえたらしい。「…あの、……まあ、ほら、……ザップさんだし」「?」わけがわからなかった。だからそういう顔をしたのだが、レオはだから、と嫌そうに―――けれど少し恥ずかしそうに言ってザップから目を逸らした。
「…いくら俺でもってのは…その、…いくら俺がザップさんを信頼しててもって意味ですよ。…流石にビルの十六階から一気に飛び降りるのは」
怖いでしょ、とレオは言った後に黙ってぐるんとザップに背を向けた。「…………………しんらい?」思わず平仮名発音になってしまった。普通だったら平仮名っすよとツッコミが入るのに、その時のレオは無言だった。
髪の隙間から見える首と耳が凄く赤い。
「………レオ」
「……………なんすか…」
そう返事がきたのは僥倖だった。声は震えていたし、たった四文字のそれだったのに、どう聞いても誰が聞いても、照れていると分かる。「……お前の家行っていーよな」そういえば最初はそんな話をしていたのだ。そう思い出したザップに、はあとレオは曖昧な返事を寄越した。
「………ザップさんがいいなら」
「じゃなきゃ言わねえだろ。バカ」
そう言ってそっと後ろから肩を引っ張ると、レオは意外なことに抵抗をしなかった。代わりにこっちを一切見ようとしない。そろそろと横から顔を覗き込むと、物凄く赤い顔をしている後輩が見えたので呆れてしまった。「…おいてめーよ。俺を信頼してるっつーの言うだけでそれだけかよ」「…っだ、だ、だって…!!そ、それもう俺には、」
告白に近いんですよ、というレオの声は悲鳴みたいに聞こえた。
なるほどこーいう声も好きだな、とザップは思って自分に笑ってしまう。それ見たことか。今日もまた一つ見つかった。







後半の言葉を区切って地の文にするの好きだな…って話