BROKEN TELEPHONE
2018/02/18
まだ直らないんですか、と言ったレオに先輩は顔を顰めた。
「そらこっちの台詞だ。まだ直んねえんだとよ」「代替機は?」「たまたま流通経路が塞がれてんだと」大事なとこがアナログだよな、と言いながらレオの先輩、ザップ・レンフロが伸びをする。「…この先千年の覇権争いをする街が代替機一つ届かないのかぁ…」そう呟いた後、レオはごん、とカウンターに額をぶつけた。
ザップの携帯が愛人によって川に水没されて三日が経過した。あの小さな薄い箱(最近のものはむしろ板だ)が無くなると連絡がつけ難くなるのが現代社会の悲しいところで、更に言えば根無し草のザップにとってそれはかなりの致命傷だった。ただし正確に言えば、致命傷なのは本人ではなくなぜか後輩であるレオナルド・ウォッチだった。
「……あ、パトリックさんが言ってましたよ。次行くとこ最近やべーって噂のとこだから一応用心しろって」
「あいつに心配されるたー俺も落ちぶれたもんだな」
「ひでーなもー…もーちょい素直に受け取ったらどーなんです」
それを聞くと、はっとザップは鼻を鳴らしてレオのことを軽く小突いた。大して痛くはなかったが、何で一々そやって俺に暴力を振るうんだか、とレオはむっとする。伝言と違って、口にはしなかった。蹴られるのが目に見えている。
つまりレオがザップの『携帯電話』の代わりをしているのだ。なぜか彼の携帯が使えなくなったその日から、同僚が、上司が、更に言えば稀にザップの愛人ですらレオにザップへの伝言を頼むようになった。何で俺が、と思いつつも頼まれたら断れない人間こそ、レオナルド・ウォッチでもある。メモを取ったり暗記したりして、渋々ザップに朝昼晩と逐一伝言している。しかもたまにその返事ですらレオがザップの代わりに伝えているのだから、本当に携帯電話の代わりといって他ならなかった。伝書鳩はストライキを起こさないんだろうか?そんな馬鹿なことも考えるようになった。
「…あーあ。俺もうこの伝言ゲームに疲れてきた…」
「でんごんげーむ?」
何じゃそら、と明らかに平仮名発音で言ったザップにレオはきょとんとして顔をあげた。「やったことないすか。伝言ゲーム」「知らん」そう言った先輩に、レオはゲームの説明を始めた。
「チーム戦なんすけどね。列作って、…えーと……、前の人が後ろの人に決まったお題…文章かなぁ…まあいいや。ソレ伝えてくんですよ。公平にどのチームも題は同じで。…そんで最終的に、最初のお題に一番近く伝えられてたチームが勝ちってゲーム」
雑にそう説明をしたレオに、ザップは怪訝な顔になった。
「…ソレ何がおもしれーんだ?」
「結構面白いんすよ。途中で全然違う文になったりしちゃうし」
ふーん、とザップは棒読みで相槌を打った。確かに経験してみないとわかんないかも、とレオは思いながらハンバーガーを齧る。最後にやったのいつだか覚えてないなあ、とレオはケチャップを舐めている間にふと、全然違うことを思い出した。
「あ、俺の家の冷蔵庫にあるプリンは絶対食わないで下さい」
「それは誰からだよ」
「俺からっすよ」
真顔でそう言ったレオに、何だよそれとザップは脱力した様子を見せた。「だってどーせまた俺がバイト中に俺の家来てるんでしょ?んでプリン食うでしょザップさんは」食ったら絶交っすよと言ったレオに、あのなあとザップは呆れたように言った。
しかしその後ちょっと間が空いた。「?」何があのなあだったのだろう、と怪訝に思ってレオはザップを見上げる。
耳が引っ張られたことにびっくりする暇もなかった。乱暴な割にその手付きがレオは嫌いじゃなかったが、流石にいきなりだったのでわっと小さく声を上げる。「…レオ」「…え、な、」なんすか、と言いながら僅か仰け反った。この男の狡いところは、ちょっと真面目な声を出しただけでレオを動揺させてくるところだ。上擦った声を出したレオに、ザップがそっと囁いた。
「…俺プリンよりピザが良いからテイクアウトして来い」
「……………。」
がくりと項垂れてしまったレオを横目にザップが爆笑し始める。「…っだよもー…!」くっだんねえ、と言ったレオにんだとコラ、と当然隣の先輩は怒ったように言った。「てめーが最初に始めたんだろ。付き合えよ」「にしても、もーちょいまともなこと言えないんですか?」「ああ?」どーいうこっちゃコラ、と言いながら頬を抓られたので、痛い痛いとレオは悲鳴を上げる羽目になった。
任務が終わった後は大抵ボロボロだ。埃を払いながらゴーグルを外した後、ザップのところにのろのろと歩み寄った。「ザップさーん……」「よう」生きてたか、とふざけたことを言った先輩に構わず、伝言ですとレオは息を吐く。ザップがきょとんとした顔になった。
「チェインさんから。死ねだそうです」
「………………………ソレ」
お前介して言うことじゃねえだろ、と顔を顰めた後ザップは一息吐きたくなったのか、葉巻を咥えた。
ザップの携帯が壊れたからと言って、レオが伝言に飽きたからといって、世界に何でも起こらなくなるわけではない。いつもと変わりなくこの街には、もとい世界には何でも起こっていた。漸くついさっき事が片付いたので、ライブラの構成員達は三々五々に事務所に戻るところだ。
「あ、ザップさん、ツェッドさんからも伝言預かってます」
「魚類だあ?」
露骨に顔を顰めた先輩に、レオはこくんと素直に頷いた。
「本棚を散らかしたまま帰らないでください、だそーです」
「…………。」
なんかよ、と言いながらザップがランブレッタに横向きに腰掛けた。「…ソレぜってー俺の携帯が復活してもあいつらメールとか電話で言ってこねえよな。わざわざ」「あー、っすね。俺も思います」やれやれとレオは肩を回して頷いた。レオを介してだからなのか、どうでもいい事ばかり伝言されるのが増えてきたのも事実である。メモを取りながら疑問に思うこともしばしばだった。
「もー、題を出す人はいいっすよ楽で。真ん中にいるこっちの身にもなってほしいっすわ」
そう言ったレオに、ザップは一瞬怪訝な顔をしたものの、ああ、とすぐに合点した様子で煙を吐き出した。「伝言ゲームか」
つい四日程前に話したそれを、ちゃんと先輩は覚えていたらしい。そうです、とレオは肩を竦めて頷いた。先輩の携帯が破損してから既に一週間ほど経っている。現状に大きな不都合が生じていないのは、レオの働きの賜物と言えた。伝言ねえ、とザップはどうでもよさそうに呟いたが、そのあとふと思いついたようにレオの方を振り返った。
「…おめーからは。伝言」
「は?俺?」
そーだよ、とザップは笑って言うと煙を吐き出した。「え。プリンを、」「それはもー聞いたわ」ふざけんなよとなぜかそこで怒られたので、怒りたいのはこっちだっつーに、とレオはスクーターの後ろに跨った。既にプリンはつい一昨日食われていた。
「なんかあんだろ。尊敬してますとか格好いいですねとか」
「ええ?…あ、うちにくる前に事前に連絡して下さい。特に深夜。あと俺のゲーム勝手に進めないで下さい。それから枕をパクるのやめて下さい」
言うとなればすらすら出てきた。しかし無論レオの先輩はそれを聞いてむっとした顔をする。「おいコラ。文句っつーんだよそれは」だって、とレオは眉を下げる。大体伝言も何も、題を出すのが自分で、最後になるのがザップなのだから、伝言も何もない。会話と変わらない。そうは思ったが、えーと、とレオは頭を掻きつつ一応考えた。
「………、………あっ。そうだ!先週貸した金返し、」
「うーし戻るぞー。さっさと行かねーとポリが来る」
「あっ。ザップさん!」
すたすたと瓦礫の中を歩いて行く男の背中をレオは慌てて追いかけた。「コラ!折角リクエストに応えてやったっつーのに逃げないでくださいよ!」「お前もーちょいマシなこと言えよな」顔を顰めてそう言ったザップにヘルメットを手渡された。マシなことってなんだよ、とレオは頬を膨らませて、不承不承スクーターの後ろに跨る。都合のいいことしか聞かねーんだから、と不貞腐れたレオがスクーターにしっかりと掴まったあと、先輩の愛車はすぐに発車した。
少年、という声に顔を上げた。「はーい」「伝言」「またですか?」そう言ってしまったのは仕方ない。既にさっきから三つほど預かっているからだ。眉を下げたレオを見て、すまんすまんと内容の割に全く悪びれずにスティーブン・A・スターフェイズはそう言った。
「仕方ないだろう。お前以上にあいつの居場所を把握している奴がいないんだ」
GPSも意味がないしね、と言ってやっとスティーブンは顔を上げる。「まあそう膨れるな。人生助け合いだ」「…………。」嘘臭い、と言いそうになって慌てて口を塞いだので、スティーブンがきょとんとした。「どうかしたか」「い、いえいえいえ。何でもありません」「?」なんだかお前もザップに似てきたなあ、と言われて閉口した。どうも互いに色々な意味で意思の疎通がうまくいっていない。
「えーっと…それでスティーブンさん。伝言は」
「あ、そうだったな。今日15時にメインストリート16ブロックポスト前。ツェッドと合流して奥に回れ。あ、これは君もだ」
「あ、はーい。……えーっと……、……ん?今日15時?」
そう言って顔を上げたレオに、そうだけど、とスティーブンは不思議そうに言った。「それがどうかしたか」「…いえ…えっと……あ、あったあった」メモ帳をぱらぱらと捲ったレオに、なんだとスティーブンが再び不思議そうにそう聞いてくる。レオはええと、と言いながらメモ帳を睨んだ。
「…その時間は…愛人と某部屋で口には出せないようなことをやっている予定ですね。あの人は」
「………………………それはどーいう過程でそうなったんだ?」
半ば以上感情が死んだ声でそう聞かれたものの、レオは淡々とメモ帳を捲る。「昨日任務で飛んだ分を埋め合わせするっていう伝言をシャルロ……、えーっと愛人の一人…に、僕が伝えて、それからその愛人が都合のいい時間が今日の14時半過ぎなので、っていうのを更に僕が」
「分かったわかった少年。悪かった。すまん」
「?」
なんでそこで謝られるんだ、という顔をしたレオに、なるほどとスティーブンは頷いた。「…つまり君は今思っていた以上に携帯電話扱いなんだな」「はあ。だからそう言ってるじゃないですか」情けない顔をしたレオを見て、そうか、とスティーブンは言うと少し困ったように天井を仰いだ。
「うーん…しかし携帯が直るのは再来週って聞いてるんだよなあ。代替機の方も全く返事がないし……仕方ない」
どっかで安いのを見繕うか、と言ったスティーブンにレオははたと気が付いた。「ちょっと待って下さいよ。よく考えたらその辺に安い携帯端末なんか幾らでもあるじゃないですか。なんで今までそれを使おうとしなかったんですか?」そう訴えたレオを見て、スティーブンは穏やかに微笑んだ。
「それは少年。君がいたからだよ」
「…………笑顔で誤魔化そうとしてませんか?」
そう言ったレオに、はははとスティーブンは再び笑った。「……、……えーっと少年。…今日は僕とクラウスと一緒に夕飯を食いに行くか。奢ろう」「クラウスさんを利用して僕を使い倒したことを誤魔化そうとしないでください」きっぱりとそう言うと、スティーブンはすまんすまん、と今度こそ手を合わせて謝った。ただし笑いながらではあったが。
「正直こんなにかかると思ってなかったんだよ。代替機もすぐ来るんじゃないかと思ってたし…それに思いの外君が優秀だったから」
「だから!そーやって誤魔化そうとしないでくださいってば!」
そう怒って言いながら机に手を置くと、スティーブンは今度はおかしそうな顔になった。「いや、結構これは本当だ。正直君がいてくれて物凄く助かったよ。あいつに連絡することも存外多かったし」「…………。」褒められているらしい、とは思ったが喜んでいいかどうか微妙なラインだった。別段仕事的な能力を褒められている訳ではない。
「だからそう膨れるなよ。…とりあえずその伝言だけ頼む。僕からクラウスに頼んで適当な端末は手に入れておくから」
苦笑いしてそう言われたので、不承不承レオは頷いた。「…わかりました。でもこれがほんとに最後ですよ」「分かった分かった」そう言ったあとスティーブンはレオの顔を見て、苦笑ではなくきちんと微笑んだ。
「まあでも、時間が合えばでいいから夕飯には行かないか。クラウスも僕も今晩は予定が空いている」
「………………。」
きょとんとしてしまったものの、数瞬の後にレオも息を吐いて微笑んだ。「…分かりました。奢られてあげましょう」「言うようになったな」そう軽口を叩き合った後、レオは事務所を後にした。
裏路地は結構入り組んでいて歩きにくい。その辺に立ち止まっている異界人の横を素早く通り抜けて行くと、目当ての店の看板がレオの目に入った。「…あった…!なんでこーいう店って奥にあるんだろう…」とはいえこの店に来るのも数度目くらいにはなっている。ドアをノックすると、中から返事が聞こえたからそっとドアを開けて口を開いた。「…お邪魔しまーす………」そう言うと、受付に座っている女性が顔を上げた。既に顔馴染みになっている女性だったので、レオはほっと息を吐く。
「…あのう……ザップさんいま―――」
そう言いかけた途端に後ろから蹴飛ばされたので、ぎゃあと悲鳴を上げながらごろごろと店の中に転がり込んでしまった。「いっ……」ちょっと、と苦笑しながらカウンターの中から受付嬢がこちらに歩いてくる。大丈夫、と言いながら目の前にしゃがみ込んできた女性に、レオはのろのろと顔を上げた。
「だいじょう……、あっ」
すみません、と慌ててぱっとその場から飛びのくようにして顔を上げる。受付嬢と思しき彼女はどうやら代役だったらしい。殆ど服を着ていないも同然の姿格好をしていたので、レオは慌てて眼を逸らした。店内が怪しく薄暗い光で照らされているせいで、色々なものや姿かたちはよく見えないのだが、それにしたって刺激が強い。顔を上げて最初に見えたのが彼女の顔ではなく、胸の谷間だったことも非常に悪かった。
「…こんなとこで何やってんだオメーは。クソガキにはまだはえーよ」
その声を聞いてはっとした。「あ……っざ、ザップさん」酷いじゃないですか、と言いながら振り返ったレオの前には、勿論レオを蹴飛ばした張本人であるザップが仁王立ちしていた。いててて、と背中を軽く押さえながら立ち上がると、酷いじゃない、というついさっきの彼女の声が聞こえてきた。そうですよねと一緒になって主張したいところだったが、さっきの今じゃ振り向けない。なのでレオはザップの方を向いたまま、彼女のそれをほんとですよ、と肯定した。
「俺は伝言を持ってきただけです!ったくもーすぐに暴力振るうんだから」
「伝言だあ?」
またかよ、と顔を顰めてすたすたとザップはレオを通り越して店の奥に足を向ける。「はあ。スティーブンさんからです」そう言ってレオもつい振り返ってしまった。勿論後ろには先程の受付嬢代理が、さっきと全く変わらぬいでたちで立っている。「はっ」そう言って慌ててレオはそっぽを向いた。耳まで赤くなったせいか、ザップと腕を組んだ彼女がおかしそうに笑った声が耳に入る。
「スターフェイズさんがなん……、……おめーよ。いい加減に慣れろよ。トマトかよ」
可愛いじゃない、と先輩の横からは笑みを含んだ声がしたが、レオはあえて聞こえなかったふりをした。「と、ともかくですね!今日15時!メインストリートだそうです!16ブロックのポストの前でツェッドさんと落ち合えって」「なにい?」3時かよ、と言いながら壁掛けの時計を見たらしいザップに、そこでレオはやっと背を向けた。
「伝えましたからね!んじゃ俺ももー行きますから!……あの、…すいません」
後半は受付嬢代理に言ったつもりだったが、相手にもちゃんと伝わったらしい。今度は指名してね、という軽やかな声に再び顔を真っ赤にしながらレオはやっと店を出た。後ろ手に勢いよくドアを閉めて息を吐く。「……は〜〜〜〜〜…あ〜〜〜〜…もー嫌だ……なんで俺ばっかり…」そう言ったあとに思い出した。そういえば、これが一応最後の”携帯電話”なんだった。それを思い出して、さっきとは全く違う意味でレオは息を吐く。
「…うし。じゃ俺も行、」
その瞬間後ろで閉めたばかりのドアが開いたので、レオはついさっきと同様ぎゃあと悲鳴を上げた。ただし今回は転ばなかった。後頭部に走った鈍い痛みに呻き声を上げながら振り返ると、何してんだよという呆れた声がしたので、慌ててドアから離れる。それを見てなのか、店のドアがゆっくりと開いた。外開きだったのか、と今更のようにレオはそう思った。いちいち意識なんかしていなかったので気が付かなかったのだ。
「あ〜〜〜あ…ったくてめーのせいで俺がキャシーに詰られたじゃねーか」
3時じゃもー出なきゃ間に合わねえだろ、と言いながら今度こそ店のドアを閉めたのは、げんなりした顔をしたザップだった。「はあ。そっすね。だから俺もこやって急いで来たんですよ」「来たんですよ、じゃねえっつーに。マリアとリゼと会う予定だったのによー」「…………。」その二人の女性の名前が先程まで話していた受付嬢代理と違うことはレオだって気が付いていたが、それにしてもと溜息を吐いた。二人かよ。しかもそれダブルブッキングとかじゃない感じですよね。世の中おかしいし色々とこいつは間違ってる。そんなレオを他所に、んじゃ行くかとザップは当たり前のように言いながら、すたすたと歩き出した。
「レオ早よしろよ。おめーもだろ?魚類が先来てたらまーた嫌味言われんぞ」
「あれは嫌味じゃなくて正当な怒りだし、大体ツェッドさんは俺にはそんなこと言いません」
けっという悪態を耳にしながら先輩の横に到着する。「あ、他は何もねーのか。伝言」「今のとこは。…あ、そーだザップさん。さっきのが俺の最後の伝言ゲームですから。ゲーム終了です」「は?」きょとんとした様子でザップはそう言うと、眼をぱちぱちと子供っぽく瞬きさせた。確かにこの言い方は分かり難い、とレオは自分で思いながら道を歩く。そろそろ裏路地を抜け、中規模の路には出られそうだ。
「だから、さっきので俺の伝言役はおしまいっつー話ですよ。スティーブンさんが夜には代わりの端末見繕ってくれるって言ってました」
「?なんだそりゃ」
そう聞かれたので、まあそうだよな、とレオも思った。代わりの端末が見繕えるならば、携帯が破壊されてからさっさとするべきだったのだ。なのにどういうわけかスティーブンがそれをしなかったために今になってしまった。理由は分からないが、おそらく面倒だったのだろうとレオは踏んでいる。勿論上司には言わないけど。
と、いうわけでつらつらとそれを説明した。「よかったですね」これで楽になるでしょ、と言ったレオに、先輩は変な顔をしていたものの、オウと小さく相槌を打った。「?」諸手を上げて喜ぶとまではいかずとも、もっと嬉しそうにしてもいいような気がする、とレオは疑問に思った。何しろここずっとレオがザップの周りをちょろちょろとしていたせいで、レオがガラの悪い異界人に目をつけられるたびにザップは嫌々レオを助けてくれていた。別にレオを助けるのが嫌なわけではなく、助けること自体が面倒らしい、とレオは思っている。たぶん他人に言ったらそうは見えないと言われるだろうけれど、毎度レオを助けてくれるたびに見せる先輩の顔はどうもそのきらいがあった。
「……ちゅーか楽になったのはおめーじゃねえのか」
「え」
俺、と言いながら小路を歩いて大通りへと向かう。洗濯物がひらひらと風になびいている下を通り過ぎると、すぐに大通りへの入口へと出ることができた。「そーだろ。ここずっとおめーが俺の携帯だったんだからよ」「ああ…」まあそれもそーかも、と思って頬を掻いた。散々文句を言っていた癖に、いざその任務から解放されるとなぜか文句の一つも出てこない。それも――――そうなのかな?
「…………………………。」
なぜか無言になってしまったレオを不思議そうに見た先輩は、けれどその後レオのように何も言わなかった。「…………。」無言のまま連れ立って歩くという非常に稀有な状況のまま、二人で指定の場所へと向かうことになる。
そりゃあ携帯電話の代わりは大変だった。四六時中あの男の居場所を確認しなくてはいけないし、どこにもいなければ知り合いたちに当たって所在を探しまくるしかない。ザップを介しての顔見知りは結構増えたし、彼の馴染みの店のマスターにも行くたびにチョコレートを貰うようになった。彼の愛人とは面識がある方ではあったものの、それでも知り合った人数はここ最近で増えた。よく店に誘われる。断っている。
ただそれが嫌なのかと言われるとすぐに頷けもしないということにレオは気が付いた。「………………今更だ」ぼそりと小さく呟いたせいか、隣にいたツェッドが不思議そうな顔をする。「あ。いや」なんでもないです、と言いながら手を振ったレオを見て、はいとツェッドは頷いて顔を上げた。ザップが店に入って五分経過している。
「……それじゃ僕も行きます。レオくんは何かあったら」
「すぐに逃げます」
そう言ってゴーグルを外して言ったレオに、はい、とツェッドは再び穏やかに言った。「そうしてください。僕らを待つなんてことは考えないように」「分かってますよ」「……はい」すみません先輩、と珍しく軽口を叩いたあと、ツェッドも店に入って行った。先輩っちゃ先輩ですけど、と苦笑しながらそれを見送ると、ゴーグルを再び装着する。調査任務であれば普通は一緒に行くのがセオリーだったが、店内の方がきな臭いという情報が事前に入ったこともあったので、レオは待機になった。時間差で脅しをかけた方がいい、という先輩の意見の許ツェッドが後から向かうことになったのだ。いつもはぎゃあぎゃあ喧しい斗流兄弟も、こと任務になると言い争いはそれなりに減る。それなりに、というところが彼ららしし。
「………はー…大丈夫かなあ…」
そう言ったあと再び無言になった。一人だからという理由もあるが、待機中ということもある。「…………。」寄りかかった廃ビルの中からは、勿論音も聞こえない。道路の方からはクラクションと誰かの怒鳴り声が聞こえた。
そうやってぼんやりと待っている時だった。ポケットの中にある携帯電話が着信を告げたことに気が付く。「あ」電話だ、と言いながら慌てて画面を起動させると、知らない番号が表示されていた。「?」誰だ、と思いつつも画面をスワイプさせて電話に出る。ライブラに所属している以上、出ないという選択肢は無いに等しかった。
「もしも、」
『レオ!!』
「わっ!?」
唐突に聞こえてきた大声に驚いてしまった。「ざ、」ザップさん、と言うと同時にがきん、という音が携帯の向こうからは聞こえてきた。何かに何かがぶつかっている音だ。銃弾が金属にぶつかった音にも聞こえたし、刃と刃が擦れ合った音にも聞こえた。
『先行け!そんでスターフェイズさんと旦…、…っと、このヤロ魚類てめーサボってんじゃねーよ!!』
こんな時までそう悪態を吐いたザップに、ザップさんとレオはもう一度声をかけた。「もしもし!?大丈夫なんですか!?」そう言いながらも道を走り始める。とりあえずストリートの方に出た方がいい。どうやら室内の状況はかなり変わってしまったらしい。レオは待機で正解だったのだろう。
『…っ連絡しとけ!そんでおめーは、』
「わかりました!」
最後まで聞かずに電話を切った。恐らく室内の電話か誰かの電話を奪ってこちらにかけてきたのだろう。すぐに切った方が戦闘の邪魔にはならないと判断したのだ。「……にしても」俺の番号よく覚えてたな、と変なところで感心しながら道に出た瞬間、そこに立っていた誰かに思い切りぶつかってしまった。「あたっ」最近こんなのばっかりだ、と思いながら倒れそうになったレオの腕が、しかしすぐに引っ張られる。
「すいま………、あっ」
クラウスさん、とレオが言った通り、そこにはクラウス・V・ラインヘルツが立っていた。「すまないレオ。大丈夫か」「僕はぜんぜ…、あ、それより」ザップさんとツェッドさんが、と言いながら指さしたビルの窓が瞬間凄い勢いで砕け散った。ぎょっとして振り返ったレオのすぐ横をクラウスが通り抜ける。「スティーブン!」「分かった!僕は裏に回る!」そう言ってそのままスティーブンは車から下りずにビルの裏側へと車を回し始めた。
お疲れ様でした、と手をあげたレオのところにクラウスが着地した。怪我はないか、と聞かれて首を振る。
「レオくん」
大丈夫でしたか、と言いながら非常階段からツェッドが降りてきた。「僕ずっとこっちにいましたから」ですか、とツェッドはほっとしたように言った。
「皆いるかー」
半壊している建物の中からスティーブンが携帯をかけながら現れた。「あ。お疲れ様です」「スティーブン」「お疲れ様でした」三人が口々ににそう言うのを聞いて、お疲れとスティーブンも返事をする。「まさかこんなに早く動くなんてな。予定が……ああもしもし。僕だ」誰かと話を始めたスティーブンの声に被さるようにしてサイレンが聞こえてきた。恐らく誰かが通報してやってきた警察だろう。勿論レオだけではなく、その場にいる善人がそれを察している。ツェッドがクラウスの方に顔を向けた。
「クラウスさん。帰りはどのように」
「ああ、ツェッドはスティーブンと。私はギルベルトと共に戻る。レオナルドくんは―――」
指示を始めたクラウスがこっちを振り返った。「あ、大丈夫です。…ザップさん」いけますよね、と言って足元を見る。レオの先輩は瓦礫の横でうつ伏せになって倒れていた。「…………。」「あ、大丈夫っぽいので。この人とスクーターで戻ります」そう言ったレオにちょっと待てよとザップが勢いよく顔を上げた。
「てっめえこれのどこが大丈夫なんだよ!もっと俺を労われこのバカ」
「元気じゃないですか…」
「……ふむ」
そのようだな、とクラウスは笑って言うと、それじゃあ事務所で会おうと言いながら車の方に走り始めた。「了解しました。ではレオくんまたあとで」「てめーレオには挨拶しといて俺にはなしかコラ」「急いでんだから突っかからんでください!ほら早く!鍵!」ザップの腕を引っ張ってそう言ったレオにぽいとスクーターの鍵が投げてよこされた。落とすっつーに、と思いながらスクーターの方に走り出したレオの後ろから、ザップも悪態交じりに駆けて来る音がした。
「ったく最悪だ。何が調査対象だよ大穴だぜ。どーりで周り当たってもぶち当たんなかったわけだ」
「時間稼がれてたんですかねえ。泳いじゃいましたかね」
「泳ぐのは魚類だけで充分だっつーに」
そういう意味じゃないでしょう、と顔を顰めて言った後にスクーターに跨った。「いーよおめえ後ろ回れ」「え。いーんですか?」怪我は?と言ったものの素直にそのまま後ろへ移動する。ふんとザップは鼻を鳴らして鍵をレオの手からひょいと取った。
「こんなん怪我の内に入んねえよ。俺の愛車をてめえに任せられっか」
「散々俺に運転させといて何言ってんすか」
まったくもう、と言ったもののなんだかおかしくなったから笑ってしまった。「何笑ってんだよ」そう言ってザップがぽいとレオにヘルメットを投げる。あざっす、と言いながらそれを受けとってほっと息を吐いた。調査が突然戦闘になるなんてことはこの組織じゃ日常茶飯事だ。慣れるとまではいかずとも、驚くということも最初と比べて減りはしていた。「…あ、そーだ。てゆかザップさん俺の番号覚えてるんですね」「あ?」なにが、と言って不思議そうな顔をしたザップが振り返った。
「だってさっきかけてきたでしょ。俺に」
「覚えてねえよ。アレ魚類の電話パクっただけだしよ」
「ツェッドさん?」
だって表示知らない番号でした、と言おうとして気が付いた。そういえばツェッドの携帯も破損したばかりで、今彼は代替機を使っているところだった。ザップと違ってツェッドは任務中の出来事だったので、早急な手配が施されてすぐに代替機は到着した。確かそのあとザップの携帯も壊れているということが周知されたのだ。時間差でザップの分だけ代替機は間に合わなかったのだろう。
「…あ、そっか。俺まだツェッドさんの代替機の番号登録してないんだった」
恐らくツェッドは既に全員の番号を登録しているのだろう。どうせ代替機だしいいか、と思ってレオはツェッドの番号を自分の携帯に登録していなかったのだ。やっぱ登録しておいた方がいいな、と今回のことでそう思った。その方が何かと便利だ。
「大体他人の番号なんざ一々覚えてるわけねーだろ。おめえも俺の覚えてねえだろ?」
「あー…まあそれは……」
そうですね、と言ったレオに、だろー、とザップは呆れたように言った。「あんななげー番号いちいち暗記できるわけねーだろ」確かに、と首肯して肩を竦めたレオに返事をせず、ザップはスクーターを停める。信号が赤になったせいだ。
「…覚えといた方がいいんすかね。スティーブンさんとか覚えてそうだし」
仕事柄、と言ったレオに、要らねえよとザップが言った。「覚えといても今みてーになったら意味ねーじゃん」今というのはザップの携帯が破損してしまっているという意味だろう。確かに携帯そのものが壊れているのであれば、幾ら電話しても応答がないから意味がない。番号が機能していない。
「でも覚えといた方が便利は便利じゃないすか」
「まーそりゃーそうかもしんねーけど。めんどくせーじゃん」
覚えねえよ、と言われてまーそりゃなー、とレオも思う。覚えている番号は実家のそれくらいだった。「…ザップさんは愛人の番号とか覚えてねえんすか」「覚えるわけねーだろ。お陰でここ暫く俺は死んだと思われてたんだぞ」どういう意味だ、と思ったがすぐに気が付いた。
「……連絡しないから?」
「オウ」
「…………。」
仕事の電話を無視することもある癖に、結構この先輩は愛人たちに対してはマメなのだ。確かにレオがバイクを運転している後ろでよく彼は複数の愛人に電話していた。まあ女の子って連絡怠ると怒るらしいしなあ、とレオは故郷の妹をふと思い出した。そういえば彼女も連絡が滞ると結構怒る。そういう意味とは違うのだろうが、何にせよ女の子というのは連絡を取りたがるものらしい。ふむ、と妹のことを回想していたレオの眼に、信号が青に変わったのが見えた。
「その半分…いやさ三分の一くらいでいいんで俺にも連絡してくださいよ。いきなり深夜にうち来るのやめてくださいって」
「あー?なんでおめえに一々電話しなきゃいけねーんだよ。めんどくせーわ」
「めんどくさいっていうかフツーに迷惑なんです。俺も俺で色々あるんだから」
そう言うと、色々ってなんだよ、と心底不思議そうに言われた。「女がいるんじゃそりゃ俺も遠慮するけどおめー別に女いねえじゃん」「なんかそれとこれとは……や、ザップさんは俺に彼女がいても遠慮しないでしょ」「するっつーの」しない、する、という無意味なやり合いが続いたあと再びスクーターは停車した。どうもさっきの騒ぎのせいかそこここで渋滞している。
「ちゅーか電話しようがしまいがおめえその辺にいんじゃねーか。んじゃ別に電話しなくてもよくねーか?」
「いやいつもいるわけじゃ…、……?それどーいう意味すか」
そう少し身を乗り出して聞くと、何がとザップは言ってこちらを振り返る。信号はまだ赤いままだ。「俺がその辺にいるとかいないとかそんな話でした?」「?そーいう話だろ?だって、」「あ、」ザップさん前、と言ってレオは先輩の背中をぺたんと軽く叩いた。信号が青になったのだ。そんなすぐに進めねえだろ、とザップは言ったもののちゃんと正面を向いた。緩々と先頭の車が進んでいくのが見える。
「……………。」
―――俺がその辺にいようがいまいが。
関係ないんじゃないだろうか。そもそも連絡というのは用事があるからするものであって、そこに誰かがいるから取ろうとするものではない。それじゃ手段と目的が逆だ。そう思っているレオの耳に、エンジン音と一緒に先輩の声が聞こえてきた。「…レオ」「え」顔を上げる。ザップは勿論正面を向いていた。
「伝言」
「へ。え、誰に?今誰からも返事待ってませんよ」
「お前」
「俺?」
誰から、と聞いたがザップは返事をしなかった。そこで気が付く。そもそもレオが仲介をしているのはザップと誰かの会話だ。だからザップが―――レオに伝言するのはおかしい。その伝言をする”誰か”が直接レオに連絡を取ればいい。ザップを介する必要はないはずだ。「…………なんて?」だから何となく、レオもそこで誰からの伝言なのか気が付いた。少し身を乗り出すと、前からは排気ガスの臭いよりも強く、煙草の香りがした。いつの間にか先輩は煙草を咥えていた。
「俺は結構楽しかったけどな。…伝言ゲーム」
それを聞いた直後、レオも何か言おうと口を開いた。なのにすぐに目の前の車が発車したせいで、ザップもすぐにアクセルを踏んだ。「あ、」慌てて座席にしっかりと掴まったレオを他所に、スクーターは先へ先へと進んでいく。「………あのーザップさん」「…………。」返事はない。けれどレオは、自分の声がザップに聞こえていると、なぜか確信を持った。
「…………、……そーすか」
間を空けたのは何て言えばいいのかわからなくなったからだ。ただ、そう言った後に何だかおかしくなって笑ってしまった。伝言どころかただの会話だ。たとえばこれが伝言ゲームだったら、自分達のチームが最下位だろう。題を問題にして、その回答を最終的な答えにするゲームもあるにはあるが、これは質問と回答ではなくただの会話だ。「……あ、それじゃあ」そう言うと、なんだよと今度はザップから返事があった。その声からは、珍しくいつもと違って感情を読み取れなかった。何かを誤魔化しているようにも、聞こえる。
「俺からも伝言があります。ザップさんに」
「…なんだよ」
少し意外そうな声でザップはそう言った。誰からと聞かないということは何となく彼も”誰から”なのか察しているのだろう。
「……んじゃまたやりましょーよ。伝言ゲーム。……俺も結構、」
楽しかったです、と言ったあとにまた笑ってしまった。「………おめーがどーしてもっつーんならな」その言い方はいつもの傲岸不遜なこの男の言い方そのものだったので、レオは吹き出してしまう。何でてめーが偉そうなんだっつーの。そう言いたかったけれど言ったら殴られると分かっていたので、代わりに先輩の背中にヘルメット越しの頭を軽くぶつけた。
「もっと早よ申請してくれりゃーいいじゃないですか」
「いーだろ別に。お前楽しそうだったじゃないか」
全然楽しくなんかねえっすよ、と言い返している先輩の横で、レオはハンバーガーを齧っていた。「あ、クラウスさん。ソレこのソースつけて食った方が美味いっすよ」「ああ、そういう仕組みなのだな」仕組みってわけじゃないですけど、と笑って言ったレオの肩がぐいと引き寄せられたので、ポテトを取り落としそうになった。
「わっ!?な、なな、なんですか!?」
「おめーからも言ってやれよ。特別労働分給料上乗せして貰えって」
「さてはザップお前、それが狙いか」
顔を顰めてそう言ったスティーブンがナイフを置いた。夕飯はレオの希望でダイアンズ・ダイナーになった。ボックス席でレオの横に当然のように座ってきたのはザップだったが、クラウスもスティーブンも特段何も言わなかったのは、おそらくこうなると予想していたからなのだろう。
「……あのー。別にいいですよ。もう今日で終わったわけだし…それにあの、ザップさんの…いつも使ってる携帯電話、来週には戻って来るんですよね?」
「パトリックからはそう聞いている。彼の言うことに間違いはないだろう」
「けっ」
どーだか、と言ったザップに、よかったじゃないすか、とレオは苦笑して言った。「自分のが戻ってきた方がいいでしょ」「どっちでもいーよ。大して愛着ねえし」ひでーなぁ、と言ったレオのポテトを当然のように齧ったザップは、どーせどの携帯でも大して変わんねえよ、とある意味携帯電話会社にとっては致命的なことを言った。
「…ま、どーせあと一週間なんだ。それまで少年が携帯の代わりをやってやってもいいんじゃないか」
スティーブンはそう言って食事を再開する。当然レオは首を振った。「ヤですよ。どーせザップさんはデータを移すのが面倒なだけですよ」そう言うと、先輩はうっと図星を衝かれたような顔になった。やっぱり、とレオは眉間に皺を寄せる。しかもどうやらそれをレオにやらせる気だったらしい、というところまで予想がついた。
「…さっきのザップさんの顔見ましたか二人とも。ザップさんはこのようにして俺を使い倒す気なんすよ」
「そうかそうか。大変だったな」
「いや、そうさせた原因はスティーブンさんにもありますけど」
ツッコミを入れたレオにげほごほとスティーブンが咳き込んだので、クラウスがスティーブンの背中を摩り始めた。それを見ながら、なんだよとザップは言ってフォークを齧るように、口に咥えた。「いーだろ別に。おめえのが得意じゃねーかそーいうのは」「そーいう問題じゃないっすよ。……あーあ。なんか俺も俺が代替機やった方がマシな気がしてきましたよ」そう言って溜息を吐いたレオの横で、ザップがおかしそうに噴き出した。「…………。」その反応は予想外だ、とレオは隣に顔を動かす。「…んじゃーよ。やっとくか?」「はい?」どういう意味だ、という顔をしたせいだろう。ザップは肘をテーブルについて、口にあるフォークを掴んだ。
先輩の口からフォークが離れる。
「…コンティニュー?」
にやりとそう笑って言う様は、非常に楽しそうなそれだった。「……………。」なぜかレオはそこで無言になる。その、悪戯っぽい表情を見た瞬間に、何とも言えない気分になったからだ。―――なんだかこれから。
何か始まっちゃうみたいな。
「……、…………ノーコンティニューでお願いします」
「てめーでゲームオーバー選択すんなや」
そう言ってごつんと側頭部を小突かれた後、レオは再び小さく溜息を吐いた。割にその溜息が結構楽しそうだったので、自分で自分に呆れてしまった。
終