いただきます
2017/12/03
後輩、と繰り返されたのではいそーですよ、と頷いた。「後輩っつーよりヘルプですね。先輩が一人入院しちゃったんで」元々足りない人手がもっと足りなくなっちゃって、と苦笑した後輩が伝票を切った。
「はいザップさん。お持ち帰り四枚、しめて5,274ゼーロになります」
「おうサンキュー。お前払っとけ」
「金払わねーなら帰ってください」
そうきっぱりと言った後輩をちょっと睨んだ後、しゃーねえなと言いながらポケットに入っている札を取り出した。「持ってんじゃねーすか…ってか財布は?なんで直に入れてるんです」危ないですよ、と言いながら差し出した札を受け取った後輩は、器用にぱらぱらとお札を数えた。
「釣り出ますから、ちょっと待っててください」
早よしろよ、と言いながらカウンターに腕をつくと、はいはいとおかしそうにレオナルド・ウォッチは笑った。「………。」そこで笑う意味はわかんねーけど、とザップは思いながらレジを打っているレオを見る。ぽちぽちとレジ打ちをしているレオは、堂に入っているようで覚束ない手付きにも見える。余り店にいることがないからかもな、とザップは思った。
ザップにとっての後輩である、レオナルド・ウォッチはアルバイトをしている。ライブラという組織に属しているだけでなく、アルバイトにも精を出している理由はたった一つ、生活費のためだ――――とザップは思っていたのだが、どうやら違うらしい。妹に仕送りをしているらしいという話を人づてに聞いた時、なるほどとザップは理解した。だからアイツいつも金がねえのか。そう言ったザップに、弟弟子のツェッド・オブライエンは悲しみを通り越して呆れ果てた様子で溜息を吐いていた。だからじゃないでしょう、と言われてきょとんとする。
『…だったらもうちょっと気を使ったらどうなんですか』
そう言われて益々きょとんとした。何が、と言いながら寝ながら自分に寄りかかっているレオの頭をぐしゃぐしゃと掻き回すと、ですからとツェッドは情けないとでも言いたげに、眼を押さえた。『レオくんのお昼を奪ったりとか、無理矢理お金立て替えさせたりとか、そういうことを控えた方がいいと僕は言ってるんです』『はあ?なんでだよ』コイツが好きで仕送りして好きでバイトしてんだろ、と言いながらもう一度レオの頭を掻き回したが、半分酔っぱらって寝てしまっていたレオは全く起きなかった。丁度その時はライブラの飲み会で、ザップはツェッドと向かい合ってソファで会話していたところだった。
それを聞いたツェッドは、まるで匙を投げた医者のような顔をしてそっぽを向いてしまった。『?』なんだよその顔、と言ったザップに、返事はされなかった。
言われている意味は分かったが、けれど自分が言ったことも本音であったことは間違いない。ライブラの給料だけで十全にやっていけるであろうレオが、身体を壊しそうなレベルでアルバイトをしているのだって、その金額のほとんどを妹に送っているのだって、レオが決めたことだ。ただそれに対して自分が気を使ってやりたいことをやらないのはなんだか違うとザップは思っている。だからレオに対して気なんか使ったことがない。
「…はいザップさん釣り。…どっかでパーティでもやるんですか。その量」
宅配してくれたら行くのに、と言いながらちょこんと首を傾げたレオからピザを受け取って、ちげーよとザップは首を振った。「飯だよ飯。言ったろ。今日会議だって」「え?………え?マジで?」ライブラの、と少し声を潜めて言ったレオに、仏頂面でザップは頷いた。レオは少しだけぽかんとしていたものの、なんだ、とちょっとおかしそうに言った。
「そーいうことすか。だからザップさんがパシリに」
「お、ま、え、がいねーからだろボケ」
そう言ってレオの額を小突いたので、痛いですとレオはそれでもおかしそうに笑って言った。
――――本音がバレなかったのは僥倖だ。確かに言った通り、本日はライブラで会議が行われている。昼には終わるだろうと見做されていたその会議は押しに押し、結局昼もここで食おうという話になった。お前ピザでも買ってきてくれ、と疲れた様子のスティーブンに頼まれたのがザップだ。何で俺が、と口を尖らせたザップに剥き出しのまま札を手渡し、スティーブンは手を振った。『丁度いいだろ。会って来いよ』そう言ったが否やすぐに図面の方に顔を戻してしまった彼に文句を言う気は失せた。何が会って来いだ、と不貞腐れつつこの店までやってきたのだ。運が悪いのかいいのか、今週はずっと店常駐なんですよね、とレオが言っていたのを、スティーブンはきちんと覚えていたらしい。
だからたぶんピザでなくてもよかったのだろう。たとえばダイアンズ・ダイナーでテイクアウトしたり、もしくは別のピザ屋だってある。けれど結局ザップはレオが勤めているドギモ・ピザを選んだ。理由は絶対に口にしたくない。
「…あーあ。でもいーなあ。俺も食いたかった」
「?」
そう言ってカウンターに肘を付いたレオを見て、ザップは怪訝な顔をする。毎日ピザに囲まれてて何言ってんだコイツ。そう思ったのは、表情からすぐにレオに伝わったらしい。毎日見てるし食ってもいますけど、とレオは言って肩を竦めた。
「一人で食うよりみんなで食いたいでしょ。特にライ…じゃなくて、えーと…そっちではあんまりみんなでピザを食うってないし」
「…………ああ…」
実際のところザップ自身もそういうタイプではあったが、けれどそれを口にできるかどうかは話が別だ。つまり一人よりみんなで食べたほうが美味しいと言いたいのだろう。しかしよく臆面もなくそーいうこと易々と素直に言える、と半ば呆れた。
いーなあ、とレオはまた同じことを言うと肘を退けた。「俺夜に行くからそれまで待っててくださいよ」「出来るわけねーだろボケ。俺は電子レンジされたピザは嫌いなんだよ」顔を顰めてそう言ったザップに、そーでしたね、とレオはおかしそうに言った。勿論、レオも本気で言っていたわけじゃないらしい。
そこで後ろの方から、レオ、とレオを呼ぶ声がかかった。「はーい!…やっべ。んじゃザップさん、俺夕方そっち行きますから」「オウさっさと来いよ。じゃねーと俺ばっか働かされんだ」眉間に皺を寄せて言ったザップに、はいとレオはまた苦笑すると、それじゃとバックヤードに戻って行った。カウンターに手を置きつつ、無言でレオが引っ込んでいく様を見たザップは、少ししてからひょいと身を起こした。
「…あーあ。だりー」
そう言って伸びをした拍子に、袋に入ったピザががたがたと動いた気配がして、慌ててきちんと持ち直した。
お疲れ様です、という声に立ち上がった。あ、というツェッドの声は勿論無視して、入口に向かって走り出す。「あ、ザップさん!お疲れさ、ぎゃあ!」がつんという音がしたせいというよりは、額にチョップをかましたせいだろう。レオは悲鳴を上げ、手でぶたれた箇所を押さえた。
「い……ってーなもー!何すんすか!?」
「何すんすかじゃねーよボケ!おせーよ!何ちんたら走ってんだ!」
「はい!?これでも予定時刻より30分も早く着いたんですけど!?」
ひでーよ、と言ったレオの腕を掴んでソファの方に引き摺るように歩き出した。痛い痛い、と喚いている後輩の声はいつもと何の遜色なく、煩いし喧しい。ソファに戻ると、ツェッドはのんびりとした様子で本を読んでいた。
「ちょ…っともー!痛いって…、て、てゆかあの、何で俺が怒られて、ぎゃあ」
腕をひっぱったまま思い切りソファに腰掛けたせいか、ぎしりとソファは悲鳴を上げたが、ついでにレオも悲鳴を上げた。「お前がおせーから冷めちまったっつってんだよ」「は?」顔を顰めて言ったザップを見上げて、レオは不思議そうにそう言った。
ほれ、と言いながらぐいとテーブルの上にある箱をレオの方に引っ張って来ると、レオはぽかんとした顔になった。「え。……これ…」そう言って紙製の、おそらくほぼ毎日触っているであろう箱をレオが開ける。紙が擦れる独特の音を耳にしながら、けっとザップは明後日を向いた。
「……ピザじゃないですか」
「そーだよ。おめーのだ」
そう言ったザップに、レオは少し考えるような顔をした後に首を傾げた。「…ワンピースですけど」反射的にぺしんとレオの頭を叩いてしまったので、ツェッドがやっとそこで顔を上げた。レオは痛い、と悲鳴を上げたが恐らくそんなには痛くなかった筈だ。声に真剣味はなかった。
「ちょっといい加減にしてあげてくださいよ。どうしてもう少し素直に言えないんですか?」
「うるせーな魚は黙ってろよ。てゆか何で魚の癖に口が利けるんだよ」
酷い暴言だったにも関わらず、ツェッドはそれに一切反論をしなかった。つまりザップを無視して、レオくんといつものように穏やかな声でレオに話しかけたのだ。ザップは当然むっとする。「…この人がこのワンピースだけレオくんのために確保しておいたんですよ。冷めちゃうって言ったんですけどね」「……。」俺に、と言いながらレオがまじまじとザップを見上げてきたので、当然気まずくなったからザップは反対に目を逸らした。
「…おめーが食いたいっつーからだ」
「……………それはどうも」
そうレオは淡々と言った後、会議は、と言いながら正面を向いた。「……………。」それ以上言及がなくてザップはほっとする。自分でも似合わないことをしているという自覚はあったし、高々あんなことを聞いた程度で、自分がピザを後輩のために確保しておくなんてこと、すると思わなかったのだ。そもそもピザを食っている最中、ザップはレオがそんなことを言っていたなんて忘れていた。ただ残りワンピースになったマルゲリータを見たところで、ふと思い出したのだ。
――――一人で食うよりみんなで食いたいでしょ。
そういえば、と思って慌てて箱ごとピザを確保して、その後はっとした。俺は何をしているんだ、と思ったのが表情にも出ていたらしい。隣にいたクラウス・V・ラインヘルツはきょとんとした顔で首を傾げた。『…どうしたのかねザップ。残りワンピースなのだから、好きに食べて貰って構わないが』そんなに君はマルゲリータが好きだったか、と言われてああ、とザップは自分のやった行動に困惑しながら曖昧に肯定した。
『……俺じゃなくてレオが』
『レオ?』
益々きょとんとした顔をした長は眼をぱちぱちと瞬かせたので、慌ててザップは首を振った。『いや何でもねえ。…いーから旦那はチキンでも食ってろよ』ほら、と言いながらよいしょとクラウスの背中を押したので、クラウスは不思議そうな顔になった。
箱を持ってテーブルの上に置いたあと、ソファに座る。奇妙な顔をしていたのは向かいにいたツェッドだった。どうしたんですかソレ、と言われても何でもねえよとザップは同じことを繰り返したが、しかしそれは勿論ツェッドだけでなくスティーブン、チェイン、更にK.K.もそう思ったらしい。食わないのか?とか食い意地張りすぎじゃない?とか冷めちゃうわよ、とか散々皆に不思議そうな顔をされ(一部罵倒も混じっていたが)、ザップは辟易した。いつもは大して本部に来ない筈のブリゲイドやサトウにすら何してんだお前、早よ食えよと不思議がられたので、いい加減ここに至るまで苛々が募っていたのだ。自分でやったことだというのに、レオに八つ当たりするのはザップならではだったけれど。
「ツェッド!」
丁度その時、執務室から弟弟子にお呼びがかかった。「すまん作戦変更だ。ちょっと―――ああ、来たのか。お疲れ少年」そう言ったスティーブンにレオが立ちあがる。「お疲れ様ですスティーブンさん。たった今来たんですけど、…僕も行った方が?」そう言ったレオを見て、いや、とスティーブンは首を振った。
「まだいい。とりあえず概要をそこにいる先輩に聞いておいてくれ」
先輩、と一瞬変な顔をしたレオは、どうも意味が上手く呑み込めていないらしい。勿論ザップもそれは同様で、何を言ってるんだと怪訝に思って―――すぐに気が付いた。自分のことだ。
「スターフェイズさん」
顔を顰めてそう言ったザップにスティーブンは苦笑して、それからレオはちょっとおかしそうに噴き出してこちらを振り返った。自分で言うのはいいけれど、他人から言われるとどうにも違和感がある。確かにその通りだったが、あんまりそういう思いで接したことがないからかもしれない。護衛につくことは多かったが、それは先輩だからというよりは、レオが危ないからという意味でしているに過ぎなかったからだ。
「いいだろう、本当のことだし。ピザを食いながらでいいから聞いておけ」
そうスティーブンが言ったので、ザップは怪訝に思うそしてすぐに理解した。なぜかレオはピザの箱を持ったまま立ち上がっていたからだ。
「あ。……はーい…」
そう言って恥ずかしそうにしゃがみ込んだレオと対照的に、既にツェッドは執務室の方に向かっていた。「変更っていうと…最後の?」「まあそうだな。お前がやるここの―――」スティーブンとツェッドの声は途中で途切れて聞こえなくなる。ドアがぱたんと音を立てた。
「……で、今回どーいう話になってるんですか。先輩」
「やめろ。嫌味にしか聞こえねえぞ」
そう顔を顰めて言ったザップの横で、それもそうですかね、とレオは笑って箱の蓋を改めて開けた。「んじゃ食います。いただきまーす」そう言って手を合わせたので、ザップはおいおい、と呆れた顔になる。レオは不思議そうな顔をした。
「そのまんま食うのかよ。レンジ使わねえのか」
「ザップさんも言ってたでしょ。俺もあんましレンチンされたピザ好きじゃないんですよ」
なんかしわしわになるし、と言うそれには頷き難かった。しわしわ?なるか?そう思っている間にも、レオはぱくんとピザを齧っていた。「あ」「あーやべほんとに冷めてる。でもやっぱウチのピザだなー…」チーズは美味い、と言ったそれを聞いたらなんだかどうでもよくなった。まあいいか、と思いながらソファに寄りかかる。
後輩はすぐ隣でピザを食べている。
「…作戦って……、……どんな感じなんすか」
「…とりあえず地下から潜ってこうやってことになってる。…お前は俺と一緒に上からだ。ナビしろ」
「ああ、そういう感じに固まったんですね。分かりました」
「……………。」
レオがすぐ隣でピザを食べている。
「……ふう」
美味しかった、とレオは満足そうに言って笑った。「ごちそうさまでした。…ザップさん、ピザありがとうご、」ざいました、という続きを聞く前に、ピザのせいで油っぽくなったレオの右手を引っ張った。「わっ!?」当然、レオからは驚いた声が上がった。けれどそれを無視して、ザップはレオの人差し指と中指を口にぱくんと入れた。
ピザを齧る時と同じように。
「おわ!?…えっ……、…………え!?」
明らかに混乱した声が聞こえたが、ザップはそれを無視した。別に指は美味くもなんともない。ただ舌を這わせるとレオが引き攣ったような声を上げるのがなんだか楽しかった。「えっ…え!?いや、…っあの、あの!?ざ、ザップさんソレ、」俺の指ですけど、という声は震えている。舐めた指は細くもなんともない。男の指だった。油っぽい。何でそこで怖がるんだこのバカ、とちょっとおかしく思いながらレオに目を向けた。
余りにびっくりしすぎて口から指を抜いてしまった。ひっとレオが小さく声を上げる。
「………………レオ」
レオの顔は真っ赤だった。「あっ、…ちょ…っと、あの、……だからソレ、」俺の指、と言うそれを聞く前に。
今度はレオの口に噛み付いた。
ピザを齧るようにではなく。
たった一人の後輩にキスをするように。
終