100%魔法の呪文

2016/10/16/BZW3 参加時無配ペーパー

※発行本の続きのような話

あんな風に呪われてたのがさあ、という第一声に顔を上げる。「あ」チェインさん、とレオが言う前になぜか横に座っていた先輩の頬が陥没した。
なぜかというよりは、お決まりの出来事と言った方がいいかもしれないが。


「…レオだったらよかったよね」
そう言いながら続いてザップの頭上に着地した美しき人狼は、ちょこんと首を傾げてレオのことを見下ろしていた。「…オイてめえそれか?それしか言うことねーのか。犯されてーのかマジで」低い声でレオの先輩であるザップはそう言ったが、チェインは彼の頭の上から退くどころか、彼の抗議を完全に無視してレオに同意を求めた。
「レオに嫌いって言われてコイツがパニクってるところが見たかったなあ、私」
「おい聞いてんのか犬。退けっちゅーに」
「ザップさんさっきのは流石に酷いですよ。女の子相手に」
そこで沈黙が起きる。三者三様、それぞれ違う相手に話しかけたせいで訳が分からなくなったのだ。ええと、とレオが口を開いたのを契機として、ひょいと漸くチェインがザップの上から飛ぶように退いて、次いで目の前にある椅子の背凭れに着地した。何で椅子本体ではなく背凭れに、とレオは思ったが、詮方ないことだとも思ったから聞かなかった。よく見る光景だ。
「…靴の裏が汚れた」
「ってオイ!!おめーが勝手に俺のこと踏んできたんだろーが!今回俺はなんもしてねーだろバカ!」
当然ザップが立ち上がってそう言いながら彼女を指さしたが、チェインは澄ました顔でそっぽを向いた。「?そこにいたじゃない」「おおうレーゾンデートルが踏まれる理由とは…哲学的っすね…」「おいソレツッコミか?やる気あんのかコラ」そうザップは言うとふんと鼻を鳴らして勢いよくソファに座った。軋んだ音に、レオの肩にいたソニックがちょっと驚いたように目を瞠らせてぴょんとテーブルの方に飛び移った。
「……呪いって持続しないんだね」
そうチェインは半眼でレオの方を見て、首を傾げた。半ば呆れている様子なのは、レオが先日呟いた呪いの内容についてだろう。「…えーと」冗談で言ったつもりだったんだけど覚えてたんだ、とレオは思いながらもちょっと首を傾げて頭に手をやる。流石に照れた。

――…静かになる呪いをかけたので、俺はともかくこの人は暫く静かです。

そう彼女に向かって言ったのはほんの一週間前のことだった。
遡ること約一週間前、レオの先輩は呪われていた。命に関わる呪いではなかったものの、本人及びレオにとって最悪のものだったことは間違いない。あの数日間で恐らくレオは一年分くらい泣いたので、暫く泣ける映画や本は見ないことにしていた。いずれにせよ、思い出したくもない呪いだったのは間違いない。ザップにとってはどうなのか知らないが、レオにとってはそうとしか言いようがなかった。呪いの内容もさることながら、その時の自分の醜態を思い出すと死にそうな気分になるからだった。まさかたった一言で自分がそこまで混乱するとは思ってもみなかった。
「…にしてもさっきのはどーいう意味っすかチェインさん。俺呪われたくないですよ」
「あ、うん。別にレオが呪われればいーのにとかそーいう意味じゃなくてね」
そいつがレオから嫌いって言われたらどーすんのかなあって思っただけ、とチェインは言ってまた小首を傾げた。なんかそーいう仕草は小鹿みたいだな、とレオは益体もないことを考えつつ、口を開く。「…嫌いって」「言われたら?」チェインのそれを聞いて、別段示し合わせた訳でもないのに、レオの後にザップもそう呟くようにして、言った。伝言ゲームの様相に似ていたが、無論伝言ゲームではない。
「…ちょおお前言ってみ」
二秒後、ザップがそう言ったのでレオはきょとんとして先輩を見上げてしまった。「は?今?」今じゃなきゃいつ言うんだよ、とザップは足を組み、ほれ、と言いながらレオの頭を小突いた。小突く意味はどこにあるんだ、と思いながらレオは自分の頭を押さえると、嫌ですよと顔を顰めてそう言った。
「何でだよ。いーじゃねーか別に」
「嫌に決まってるでしょ。何で思ってもみないこと言わなきゃいけないんですか?」
そこまで言ったあとだ、ほれ見ろと謎に満ちたことを言いながら、ザップがレオではなく正面にいるチェインの方に顔を向けた。「はい?」当然レオは怪訝な顔になったし、チェインも同様だった。
「こいつが俺のこと嫌いだとかそんなこと言うわけねーだろ」
そう言ったあと、なぜかレオの先輩はレオの頭の上にひょいと腕を乗せて勝ち誇ったように笑った、らしい。正面に座っているチェインがうげえという顔をしたからである。「…………。」鎌をかけられた状態に似ている、とレオは苦虫を噛み潰したような顔になった後、重いっすよと一応そう言った。しかし益々体重をかけられたので呟いた意味はないに等しかった。
「…一応言うけどさ。私が言ってるのは『レオが呪われたら』だってば。別に今呪われてないじゃない」
「呪われたとしても言わねえよ」
「い、いや。同じ呪いかけられたら言うでしょフツーに。てゆかザップさんだって呪われたから言ったんでしょ?」
そうツッコミを入れたレオの上からひょいと重みが消えた。なぜかザップは顔を顰めている。「…お前可愛げがなくなったぞ」「もともとそんなもんありません」顔を顰めてそう言ったレオに、ザップは仏頂面でデコピンをいれてきたので、あいて、とレオは声を上げた。
「…でもさあ、全部が全部好きなわけじゃないんでしょ?」
馬鹿馬鹿しそうな顔をしながら、チェインはそう言ってまたちょこんと首を傾げた。やっぱりそういう仕草は人狼ならぬ小鹿に似ている、とレオは小さい頃妹と一緒に歌った歌を思い出した。
「…いやまあそりゃそーっすけど。てゆかそれは俺だけじゃなくて、フツーに考えて相手のこと全部好きになれる人ってそうそういないんじゃないっすかね」
ねえ、とレオは苦笑しながらそう言って隣に座っている先輩を見上げた。
「………………………。」
先輩は無言だった。無言の上微妙な顔でレオを見つめている。微妙に―――なんといえばいいのか、間近で見ているレオにも難しかった。形容し難い表情である。あんまりレオも見たことがなかった。
――――ん?
あれ?とレオはその沈黙に疑問を覚えながらザップを見てあのう、ともう一度そう言った。「ザップさん聞いてます?あのー、…………何すかその顔」そう言ってちょっと身体を仰け反らせると、ザップは無言の後、今度はどう見ても拗ねた顔になった。
「…別に」
そう、まるで十代の見本のようなことを言うと(実際のところ彼は二十代で、むしろレオが十代なのだが)、ザップはプイとそっぽを向いて腕と足を組んだ。何でそんな態度を、とレオが疑問に思った瞬間だった。
「…………なるほど」
分かった、とチェインが合点したようにそう呟いた声がレオの耳に入ってくる。「え?」きょとんとして正面の椅子に座っていたチェインの方にレオは視線をやると、なるほど、とチェインはまた同じことを言って半眼でザップを見つめた。「…そーなるわけね。あんたは」「………うるせーな」知らんわ、とザップは意味不明なことを言うと益々レオから顔を背けて腕を組んだ。
流石にこの会話を聞いていればレオにだってその意味くらいは分かった。げっと思わず顔を引き攣らせてしまった自分を、チェインはおかしそうな目で見たかと思うと途端に希釈して姿を消した。「え。嘘」小さくそう呟いた後、意味もなく視線を彷徨わせる。すると当然だが隣に座っている男もレオの眼に入ってくるわけで、しかもさっきまでそっぽを向いていたくせに、今やザップはこっちに目を向けていたのでレオはそこで固まってしまった。
「……………。」
「……………。」
「……………。」
「……………。」
こうもお互いの間で沈黙が続くのは非常に珍しい。目が合ったまま変な顔で固まっているレオを見て、ザップはちょっと呆れたような顔をしたあと、はあと溜息を吐いた。似合っていなかった。
「…あんだよ」
そう言った先輩の声は微妙に照れていたので、更にレオは狼狽えた。「……、…あ、いや。な、なんかすいません」「おい。謝られたら益々俺がアホみてーだろバカ」そう言って先輩はレオからまた目を逸らして、はあ、とまた呆れた様子で溜息を吐いた。「…ほんっとによ」そう言ってずるずると背もたれに寄りかかったまま、ザップは少し身体を下にずらすようにして、動かした。
「…何でてめーみてーなガキ好きになったんだか」
「…………、」
二の句が告げられなくなってしまった。まさか今の状況でそんなことを言われるとは思ってもみなかったからだ。ザップはレオから返事がないのをそもそも予想していたのか、ゆっくりとレオの方に顔を向けると、やっぱりまだちょっとだけ照れたような顔をした。「…なんだよ」そう拗ねたように言ったあと、無言でいるレオに向かって口を開く。「…俺が同じこと言ったら泣く癖によ」「な、泣かないですよ」「泣くだろ。先週のこと忘れたとは言わせねーぞ」「あれはニュアンスが違うでしょ」「…でも意味は」そこまで言うとザップはひょいと背凭れから身を起こし、きちんと座り直した。ソファが軋んだ音がする。
「…同じだろーが。……あーあ」
そう言ったあとに先輩は疲れたように目を瞑ってまた背もたれに寄りかかってしまった。またしても沈黙が起きた後、目を瞑ったまま先輩は口を開いた。俺は、というそれを聞くまでの間、レオはずっと混乱して狼狽えていた。

「…おめーの嫌いなとこはねーんだけどな」

その気持ちをなんて言えばいいのか、なんて言えばうまく伝わるのかレオにはわからない。
たぶん一生うまく伝えられるわけないのだ。何しろこの気持ちが一番わかっているのはレオで、そのレオにだって上手く説明ができない。だけど。

――――百パーセント好きってわけじゃあないけど。

ごくりと唾を飲み込んだ後、がしりと先輩の腕を掴んだせいだろう、おわ、とザップからは声が上がった。「な、」なんだよ、と言われる前にレオは顔を上げてザップの顔を見つめる。今度はザップの方が驚いたらしく、ちょっと身を仰け反らせたのがレオの眼には入った。
「…俺は、…ザップさんがすぐ約束破るのとかすぐ暴力をふるってくるのとか、借りた金を返す努力をしないとか、あと簡単に女の人に手を出すところはぶっちゃけ好きじゃあないです。嫌です。してほしくないです」
「………………………………。」
ザップは変な顔をして黙っていたが、おう、と不承不承と言った様子で頷いた。「…でも、…そういうところが好きじゃないのは、」そう言ってレオはまた、ごくりと唾を飲み込む。喉が鳴る。猫じゃあるまいに、と少しふざけたことを思える余裕はその時、なかった。

「…ざ、……ザップさんが好きだからですよ」

一気にそう言った後、先輩は驚いたように目を瞠らせた。二秒ほど沈黙が起きた後、いや、と小さく言って先輩は首を傾げる。「…意味わかんねーよ。どーいうこっちゃ。好きじゃねえって言ったじゃねえか」「だ…だから。好きじゃないけど、好きじゃない理由はザップさんが好きだからなんすよ」「………どっちだよ」「どっちって」それは、と言いながらそろそろと先輩の腕を放してレオは俯いた。今更耳が熱くなってきた感覚がして、自分自身に辟易する。
「……言わんでもわかるでしょ。そんくらいは」
「…………………おめーな」
そーいうやり方はずりーよ、と言った先輩の声は明らかにおかしそうだったから、レオはほっとして顔を上げる。案の定自分の顔は地味に赤かったせいか、ザップはレオの顔を見て益々おかしそうに笑った。
その顔を見て、レオもほっとして笑ってしまう。そうなのだ。その顔だ。その顔を見ることこそ、一番安心できるそれで、一番大切で一番大事なことの一つ。そうそれこそ、とレオはその時ふと思った。

呪文よりも適確で。
呪文よりも確実な。

百パーセント効き目がある魔法なのだ。


プチオンリー初開催(だった気がする)時配布ペーパーでした。