お子様2名様

2016/10/11

「んじゃピザ」
「バーガーがいいです」
「んじゃ妥協してうどんだ」
「日本食ならナポリタンがいいっす」
「…カレー」
「…オムライス」

そこで応酬はやんだ。

がしりと首根っこを掴まれて引き摺られる。「く…っ苦しい!苦しい苦しい死ぬ死ぬ窒息する!離せって…っはな、離して下さいお願いします!」「死体を横に置いて食うんじゃ食欲半減だなーオイ」ざけんな、とレオが喚いた瞬間に漸く後ろ襟から手が離されて、げほごほとレオは咳をした。
「そ、…っその思い通りになんねーとすぐ暴力に走る癖なんとかした方がいいっすよ!?世間でザップさんのような人のことを何と言うか知ってます!?」
咳き込みながら後ろに突っ立っていた先輩を睨んでそう言ったレオナルド・ウォッチに、先輩のザップ・レンフロは面倒臭そうな顔で煙草を手に持った。「有能」きっぱりとそう言われてレオは思わず真顔になってしまった。「………。」その方程式は式の立て方から間違ってるだろ。そう思いながらなんとか息を整える。
「と、ともかく。俺は今日ハンバーガーかナポリタンかオムライスの気分なんです」
たまには俺の話聞いてくださいよ、と言いながら先輩を見上げたが、先輩はけっといつものように悪態を吐き捨てると、煙を吹いてレオのことを反対に見下ろした。身長差があるから仕方ないことではあるのだが、される度にむっとしてしまう。その実ザップもそんなに背が高い方ではないのだが。平均だ。
「…オメーの好みってあれだな。お子様ランチみてーだよな」
「オコサマランチ?」
なんすかソレ、と言いながら事務所のドアを潜った。現在時刻は午後一時半、ちょっと遅くなってはしまったがランチに出かけるところだった。毎日一緒に行く訳じゃないが、時間が合えばザップ、それから同僚であるツェッド・オブライエンと一緒にレオはランチに行くことが多い。本日はツェッドが不在だ。調査からまだ戻ってこないので、先に行くことにした。レオもザップもつい今しがた外回りから戻ってきたばかりではあった。

その単語をレオは初めて聞いた。けれどその名前からして何となく褒められていない気がしたし、そもそもザップがレオを褒めることなど皆無に等しい。エレベーターから降りて道に出てから、すたすたと先を歩く先輩の横に急いで並ぶ。
「ザップさん何すかさっきの。こどもランチっていうの」
「こどもじゃねーよ。お子様だってお子様」
一瞬しか聞いていなかったので名称を間違えていた。何にせよ聞いたことはない。「…?あっ、てかどーすんすか飯。ピザは俺絶対ヤですよ。昨日一昨日どっちも食ったから」「ああ?知らんわ俺は一週間ピザ食ってねえんだよ。おめえがバイトに入ってなかったから」「いや俺こそ知らねーわ。タダ飯食おうとすんな」そう言ったレオをザップが肘打ちすると、どーっすかなと言いながら煙草をぐしゃぐしゃと指で押し潰した。

一日付き合うだけで大抵の人間は察するが、この男は上司曰く『度し難い人間のクズ』であり、同僚曰く『ダメ男のロイヤルストレートフラッシュ』らしい。分からなくもない、ってゆかそうですね、とレオも今では簡単に頷けてしまうくらいには彼のことを知っている。ついでに言えば、最近じゃ一番それを思い知っているのはレオなのだ。何しろコンビでの仕事が矢鱈と多いし、仕事が終わった後にすら顔を合わせることも多くなったからだ。さっきのピザの下りがいい例である―――彼の複数いる愛人宅にピザ屋の配達に何度行ったのかレオは数えるのを途中でやめた。
ただし。
ただしそれだけじゃないのが問題なんだ、とレオはいつも思う。大抵そう思う時は、仕事中だったり、一緒に飯を食べている時だったり、たまにレオの家に先輩が泊まりに来る時だったりと様々だ。本当に、それだけだったら詰りようも貶しようもあったし、いっそのこと軽蔑も幻滅も心おきなく出来たのに。
―――それをさせてくれないのが厄介だ。

「こないだはザップさんが蕎麦食いたいって蕎麦屋行ったし、その前は中華がいいって中華街行ったじゃありませんか。今日くらい俺の食いたいもん食いましょうよ」
「だから言ったべ。おめえが食いたいっちゅーもんってお子様ランチなんだって」
「だからそのお子様ランチって何なん…、……あ、ザップさん」
「あ?」
あそこは、と言って指を指した先をザップが見上げた。ビルの二階にはでかでかとタイ料理屋と看板が出ている。「…あー。…何おめータイ行きてえの?」「その理屈だとフランス料理屋にいる人はフランスに行きたいことになっちゃいますよ」そう言ったレオを見て、それもそうかとザップは笑った。ちょっと驚く。怒られると思っていたのだ。
「んじゃお前のリクエスト通ったからお前の奢り」
嫌です、と顔を顰めながらもレオはザップとそのビルの二階に向かった。
オムライスだのナポリタンだのの気分ではありはしたけれど、これ以上揉めるのも大人としてどうかと思ったし、それに何だかんだ言ってレオはこの先輩と食べる飯は好きだったのだ。
そりゃちげーだろと先輩には言われるかもしれない。俺と一緒にじゃなくて飯が好きなんだろうが、と。
―――それもそうだけど。
でもやっぱりそれだけじゃないのだ。


更に翌日、レオは昨日と同様の聞き込みをツェッドとすることになり、途中で彼とはいったん別れることになった。それじゃあレオくんは報告してきてください、僕はもう少し奥まで行ってみます、と言われて分かりましたとレオは素直に頷いた。一緒に行きたいのは山々だったが、そうも言っていられない。何しろ路地裏でツェッドを待っている間に、レオは既に二回程チンピラに絡まれているのだ。
それじゃあと手を振ってツェッドと別れたその時点で既に正午から四半刻程経過していた。腹減ったなあとレオは思いながらとことこと道を歩いた。
「あ。レオ」
丁度事務所の入口ドアを開いたところでザップと会った。「ザップさん。お疲れっす」「おう」そっちどうですか、まずますだわと話しながら二人でただいま戻りましたと帰還の挨拶をし、その後スティーブンに結果をそれぞれ報告した。
「…なるほど分かった。よし、それじゃ昼食って来い。たぶんその間にツェッドも戻るだろうから、それによって午後の予定を決める」
そう指示を受けてお互いに頷いた。わかりました、と了解してから二人でへろへろしつつソファに向かう。疲れた、とレオは言いながらソファに座って伸びをした。
「…ん〜〜〜…、ねーザップさん……飯、…食いました?」
伸びをしながらそう言ったレオの横にザップも座り、まだ、と端的に言うとぐったりした様子で煙草をポケットから取り出した。「ちゅーわけでおめえ買って来い。ハンバーガーな」そして当然のようにザップはそう言うと、レオのようにちょっと伸びをした。何でそーいう当然みたいな言い方しか出来ないんだか、とレオはちょっと眉を顰め、ええ、と声を上げる。「一緒に行きましょうよ。外」「またおめーとサシかよ」「いつもでしょ。いーじゃないすか別に」だってお前俺の話全然聞かねえじゃん、と言ったザップにそれはこっちの台詞っすよとレオは呆れて言った。昨日のタイ料理はたまたまであり、なおかつそれに至るまでの経緯を考えれば当然の言い分だ。んー、とザップは面倒臭そうに言ったあとソファにだらんと寄りかかり、悩むような顔になった。
どうも本当に疲れているらしい、とレオはそこで気が付いた。レオも疲れてはいたが、体力底なしとも思えるこの先輩がこんな風に昼時にここでだらだらしているのはいたく珍しかった。すぐ外に行く元気がないらしい。
「……。」
一方レオはそこまでではなかった。疲労はしてはいても、腹は減っている。レオはちょっと悩んだが、結局肩を竦めて口を開いた。まあ、いいか。そう思った。
「…んじゃ買ってき――」
「…んじゃ今日はどの――」
しかし、レオだけでなくザップも口を開き、しかも同時にそう言ったことによって不協和音が起きた。「え」「あ?」更に異口同音ならぬ異口異音(そんな言葉はない)に口にしたそれによって、再度の不協和音が起きる。
無言になって顔を見合わせた。変な沈黙が起きている。
「……………あのー…」
買ってくると言おうとはしたものの、どうせならレオは外でザップと一緒に昼が食べたかった。並ぶ時間はかかるし、持ち運びはしなきゃならないし、往復とテイクアウトの待ち時間のせいで時間はかかるし、それに。
文句を言いながらもザップと昼飯をどこで食べるか相談するのだって、レオは好きなのだ。理不尽な暴力は振るわれるし、理不尽に文句は言われるし、その上たまに集られたりするけれど、それでもザップと一緒に昼食をとるのをやめようと思わないのは、レオがそれを望んでいるからだ。
だから、いいですよ買ってきますと言うのもちょっと嫌だった。本当だったら一緒に食べに行きたいのに。
「……………。」
その葛藤に悩んでいるであろう自分の顔を見てかどうか、ザップは肩を竦めて煙草を手に取った。「…やっぱおめーさ」「え?」お子様だって、と笑った後にザップは煙草を灰皿にぎゅうと押し付けた。どういう意味だ、とレオがその意味を聞く前に、ザップはちょっと身を乗り出してザップを見ている、レオの方に手を伸ばした。
ぽかんとしている間になぜか頬が抓られて、レオはいててててて、と悲鳴を上げた。「ちょ、な、…なん、ひてててててひゃめへくら、」「…ハンバーガー」そうザップは言った途端にぱっとレオの頬から手を放した。は?と言いながらレオは頬を押さえて困惑したままザップに顔を向ける。
「だからよ。今日はジャック・アンド・ロケッツバーガーにしようや。久々だろ」
「え。…………、…あー…んじゃ、俺今から」
買ってきます、とレオが不承不承そう言う前にザップが立ち上がった。頬を押さえたままレオは横に立っている先輩を見上げて、首を傾げる。何がほら、で何で今立ったんだろう。そう思ったのも束の間、ザップは呆れた様子でレオを見下ろした。
「何アホ面してんだよ。今言ったじゃねーか。もう飯時過ぎてるから少しはマシだろ」
「へ」
直後ザップがぐいとレオの腕を引っ張って無理矢理その場から腰を上げさせた。わわ、と慌てながらレオもザップと同様立ち上がる。
まだちょっと頬は痛い。
「だからハンバーガーだろ。行くぞ店」
「え?…でもさっき、」
買って来いって、と言ったレオの額がぺちんと軽くたたかれた。だから、とレオは呻き声を上げて額を押さえる。気に入らないことがあったら一々そうやって暴力振るうのやめてくれって俺は、と言おうとして口を開いた。
結果的にはそれは言えなかった。
ザップがレオのことを見ていたからだ。
―――びっくりするくらい。
「…………、」
レオがびっくりして口が利けなくなるくらいは嬉しそうな顔で。
「……おらさっさと行かねーと時間なくなんだろ」
ザップはそう笑って言うとレオの手を有無を言わず引っ張って歩き出した。「え。わ、ちょ、ちょっとま、」「待ってたら売り切れんだろーが」「売り切れはしないでしょ」そう言いながら引き摺られるようにしてドアに向かった。わかんねえだろ、という先輩の声もやっぱり顔と一緒でひどく嬉しそうだったから、レオは全然訳が分からなかった。なんでこんなに機嫌がよくなったんだろう。ほんと、会ってからそうだけど全然この人のことさっぱりわかんねーなあ。
道路で腕は放されたが、どういうわけか自分の腕がやたらと熱かった気がして、レオはちょっとだけ、自分自身を不思議に思った。


店内で食べたハンバーガーはいつもと同様美味しかった。うまいっすね、と言ったレオの口がぐいと乱暴にザップの指で拭われて、レオはぎゃあと声を上げてしまった。「な、なんだよオイ。びっくりすんだろ」「そ、それはこっちの台詞ですよ。言ってくれたら自分でやるのに」「めんどくせーよ」たった一言じゃないですか、と言いながら自分でもごしごしと自分の口を袖で拭った。それをもぐもぐとハンバーガーを齧りながらザップは見つめると、やっぱりさあ、とおかしそうに笑って言った。
「…………、」
それを見たらなんだかまた口が利けなくなった。さっき、ザップの顔を見た時と全く同じだ。
ザップはそんなレオを見ながら、おかしそうな表情のまま、自分だってソースをちょっと口の横にくっ付けたまま、言った。
「…お子様だって。お前」
それの意味するところは全然分からなかったし、一体何をもって事務所ではお子様だと言われたのかレオにはさっぱりわからなかったのだが。
「………わ、悪かったですね」
お子様で、と言った自分の声がちょっと震えていて、しかもなんだか顔にちょっと熱が集まって来たことに気が付いてレオは狼狽えた。悪いとは言ってねーだろ、という半分笑っている先輩の声を耳にしながら、もう一回ハンバーガーにレオは噛み付いた。もぐもぐと口の中でそれを噛み砕きながら横目で先輩を見る。やっぱり事務所で見たような顔をしていたから、またしてもレオは狼狽えてしまった。けれど同時にふと思いついた。
ぐいと指で先輩の口を拭った途端、うお、とザップもさっきのレオと同じように声を上げた。「な、」なんだよ、と言った彼の声もレオみたいに上擦っていたから、ちょっとだけ溜飲が下がる。「………ほら」そうは思ったが、自分の声もどうやらいたく震えている上に上擦っていた。誰が聞いても焦っていると分かる声だ。
「……ザップさんだってお子様じゃないすか」
「………………う、」
うるせーな、と珍しくそれ以上ザップは何も言わず、なぜか少しだけ耳を赤くして食事を再開する。自分の指をどうするか右往左往させたあと、結局レオはソースがくっついた指を舐めて、やっぱり食事を再開した。
―――俺だけお子様なのは腹立つけど。
もぐもぐとハンバーガーを齧りながらレオは思って視線だけ横を向く。むぐむぐと変な顔でザップも食事を続けている。「…………。」二人ならまあ、とレオは思いつつダイエットペプシを手に取った。

「…二人なら合わせてようやく一人分ですしね」
「あ?…なにが」

何でもないです、と言いながら勝手にパクった先輩のポテトは、当たり前だがレオのポテトと全く同じ味がした。



その実レオくんは大人だと思う…