塩分過剰摂取
2016/5/21
もう知りませんよ、と言うその声は泣き声だった。知るも知らねえもねえだろ、といつもだったら言い返すところ、その時は何も言えなくなってしまった。
―――たぶん。
自分はこの後輩に泣かれるのが苦手だ。
しゃくり上げる声を気まずい思いで聞いた。普段だったらこの後輩くらいの年齢の男が泣いていたら悪態を吐いたり、蹴飛ばしたり、ともかく心理状態よりも先に手や口を先に出すだろう。けれど今、物凄く珍しいことだったがザップ・レンフロは自己嫌悪に陥っていた。こんなこと今まであっただろうか。いいや無い、無い筈だと思いながら煙草を灰皿に押し付ける。じゅう、とまだまだ喫える筈の煙草が悲鳴のような音を立てた。
毛布に潜っているせいで後輩の顔はここからじゃ見えなかった。「……レオ」自分に苛立ちながら名前を呼んだが、毛布の中からはしゃくり上げる声と泣き声しか聞こえない。毛布が震えているのを見て、無言で目を逸らした。
別に泣かせたい訳じゃない。
と、言うより別にケンカだってしたい訳じゃない。最初はいつものように下らないことで言い合っていたのに、途中から本気の言い合いになってしまったのは、いつもと違った。一体全体自分が言ったことの何がレオの癇に障ったのかザップには全く分からないが、最初にキレたのはレオの方だった。うるせえよバカ死ね、という似合わない暴言と一緒に二回殴られた。一回目はまさかそんなことをレオがしてくると思わなかったという油断からだったが、二度目は避けるのが面倒になって殴らせてやった。けれどレオだってそれなりに修羅場を潜ってはきているので、その程度のことは分かるらしい。今わざと殴られたでしょ、というそれと同時にもう一度降ってきた拳を、流石にザップは避けた。そりゃ、ザップだって別段殴られるのが好きな訳じゃないのだ。一応レオの殴打だって痛いは痛い。男なのだ。
結果として、ぼたぼたと後輩の目から涙が落ちるのを見てザップは顔を引き攣らせた。レオは普段、こんな風には滅多に泣かない。ベッドの上を除けば、全く泣かないと言ってもいい。最後にザップがそれを見たのは、動物系の映画のロードショーを見ていた時だ。ザップは途中で飽きて寝ていたのだが、ふと目が覚めて隣を見たらレオは大泣きしていたのでぎょっとしたのを覚えている。エンディングが流れる画面には、犬の墓らしきそれが映っていた。
「……おいもー…もーいい加減泣きやめよ。…男だろ」
男尊女卑とも取られかねないそれを言ったが、やっぱりレオから返事はなく、泣き声だけが聞こえる。舌打ちしたくなったが何とか堪えた。流石にこの状況でそれは―――無い。黙って新しい煙草を取り出して口に咥え、火を点ける。大抵、ライターの音と一緒にここは禁煙ですと言ってくるレオだったが、今は何も言われなかった。そんなことにかまけている余裕も無い。
こういう時、たとえば上司であるクラウス・V・ラインヘルツだったら前向きなことを言えるのだろうし、スティーブン・A・スターフェイズだったら的確なことを言えるのだろう。自分の弟弟子であるツェッド・オブライエンだったら、親身なことを言ったりするだろうし、チェイン・皇は分かり難いながらも自分よりは上手く何か言ったりする。他、K.K.は明白に分かり易く励ましと分かるそれを言えるし、ギルベルト・F・アルトシュタインだったらにこやかに穏やかに、まるで歌を歌うみたいに年の功とばかりの納得できることを、言う。
だからつまり、ザップは他人を慰めると言う行為が物凄く苦手だった。
そもそも今まで生きていてそんな出来事に遭遇したことが殆どない。女は別だ。それは慰めることじゃなくて落とすことが目的だから、手練と言うか手管と言うか、方法も目的も違う。けれど今泣いているのは後輩の男で、レオナルド・ウォッチという友人でもある。だから困った。落とすも何も、もうとっくに自分の方が落ちているし相手だって自分に落ちている(筈な)のだから、それは今考えたって仕方ない。―――ただ単に、慰めたいだけだ。泣き止ませたいだけなのに。
いつも思う。
――――そんな顔させたい訳じゃない。
付き合っている相手を慰めるのはこんなに難しかったのだろうか。
付き合っている相手と言うより、レオを、と言った方がいいのかも知れない。
さっきも思ったが、ザップは任務中でも殆どレオが泣いているところを見たことがない。いや、あるにはあるが理由が違う。痛いから泣いているのが殆どで、しかもこんなに大泣きはしない。その上、ザップがレオのところに戻ってくると、彼は大抵泣きやんでいるから慰めたことも泣き止ませたこともない。まずその時と今では状況が全くと言っていいほど違う。何しろ今、レオが泣いている原因もザップにはさっぱり分からないのだ。
「……おいクソガキー。いい加減泣きやめよー」
またしゃくり上げる声が聞こえた。どうして泣いてるんだ、とザップは思って非常に困った。確かにザップもレオを二回殴って一回蹴り飛ばしたが、それはいつもよりも弱めにしたつもりだったし、痛くて泣いているなら毛布に籠っているどころではない。だからレオがそんな理由で泣いている訳じゃないことぐらいは、何となく察した。
じゃあ何でだ、と考えてやっとそれに思い至った。どう考えても口げんかしたことだ。とは言え、十分程二人でぎゃあぎゃあ喚きあった後に殴り合いになったのだから、口げんかの方は殆ど内容を思い出せない。いつもそうなのだが、自分とレオじゃ怒るポイントがずれているのだ。
「……おーいレオ。レーオー。悪かったって。謝るからもー泣きやめ」
「…………。」
結局こういう言い方でしか言えない、と自分に辟易しつつ毛布越しにレオに触った。レオからは返事が無い。代わりにしゃくり上げる声がする。こりゃだめだ、と思いながら煙草を喫いつつ天井を仰いだ。こうなるともうザップは何もしたくなくなるのでレオを放置する。何をしたところで泣き止まないし、自分が何かしたらもっとひどいことになると思っているせいだ。
――――そんな。
泣かせたいわけじゃないのに。
大体十分くらい経った後だろうか。やっとレオが起き上がった。「…お」お目覚めか、とずっと後輩の泣き声をBGMにしていたザップはげんなりしながらそう言った。嫌味にしか聞こえないということに言った後に気が付いたが、後の祭りだ。こんなのは、自分だけじゃなくてレオにだって似合わないというのに。湿っぽいのは性に合わない。
キスもしてねえぞ、と別段それを誤魔化す訳ではなかったがそう言うと、レオは毛布を半端に被ったまま、漸く真面に口を利いた。
「…俺は眠り姫じゃありません」
泣き声じゃなかったことにほっとする。ごしごしとレオは目を擦って、はあ、と疲れたように息を吐いた。疲れたのはこっちも同じだ、とザップは半眼でレオを見つめる。何かを忌々しく思った。
レオはいってえ、とちいさく呟いて口元に手を触れた。ザップが殴ったせいで唇が切れたのだろう。血が出ていた。
「……お前が暴れるからだかんな」
殴ったことについて謝る気はさらさらなかったので、そう言ってザップは立ち上がる。ベッドが音を立てた。レオは黙ったままザップを見上げてきたが、ザップは敢えてその視線を無視した。今、あの泣き腫らした眼を見るのは嫌だったのだ。
絆創膏を棚から取り出してまたレオの隣に戻る。未だザップを黙って見ているレオの方は見ずに、ザップも黙って絆創膏を開封した。新品だったそれを勝手に開けたことについて、レオは何も言わなかった。ザップに言ったところで無駄だと思っているのかも知れないし。
別の理由なのかも知れない。
口げんかの内容はやっぱり思い出せない。けれどザップはいつもの如く子供の悪口みたいなことしか言っていない。レオはもっと何か、具体的なことを言っていた。やれどうしていつもそうなんだとか、俺の気持ちはいつも無視じゃねーかとか。その”いつも”がザップには今一分からないのだ。ザップからすれば自分はいつも同じようにレオに接しているつもりなのだから。
「………ほら」
そう言いながらやっとザップは顔を上げる。
まだ、レオは黙ってこちらを見ていた。
眼の端が赤い。まだ濡れている眼がザップのことを見つめている。
ザップが殴ったせいで唇から血が伝っていた。
「………、……いてーか」
そう言いながら無理矢理口の横に絆創膏を貼った。唇に絆創膏は貼れない。けれどレオの口の横も少し掠ったのか何なのか、切れていたのだ。「…………いてえっすよ」拗ねたようにレオは言うと、アンタは全然平気そうですね、と忌々しそうに続けた。
「そらオメーとはちげーかんな。…つかお前の手の方がいてえだろ」
「………痛いっすよ」
背中も足も腹も痛いですよ、と言われてちょっと目を逸らす。背中は蹴ったし足は踏んだし、腹は―――、と言われたそれに思い至って顔を上げる。レオはザップから目を逸らしていた。拗ねた顔をしている。何に拗ねているのかよく分からないが、ちょっとザップは焦った。腹。腹ってつまり。
「……オメーがゴムなしでいいっつーから俺は」
「…………だってアンタその方が好きだっていうから」
「あ――あのな、そらそーだろフツー。…おまえヤなら言えよそれは」
そう言った自分の声は上擦っていた。ケンカする直前までしていた事を思い出して少し焦る。いつもレオはそんなこと口にしないから、本当に、普通に焦った。
「…別にいいっすよソレは」
レオは低い声でそう言うとそっぽを向いた。このクソガキ、と思いながら何がいいんだとザップはぐいとレオの頬を引っ張る。いいなら言うな。しかし直後いってえといつもより悲痛な声で声が上がって気が付いた。今レオは口の端を切っているのだ。
「…あ。悪い」
「わ…っ、わる、悪いじゃないですよ。ザップさんがやったのに」
もう忘れてる、と非難されてまた気まずくなった。忘れたのではなく意識の埒外だっただけだ。けれど流石にそれはもっと酷いことだ、とザップにだって分かったので、黙って目を逸らしたのだ。ここで悪かったとも言えるが、心にもなかったので言っても仕方ない気がしたのだ。多分バレるし。それに。
レオに対してそういうことはしたくなかった。
―――そんな。
適当なことはしたくない。
「……ザップさんはそーですよ」
その言葉に黙って顔を上げた。まだ少しだけ気まずい。
「俺のこと路傍の石程度にしか思ってないでしょうけど」
レオはまた拗ねた顔をしてそう言うと、ザップから目を逸らして俯き加減になりながら、ぎゅうと足の間にあるシーツを掴んだ。真っ白いそれに皺が寄っているのを見て、またザップはさっきまでしていたことを思い出してしまった。けれど今はそんなことを考えている場合じゃない。色々な意味で。
「お――思ってねえよバカ。どーしてそーなんだ」
慌ててそう言ったが、レオはぐす、と少し鼻を啜って口を開いた。顔もそうだが、声もどう聞いても拗ねていた。
「…んじゃ雑草ですよ。雑草程度にしか思ってないでしょうけど」
「だから何でだよ」
顔を顰めてそう言ったが、レオはザップのそれを無視して今度は膝を抱え、窓の方を向いた。「………………………、……俺は……」
レオの言葉の続きを待つ。けれどレオはその後黙ってしまって何も言わなかった。俺は一体何なんだよ、と苛々しつつレオ、とレオのことを呼んだが返事はない。
本当に、今日は一体どこで何がレオの逆鱗に触れたのかがザップには全く分からなかった。口げんかの最中にそれが起きたということくらいは、分かっていたが。
「………俺もう寝ます。アンタは帰るか寝るかして下さい」
「はあ?待てよバカ。続き言えよ」
「………………俺はもう眠いんです」
「ふざけんなコラ」
そう言ってがしりと肩を掴んだが直後思いきり振り払われて唖然とした。レオから殴りかかられることはあったとしても、悪態を吐かれることはあったとしても、無視されることはあったとしても。
手を振り払われることはないと思っていたのだ。―――根拠もなく。
ぞっとする。
「………な、」
なにすんだ、と言った自分の声は、思っている以上に焦っているように聞こえた。後輩は無言でザップのことを見上げると、またぼたぼたと目から涙を零し始めたから、ザップは狼狽えた。何でまた泣く。てゆか何でさっきから俺のことを見る度に泣くんだ。そう思って益々狼狽える。
「……な、なな、何で泣くんだよだから。泣くなよ」
「…………、……………おやすみなさい…」
その声も泣き声だし、会話も成立しないし、一体何でレオが泣いているのかも皆目見当がつかない。答えが無い問題を突きつけられているようなものだ。そもそも、回答を持っている奴が回答を持ち逃げしようとしているのだからこれは誰にも解ける訳がない。
毛布を被り始めたレオのことを慌ててもう一回、止めた。恐る恐る肩を掴むと今度は振り払われなかったが、代わりとばかりまた頬を涙が零れ落ちている。「…だ、…だから」泣くなよ、と言った自分の声こそ泣きそうだった。
だから、別に泣かせたいわけじゃない。そんな。
そんな顔させるために一緒にいるわけじゃないのに。
恐々としながらもレオを抱き寄せた。拒否されるかと思ったが、レオはそのまま黙っているだけだったから、物凄くほっとした。―――そこで気が付く。殴られ返されるよりも、レオに拒否されたり、嫌だと言われたり、泣かれる方がザップは怖かった。嫌というよりも、怖い。
「…………何で泣いてんだよ」
俺のせいだっつーことくれーしかわかんねえよ、と半ば投げやりに言うと、レオはやっとザップの服を掴んで、いいですよべつに、と泣き声で言った。
「……分かってくれなくていいです」
俺の問題だから、と意味不明なことをレオは続けた。「……俺がアホなだけなんすよ」そしてレオは黙ってしまう。アホなのは重々知ってるっつうのと思いつつ、だから何がだよ、とザップは再度聞き返す。このまま寝たら朝には有耶無耶になっているに決まっている。寝かせてたまるかといつもとは違う意味でそう思うと、何がなんだよ、と再度言いながらレオの背中を撫でた。
「…………言いたくないです」
「言いたくないじゃねーよ。言えよ」
「嫌です」
「オウコラいい加減にしろよ。また殴るぞ」
そこで沈黙が起きた。外からの騒音しか耳に入って来なくなる。時計が音を立てている。ソニックの寝息がどこからか聞こえてくる。「…………。」レオからは返事がない。代わりに後輩の呼吸の音と、心臓の音がザップの耳には届いた。
ぎゅう、と袖を引く力が強くなった気がした。
ごめん、となぜかそこでザップは言っていた。口からその言葉が勝手に出たと言ってもいい。あれ、と思った時にはそう、謝っていた。
「………悪かったって。………だから」
泣くなよ、と言いながらくしゃくしゃの髪に指を入れる。「……、……。」ひっく、としゃくり上げる声が聞こえたかと思うとやっとレオがザップに腕を回した。―――そこでやっと、ザップも安心する。
やっと拒否されていないことを実感する。
「……………ザップさん、」
俺だけじゃないじゃないすか、と言った後に何を言われているのか一瞬分からなかった。泣き声で言ってきた後輩をまじまじと見下ろす。腕の中にいるレオはザップのことを見上げもせずに、もう一回とばかり泣きにかかっていた。ひっく、と今日何回聞いたか分からない泣き声がする。
「…………、…でもべつに、……いいんですよそれ……、…だ、って俺ら別に、そ、…そーいう感じじゃないし」
「………………。」
二の句が告げなかった。それを肯定と取ったのか、レオはそこでやっとごしごしと目を擦ると泣き止もうと努力をし始めた、らしい。「……でも、いいけど、……いいんですけど…っ、……うー…」はあ、とそこでレオは息を吐いた。漸く顔を上げてザップのことを見上げて、なぜかそこで後輩は笑った。見慣れた顔が、泣き笑いのような表情を作っている。
「……ま、そんな感じでした。重いですね。ははは。…はい、そいじゃ」
お休みなさいと言われる前にべしんとザップはレオのことを叩いていた。勝手に吹っ切れられても困る。冗談じゃねえ、と思ってザップはオイコラといつものようにレオを睨んだ。「…な、」なんですかとレオはまだ性懲りもなく涙を頬に零しながらそう、ザップに言った。手は頭を押さえている。なんですかはこっちの台詞だ、と言おうとしたが別にこっちの台詞でも何でもなかった。ザップも混乱している。
「…………、ま、待て。待て、オマエそれどーいう意味だ。俺だけじゃないって」
「……?だからザップさん」
俺愛人何号目ですかと自棄に子供っぽく言われて硬直した。「……ちょ、っと待てオマエ。だからそれどーいう意味だ」「や、だからどういう意味もなんも…てゆかもう俺これ以上この話したくないので。お休みな、」そこまで言いかけたレオの額をぺちんと叩いた。「イテ」何ですかだから、とレオは怒った様に言うと額を押さえる。冗談じゃねえとさっきと同じことを思いながら、ザップはレオをのろのろと離すと、頭をぐしゃぐしゃと掻いた。
「…レオ。てめー俺と付き合うって話したのいつか覚えてるか」
「?三か月くらい前ですね」
「………そん時俺が三週間くれー入院しただろ」
「はあ。スティーブンさんがキレてましたね」
そういえば、と回想する。三週間も入院ってお前自分の立場分かってるのかコラと手術室の前で喚いていた、とレオから病室で聞かされてザップは嘘だろと言いたくなったのだ。それが怪我をした部下に言う言葉かよ。いや、違う。そこまで回想して慌てて首を振る。そこは今大事なところじゃない。
「…おめえ俺があん時入院した原因知ってんだろ」
「確かヤバイ人のとこに間男に入ったとかそういう話でしたよね」
「ちげーよ!?どこ情報だそれは!」
風の噂ですけど、と言われて首を傾げられた。一体どこの風の噂なのか。ただの流言飛語だ。何しろザップはこうなった原因を誰にも言っていない。事情を知っているのは当事者であるザップと愛人と、それから病院関係者くらいだ。ともかくと溜息を吐き、違うわとザップは顔を顰めてそう言った。
「…あのな、……それはアレだ。愛人五人くれーにいっぺんに別れを告げたらそーなった」
「へ」
レオはぽかんとした顔になった。さっきの様子じゃだろうなそりゃ、と思いながらかちんとライターで煙草に火を点ける。禁煙ですよ、という余裕がレオにはまだ無いらしい。黙ってザップのことを見つめて今度は首を傾げた。
「…?え。ザップさんの愛人は別れ際に挨拶すると怒る人ばっかりなんですか?そりゃまた斬新な愛情表現で」
「ちっげーよ!どーいう思考回路だテメーは!じゃなくてフツーに別れたんだっつの!フツーに関係を終わらせたんだよ!」
思いの外強くツッコミのようにしてそう言ってしまった。レオは益々ぽかんとした顔をすると、は、と怪訝な声を出した後また首を反対方向に捻った。ロボットかよとザップは思う。ロボットを実際に見たことは殆ど無いが。
「………何で?」
そこでそれかよ、とげんなりしながらザップはレオを軽く睨むと、だからと嫌々口を開いた。そもそもこういうことを言いたくないから、三か月前だって言わなかったのだ。…わざわざ言うことじゃないとか、もう知ってると思っていたとか言い訳は幾らでも出来る。出来るけれど、実際のところザップは『これ』をレオに言いたくなかったのだ。―――照れ臭い。
―――そもそも好きだと言うことすら、言っていないのに。
――――だからまるでこれは告白の焼き直しみたいなものだ。
「…………だから、…、…その、…レオだけになったから」
お前だけ特別になったから、と言ってそっぽを向いた。物凄く気まずかった。こういうことをしたくなかったから、なし崩しに付き合うようにしたのに。有耶無耶に誤魔化そうとしたのに。なのにそれがよくなかった、らしい。誓ってもいいが、レオと付き合うようになってからザップは他の誰とも何もしていないのだ。指一本すら触れていない。―――レオだけが。
レオだけがいい、と思うようになったからだ。
しんという沈黙のあと、恐る恐るレオを見ると、後輩はぼーっとしながらザップを見ていた。「…………、……え」「え、じゃねえよバカ。…オメーも俺もお互い殴られ損じゃねーか」そう言って肩を竦める。煙草を灰皿に押し付けた直後だった。
思い切り後輩が自分に抱き着いてきたので、うお、と声を上げながらベッドに倒れ込んだ。ぎしぎしとベッドが悲鳴を上げる。「っ…ってバカ危ねえよコラ!俺今煙草喫ってたんだぞ!」「………、………。」ざっぷさん、というその声を聞いてげ、とまたザップは顔を引き攣らせることになった。さっきまで聞いていたそれと寸分違わない、嫌という程聞いた泣き声だったせいだ。
「………な、」
なんだよ、という前にレオが顔を上げる。
ひどく小さな音なのに。
レオの涙が自分の頬に落ちる音が聞こえる。
後輩の泣き顔が自分の眼前に広がっていた。
―――それを見た瞬間、息を呑んだ。
ぼたぼたと零れ落ちる涙を見て、泣き顔を見て、泣き腫らしている眼を見て、赤い頬を見て、ごくりと呑み込む。俺、というたった二文字の語句を発した声も、何もかもがザップを縛り付けるみたいにして、ザップの動きを止めにかかってくる。
五感どころか六感すら支配された気分になる。全身がレオのことを、掴むような、逆に掴まれるような感覚に陥った。感情どころじゃない。
全部だ。
レオの口がのろのろと開くのが、見えた。
「…………、……好きです……」
子供みたいにそう言った後、レオはぱたんとザップの上に倒れてぎゅうと抱き付いてきた。「………、……とっくに知ってるわ。アホ」動揺してはいた。いたけれどなけなしの意地がそれを何とか押し殺し、どうにか体裁を保つ程度の声は出せた。自分もそうだが、レオだってそんなことを今まで一度も言ってきたことは、なかったのだ。
黙ってそっと抱き締め返す。レオの身体は温かかった。
結局何であんなに泣いてたんだ、と眼を冷やしているレオの隣でそう聞くと、タオルで目を覆ったレオはああ、と眠そうな声で返事をした。
「…ザップさんが俺のこと、」
大事みたいに言ったからです、と言われて呆気に取られた。暫くすると隣からは寝息が聞こえてきて、やっとそこでザップは身体を起こして煙草を咥える。かちん、というライターの音を聞いたあと、いつもだったら丁寧にしまうライターをベッドの上に放り投げるようにして、置いた。
「………俺が泣きてーよモー…」
そうがっくりと言いながら、溜息を吐いて煙草を口から離す。窓をがらりと開けて外に煙を吐き出すと、ネオンサインをバックに煙が夜空に吸い込まれていくのが、見えた。
終