夜道にご用心
2015/07/25
くすくすと何がそんなに楽しいのか、後輩はおかしそうに笑ってこちらを向いた。「ねー、ねーあっち!あっちがいーです!」舌足らずのその言い方は常よりも幼く見えるのに一役買っている。やれやれ、とポケットに手を突っ込みながらザップ・レンフロは足を進めた。
「…オメーな。そんなにはしゃぐとこけるぞ。やめとけ」
「なんですかー?あ、ね、ザップさんザップさん、」
街灯の隣で足を止めたレオがぶんぶんと手招きした。何だ一体、と肩を竦めながらのろのろと道を歩く。コイツがこんなんなるまで酔うなんて珍しいな、とふと思った。
そもそも酒場にいたのは自分だった。足が必要だ、と気が付いて後輩を呼び出したところ、何だかいつの間にか彼の方が出来上がっていた。飲ませたら足がなくなると分かっていたからザップからは一滴も勧めなかったのに、いつのまにか隣にいた女性たちに可愛い可愛いとちょっかいをかけられた後、飲まされていた。げ、と気が付いた時にはもう遅い。くすくすと幼い笑いを浮かべているのだから足どころではない。こっちが送って行く羽目になった。
「…ったく何だよ。つかオメーの家どっちだっけ?」
こっからだと、と言いかけた途端にどーん、という意味不明な掛け声と共にレオがザップを思いきり、押した。予期せぬ攻撃にぎゃあ、と呻いて一歩下がる。「な、」痛くはなかったが驚いた。この野郎何しやがる、と顔を上げると、後輩はふふふ、と笑いながら街灯に寄りかかっていた。顔を顰める。
「…もー…ほらこっち来い。強くねーんだからそんな飲むなって」
「飲んでないっすよ」
「飲んだんだよ」
ほら、と言いながら腕を引くと、後輩は笑ってぎゅうとザップの腕に抱き着いてきた。普通に歩くのに邪魔だし、大体こんなことを男にされる謂れは無い。別段不快ではなかったが、鬱陶しかった。自分はどうも酔いが醒めてきたようだ。
「…レオ。はなせ」
「んー?んー………なんで?」
「なんでってあのな…」
そーいうのは好きな奴にやれよ、と辟易しながらずるずると後輩を引き摺る様にして道を歩いた。自分は飲んだらとことん飲む方だったから、基本的に酔っ払いの世話をすることはない。むしろされる方だ。だからこんな風に酔った友だちを引き摺って歩くのはほとんど初めてだった。通常は自分もそうなっているから気が付かないか、もしくは捨てて帰る。捨てて帰ろうにもこの後輩はふらふらしながらも歩いているから、放っておくとどこで内臓を抜かれて売られるかわかったものではなかった。だから仕方なくザップはのろのろと後輩と一緒に帰ることに甘んじているのだ。
後輩は楽しそうに笑ったあと、益々こちらに寄りかかって来ながら口を開いた。
「俺ザップさん好きっすよー」
「…いや、そういう意味じゃ……あー、いや、うん、そうか。そうかそうか分かった」
「あ、ほんとですかわかりました?わーい!」
やったー!と叫んで唐突にレオが腕を離した。お陰でバランスが崩れて転びそうになり、この野郎とばかりに再度顔を上げる。レオはどうしたことか隣にいなかった。嘘だろ、とぎょっとして前を向くと、はしゃぎながらのろのろと走って行く後姿が見える。オイマジふざけんな、とばかりに走って何とか捕まえた。捕まった途端にレオはきゃらきゃらと笑ってまた腕に絡みついて来たから目も当てられない。何だコイツこんな酔う方だったのか、とザップはげんなりした。捨てて帰りたいがそれも出来ない。
「…レオてめーな…明日覚えてろよマジで…」
「あれーどーしたんすかザップさん顔がこわい……、…怖いのに顔きれいですねーあははは」
なぜか顔を褒められた。いやそれはいいけど、と思いながら絡んだ腕をそのままにしてレオを引き摺る様にして歩く。やっぱりコイツが来た時点で帰ればよかったな、と溜息を吐いた。
「…ねーザップさんザップさん」
「あー?なんだよ」
「んー、…ふふふ、呼んだだけー…」
「あ、そう……」
くすくすとまたレオは笑うと楽しそうにまた腕をぎゅう、と掴んだ。いったい男の腕なんざ掴んで何が楽しいんだ。そう思った時だった。ぐい、と思いきり腕を引っ張られてまた転びそうになった。おい、と顔をレオの方に向けた時だ。
唇の横に何かがぶつかった。
唇ではなかった。へ、と思った時にはレオの髪と自分の髪が絡むくらいに近く密着していて、レオの手が自分の腕を引っ張っていた。「…んー…あれー…」なんかむつかしかったです、とレオは舌足らずに言うと困った様に赤い顔で笑った。赤いのは酔っているせいだ、とザップはぼんやりと目の前の後輩を見ながら思った。
思ったあと。
「………………ギャー!!!何すんだオメーは!!」
慌てて一歩後ろに退いた。
退いたが腕はレオに掴まれているから、当然レオがくっ付いてくる。「なにって」そこで少し考えたあと、なんでしょう、とレオはまた舌足らずに言った。
「な、ば、てめーあれか。キス魔か」
「ちがいますよ」
だって俺今までそんなんじゃなかったでしょう、とレオはふにゃふにゃしながら言った。確かに今までの飲み会で、まあここまでひどくはなかったものの酔ったレオを見たことがあるがキス魔ではなかった。笑い上戸の気はあったが、キスは誰にもしていなかった。ほぼザップも酔っているから自信はなかったが、それにしてもキス魔ではなかった。
「…な、…つーことはあれか…もう酔ってて何だかテンション高くなってるしコイツ…」
「なんですかもそもそと。ねー帰りましょー」
レオはそう言ってとことこと一人で歩くと、くるりと後ろを振り向いてねーザップさんザップさん、とやたらおかしそうに笑った。
「…なんだよ……」
げんなりする。一体コイツどこまで酔ったら気が済むんだ。酔っ払いは面倒臭いというのは世界共通だが、コイツの酔い方も結構面倒臭かった。次の飲み会でもぜってー飲ませないようにしないと、ザップはレオの笑顔を見ながら思った。
「俺ザップさんすきですよー」
さっきも聞いたそれをレオはまた楽しそうに言った。
「………。」
何だか変な気分になった。だってお前ソレ、さっきと今じゃ地味にイミ違ってくるからな?腕を組むとキスじゃ結構違うぞ。そう思ったが何だか口にするのも悔しいからしなかった。わかったよ、と仕方なく相槌を打つと、レオはまたわーい、と嬉しそうに笑ってとことことザップの横に戻ってきた。
「ねーザップさんはザップさんは?おれのことすきですか?」
「…あー……あーうん…好き好き…」
雑にそう返事をしたが、レオは大袈裟にわーいとはしゃいだ声を上げて、やったあと笑ってまた腕をぎゅうと掴んできた。「…おい…」そう言ったがレオはくすくすとさっきよりも楽しげに、嬉しそうに笑って離れようとしない。酔っているにしても、とザップは思った。こんなに嬉しそうにすることなかろうに。
そう思いながら夜道を歩いたが、その間ずっとレオは笑っていた。腕を組まれたまま思う。コイツこの記憶明日残ってんだろうな。残ってなかったらなんか、こう。そう、何というか。
―――なんか俺だけバカみたいじゃねーか。
そう思って隣の後輩を見下ろすと、後輩も気が付いてこちらを見上げて、笑った。酔っているせいでやっぱり顔は赤いし、ふわふわした笑みを浮かべている。
キスに失敗した口が見える。
「……………。」
何となくだった。何となく、気まぐれでそのまま口をくっ付けた。口の横ではなく、きちんと口に。ちゅっという小さな音がして唇が離れると、レオはぽかんとしていたが、突然あはははは、と矢鱈楽しそうに笑い始めた。「……あー…」もっと情緒とかそういうの、と思ったが酔っ払いと夜道で歩いていて情緒も何もない。そもそもあってもどうということはない。
「あ、ねー、俺いまのはじめてですよはじめて!ファーストキスでした!あははは!」
「うおっマジかよ!?うそだろ!」
マジっすよ、とレオは笑った。何がそんなに楽しいんだ。そう思ったが。
まあいいか、と面倒になったのでもうそう思うことにした。
果たして次の日。
送ったついでにそのまま帰るのが面倒になって後輩の家に泊まっていた。頭痛に呻く後輩を横にだらだらと起き上がり(ちなみに自分はベッドを借りていたがレオは床に転がしておいたので後から非難された)、呻いている後輩を放置して水を飲んだ。
レオの記憶は曖昧に残っていた。全部ではない。腕を組みながら帰ってきたということは覚えていたが、キスのことは覚えていなかった。何だかそれもそれで不平等だ、と思っておもむろに呻いている彼にキスをしてみたところ、激怒のあと混乱されて結局レオは毛布にもぐってしまった。何だ一体、とザップは怪訝に思って揺さぶりつつ聞いてみたが、レオは一言も答えなかった。何だコイツ。そう思いながら仕方なく帰宅する。何だか変な心地がした。たかだかキスくらいどうでもいいだろうに。
レオが答えなかったその理由が分かるのは、彼が本当にザップのことを好きだと分かる一か月後だった。
だからやっぱり、とザップは口を開く。
「…飲むのって、悪いことじゃねーよな。なー、レオ」
「だからってもー、飲み過ぎですよ!」
ひと月半後。
そんな会話をしながらまた、レオと一緒に夜道を歩いて帰った。
今度のレオからのキスは、失敗しなかった。
終
酔ったレオくんなんか最強じゃん!!と原作で酔ったレオくんを見たこともないのに書いた話です。
お酒弱くなくてもそんなに上手く飲めなくて翌日ぐったりしてても可愛いと思う
でも大人になったらめちゃくちゃ飲むのも断るのも上手くなるんだよ…と今では思っています。2022/02