every days
2015/06/07
だから、近いって。
煙草を灰皿に押し付ける。まだ充分喫えるものだったことに気が付いて舌打ちをすると、目の前に座っていた同僚があのさ、と話しかけてきた。珍しい。なんだよ、と仕方なく仏頂面のまま返事をする。
「さっきからウザい。苛々すんのは別にいいけどだだ漏れで鬱陶しいよ」
何とかして、と眉を顰めながら言う彼女の端正な顔が歪んでいた。もっとも、ザップ・レンフロの前でチェイン・皇は基本的にこういう顔しか見せない。黙っていればさぞかしお綺麗な顔でいらっしゃるでしょうに、と嫌味っぽく思いながら、ザップはうるせえよと返事になってない返事をした。
テーブルの上にはドーナツが二つ置いてある。本棚の前で話し込んでいるザップの二人の後輩のものだ。ザップにも、チェインにとっても後輩の、ツェッド・オブライエン。そしてもう一人の名はレオナルド・ウォッチといった。
「…レオー、あんたのドーナツアホ猿が食べたいってさー」
「ば、ちげーよアホ」
慌てて言ったが意味は無かった。レオはその声にこちらを振り向き、いーっすよ食べても、と思いもよらぬ返事をよこした。「俺昨日食ったばっかっすから」そーなんだ、というチェインにそーなんですよねー、とレオは頷いた。外回りが多い仕事なだけに、昼食か軽食ででも食べたのだろう。よくあることだった。
「…だってさ。アンタ食べたら?」
「るっせーよブス。ちげーっての」
そう言った途端に目の前のチェインが姿を消すからげ、と慌てた。既にその時には遅い。自分の頭の上にチェインが出現していた。頭を踏まれる。幸い、倒れた場所は長椅子だった。
「…死ねばいいのに」
「俺の台詞だ!退けっつーのあだだだだだだごめんごめん悪かった退いて退いて退いて下さい」
更にぎりぎりと耳の辺りを踏まれて悲鳴を上げると、靴の裏が汚れたと憎々しい事を言ってチェインがそこを退いた。何してんすかもう、という声に目を向けると、レオが呆れた顔で長椅子の後ろに立っていた。
「よく飽きないですね。何で何度もおんなじことするんすか」
「よしオメーそこに土下座しろ。頭を踏んでやいででででバカ止めろ犬女やめろってば」
「死ねばいいのにねー」
チェインにそう同意を求められたレオは、そこまでは言いませんけど指全部突き指すればいいのにって思うくらいのことはありますねえ、と呑気にも答えている。何なのコイツそれがお前大事な先輩に対する態度なの?そうザップは思ったが口に出すと更に踏まれると分かっていたから黙ることにした。恐らくそろそろチェインも退く筈だ。靴の裏を気にするというひどい理由で。
「…ああレオくん。ありましたよ。これでした」
その声にぎくりとする。このぎくりは嫌な感じの、ぎくりだ。その声の持ち主のことというより、その声の持ち主のとる行動によってもたらされる何かが、ザップは嫌なのだ。回りくどい。つまり、単純にレオとツェッドが仲良くしているのが―――嫌だという、それだ。
やきもちである。
言ったら否定するだろうけれど。
「マジすか。見に行きます行きます」
ぱたぱた、という音に危機感を覚えた。ちょっと待て。お前先輩が今こーして踏まれてんだぞ。何かあるだろもっと。「…………。」そう思っていたらちらりとチェインが足元を見遣って、直後ひょいといつもの如く身軽に飛んで床に着地する。何だ突然、と訝しく思いつつ頬を押さえながら起き上がると、チェインは澄ました顔ですとんと向かいのソファに座った。
「カワイソーだから退いたの。自業自得とは言え、不憫だから」
そう言いながら紅茶を飲む姿は実に美しかったが、吐いた言葉は非常に腹が立つものだった。物理的にも心理的にも上からものを見やがってこの女。いーよな第三者は。他人事だと思って、と頬を押さえつつ睨みつけると、チェインは呆れた様子でこちらを見返してきた。
「他人事だし」
「心を読むな」
仏頂面になりながら、いいっつうんじゃ食うよとドーナツに手を伸ばす。地味にチョコレートが溶けていて何だかそれにもムカついた。口に入れたドーナツは矢鱈と甘くて正直閉口した。別段甘いものが嫌いというわけでもないが、好きかと言われれば人並み程度なのだ。こんなに甘いとは思わなかった。
「…レオー。ドーナツやるー」
ソファに寄りかかったまま顔だけ後ろを振り向いてレオにそう言った。甘い。ここまで甘いと食べる気も失せた。
「はい?今食ってるじゃねーっすかザップさん」
「甘過ぎ。いんねー」
はあ、と言いながらとことことレオが歩いてくる。「あ、ツェッドさんも紅茶飲みましょう」その台詞に眉を吊り上げたが、件の人物は全くそれに気が付いていない。にこにこと笑顔を自身の後輩に向けながら、二人で歩いてきた。
仏頂面で正面に向き直るとチェインが顔を背けて爆笑している。この女マジ女じゃなかったらぶん殴ってる、と思いつつ拳を握りしめた。流石にそこまではしたくない。ていうかそれをしたら本当に駄目だ。
「ツェッドさんの分はまだありますけど。ザップさんどーすんですか。食います?」
「…魚類お前食う?」
そうツェッドに聞くと、弟弟子はどちらでもいいですけど折角だから頂きましょうか、と言ってソファに座った。「んじゃ寄越せ。食うから」「いや、ならどうして聞いたんです」呆れた様子でレオがそう聞いてきたがそんなの決まっていた。ツェッドの回答の逆をしてやろうと思っていたからだ。つまりただの嫌がらせである。
ツェッドは返答を聞いて呆れたようにため息を吐くとどうぞいいですよ、と普通に答えた。いつもの冷静な様子で、端的に。
「僕は昨日レオくんと食べに行きましたから」
やれやれ、と肩を回しながらスティーブンはお疲れと隣にいるクラウスに笑いかける。「君も疲れたろう」そう笑顔を向けるといいや、とクラウスは首を振った。
「スティーブンは大丈夫か」
「スーツが一着台無しだ。労災はおりるのかな?」
「…申請はしてみよう」
冗談だよ、と笑ってエレベーターのドアを潜る。今日はこちらか、という意識もしない。慣れているのだ。ドアを潜ってから最初に目に入ったのは、チェインだった。ちょこんと可愛らしく、床に座り込んでいる。
「…チェイン?どうしたんだこんなところで」
「あ」
お疲れ様です、と言いながらチェインが立ち上がる。「お疲れ。?きみは今待機時間だったろう。どうしたんだい」首を傾げたスティーブンに、今掃除してるんですアホが、とチェインはひょいと後ろを指差す。そうじ、と言いながら指の方向を見るとなぜか構成員が三人でモップを使って床を拭いていた。「………掃除だ」確かに、と思いながら何で?とスティーブンはクラウスの方を見上げる。クラウスはじっとその光景を見つめていた。「…いや、クラウスそこは感動するところじゃない。何でそーなるんだ君は」少しおかしくなって笑ったが、そう言いながらとんとんと胸を叩くとはたとクラウスは我に返ったように目を瞬かせた。
「あんたが突然暴れるから!どーしたんすかマジで」
「うるせーよアホ黙って床磨け!」
「あなたに一番言われたくない台詞ですね本当…何を考えてるんですか」
「るせーよ魚類」
「ツェッドさんと俺はあくまで好意で手伝っているんですが。何ですかその態度は」
うるさい、うるさいって何すか、という言葉の応酬の間に溜息が聞こえる。何となく状況は予想がついたが、どうしてこうなったのかの原因はよく分からなかった。チェインに首を傾げて目で訴えたところ、ああドーナツ余ってますけど食べますか?と見当違いのことを言われる。
「え?あ、いや」
「一個は食べかけですけど、美味しいですよ多分」
「食べかけ?」
誰の、と言外に含ませたがチェインはちらりと後ろを見るだけで何も答えなかった。恐らく後ろの三人のどれかの食べかけなのだろう。「…クラウスは?食べる?」「ああ、じゃあきみはこっちを食べるといい」そう言ってクラウスは自然にひょいと食べかけの方を取った。「え」いや、食べたいとは言ってないけど。そう思ったがまあいいかと納得してもう一つのドーナツを手に取った。立ちながらって行儀悪いような気もするけれど。子供みたいなことを思う。齧ったドーナツは矢鱈と甘かったが、美味しかった。
掃除が済んだ後始まった口げんかを仲裁して、三人を昼飯に行かせた。気が合う癖に喧嘩ばかりしている、と溜息を吐いたスティーブンに、クラウスは笑顔を向けてくる。どうしたんだい、と聞くと、笑顔のままクラウスは返事をした。
「仲良きことは」
―――美しきかな?
「…君にはそう見えるってことか…」
そう言うとクラウスが目をぱちくりとさせたから、おかしくなってスティーブンは笑った。ま、そうですね。喧嘩する程。
「…仲がいいっついますからねー」
「よくありません!やめてください!」
「てめえこの糸目マジ殴るほんと殴る泣かす」
終
もうともかくこの人たちの何かが書きたくて書きたくて夜中一気に書いたやつ
このころは多分ツェッドさんがレオくん好きなのが好きだったのかなと思いますがどっちかというと親愛であって恋愛ではないです。