4日も耐えられません!
2016/05/09
しぶ現パロと同時系列 高校生パロ
「八ッ橋と限定じゃがりことポッキーと葛餅と大福と湯葉と葛餅と」
「葛餅って二回言いました。てかそんな買って来れる訳ないでしょ!」
無理っすよ、と顔を顰めて修学旅行の栞を捲った。「おまえはやれば出来る」そんな褒められ方されても全然嬉しくない、と思いながらレオナルド・ウォッチは溜息を吐いた。
京都奈良ねえ、と言いながら先輩がひょいとレオの手から栞を奪い取った。「あ」返して下さいよとレオは手をザップの方に伸ばす。その手を反対に引っ張られ、わあと声を上げた。身体が傾ぐ。計算していたのか、ザップはそのままレオを抱き寄せるようにして屋上のフェンスに寄り掛かった。
「……三日も泊まんのかよ。どんだけサボる気だっつーの」
「ザップさんだって去年行ったでしょ」
俺に土産くれたじゃありませんか、と言いながらレオは身体を引き離そうともがいた。が、先輩の腕は微動だにしない。こゆとこ無駄に力が強いよな、とレオは思いながら栞返して下さいよ、とぱたぱたと手を動かした。
「…?何か俺オメーにやったっけ」
「ええー…去年俺受験だったからお守り買ってきてくれたじゃないすか…」
らしくないって散々チェインさんに言われてたでしょ、と言ったレオのことを栞の陰から見上げながら、そーだっけとザップは首を傾げた。「…………。」俺はまだあのお守りちゃんと持ってるんだけど。まあ確かに学業成就じゃなくてなぜか健康守だったから多分目についたのをテキトーに買ってきたんだな、とはレオだって思ったのだ。安産祈願とかじゃなかっただけマシだし、わざわざ家にまでやって来て土産を渡された時、レオは結構真面目に感動したので嬉しかった。だからまだ机の前にそれは大事に飾ってある。
「お土産そんなに買って来れませんからね。あ、木刀とかもやめてくださいよ」
「要るかそんなもん。何でもいーから美味いモン買って来い」
それが一番難しいんだよなあ、と思いながらレオは栞を取り返すのを諦めて、その場に座ろうとした。が、先輩の手は未だレオの腰を掴んでいるせいで座れない。「……あのう」離して欲しいんすけど、と言ったレオのことを無視してザップはまだ栞を眺めていた。
明日から修学旅行だった。三泊四日で定番でもある京都・奈良に行く。今週はずっと天気がいいみたいです、と同級生のツェッド・オブライエンから聞いていたのでレオはほっとしていた。折角の旅行なのだから晴れている方が嬉しい。
「…………毎年同じよーなこと書くよなあ」
そう言ってザップは栞をぱたんと閉じると、ほれと言いながらレオにそれを押しつけてきた。「?何か……」機嫌悪くないですか、と言いながらやっとレオは屋上の床にぺたんと座った。とは言えザップの足の間なので、余りさっきと体勢は変わっていなかった。しかも向かい合っているから、これは誰がどう見ても距離が近い。同級生だろうが先輩後輩だろうが、たとえ兄弟だったとしてもちょっとこれは距離的に、近過ぎる。男同士ならなおさらだ。
けれどこれは二人からすれば不自然でも何でもなかった。何しろレオはこの先輩と付き合っているからだ。友人以上と言っていい、意味で。
ザップは拗ねたような顔をして、悪くねえよと言いながらフェンスに自分の後頭部を押しつけてあーあと溜息を吐いた。いやいや悪いじゃん、とレオは思いながら頭を掻く。
「…そんなに葛餅が食いたいんですか?コンビニに売ってますよ?」
「バカちげーよ。てゆか俺そんな葛餅好きじゃねえから」
「そんじゃ何で頼むんです」
酷いなあ、とレオは苦笑して栞をぱらぱらと捲り直した。集合時刻だとかクラス単位で回る場所だとかが細かく書いてあった。「清水寺とー、それから金閣寺とー、あと北野天満宮行ってきます。あ、あと二条城」「…定番中の定番ばっか行くなーオイ…もっと捻れよ」「自由行動の時はもーちょい細かいとこ行きますよ」「……ふーん」そーですか、となぜかザップは敬語で言うとまた溜息を吐いた。その態度を怪訝に思いながら、何ですかとレオは首を傾げる。
「…別に。…………俺もー今日は帰るわ」
「え」
まだ昼っすよ、と呆れて言ったレオに、知ってるよとザップは言って怠そうにレオを見返した。「…お前授業終わったら俺ん家来いよ」「へ」きょとんとしてレオは声を上げる。
「え。だって明日旅行だから準備しないと」
「夕飯前には帰してやるって」
その言い方で気が付いた。思わず顔を引き攣らせたレオを見ながら、ザップが何だよと不満そうな顔になる。何だよも何も無かった。放課後家に来いという意味は、大局的に見ればたぶん一つではないだろうが、ザップが言う意味はたった一つだからだ。いやいやいや、とレオは手を振った。
「や、やですよ。疲れますもん。明日早いんですから」
言いながら顔が赤くなっていくことに気が付いた。どうしていつもこうなるんだ、と脳内で嘆く。ここでこんな態度が出てしまうから、目の前にいる男が調子に乗るのである。
「お前大先輩が誘ってやってるっつーのに何だその言い草は」
「…だって明日早いんですよ。マジで」
行きません、と言ったレオのことをザップが睨んでくる。さっきからだから何なんだ、と思いながらレオはどうしたんですかと再度聞いた。何をそんなに苛々しているんだろう。たまにこんな風に唐突に苛々されるから、レオもレオで戸惑う。苛立ちは出す癖に、この先輩はその理由をレオに言ったりしないからだ。訳が分からない。どうせなら全部隠して欲しい。
―――いや。
言ってほしいのかな、とレオは思う。
それがレオ相手だからなのか、それともザップが今まで付き合ってきた彼女たち全員にそうなのかは分からないのだけれど。
そうやって格好付けられるよりは言ってくれた方がレオはいい。
じゃないと不安になる。
何しろ苛々するというのはマイナス方面の感情に他ならないからだ。そこから、徐々に、どんどんと。…好きと言う感情が黒くなることだってあるだろう。無いとは、言いきれない。
レオがそんなことを思っているなんてザップは全く分からないだろう。ふんと不貞腐れた様子でザップはそっぽを向いた。
「…………んじゃ」
ちょっと来い、とぐいと身体が引っ張られる。来いも何も鼻先三寸の位置にいるのだから、一秒とかからず顔がぶつかる距離にある。けれど今回ぶつかったのは顔ではなかった。腕を引っ張られた瞬間、レオは身構えて眼を瞑ったのだが、予想していた唇には何の感覚もなかった。
「………………え?」
きょとんとして先輩を見ると、ぐいと無理矢理パーカーがたくし上げられた。「ってうおわ!?え!?ちょ、ちょちょっ、な、ななな」ここ屋上なんですけど、と悲鳴を上げるレオを無視して、ザップはパーカーの中のインナーを更にたくし上げた。「わあ!?」寒い、とレオは声を上げた。倒れるかと思ったがザップは根回しよくレオの腰にちゃんと腕を回していた。変なところが周到だ、と舌を巻きたくなる。
そのまま五分くらい身体を弄られた。
弄られたと言うか齧られたというか。
舐められたと言うか。
何にせよ五分後、レオは息も絶え絶えにコンクリートの床にぐったりと座り込んでいた。「……………、………、」別段いつもしているようなことをされただけなのに、強姦された気分になった。文句を口にする気力も無い。
一方ザップは散々レオのことを弄り倒して苛め倒していた癖に、何故か不満げな顔をしてぼーっと煙草を喫っている。「……………。」何なんだこの人、と思いながらレオは予鈴の音を聞いた。
果たして翌日、レオは薄暗い最中欠伸をしながら学校へ向かった。すぐにバスに乗り込んで学校から駅に向かう。駅からは新幹線だ。案の定クラスメイト達もみんな眠そうな顔をしていた。
「…出席を取るぞー」
ふにゃふにゃした返事があちらこちらから上がった。担任のスティーブンだって眠そうな声をしている。
欠伸をしているレオに、駅まで眠ったらどうですか、とツェッドが首を傾げた。ちなみに彼も珍しく、レオ以上に眠そうな顔をしていたのでレオはちょっと驚いた。昨日どうやら眠れなかったらしい。なんかそういうとこ可愛いよな、とレオは思ってしまう。口にはしなかった。
あの後別段ケンカをすることもなくレオは教室に戻ったし、ザップは帰ったらしい。夕方一回メールをしてみたけれど返事はなかったので、レオももういいやと放置していつもより早く眠った。ザップが何に苛立っていたのかは分からないままだ。
「…あの、怒ってませんでした?あの人」
「?怒るというより…」
そこでちょっとツェッドは言いよどんだ。何だ、とレオが怪訝な顔をしていると、怒ると言うよりはと同じ事をツェッドは繰り返した。「淋しそうでしたよ。言ったところで絶対に認めはしないでしょうけれどね」そう肩を竦めて言うと、ツェッドはおかしそうにちょっと笑みを浮かべた。
「…さみしそう?」
なんで、と怪訝な顔のまま言ったレオに、ツェッドがぽかんとした表情になる。「……何でって。…そりゃあレオくんに大体四日会えないからでしょう」「ええ?」そんな馬鹿な、とレオは思わず言って笑ってしまった。たかが四日で?しかも俺と?そう思ってそんなことある訳ないじゃないですか、と言ってツェッドの肩を軽く叩く。思いの外笑えた。
「…………………………………ああ…」
成程、と何かに納得したようにツェッドは頷くと、なぜか目を遠くして大変だなあとレオからすれば意味不明なことを呟いた。何が大変なんだ。
「…ええと…あの、レオくん。僕が言うのもなんだと思うのですが」
「?はい」
兄弟子は結構君のことが好きなんですよ、ときっぱりと言われてレオは絶句した。「は、はい?」そう思わず大きな声で言ってしまったので、前の席に座っていたリールがうわあとびっくりしたような声を上げた。
「おい少年どうした。静かにしなさい」
そう窘めるような声が前から聞こえてきて、レオはすみませんと慌てて謝った。はしゃぐなよ、とかうるせーよという声が周囲から聞こえてきて、ごめんとレオは言いながら縮こまる。ちょっと顔が赤くなった。
「…な、何ですかツェッドさん。冗談はやめて下さいよ」
「………………………えーと…」
まあ僕は構わないんですけど、と何かを憐れむような顔で言うと、ツェッドは肩を竦めた。「駅に着くまで少し眠ります。お休みなさい」「え。あ、はい」そう言ってレオはこくんと頷く。ツェッドは穏やかな顔でちょっと笑ったかと思うと目を瞑って寝息を立て始めた。
「………………………。」
寝顔はやっぱり子供みたいだな、と思いながらレオは窓の外に目を向ける。見慣れている筈の街の風景は、朝のせいなのか、それともこれから四日間程離れるせいなのか、見知らぬ街にも見えた。
最初に好きになったのはどっちなのかレオは知らない。知ったところで行き付くところは同じなのだから、一緒だ。ただレオはかなり前からザップのことが好きだった。いや、今も好きだから現在進行形で好きだと言うべきなのだ―――それこそ、ツェッドではないがたぶん、ザップが思っているよりもレオはザップのことが好きだ。口にして言うことは殆ど無いけれど。
―――それが駄目なのだろうか。
口にしないと伝わらないとレオは思う方だったから、やっぱりそれは駄目なことなのだとは思う。思うけれど如何せんそれが中々、難しい。出来るようだったら苦労はしない。大体、付き合うまでだって物凄く時間を要したし、物凄くレオは苦労したし、何度泣いたか分からない。
だから今は奇跡が起きたようなものだとレオは思っている。
レオがザップを好きになったのは遡ること中学時代からだったから、考えてみれば何年も片思いしていたということになる。片思いという言い方はとても女の子みたいでレオは嫌だったけれど、真実だから仕方ない。どこが好きなんだと言われても具体的な例は上手くレオには言えなかった。どこっていうか。
―――全部かなあ。
そう思って慌てて眼を瞑った。雑念を払おう。何で俺は修学旅行に来てまでそんなこと考えてるんだ。そう思いはしたが、またそっと目を開ける。見慣れた街並みが窓の向こうには映っていた。
鞄の中から携帯を取り出して画面を見たが、ザップから返信はきていなかった。というかこんな時間なんだからまだ寝ているだろう。「…………。」なんだかこれも鬱陶しい、と自分を思いながらレオも眠ることにした。今日回る場所は確か、奈良方面だ。
もぐもぐと団子を齧る妹の横で縁台に座りながら寺を見つめる。「…でっけーなー」「そーね」「……てか」買い食いしていーのかよ、と言ったレオにいーのよとミシェーラは澄ました顔で言った。
「駄目って言われなかったっけ?」
「言われたかも知れないけど聞いてないもん」
聞いてるじゃん、と笑って顔を上げたレオの方にみたらし団子が突きつけられて仰け反った。「はいあーん」「………あーん」幾ら仲がいいとは言えどこれは少し恥ずかしい。そうでなくても学年でウォッチ兄妹は非常に仲がいいと評判なのだ。特にレオの方がシスコンだという非常に不名誉な噂を立てられているので、そういうこともあってレオは今朝も先に家を出たのである―――結局こういうことをしているのだから余り意味が無い。
寺についてからすぐに自由時間になったので、最初はツェッドとリールと一緒に寺をぐるぐると回っていた。途中でミシェーラとたまたま会ったので、今こうやって二人で団子を食べている。既にレオは妹の写真を十枚以上撮っていたので、ミシェーラに散々文句を言われていた。
もぐもぐとみたらし団子を齧るレオを見ながら、ねえねえお兄ちゃんとミシェーラは二本目の団子に手を伸ばした。次は草団子らしい。
「ザップさん淋しがってなかった?」
「っげほ、」
思わず団子を喉に詰まらせてしまった。慌てて茶を手に取る。「な、」何言ってんのと言いながらレオは涙目で隣にいる妹を見つめた。ミシェーラはやっぱり澄ました顔で団子を齧っている。しかし口元に餡がくっついていた。どうにも決まらない。
「昨日あたしザップさんに会ったんだけど」
「え?いつ?」
「夜。コンビニ行った帰り」
「コンビニ?」
一人で行ったのかよ、と非難気に行ったレオに、煩いなあとミシェーラは面倒臭そうに言った。どうも最近俺の扱いが酷い、とレオは密かにむくれた。でも顔に出すと格好悪いから、出さなかった。
「帰りザップさん送ってくれたもん」
「え」
嘘、と言ったレオのことをおかしそうに見て、送ってくれました、とミシェーラは歌うように言った。「…羨ましい?」「な、」なんでそうなんだよとレオはプイとミシェーラから目を逸らす。
その辺女子はいいよな、と思わないでもないのである。分かり難い。つまり送って貰いたいなと思うことだって、レオにはあるのだ。
別にレオだって常にそう思う訳じゃない。けれど、―――けれど、そんじゃなとすたすたと踵を返して去って行く先輩を見ると、たまに物凄く、ものすごくレオは淋しくなることがある。次の日になったらすぐ会えるのに。次の日どころか一時間後に会える時だってある。なのに。
なぜか別れがたいと思うことがある。
けれどそう思ったとして、レオはザップを引きとめたことはない。引き止めたところで彼が留まるとは思えなかったし、大体鬱陶しいだろうと思っている。そんな感じに甘えたり、ザップだって甘えられても困るだろう。…別に困らせたいわけじゃない。構ってほしいとか、常に会いたいとか、そうやって。
馬鹿みたいなことばっかり考えているのは自分だけなのだろうから。
嫌われてなけりゃそれでいいのだ。レオはそう思って何かを常に誤魔化している。付き合えているだけでも奇跡みたいなものなのに、それ以上望むのはまるで世界の流れに逆らっているような気がした。
「……ザップさん何か言ってた?」
「ん。気になる?」
「…………………………べ、」
べつに、ともごもご言いながら団子を齧るレオのことを苦笑すると、ミシェーラは拗ねないでよと続けた。妹にそうやって指摘されるのは毎度のことだたが、やっぱりその度居た堪れない。彼女の方がまるで姉みたいだ。
「…あのね」
「え。あ、う、うん」
「お兄ちゃんのことは何も言って無かった」
「おい」
何だよそれ、と顔を顰めたレオのことを見て、ミシェーラはおかしそうに笑った。「…正しくは、何回も言いかけて何回も慌てて口を噤んでた」「…………何それ?」本当に意味が分からなかったので、そう聞き返すとミシェーラはまたおかしそうに笑った。
「明日から旅行ですって言うじゃない。あたしが。そしたらザップさん、そーだなレオに、って言いかけてちょっと黙って、それから全校集会で言ってたなって。そんな感じでおにーちゃんの話延々してくるからあたし笑っちゃった」
「……あの人俺からしか情報仕入れてないのかよ…」
そう溜息を吐いて団子を齧ると、妹がぽかんとした顔をレオに向けてきた。俺じゃあるまいに、と思いながらレオはむぐむぐと団子を齧り、首を傾げた。どうしたんだ。そう思った。
「…ちょっと待ってどーしてそーなるの。そーじゃないでしょ」
ミシェーラは真顔でそうレオにツッコミを入れて来たので益々きょとんとする。「え。なにが」「や、何がじゃないって。嘘でしょ。どうしてそうなるの?あのさ、ザップさんがお兄ちゃんのことしか考えてないからよ」それを聞いて絶句した。―――何言ってんだ。
「…なんっか今朝からツェッドさんも変なことばっか言ってくるけど…お前もどーしたんだよ。あの人基本金と女の人のことばっか考えてるだろ」
「………………………。」
ミシェーラは団子を持つ手をそのままに、まじまじとレオのことを見つめてきた。「…………、な、何」そう言いながら少し仰け反る。「……ううん…」ザップさん可哀想、と聞き捨てならないことを言われてレオは呆気に取られた。え?なにが?むしろ色々と可哀想なの俺じゃんか。そう思ったが、ミシェーラの態度は有無を言わせないくらいの同情っぷりだったので、レオはそれ以上何も言えなくなってしまった。
30分後、集合場所にレオは向かった。自由時間の途中でミシェーラは友人が迎えに来たので友人たちと寺を見に行き、レオはツェッド達の許に戻った。複雑そうな顔をしているレオを見て、ツェッドは何かありましたか、と心配そうに聞いてきてくれたが、レオは勿論首を振った。旅行先までザップのことを考えているなんてバレたくない。
「それじゃあ前の組からバスに乗るからちょっと待機。静かにしてろよ」
そう言いながらスティーブンは隣のクラスの教師と栞を片手に時計とにらめっこしている。よくあることだけれど、旅行のスケジュールは絶対にどこかでずれが生じてくるのだ。ぼーっとそう思いながら、レオはひらひらと舞い落ちてくる紅葉の葉を見つめた。
「………………。」
―――――兄弟子は結構君のことが好きなんですよ。
―――――ザップさん可哀想。
そんなことないだろ、とレオは溜息を吐いた。紅葉の葉をくるくると回しながら後ろを振り向くと、寺の門の向こう側にも見事な紅葉が見えた。「………。」綺麗だなあ、と単純にレオが思ったその時だった。
ポケットにある携帯が震えていることに気が付いた。
「………っと、」
この長さは着信だ、と慌てて携帯を取り出す。画面を見て息を呑んだ。どう見てもザップの名前が表示されていたからだ。
「…………………。」
なんで、と思いながらなぜか緊張していることに気が付く。「………お、落ち着け。何だよもう」そう小さく呟いてスマホを操作しているレオのことを、怪訝な目で隣のクラスの女子が見つめてきたが、それどころではない。幸いレオは出席番号が後ろの方だったので、並んでいる順番も一番後ろだった。くるりとクラスの列に背を向けながら、もしもしと携帯に応答する。
『…レオ?』
その声を聞いた途端に力が抜けた。
毎日毎日死ぬほど聞いている癖に、馬鹿馬鹿しいことこの上ない、と自分でも思った。玉砂利が音を立てる。そっとレオは列に背を向けて紅葉を見ながらザップさん、と携帯の向こう側に返事をした。
「…もしもし。はい、レオですけど」
『じゃなかったら困るっつの』
そう言った後笑い声がした。「……ですね」そう言ってちょっと自分も笑う。何となく俯いて、玉砂利を手に取りながらなんですか、とレオは返事をした。
『…どーだ。楽しーか』
一瞬何が、と疑問に思った。けれどすぐに気が付く。どう考えてもこの旅行のことだ。「え、あ、ハイ。ぼちぼち」そう半端な答えをしながら頭を掻く。ぞろぞろと隣の隣の組が移動していくのが目に入った。
『俺の土産買ったんだろうな』
「初日ですよ。まだです」
『いーよな。こっちが試験やってる間呑気に団子なんざ食いやがって』
「え?」
何で知ってるんです、と言ったレオに、妹ちゃんからメールが来た、とザップは淡々と返事した。『オメーの写真が添付されてたぞ』「な、何で?」てゆかアイツいつの間に、と言ったレオに、ザップはおかしそうにまた笑ったようだ。聞き慣れた笑い声がレオの耳に入ってくる。
『口に餡がくっ付いてたぞ。舐めてやろーか』
「い、犬じゃないんだから…ってか、あの、物理的に無理でしょ」
言いながら顔が赤くなってきたことに気が付いた。この間の屋上と同じじゃねーか、と自分を脳内で罵る。舐めるふりをするからおまえは舐められたふりをしろ、と先輩は無茶苦茶を言ってきた。何言ってんだとレオは呆れたが、ちょっと笑ってしまった。
『…………なー、…おまえいつ帰ってくんの』
「だからまだ初日っすよ。あと三日はかかります」
『………なっげーよモー』
ザップはそうげんなりしたように言ったようだ。「……。」ちょっとレオは黙る。…そんなに何をがっかりすることがあるんだ。高々俺に会えないだけじゃんか。てゆかたった三日四日のことなのに、そんなにがっかりしなくても。
…俺じゃあるまいし。
そう思って、あのうとレオは携帯に話しかけた。『なんだ』そうザップが返事をした後、レオは口を開いた。
―――しかし開いただけで、終わってしまった。
ザップの後ろから、彼を呼ぶ声が聞こえてきたからだ。
「………、」
自分の手が固まったことに気が付く。ぎゅうと携帯を握り締めるように、指が動いた。何しろその声はひどく可愛らしく、甘い、声だけでも可愛らしい女の子の声だと分かる声だったからだ。キャシー、というザップの少しだけ遠い声が聞こえる。「……、…てよ俺今、………ったって。…わーった行くって。…うん、…ああ……」ちょっとだけざざ、と音がした後無音になった。恐らく送話口を押さえたか、もしくはミュートにしたのだろう。声が聞こえない。
心臓が嫌な感じに音を立てた。
おいレオ、と前から声がかかる。クラスメイトがこちらを怪訝な顔で振り向いていた。そろそろ行くっぽいぞと言われて慌てて自分も立ち上がる。「………。」携帯を見ると、勿論いまだ通話中という表示が出ていたが、レオは黙って電話の通話終了ボタンに手を触れた。通話終了、とディスプレイに表示が出てて画面が通常のホームに戻る。
「…………………。」
レオ?とまた名前を呼ばれて、慌ててレオはクラスメイトの後をついて行った。
ぼんやりと荷物を前に座り込んでいるレオに、レオくんと声がかけられた。「…………。」「…レオくん?」どうしましたか、というその声にやっと覚醒する。慌てて後ろを振り向くと、ツェッドが心配そうな顔でレオのことを見つめていた。
「…体調でも崩しました?」
「あ、や。…大丈夫です。すいません」
「謝ることはないんですけど」
そう言ってツェッドはレオが座り込んでいる傍らに、座った。ベッドはふかふかだったからかぎしりとも音がしない。「…夕飯になりますけれど。…やっぱり顔色がよくないですよ。どうしたんですか」何かありましたか、と言われてレオはちょっと顔を俯かせた。
アホだな、と思う。折角修学旅行に来ているのに、考えていることがいつもと変わらない。しかも友人に心配をかけているとは、どうにもいただけない。
「……言いたくないなら構わないんですけれど、レオくん」
あんまり無理はよくありませんよ、とツェッドは言うと笑って、レオの頭をぽんと撫でた。そんなことをされたのは初めてだったので、レオはぽかんとしてツェッドのことを見上げる。一瞬、誰かと何かがダブった。
「………あっ」
はっとしたようにツェッドが少し仰け反った。「す、すすす、すいませんあの、そ、……、…あの、兄弟子のが」「え」物凄く動揺しているツェッドを見ながら、レオはきょとんと聞き返す。
「……う、うつりました…」
すいませんと言いながら微妙に顔を赤くしてツェッドは立ち上がると、先に行きますとよろよろと部屋を歩いて行った。そこまで動揺することもないだろうに、と思いながらレオは撫でられた頭に手をやる。いつも全然似てないなあ、と思うことばかりなのに、どうしてかツェッドのそれはザップの撫で方にちょっとだけ、似ていた。
その時だった。
電話がけたたましく着信を告げてレオはびくりと背筋を引き攣らせる。マナーにしてなかったっけ、と思いながら慌てて携帯を手に取り、応答する。「も、もしもし?」急過ぎて相手の名前を見る余裕もなかった。
『もしもし?レオか?』
「え?」
ザップさん、と口を衝いて出た名前は午前中に一回話した先輩のことだ。声でというよりもなぜかレオはその名前が自然に出てきたと思った。考える前に、名前を呼んでいたのだ。
「あ、昼間すいません。列が移動するとこだったんで」
『……、…あ?…ああ…あーいいよ。俺も授業中だったし』
嘘だろ、とレオは呆れてしまった。授業中に電話ってどういうことなんだ。どうしたんですかとレオは電話の向こうに問いかける。既に今日で着信二回目だ。
ザップの後ろからは人の声がする。けれども午前中聞いた女の子の声はしなかった。「………。」慌ててレオは首を振った。
『…………何か嫌な予感がした』
嫌な予感、とレオは繰り返しながらぱたんとベッドに寝転がる。ツェッドにはああ言ったが、ちょっと疲れてはいた。体調が悪いわけではないのだが。『…今おまえ一人か?』「あ、はい。そーです。ホテルで。ツェッドさん今までいたんですけど」もうすぐ夕飯だから、と置時計に目をやりながらレオは答えた。集合時刻まではあと5分程だった。
『……あー、…アイツと同室なんだっけ』
「そうすよ。三人から四人部屋で、俺ツェッドさんとリールさんと一緒です」
『……………二人じゃねーんだな。ならいい』
「何がいいんですか」
そうちょっと笑ってレオはころんとベッドに更に転がる。窓の向こうには京都市街が見えた。夕闇に包まれた景色は余りレオの住んでいる街と変わらないようにも見える。結局どこの街だって夜の顔は変わらないのかも知れない。
『…なんっかさー、』
お前がいねーと色々めんどくせえ、とザップはよく分からないことを言って溜息を吐いたらしい。がさがさと音がする。「めんどくさい?何が」『……なんか色々だって。チャリ扱ぐ奴はいねーし飯奢ってくれる奴はいねーし一緒にサボる共犯はいねーし』「完全に俺パシリなんすけど」そうむっとして言ったレオに、ザップは笑ったらしい。笑い声がした。
「…あと三日くらいしたら会えますよ。それまで待ってて下さいって」
『…別にそーいう意味じゃ……、…大体カオなんざ毎日見てんじゃねーか』
「……そーですけどね」
俺はこれから三日間はザップさんじゃなくてツェッドさんとかの顔を見て過ごすわけですよ、と自分でもよく分からないことを思いながら窓の外を見る。クラスメイトの顔を毎日見るのは普通だったけれど、朝昼晩と見ることになるのだからちょっといつもとは違う。共同生活というのも大袈裟かも知れないが、三日は泊まるのだからそう言ってもいいくらいの期間だ。
「…あ、そーいえばさっきツェッドさんが」
『あ?なんで俺がわざわざ電話でアイツの話を聞かなきゃなんねんだ?』
「いーでしょちょっとくらい。…やっぱり兄弟ですねえ。手付きがザップさんと似てますよ。ツェッドさん」
そうおかしそうに言いながらレオは仰向けになった。対して携帯の向こう側からは無言しか返ってこなかった。けれど別段これは対面でもよくあることだったので、レオは気にしない。「てゆか行動が似てますね。あ、言ったら怒るとは思います、」けど、と続けようとしたレオの言葉をザップが遮った。
『レオ』
その声にきょとんとする。いやに真剣に聞こえたせいだ。「はい?」なんですか?と言いながら誰もいないけれどレオは首を傾げる。
『ちょ…、っと待て。おい。なんだよ手付きって』
「?え?…あ、さっきの?や、さっきツェッドさんが。俺ちょっとぼーっとしてたから、心配して頭撫でてくれて」
『はあ?』
ちょっと待てよという先輩の泡を食った声が聞こえた。何だ、とレオはやっぱり怪訝に思いながらどうしたんですかとザップに問いかける。けれど返事はなく、携帯の向こう側からはあいつやっぱ殺すとか物騒な声で物騒なことが聞こえた。レオは眉を顰める。
「…どうしたんですかザップさん。おかしいですよ」
『おか……、…や、ちょ、レオ。おまえ誰かと部屋代われ。その部屋はやめろ』
「はあ?」
何を言ってるんです、と言わんばかりにレオがそう声を上げると、いいから誰かと代われよとザップは無茶苦茶なことを言ってきた。『何って…、…あー、あーちっくしょーアイツ殺してやる』「何言ってるんですか。そんな無茶苦茶出来るわけないでしょ」そう呆れて言ったレオに対して、ザップはやっぱりぶつぶつと何か言っている。
『……、…おまえな。修学旅行だからって浮かれんなよ。…あのな、ただ単にそれは旅行の時の変なテンションだからな。別にいつもと何も変わんねーからな』
「………ザップさん去年修学旅行の後修羅場引き起こしてたじゃないすか」
そう言ったレオに、うぐ、とザップは呻いた。『だ、だってそりゃー……、…いやいーんだよ俺のことは!オメーのことだよ!』「俺?さっきから何が言いたいんですかアンタ」そう、結局レオは聞いて時計を見つめる。そろそろ集合時刻になりそうだった。
「…あ、ヤベ。そろそろ俺夕飯なんで行きます。またあとで」
そう言ってベッドから起き上がる。やっぱり軋みもしなかったが、対して携帯の向こう側にいる先輩は物凄く焦った声でレオを引きとめてきた。
『ちょ、ま、待て待て待て!おま、マジで部屋代われって』
「だから無理に決まってんでしょーそんなの。お土産はちゃんと買いますよ」
『バカいーよそんなんいつでも!……、…レオ!』
「はい?」
なんですか、と言いながらぐしゃぐしゃになってしまったパーカーの裾とか髪を整える。カードキーはどこだっけ、ときょろきょろとベッド周辺に目を向けた。ここはオートロックだから持って出ないと閉め出されてしまう。
『…………、…そ、あー……、……、っ、お、俺、』
おまえのこと愛してるから、という信じられない言葉が聞こえてきてレオは固まった。
「…………え?」
そうぎしぎしと、誰も見てもいないのにロボットみたいな動きで思わず携帯を見つめてしまう。だから、と携帯の向こうからは死にそうな声が聞こえてきた。次いで恐らくザップの後ろからだろう、男性の爆笑したような声が聞こえてくる。誰だろう、とレオはぼーっとしながら思った。たぶんザップの友人か誰かだ。
『だ、…っ、だから!だから……ッ、…う、浮気すんなよ!?』
「……………………………………え、…あ、……ハイ…」
それじゃ、と言ってレオは通話を終了させた。「……………。」画面を見たがやっぱり着信は自分の先輩からで、レオはぼーっとしながらカードキーを手に取った。
―――愛してるから?
言わされてる感、とレオは思いながらのろのろと部屋の出入り口に向かう。罰ゲームかなんかだろうかとぼーっとしながらドアノブに手をかけた。
ガチャ、と音がして廊下が見える。「………。」無言でのろのろとドアを閉め、施錠しようとして気が付いた。ここはオートロックだ。キーをポケットに入れてぼーっとなぜかドアを見つめてしまった。
「レオくん」
はっとして声の方向を見る。リールが立っていた。「集合時刻なのに来ないから迎えに……、…どうしたの?」調子悪い?と言いながらリールがとことことやって来る。「さっきツェッドさんもそういうこと言ってて…、…大丈夫?」
顔が真っ赤だよ、と言われてやっとレオは我に返った。
就寝時間になっても起きているのが修学旅行のお約束である。レオのクラスも男子が一部女子の部屋に行こうと盛り上がっていて、ツェッドが難色を示していた。「女性の部屋に夜中に行くのってどうなんですか?」そう真顔で言った彼に、クラスメイトが爆笑したりツッコミを入れているのを聞きながら、レオは友人数人たちとUNOをしていた。
「…ドロー」
そう言って手札を見つめるレオに、レオは女子の部屋行かねえの、と後ろから声がかかる。どうやらこれから数人が行くことになったらしい。「…やめとく。万が一妹と会ったら気まずいし」そう言ったレオに、それもそっか、と友達は苦笑した。妹が同学年というのもちょっと色々、やり難い。
てゆかさ、と別の友人がベッドに寝転がりながらレオのことを見つめてきた。レオってあの先輩と付き合ってんだろ、と言われてぎょっとする。ああそういえば、と最初に水を向けてきた友人も納得した様子で頷いた。
「あ、ツェッドさんのお義兄さんだっけ」
一緒にUNOをやっていたリールは淡々と言うと、ドローツー、と小さく呟いた。「え、あ、いやそ、それは」そうわたわたと手を振り始めたレオの横に、ぐったりした様子でツェッドが座り込んできた。
「あ。お疲れっす。…女子部屋遠征は?」
「……今から皆さんで行くそうですよ。別にいいですけど僕は」
そう言って溜息を吐くツェッドを見ながら、似てないよなと友人の一人がカードを場に置いてそう言った。「?何の話ですか」そう言ったツェッドに、レオの恋人の話、とやっぱり淡々とクラスメイトの一人は言って、カードを再度場に置いた。
「こ、…や、やめろよそーいう言い方。ただの先輩だよ先輩」
「ただの先輩とあんな感じでキスはしないでしょ」
そう苦笑しながらリールがカードを場に置き、次の瞬間ウノ、と続けた。「あ」あーあ、と言いながら周りが笑う。リールUNO強いよな、と友人の頭が小突かれているのを見て、レオは彼の言った台詞の意味を考える。どう考えても文化祭のことだ、と思い出して赤くなった。
文化祭の時、クラスメイトの前でキスされたのは記憶に新しい。幸いツェッドにだけは見られていないのだが、その後結局ザップに報告がてら彼の前でもキスされたので同じである。ここにいる全員の記憶を消したい、とレオは思いながら俯いた。
でも何で付き合ってんの、とう声と一緒にカードがまた場にひらりと落とされる。リバース、という声にレオは顔を顰めた。次は俺の番だったのに。
「…何でって。……も、もういいじゃん俺のことは。どーでもいーだろ」
そう言いながら手札をぎゅうと握りしめてレオは座り直す。照れんなよ、と笑ってクラスメイトはひらひらと自分の手札を見つめながらベッドに寝転がった。「…………。」一方でツェッドは複雑そうな顔をしながら、レオの手札を一緒に見つめている。そりゃそうだ、とレオは泣きたくなりながら、もういいから早く次、とゲームの先を促した。
「……レオくん」
リールから名前が呼ばれて、レオはのろのろと顔を上げる。目が合った途端、くすくすとおかしそうにリールは微笑んだ。「…顔が赤いよ」そう言われてクラスメイト達も顔を上げる。げえ、とレオは思わず顔を引き攣らせて顔を高速で俯かせると、赤くないっすよと言いながら湯気が出そうな自分の脳を冷却させる。クラスメイト達が爆笑した。
「だ、も、もーいーよほっといてよ俺のことは!…ほら続き!」
そう言いながらぱたぱたと手を振っていたレオの後ろから、がば、とクラスメイトが思いきり抱き付いてきたのでぎゃあとレオは呻いた。重い。とはいえいつもやってくるザップのそれよりはマシだった。ちなみにこれはクラスの中でフツーに誰でもよくあることだったので誰も何も言わない。
…何でもザップさんと比べてる。
はっとそれに気が付いてレオはげんなりした。重いって、と文句を友人に言いながら手札を隠す。乗っかっている友人だってUNOをやっているのだ。
ぱらぱらというカードを捲る音が聞こえた、その後だった。なあレオ、というそれに何、と乱雑に返事をする。何でこんな話題になってしまったんだ、と修学旅行の謎の高揚感を恨んだ。
もうヤった?と言われて思考が固まる。
「………………な、」
なにが、と言いながら後ろの友人を振り返ると、友人は自分の手札を見つめていた。だからもうヤったかって、と普通に再度同じことを言われてレオは更に固まった。幾ら何でもその意味くらいは、分かる。
「…お、…俺もう寝る」
そう言って立ち上がろうとしたが、待て待てとはしゃいだ声で友人達に止められた。もうヤってんだろ、とかありゃーヤってるだろという会話に死にたくなった。やめろ。何?修学旅行の定番だってそりゃ俺だって分かってるけどああもう、と思いながら手札をぺしんと場に投げ捨てるように置いた。顔が赤かったらもう、終わりだ。
「……やめてあげてください。嫌がってますよ」
そうツェッドが眉を顰めて言ってくれた。レオはぶっちゃけ泣きかったので、真面目に感謝した。ありがとうございますという意味を込めてツェッドを見上げると、彼は苦笑したので、多分何となく意味は伝わっている、筈だ。
一方ごめんごめん、と軽くクラスメイトは謝ってぽいと場に札を投げ出した。残り一枚だったがリールがウノという声の前に場に自分のカードを出したので、あー、と悲痛な声が上がる。
「はいそれじゃ2枚。引いてね」
そうにっこりとリールが笑って言った。ずりーよ、と言いながら友人はカードを二枚引く。「戦略だよ」そうリールは笑って言った。最悪、とカードを見つめながらの文句を耳に入れて、レオもぽいと場にカードを置く。「ウノ」そう呟いて溜息を吐く。
「…それじゃ僕はもう寝ますよ。先生が来る前に皆さんも引き上げて下さい。お休みなさい」
そう言ったツェッドを見上げて、クラスメイト達がええ、とか嘘だろ、とか三三五五に声をかけた。「あ、ま、待って下さいツェッドさん」俺も行く、と言いながら最後の手札をリールに押し付けた。「え。僕?」そう言ったリールを見下ろしながら、すいませんとレオはベッドから転がるように降りて、すたすたと歩くツェッドの後を追った。
「おやすみ!」
そう怒鳴るように言ったレオのことを友人達は笑いながら手を振って、おやすみと返事をした。全く冗談じゃないと思いつつ、レオは慌てて部屋を出る。男子高校生が考えることは大抵一つなのだ。今更に実感した。
廊下に出ると少しだけ生徒が歩いていた。消灯だっつーのに、と思いつつツェッドの隣に並ぶ。
「ツェッドさん」
俺も寝ます、と言いながらやって来たレオのことを見て、なぜかツェッドはさっきと打って変わって気まずそうな顔をした。「………?」どうしたんですか、と言いかけて気が付いた。ついさっきの会話のこと以外無いに決まっている。自然と顔が真っ赤になったせいか、ツェッドがレオから目を逸らした。
「あ、や、……っ、…そ、その…す、……」
すいませんと小さくレオは謝ると先に歩いて部屋の鍵を開ける。ぴん、という綺麗な音がしたあとドアが開いた。「いえ、あの」君が謝ることはありません、とツェッドは言うとレオの後に部屋に入ると、ドアを閉めた。ぱたん、とドアが閉まる音がする。
「…だ、……だって、その、や、やでしょ。あんな話題。…ざ、ザップさんはツェッドさんのお義兄さんなのに」
「そう思ったことはないので大丈夫です」
唐突に真面目な声でツェッドがそう言ったのでレオはぽかんとして顔を上げてしまった。ツェッドは先ほどの気まずそうな表情はどこにやったのか、心底嫌そうな顔をしていたのでレオは笑ってしまう。ちょっと安心した。嫌な顔をしているのにほっとするのも変な話だったが。
「…何にせよ、君が気にすることはありませんから。大体お互いが好きで付き合っているのに、誰かに対して悪く思ったりする必要はないでしょう」
そう淡々と言われてレオは黙った。「…………。」そ、そうなんですけど。そーなんですけど?
「…ツェッドさんって」
「はい?」
ベッドにある毛布を掻き上げながらツェッドがレオの方を向く。「…たまーにものっすげー恥ずかしいことさらっと言いますよね…」そう言って顔を覆った。顔が赤い。耳もたぶん赤い。なぜ本人不在でこんなことに、と思っていたレオだったが、ツェッドからは何の返事もなかった。怒らせたかな、とそっと指の隙間からツェッドを見る。
「……………それ」
複雑そうな顔をしていたツェッドはそう言って、はあと溜息を吐いた。
「…兄弟子にも、言われました」
そう言われて思わずレオは顔を上げて笑ってしまった。
ちなみに十分後、リールはやっと戻ってきた。全勝したからジュース奢って貰ったよ、とレオたちの分も缶ジュースを持って来てくれた彼に、レオははあとぽかんとして起き上がる。まだ眠ってはいなかった。「レオくんが苛められた分ちゃんとやり返してきたから」そうリールに言われて微妙な気分になった。俺は苛められていたのか。
「…………みなさん寝ましたか?」
「ツェッドさんは真面目だなあ」
そう言ってリールは笑うと、冷蔵庫に入れとくねとにこにこしながらジュースを冷蔵庫に、しまった。
二日目も恙なく過ぎた。別段ザップから着信もなく、メールもなく、それをちょっと淋しく思う自分にツッコミを入れながら、クラスで京都市内を見学する。寺社仏閣の他商店街なども回ったので、結構歩いた。とは言え修学旅行ならではでもある。もぐもぐと卵焼きを齧っているレオのところに、担任のスティーブンがやって来た。
「なんだ少年。美味そうだな」
「あっちで売ってました」
美味いっす、と言いながらレオは卵焼きを齧っていたが、食いますかとふと思いついてスティーブンに棒に刺さったままの卵焼きを差し出す。「ヤじゃなきゃ」「嫌って」何だいそれは、と苦笑してそのままスティーブンはぐいとレオの手を引っ張って一口卵焼きを齧った。ちょっとレオは狼狽える。男性の割にスティーブンには変な色気があるせいである。たぶん誰だってこうなる、と思っていたレオの耳に、かしゃりというシャッター音が聞こえた。
はたと音源を見ると、K.K.がにっこりと笑いながらカメラをこちらに構えていた。「やっほーレオっち。美味しそうねー」「あ。はい。食います?」ヤじゃなきゃ、とまた同じことを言いながらレオは卵焼きを差し出したが、あたしもさっき食べたの、とK.K.は笑って反対にレオに飴をくれた。鼈甲飴らしい。透き通った色をした飴がセロハンに包まれている。
「…さっきのまさか学年便りに使わないよな」
そう言ったスティーブンの声にはっとする。「あ、そ、そーいえば」さっきのシャッター音、という声にK.K.は何でもないことのように首を傾げた。
「なんか親子みたいで可愛かったんだもん。いーじゃない」
「おや……、…僕はこんなに大きな子供がいる歳じゃない」
変なところでムキになんないでよ、と呆れた顔で言ったK.K.と同様、レオも呆れた。そんな子供っぽいことで怒る人だっけ?そう思いながら、困った顔をK.K.に向ける。
「それはともかく、勘弁して下さいよK.K.さん」
僕が事務とか総務とか三年生女子に殺されちゃいますよ、と悲痛な顔をして言ったレオのことを、スティーブンが怪訝な顔で見下ろした。「何だそれは」しかしK.K.はそれもそうねと納得した顔になる。レオの担任だけは怪訝な顔で何を言われているのかさっぱり分かっていないようだった。独身で仕事も出来て指輪もしていない。上にこんなに格好良けりゃ、学内でモテない訳がないのだ―――けれど本人はそれを知らないらしい。ある意味平和だ。
「…んじゃザップっちに送ろ」
「!?ま、待って待って待って!?」
やめて下さい、と泡を食ったレオのことを見て、じょーだんよとK.K.はおかしそうに笑った。「クラっちに送るわ」「あー、喜ぶだろーな。あいつは」そう言いながらスティーブンも彼女の手元のカメラを見つめている。既に何枚か写真が収まっているらしい。全くもう、と未だちょっと焦りながらレオは卵焼きを食べ終わった。どうも旅行は万人共通で浮かれるものらしい。
「…あと二時間…自由行動で飯を食ってからホテルだな。うちのクラスで行方不明者はいないよな?」
「はあ。たぶん」
いないんじゃないすか、とレオは言いながら商店街を見渡す。飯何食おうかなあ。ザップさんがいたらさっさと決まっちゃうんだけど、今あの人いないしなあ、とそこまで思って慌てて首を振った。何しろ今日一日殆どそんな調子だったのだ。寺に行って賽銭を投げれば、ザップがいつも十五円寄越せよと言ってきたことを思いだし、神社で写真を撮れば、ザップが大抵写真を撮るときレオの肩を掴んできたことを思いだし、道で店を見る度にザップに土産を買わねばと考えてしまいレオは自分にげんなりした。なにこれ。俺こんなに恋愛脳だったの?…いや恋愛脳って言い方ももうなんか、恥ずかしい。
俺ばっかりこんなんだよな、と思いながらも木刀を見つめていたレオに、木刀欲しいのとリールが怪訝な目を向けて来たのは今日だけで三回あった。
何となく昨日は聞けなかった。
ザップの後ろで聞こえた女の子の声だ。キャシー、と呼んではいたがそれが一体誰のことかレオには分からない。何しろザップの周りには数えきれないくらい女子がいるし、昨晩のツェッドではないがとっかえひっかえも甚だしいのだ。ともかく女の子の影しかない。だから元カノだと言われてもレオは驚かないだろう。そうですか、というだけだ。
言うだけだけれど。
それが嫌じゃないかはまた、話が別だ。
「……………はあ」
飯どうしよ、と思いながらツェッドを探した。人混みの中からツェッドが息を吐くように出て来たのを見て、ツェッドさんとその場に駆け寄る。「レオくん」良かった逸れたかと思いましたとツェッドは笑うと、夕飯ですねと続けた。
「何食います?」
「僕ここの通りの卵焼きが食べたくて」
「あ、俺さっきソレ食った」
あっちですよ、と言いながらツェッドの袖を掴んで引っ張る。人混みのせいで逸れたら嫌だと思ったのだ。「…………あ、ええと」はい、とツェッドの声がちょっといつもより上擦っていたので、レオは怪訝に思った。
「?どうしました」
「…いえ、あの。…ちょっとだけ」
兄弟子の気持ちがわかります、とよく分からないことを言うとツェッドはレオから目を逸らした。俺は分かったことないなあ、とレオは呑気にもそう思う。そう、全然分からないのだ。他人が考えていることは分かり難いが、特にザップは顕著だ。何を考えているのかレオにはさっぱり分からない。
ただしそれはあちらも同じだということを、レオは知らなかった。
***
ばきりという音を立てて茶碗が割れた。ザップ・レンフロはぎょっとしてその茶碗を見つめる。落としてもいないのに真っ二つに割れていた。自分の茶碗である。「………何だそりゃ」そう言いながら欠片を手に取って割れ物入れに入れる。確かにヒビは入ってはいたものの、触ってもいないのに割れるってどーいうこっちゃ、と思いながら冷蔵庫の中に残り物をしまった。義弟がいないので自分で夕飯を作るしかないのである。
今日も今日とて義父である師匠はいなかったし、すると今までは大抵適当な女の子の家に行くのが定番だったが、レオと付き合ってからそういうことはぱったりと鳴りを潜めている。別にレオに義理立てしているとか操立てしているとか、そういう意識はザップにない。ただレオ以外とそういうことをする気分になれないのだ。
「………あーあ」
つまんね、と思いながらテーブルにぺたんと頬をくっ付ける。まだ二日目の夜だというのに、既にザップは学校にも行きたくなかったし、出かけたくもなかった。登校したところでレオはいないし、出かけたところでやっぱりレオはいないのだ。「………バカだ俺は」そう言いながらそっと顔を上げて茶を入れることにした。やっぱりこれも、義弟がいないから自分でやるしかない。
付き合ってから結構月は経つと。変な勘違いはあったが、今や自分とあの後輩は両思いで付き合っています、と堂々と言える関係になった。駐輪場で抱き締めたレオの身体は温かかったし、文化祭の時抱き上げたレオの身体の感触は、まだザップもありありと思い出せる。というか毎日触っているのだからこれは当たり前だ。それが途切れているせいか、昨日今日と全然調子が出ないんだ、とザップは思って茶を飲んだ。
そこで昼間のことを回想してげんなりした。「………愛してるからって何だよ………」強制された訳ではない。ただ単に友人に今の不安を自分ではなく知人の話だと偽った上で伝えたのだ。そしたら友人は、それじゃ愛してるとでも言ったらいいだろ、と信じられないことを淡々と言ってきたのだ。
―――言えるわけねーだろバカ。キャラじゃねえよ。
―――そーいうこと言えてるってことはさ、
まだ余裕なんだろ、と呆れたように言われて拳を握った。…余裕。余裕なんかとっくに無い。手に入れたら入れたで余裕は生まれるかと思ったら、別にそんなことなかった。一回手に入れたら、もう誰にも渡したくないから更に余裕はなくなるのだ。…別に。
自分だけが後輩を好きな訳じゃない。
あんな奴、誰も好きにならないわけがない。
―――その時だった。
はたと”その感覚”に気が付いた。第六感とでも言えばいいのか、何となく―――そう、嫌な予感に襲われた。「………、」これは最近、十中八九レオ絡みである。すぐさまザップはポケットに突っこんである携帯を取り出して、レオに電話をかけようとした。が、その前に気が付く。メールが届いていた。
「…なんだ」
ミシェーラちゃんか?とレオの妹の名前を呼びながらメールを開封する。しかしそれは彼女からのメールではなかった。自分の担任からだ。何度も何度もザップが問題を起こすので、携帯電話の番号とメールアドレスを無理矢理登録されたのは入学当初のことで、そこから何度番号とアドレスを変えてもなぜかすぐに担任のクラウスにはばれた。だからもうザップは学校関係者に連絡先を隠すのを諦めてしまった。タイトルには元気か、と書いてある。そういえば俺今日学校行ったけど殆ど授業出てねえや、と思いながらメールを開封した。今日一日、自分が出ていない授業の内容が記載してあったので、ザップは殆ど流し読みした。旦那も何で俺みてーな奴諦めねーんだか、と思って、レオに怒られそうだと続けて思った。「…………アホか」溜息を吐く。何かにつけて後輩のことを思い出している。
そこでやっと添付ファイルがあることに気が付く。どいつもこいつも、と昨日ミシェーラから貰った画像のことを回想した。別にそこにいたレオは、いつも見ているレオと寸分違わなかった。
「……………あ?」
画像はまたしてもレオだった。それは何となく、予想通りだったのだが、どういうわけかレオが手に持っている串の卵焼きをスティーブンが齧っている様子だった。しかもなぜかレオの手首をスティーブンが掴んでいる。少女漫画でありそうなシチュエーションだった。
「……………………………………。」
すぐさまメールを閉じて電話を立ち上げる。「……、…っ出ろよ…」出ろよ絶対出ろよ、と呪文のように呟きながらコール音を聞いた。
『……も、もしもし?』
もしもしレオか、と言いながら気が付いた。そう言えば会話するのは件の愛してると言った時以来だ。しかしそれを蒸し返すのは絶対に嫌だったし、そもそも今や重要な話はそこではなくなってきている。だからザップは立ち上がってオイコラ、とすぐに低い声でそう言った。
「てっめ何浮気してんだよ!すんなって言ったじゃねーか!」
はい?という呆気に取られたレオの声が聞こえる。何を言っているんだ、と言わんばかりである。
「てめコラ俺にもあんなことしたことねーじゃん!浮気か!」
『ちょ、な、なにが?どうしたんですかザップさん』
俺今からホテル戻るとこなんすけど、と言ってきたレオに、俺も戻りてえわと危うく言いかけて何とか耐えた。落ち着け。そう自分に言い聞かせる。
「な、だ、だ…っ、…す、スターフェイズさんにお前、」
卵焼きやってたじゃん、と言いながら何だか自分で自分が情けなくなり、声が徐々に萎んでしまった。え、と言うレオのびっくりしたような声が聞こえる。
『な、何でそれを。…あー、あークラウスさんかー…』
良かれと思ってしたんだよなきっと、と言うレオのその声は、なぜか後ろめたそうだった。「…俺は浮気すんなって言ったじゃねーか」『………、…えー、えっと…』それじゃまた、と言われて待てコラとザップは慌ててレオを止めた。なんすかとレオは焦った声でそう応答してきたが、待って下さいよと困惑したような声で、ザップに言った。
『う、浮気じゃありませんよ。だって俺別にスティーブンさんのことそーいう意味で好きじゃないすもん』
「はあ?んじゃアレか。気持が伴ってなけりゃ何してもいいとか言うのかオメーは」
『そういう意味じゃ……ってか何ですかザップさん』
そこでちょっと間が空いて、レオからぼそぼそと声が聞こえた。『…妬いてるんですか』そう言われて。
言われてザップは苛立ちが頂点に達した。
「あ…ったりめーだろバカ!!オメーは俺のなんだから勝手に他人に触らせてんじゃねーよ!!!」
自分の声が家中に響き渡った。誰もいなくてよかった、と思いつつもはっとする。携帯の向こうからは何も聞こえてこなかった。まさか切れてねーよなと画面を見たが、画面にはちゃんとレオの名前と通話中という表示が出ている。
「………あ、…」
いやこれは、などともそもそと言い訳を始めたザップの携帯の向こうから、レオの声がした。『…………、あ、…あの』俺もう戻らないと、いう早口で言うレオの声が聞こえた後、ぶつんと音がして電話が切れた。
「……………。」
死にたい、と思いながらその場にずるずるとしゃがみこんだ。何あの反応。アレ俺完全に引かれてない?引かれてるって絶対。重いっていうかうぜーっていうか、俺が言われたらぜってー引くもん。…そりゃレオだったら引かねーけど。そうぐるぐると考えてのろのろと顔を上げる。「………風呂」入れよう、と言いながら立ち上がって顔を上げた。
目の前に師匠の顔があった。
「うおわあああああ!!?」
何だよクソジジイ、と言いながら思わず後じさる。ここ二、三週間ばかり彼は家に帰っていなかったので、物凄く驚いた。いつ帰ってきたのだ。少なくともザップが夕飯を食べている間は自宅には自分以外、誰もいなかった筈だ。「………。」義父は無言でザップのことを見つめると、ふんと馬鹿馬鹿しそうに鼻を鳴らしてするするとザップの横を通り抜けて行く。
通り抜け様、呆れたような声色で言われた。
「…よっぽどお前、あの子供が好きなようだな」
「…………!!!」
聞かれていた。
***
どうしたんですか、とツェッドがきょとんとして首を傾げた。「え」な、なにが、と言いながらレオは携帯をポケットに突っ込んだ。「いえ。顔が」とても赤いですがと言う途中でツェッドはそれに気が付いたらしい。「ああ」兄弟子ですかと肩を竦めて言った彼を見上げて、ひええとレオは更に顔を赤くした。―――だ、だってまさか。
昨日に引き続きあんなこと言われると思ってなかったのだ。
「…………、……。」
「いえ、レオくんそんなに照れないでください。僕が恥ずかしいですよ」
ツェッドは苦笑いしたが、結局おかしそうにそう言った。その反応に少しほっとしつつ、すいませんとレオは言いながら頭を掻いた。まさかそんな。本当にあんなことを言われるとは思わなかった。ヤバイ。
――てゆか旅行なのに、本当にザップさんのことばっか考えてる。
リセットしよう、と思い深呼吸をしたレオのことをきょとんとしてツェッドは見ると、夕飯は美味しかったですねとさっきまでしていた話題に戻してくれた。たぶんこれ以上突っ込まれるとレオがオーバーヒートしてしまうと察してくれたのだろう。
「…あ、はい…美味かったです。卵焼きやっぱ美味かったすね」
「レオくん二本目食べてましたもんね」
「美味かったのでつい…。ナマモノじゃなかったらなあ」
「?どうして」
「え?そりゃザップさんに持って、………、……。」
自分が固まったのが分かった。ツェッドは一瞬驚いたような顔になったが、結局苦笑してそうですね、と言ってくれたのでレオはほっとした。なんかもう、色々駄目だ。どうして俺はこうなんだ。そう思って溜息を吐いた。
果たして二日目の夜もつつがなく過ぎ、昨夜の教訓を生かしてレオは本日さっさと眠ることにした。恋バナしようぜという執拗な誘いを振り切り、お休みとレオはすぐにベッドに潜った。今日はトランプしてくるとリールはまたしても別室に出かけていて、ツェッドは級長の集まりに行っていて不在だった。
「…………。」
窓の外を見ながら、次はザップさんもいたらいいのに、とレオは自然に思っていた。「…………あ」まただ、と思いながらもそもそと起き上がる。さっきからというか今朝からずっとこうだ。ザップのことばっかり考えていた。
「……俺、…あの人のことすっげー好きなんだな…」
思ってた以上に、と溜息を吐く。膝を立ててその上に顔を置くと、会いたいなあとそう思った。たかだかまだ、二日目なのに。あと一日半は絶対に会えないと思うと結構淋しい。あっちはそんなことないだろうな、と思いながらはたとさっきのことを思いだした。
―――オメーは俺のなんだから勝手に他人に触らせてんじゃねーよ!!!
何であんなこと言ったんだろう、と思いながら京都市街を見つめる。灯りがちかちかと瞬いているのは昨日と変わらない。晴れていてよかったな、と思いつつ携帯の画面を見つめた。メールも連絡も何も来ていない。「………。」そういえば俺からザップさんに電話はしてないや、と思いながらそっと携帯を操作する。ザップの番号を表示した。
「…………電話しても」
出るかどうか分かんないんだけどな、と思う。そう思いはした。
けれど気が付いたら発信していた。「あ」ヤベ、と慌てたが遅い。もしもし、という聞き慣れた声が聞こえて来ていた。俺はいったい一日の内何度ザップさんと話せば気が済むんだ、と自分に呆れた。
「あ、もしもし。レオです」
『………わかるっつの。なんだよ』
そう言ったザップの声が少しだけいつもと違う。何だろうと思ってはたとつい二三時間前のことを思いだした。あ、と上擦った声を自分でも上げてしまい、それにザップもザップで不審に思ったらしい。なんだ、と言われて何でもありませんとレオは慌てた。わざわざ自分で墓穴を掘ることはない。多分ザップだってそうだ。
「………、…えーっと」
どうしたんでしょうね、と言いながらちょっと笑う。やっぱり声を聞くとほっとする。ザップは何だそりゃ、と呆れたように言ったがレオと同じように笑ったらしい。笑い声が聞こえてきて、レオは益々ほっとした。
『…あ、おい今魚類は?』
「級長の集まり行ってていないです。俺今一人でベッドにいます」
『…………なんかソレ』
誘われてるみてーだな、と言われてレオは絶句してしまった。「ば、バカですかアンタは」『何でだよ。あーあ。オメーが家にいたらソッコー襲いに行ってやんのに』「ば、バカだ…」バカはオマエだとザップはいつもの如くレオを罵り、もーそのまま寝ろよとレオに言った。
「寝ますよ。…みんな女子の部屋行くらしいんすけどね」
『あー、定番な。集団で行っても何も出来ねえっつうのに』
てゆかヤるなら呼び出しだよなもう、と言われて顔を顰めた。いや、ただ遊びに行くだけだから。どうしてそう下半身直結なんだ。
レオの顔を見てもいないのにザップは慌てたようで、あ、俺はしてないぞと言い訳を始めたので益々顔を顰めてしまった。全然信用できない。
「…いーすよ別に。どーせ布団部屋とかでいちゃいちゃしてたんでしょ」
『………オメーの発想AVと全く同じだな』
「…っな、」
そんなことないです、と言ったレオにそんなことあるってとザップは呆れたように言うと、またおかしそうに笑った。『…してねえよ。…ま、オメーがいたら話は別だったけどな』そう言われて今度こそレオは絶句してしまった。「…あ、あのですね。………、……俺はヤですよ布団部屋なんかで」『そこかよ』そう突っ込まれてうぐ、と呻いた。確かにそこは拒否するポイントではなかった。自分も大して変わらない、と思いレオは俯いた。
「…そっちどーですか。変わったことありますか」
『ねーよ』
「…てゆかザップさんこそ」
浮気してないですよね、と言ったレオの言葉のあと、一瞬間が空いた。―――ん?んん?とレオは顔を上げる。昨日と一昨日と同じ、京都の街並みが見えた。
『し、…してねーよ。おまえいい加減俺を信頼しろよ』
「……………なんか」
間がありましたけど、と言ったレオに、してねえよとザップは焦った様に繰り返した。益々訝しく思う。何その態度。すっげえ怪しんだけど。そう思って眉間に皺を寄せた。
「…………………………………浮気したんですか」
そう言った自分の声は、びっくりするくらい普通だった。いつもの声と変わらない。それに気が付く前に思った。
――――なんかこうやって。
――――自分がザップを責めてもいいのだろうか。
付き合ってはいるけれど。
…責めるような。
そんな権利あるのかな。
ふとその考えが一瞬頭をかすめた。『……レオ』ザップの声がする。はい、と言った自分のその声もいつもと同じだった。
『…してねえよ。マジで。…してねーからさ』
早よ帰ってこいよ、とザップは言った。
『…おまえがいないとさ』
死ぬほどつまんねえよ、という先輩の声が聞こえて、思わず息を呑んだ。『…サボんのも遊ぶのも学校行くのも何すんのもさー、……なんかたぶん』駄目だわ、とザップは溜息を吐いたらしい。ノイズが聞こえた。
「…だめって、…なんですか」
『…………俺もわかんねえよ。わかんねえけど。……お前に会いたいわ。なんか』
瞬間、レオの心臓がどきどきと煩く鳴り始めた。嘘、と思う間もない。心臓どころか身体全体が、同意ですと叫んでいるみたいだった。旅行は楽しい。楽しいけど。―――けど。
「…俺も」
ん、というちょっと驚いたような先輩の声がした。
「………俺も、会いたいです。…ざ、ザップさんに」
そう言って俯いた。たかだか四日で、しかも今はまだ二日目で、一昨日先輩には会ったばかりだ。―――なのに何だこれ。何だもう。本当に。
病気みたいだった。
ザップからは返事が無い。無かったが、ちょっとの間の後におう、という上擦った声が聞こえた。物凄く緊張していたせいか、やっとそこで力が抜ける。誰もいないのに自分の顔は真っ赤だ、とレオは気が付いた。恥ずかしい。
お休みなさい、とその後ちょっとして通話を切った。先輩の箍が外れたのか、それとも開き直ったのか分からないけれども、その後普通言われないことを結構何度も言われたので、レオは何度も電話を取り落しそうになってしまった。なんかもう、そこで権利だとか責めるとか、そんなことどうでもよくなってしまった。たぶんこうやって誤魔化されたりしちゃうんだろうけど、幾ら何でもレオにだって分かる。ついさっきまで言われた言葉は誤魔化しなんかじゃ絶対になかった。
「………ねよう…」
そうよろよろと呟きながら窓から顔を戻し、ベッドの上にある毛布を上げる。そこで気が付いた。
隣のベッド二つに既に人がいる。人も何もない。ツェッドとリールである。「…………、………。」嘘、と小さく呟いたレオの声が聞こえたのかも知れない。ツェッドとリールがレオくん、と何でもないことのように言ってこちらを向いた。
「おやすみなさい」
「おやすみー」
「……お、」
おやすみなさい、と引き攣った声でレオは返事してすぐさま毛布を頭からかぶった。嘘だ。嘘。待って、待って待って待って一体いつから二人はいたんだ?てゆか俺も俺で結構人に聞かれたらかなり恥ずかしいことを散々言ったような、とぐるぐると頭の中で考えて、レオは決めた。
「……寝よう」
おやすみなさいと一人で呟いて目を瞑った。
睡眠は現実逃避に丁度いい。
***
無意味にキッチンをうろうろしてまたリビングをうろうろして、最終的にばたんと玄関に寝転がった。「……………。」会いたいとか言われたのが一体いつぶりなのか分からない。そもそも好きだというそれすら殆ど言われないのに(付き合った当初はぼちぼち言われた)、会いたいとか浮気してますかとか、はっきりそんな風に言われたのは初めてだ。その場にいたら絶対に押し倒していたと思いながらぐだぐだと玄関を転がって、背中が痛くなったので起き上がった。何をしているんだ。アホだ、と思いながらリビングに戻る。浮気してないですかと言われたことにも思いの外動揺したので変な間が空いてしまい、お陰で無意味に疑われることになってしまった。けれど今やそんなことはどうでもいい。
「…………………あー…」
感動しながらキッチンに向かう。最初からそうすればいいのに浮かれているせいか行動が一貫しない。無意味な動きを繰り返して冷蔵庫のドアを開けた。ビールを探したが無い。処分しやがったなクソジジイと悪態を吐きながらザップは仕方なく水を飲んだ。「…………あー…」さっきから同じことしか言っていない。アホだと思う前に感動している。感動を引き摺るってこーいうことか、と自分らしからぬことを思いながら、ボトルの蓋を閉めて冷蔵庫に乱暴に突っ込むとドアを閉めた。
「………あー………なんっだよ…」
意味不明なことを言いながら冷蔵庫のドアに寄り掛かる。ぶっちゃけ一人じゃなかったらこんなこと絶対できなかっただろう。案の定今日も義父は不在で、どこかに出かけていた。
ドアに寄り掛かりながら夕方のことを思いだした。浮気すんなよとかアホみたいなこと言ったけど、とザップは煙草を咥える。レオはそんなことをしない。ザップがどうとかじゃなくて、絶対にそんなことをする奴じゃないとザップは知っている。だから夕方のは本当にただの八つ当たりだ。あれだってレオが差し出したのをスティーブンがそのまま手に取っただけなのだろうから。
ただ単にそれすら自分が嫌なだけで、レオが浮気をした訳ではない。
「……………。」
煙を吐き出してぼんやりした。「……あ、」室内で喫うと後でジジイ怒られる、と思い出してベランダに向かう。がらりとドアを開けてベランダに出ると、煙草を再度加えて外を見た。夜空には星ではなく飛行機が飛んでいる灯りが見えた。
「……あっちじゃ見えねーな」
そう言ってまた笑ってしまった。顔が見えてもレオのことばかり考えているのに、顔が見えなくてもレオのことばかり考えている。ふう、と息を吐くと煙がふわふわと夜空に消えていく。
「……………お前」
その声に煙草を取り落としそうになった。ぎゃあと悲鳴を上げるのを何とか堪えて煙草を握りしめ、あっちいと今度は悲鳴を上げた。慌てて後ろを振り向くと、そこにはまたしても義父が突っ立っていた。はあ、という呆れたような溜息の後に、彼が腕を組んだせいで衣擦れの音がする。
「…よっぽどあの子供が好きなのだな」
「………っ!!」
聞いてんじゃねえよ、と喚いた声は煙と同様、夜空に溶けるように消えてしまった。
***
果たして旅行は三日四日と無事に過ぎ、四日目の夕方である今、レオは駅で新幹線が来るのを待っている。自宅と部活とバイト先に土産を買ったのでちょっと手が痛い。それから結局、レオはザップへの土産に葛餅を買った。
新幹線に乗ってから、出欠取るぞという担任の声に返事が飛ぶ。「はーい…」そう言ってレオは欠伸をした。眠い。今日は某テーマパークを大体一日かけて歩き回ったので、足がちょっと疲れている。
「…ツェッド、…とそれから少年もいるな。よし」
全員いる、とスティーブンは言うと名簿を閉じた。何で俺だけその呼び方なんだ、と思いながらスティーブンさん、とレオは担任を見上げた。
「何だい少年」
「クラウスさんに土産何買ったんですか」
「?八ッ橋だ」
スティーブンはきょとんとしてそう答えた。八ッ橋。八ッ橋ねえ、と思いながらレオはじっと担任を見る。「…クラウスさんには?」「……………。」だから八ッ橋だ、とちょっと顔を顰めた担任にぺちんと頭を名簿で叩かれた。いて、と小さく悲鳴を上げて額を押さえて担任をまた見上げると、スティーブンは微妙にレオから目を逸らしていた。「……お前こそザップに何を買ったんだ」そこでザップさんを引き合いに出すのも語るに落ちている、と思いながらレオは葛餅っすよと返事をした。
「葛餅がいいって言うから」
「…まあ」
何でもいいんだと思うけどな、とスティーブンは呆れたように言うと、今度はレオの頭を普通にぽんと叩いてすたすたと隣の車両に歩いて行った。「…何でもいいって」何だそりゃ、とその後姿を見終わった後、レオは座席に落ち着く。スティーブンは自分たちのことを知っているから、多分そういう意味も含めて言ったのだろうけれど。
ちなみに木刀は買っていない。
学校に到着したのは大体深夜十時過ぎで、既に父親は学校の駐車場にミシェーラを迎えに来ている筈だった。来る時は別だったけれど帰りは一緒に帰ろうかな、とレオは思いながらぼーっとバスから外を見る。校門でエイブラムスが笑顔でひらひらと手を振っているのが見えた。
――――え?
その時気が付いた。エイブラムスの横に誰かが座っている。銀髪は夜中のせいか酷く目立つ。見慣れた学ランではなく、私服だ。口元には煙草が見える。怠そうな目元に褐色な肌、それから。
いつもレオのことを抱き締めてくる細い手が見える。
「……ざ、」
ザップさん、と言いながら思わず立ち上がったので、思いきり頭を網棚にぶつけた。「いってえ!!」頭を押さえて座席に座り込み、周りから何だよという非難げな声が聞こえてくる。皆寝ている。隣に座っていたツェッドも目をごしごしと擦って着きましたか、と眠そうな声でそう言った。スティーブンは何も言わなかったが、レオのことをちょっと見た後、バス内のテレビを終了させた。道中ずっと映画を映していたのだ。
「…あっ」
大声を上げた事に気が付き、ごめん、と言いながらレオは俯いて座る。行きと同じことをしていた。そっとカーテンを全開にして窓に手を置き、校門の陰にいるらしいザップを見つめた。ザップはバスではなくぼーっとその辺を見つめている。口元から煙を吐いているのが見える。教師の横で煙草を喫うとは物凄い度胸である。
バスが到着してクラスメイトがざわざわと声を上げ始める。「…着いたぞー。はいみんな順番に降り、」スティーブンの言葉を全部聞き終る前に、
レオは荷物を引っ掴んでバスから降りていた。
「…ってコラ!少年!」
危ないだろ、という声に振り向きもしない。先に着いたバスからも生徒たちがぞろぞろと降り始めていたが、レオはそれをびゅん、と素通りして校門まで走った。エイブラムスが後続のバスに手を振り終えて、こちらに気が付く。
エイブラムスに名前を呼ばれる前に、レオは口を開いていた。
「ザップさん!」
そう言った自分の声は、なぜか物凄く必死そうだった。
「…よー」
お帰り、と言いながらザップがエイブラムスの隣から立ち上がり、煙草をぽいと校庭に投げ捨てた。「あっ。コラ」エイブラムスがそう言ってザップを小突く。普通に考えて怒るのが遅すぎる。というか怒る場所が違う。イテ、とザップは恨めしげにエイブラムスを睨むと、おいおっさんと明らかに不遜な態度でそう言った。
「お前それが教師に取る態度か?もーちょっとあるだろう」
「んじゃエイブラムスさん」
「おう。なんじゃ」
それでいいんだ、とレオは荷物を抱えたまま息を吐く。全速力で走って来たから疲れていた。「…空気読めんで下さいよ。ほら」そう言ったザップを見下ろして、一瞬エイブラムスは呆気に取られたような顔になったが、レオが狼狽え始めたのを見て、苦笑した。「……それもそうだな」そう言うとぽんとザップの頭を軽く叩き、すたすたと皆が集合している方に歩いて行く。ガキ扱いはやめろとでも言わんばかりの顔で、ザップは彼の後姿を見つめていた。
「………んで」
土産は買って来たんだろうな、とザップは言いながらレオの方を向いた。「え。あ、ハイ」葛餅買って来ました、とレオは返事をする。なぜか声がふわふわしているように聞こえる。そう思いながら一歩、先輩に近付いた。
「あ、あの。…迎え来てくれたんですか?」
「あ?ちげーよ。補習が長引いたんだよ」
そう明らかな嘘を言ってザップはレオのことをやっと見下ろした。けれどもなぜか直後、少し狼狽えた顔をした。どうしたんだ、とレオは怪訝な顔になる。じっとザップのことを見つめた。
「………、……や、」
ザップはそう言うと、やっとレオの眼を見返す。こちらを見ていてもザップはレオの目ではないところを見ていたのだ。迎えに来た、と言われた後に腕を引っ張られる。わあ、と声を上げる間も無い。ぎゅうと抱き締められて声を出す暇もなくなった。
「…すっげえ暇だった」
「え、あ、そ、そーですか?」
「………暇っつーかなんか」
お前いないとやっぱ駄目だわ、と死にたくなるくらい恥ずかしいことを言われてレオはうお、と真っ赤になる。顔がすぐに熱くなる。電話でもこうだったけれど、とレオは回想した。電話と直じゃ大違いだ。こうやって。
触ったり触られたりしているのじゃ全然違う。
「…あの」
ぷは、と腕から顔を上げてレオはザップに話しかける。声が少し震えてしまった。馬鹿馬鹿しい、と自分でも思ったが、自分の手はザップのパーカーをしっかりと掴んでいた。
「………、…俺もだ、駄目でした」
「………………、……………。」
ザップの眼が見開かれたかと思うと、僅か頬が赤くなったのが分かった。あ、とレオが思う前にザップは目をプイと逸らして誤魔化すみたいにレオの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。「……おー」そうかよ、という声が明らかに嬉しそうだったので、レオは思わず笑ってしまった。
教員から簡単に締めの言葉があった後、解散になった。「道中気を付けるように。寄り道はしない。家に帰るまでが修学りょ………、……、って嘘だろ」クラウス、という驚いた声を上げている担任に挨拶をして、レオは後ろでエイブラムスと会話しているザップの許に戻った。「それじゃー二人とも寄り道せず帰れよ」そう言ってエイブラムスはすたすたと教師たちの許に歩いて行く。はーい、とレオは素直に返事をして、後ろを振り向いた。ツェッドがすたすたとこちらに歩いてくる。
「…それじゃ僕は先に戻ります」
ツェッドはそう言って手を上げる。「え。でもザップさんが、」隣に突っ立っているザップの腕を引っ張ってレオがそう言うと、いやいやとツェッドは呆れたように手を振った。
「いていいんですか?」
それはザップに対してだったのだろう。いい訳ねえだろバカ、とザップはすぐに返事をしてレオの肩を引き寄せた。うお、とレオが声を上げる。人前で散々されていることだとはいえ、流石に恥ずかしい。
「…三日じゃそりゃー何も変わりませんね。あなたは」
「ああ?ケンカ売ってんのかコラ。いーからさっさと帰れ」
「いや、帰っても会うじゃないすか」
そうレオが指摘すると、うるせえとザップはいつものようにレオを罵り、ツェッドはげんなりした顔になった。仲がいい癖に、とレオは苦笑する。「…じゃ、僕はお先に。師匠は」「知らん。昨日はいた」「そうですか」分かりましたと言いながらそれじゃレオくんまた来週、とツェッドはレオに笑顔を向けた。「あ、はい。写真あとで送ります」「はい」お願いします、とツェッドは言うとすたすたと校門に向かって歩いて行った。
「…一緒に帰らなくていいんですか?」
そう言ったレオのことをデコピンして、いーから帰るぞとザップはレオの腕を引っ張った。「わわ」はい、と言いながらそのまま歩く。いつもだったらすぐに離される腕は今日に限って掴まれたままで、レオはやっと安心して笑ってその後をついていった。
後日。
「俺の写真をホームにしとくのやめてくれませんか…」
そう死にそうな声で言ったレオのことを見て、ザップは爆笑してきた。「だ、…っ、だってオメーすっげーアホな顔してっからよー。何だこの必死そうに団子を齧るカオ」「どーせ俺はアホですよ。いいから変えて下さい!」そう言いながらザップのスマホを奪おうとしているレオに、やれるもんならやってみろとばかりにザップが避ける。じたばたと二人でもがく様にじゃれている様を見て、ツェッドが溜息を吐いて茶を入れた。
「……はいはいお茶が入りましたよ。葛餅と八ッ橋を食べるんでしょう」
「あ。はい」
「オウよくやった。褒めてつかわす」
その態度は何なんですか?うるせー、といういつもの口げんかをしている二人の声をBGMにレオは葛餅と八ッ橋を開ける。「わー美味そう。これ雑誌に載ってたんすよ」そうにこにこしてレオは八ッ橋をひょいとザップに渡した。
「オメー自分が食いたいもん買って来たのかよ。自分用はねえのか」
「?だって俺ザップさんと食おうと思って土産はぜんぶ、」
そこまで言ってはっとする。「………………。」ザップはぽかんとした様子で目を見ひらいていた。「……だ、」だって仕方ないじゃないすかとレオは開き直ってそう言うと、ぐいとザップの手に八ッ橋を押しつけた。ぽかんとしたまま、ザップがそれを受け取る。
「…しょ、しょーがないじゃないすか!アンタが京都にいないから!」
「い、……そりゃいねーに決まってんじゃねーか!て、てゆか何でオメーがキレるんだよ!」
「キレてねーよ!あーもういーから食いますよ!」
「待て。待ててめーその辺もっとちゃんと詳しく言えよ!」
いやです、嫌ってなんだよ、という応酬をしながら八ッ橋を口に放り込む。ニッキの味がする。牛皮みたいな感覚を口の中に味わいながら、ツェッドが淹れてくれたお茶を飲んでレオはひと息吐いた。ちなみにツェッドは無言でもぐもぐと葛餅を食べている。京都で見た寺の菩薩に似ている気がする、とレオは思ってしまった。
…顔が赤いのは茶が熱かったせいではない。自分もそうだし。
隣に座っている先輩もそうだろうな、とレオは思った。
終
読んでなくて大丈夫です