エマージェンシー・エマージェンシー
2015/05/28
大学生パロ
「なんか兄貴みたいですよね」
――――なんでだよ。
おかしくね?そう言いながらむしゃむしゃと、まるで猿が餌を食べてるみたい―――そう言ったらお前云うに事欠いてそれはねえだろ、と詰られる。別に云うに事欠いてそう言った訳じゃないんだけど。いつもそう思ってるけど。そう言ったら顔を顰められた。今日はどうも言い返す気力もないみたいだ、とチェイン・皇は安心してシェイクを一口口に入れた。
「おかしいだろ。何でだよ。俺が一体何度付き合おうぜって言ってると思ってんだよあいつ」
「明らかに冗談だと思ってる、でしょ。ていうか、あんたいつも飲み会とかでしかそれ言ってないじゃない」
素面でそんなこと言えるわけねえだろ、と彼女の同級生はそう言った。何だか知らない飲物をずるずると飲んでいる横顔は、恐らく世間一般から見れば端正と言うものなのだろう。けれどもチェインからすればそう断じるには躊躇いがあった。既に彼の人間性も人となりも知り過ぎるくらい知ってしまっているからだ。
「ていうか、勝手に向かいに座んないで。知り合いだと思われたら迷惑」
「…オマエさー、おんなじサークル入ってておんなじゼミ入っててそーいうこと言うかね。俺だって別に好んでここ来た訳じゃねーから」
「それじゃなんでそこ座ったのよ。その辺幾らでも空いてるでしょ」
うるせえなと同級生は、ザップ・レンフロはそっぽを向いてハンバーガーを齧る。ピクルスがすとんと彼の口の中に入って行くのを見ながら、面倒臭いなあ、とチェインもそっぽを向いた。どうも、この男とは反りが合わない。今言われた通り、彼と同じサークルでゼミではあるのだが、毎度毎度顔を突き合わせる度に口げんかが絶えなかった。
割に仲が悪いと思われていないのはどうしてなのか、チェインには理解できなかった。道で会っても挨拶はしないし、帰り道の方向が一緒になったとしても一緒に帰ったりはしないし、たまたま学食で隣になったとしても進んで口を利いたりしない。なのになぜか教授のギルベルトにすら仲がいいですね、と笑顔で言われる始末なのだから訳が分からなかった。どうしてなのだ、とチェインも(恐らくザップも)最近は否定するのすら面倒になったから、しなくなってしまった。
「…オマエさー、どう思うあいつ」
「あいつとかお前とか、三人称が多過ぎるんだけど。もっと分かりやすく言って」
分かってて聞いてるだろそれ、とザップは眉間に皺を寄せると、ハンバーガーを持った手をテーブルに置く。青々としたレタスがバンズの間からはみ出していた。
「レオだってレオ。レオナルド」
「知ってる」
「お前が言えって言ったんじゃねーか!」
煩いなあ、とチェインはため息を吐いて自分もハンバーガーを齧る。相手が意中の男性だったらともかく、こんな男相手におしとやかにすることもあるまい、ともぐもぐとハンバーガーを齧った。大体が気にするような相手でもないのだ。
ザップも同じようにもぐもぐとハンバーガーを齧り、さっきまであいつといたんだけどと聞いてもいないのに話し始める。またか、と思いながらチェインも面倒だったから話を止めずに食事を続けた。聞いていようがいまいが勝手に話し続けるのだから、たとえ拒否したって無駄なのだ。
「資料室行ったんだよ、次発表だっつーから。で、本棚に本があるじゃん。腕が攣るとか言いながら背伸びしてたけーとこにある本を、ああ俺にとっては別に高くもなんともねーんだけどさ、ともかくそこにある本を俺が取ってやったんだよ、親切にも。そしたら、ああありがとうございます、とか言ったあと、あいつちょっと首傾げてカオ赤くしたから、俺も少しは期待するじゃねーか。するだろ?で、何つーかなと思って何だよって俺が聞いたら、あのアホがほざいんたんだよ」
別段興味が無かったからチェインは無視してずるずるとシェイクを啜った。ザップは全くそれに頓着せず、話し続けている。
「ああザップさんってやっぱり兄貴みたいっすね、とか」
「む、」
思わず咳き込んだ。オイなんだよ、と目の前にいる男は不審げな顔でこちらを睨んでいる。喉にモノが詰まった訳ではないし、気管にシェイクが吸いこまれた訳でもない。単純に、おかしくて咽てしまったのだ。
少しの間こほこほと咳き込んで、それから何とかシェイクを一口飲んで、顔を上げる。同級生が顔を顰めてこちらを見ていた。
「……お、もしろかった。いい。その話、次の飲み会でしたら受けるよ」
「面白がってんじゃねーよ!?俺は真剣に、話を、してるんだよ!」
わざわざ区切って言わなくても聞こえてる、とチェインは爆笑しながらそう言って、まだ収まらないそれを抑えるために腹を押さえる。収まらない。暫くこれは終わらないな、と思って諦めて笑いながら顔を伏せることにした。肘をテーブルについて笑っていると、オマエマジでふざけんなよと怒りと疲労が混じった声が、聞こえてきた。ふざけてないからこんなにおかしいんじゃん、と思ったが口にできなかった。笑ってしまうからだ。
徐々に笑いが収まってきて、息を吐く。「…あんたのせいで無意味に腹筋使った」「知らねーよボケ」苛立ったように言われて更におかしくなる。最早箸が転んでも笑いそうだった。
「あのな、俺は真面目に相談してるんだっつの。あいつ何なの?どーすればいいの?」
相談だったのか、とそこで理解した。はっきりそう言わないから分からないが、この男もこの男で悩んでいたらしい。彼はここ暫く、不毛な恋をしているのだ。
不毛。
この一言に尽きるとチェインは常々思っている。
何しろ相手は一つ年下の男なのだ。
名を、レオナルド・ウォッチと言う。
「…諦めれば?」
「何でそーなんだふざけんなよ。お前もーちょっと建設的な意見言えよ」
何故私がそんなことをしなければならないのだろう、とチェインは思って無視しながらポテトを齧った。大体が相談に乗ってくれと頼まれているわけでもないし、ザップが勝手にチェインの前に座って来たのだ。
大学近辺のファストフード店ではあったが、中途半端な時間帯だからか余り店は混んでいなかった。そこで遅い朝食を摂っていたチェインの前に座って来たのが、ザップである。
「……建設…、アンタがもーちょっと固くすれば。身持ち」
「固いだろ」
「一週間ごとに違う女と肩を組んでる奴を固いとは言わない」
だってアレマジで付き合ってる訳じゃねーし、とけろっと言う男に軽蔑の目を向けてチェインはため息を吐いた。これだ、と思う。ここがザップの悪いところ(の、一つとでも言うべきか)だ。倫理観と貞操観念が著しく薄い。それは相手の女子にも言えることなのかも知れないが、ともかく女遊びが酷いのだ。一週間と言わず二日連続で同じ相手と一緒にいるところを見たことがないと専らの噂である。流石にそれは尾ひれが付いているらしいが、どちらにせよ似たような状況であることに変わりはなかった。
「…あのさ、どー思う?自分のこと好きだって言ってくる人間が、自分以外の他人と噂がめちゃくちゃ立ってるんだよ?」
「ワーそんなモテるひとに好かれるなんて幸せー」
「……………………アッタマおかしいんじゃないのアンタ」
軽蔑を込めた視線のまま、侮蔑を含んだそれを言うと、はあ?とザップは苛立ったように目を吊り上げる。苛立ちたいのはこちらだった。どうも、やはり倫理観が一般とずれているようだ。おかしい。付き合っていたらこちらがメンタルをやられそうだ、とチェインは半眼になりつつポテトを齧った。どうしよう、せっかく空いてるからラッキーと思ってこの店入ったのに。やっぱり明日から朝ご飯はちゃんと家で食べて来よう。
「ちゅーかさー、あいつ鈍くね?そこが問題じゃね?俺があんだけ態度に出してんのに何で気づかねーの?」
苛立ったままむしゃむしゃと二個目のハンバーガーを齧っている目の前の男に疑問の視線を投げる。態度に出している?どこが?チェインが知っている限りのザップの行動は全くそれの正反対だった。毎日のようにパシる。飲み会の後迎えに来させる。事前に連絡もしてないのに勝手に家に泊まりに行く。明け方だろうが何だろうが呼び出しする。勝手に宅配ピザを頼んで金を払わせる。代返させる。レポートの代筆をさせる。…ここまで考えてチェインは頭が痛くなった。なんかもう、苛めである。ただのイジメだった。成人がさせることとも思えない。カツアゲもいいところだし、パシリもいいところだ。大丈夫なのかこの扱い。
それでもレオがザップに懐いている理由は分からなかった。それを補う何かがあるのかも知れないが、チェインにはさっぱり分からない。全くもって、分からない。
「…アンタさあ、よく絶縁されないね。尊敬できる」
「どーいう意味だソレは。俺ほどいい先輩はいねーよ」
「幸せな脳で羨ましいよ」
褒めてねーよな、と言われて勿論と返す。睨まれたが別段何とも思わなかった。
「…アンタもうちょっとレオに優しくしたら?可哀想だよあの子」
「はあ?じゅーぶん優しいよ俺は」
「あのさ、聞いてみなよアンタの義弟にでも。何言ってるんですかって真顔で言われるよ」
あいつの話すんなよとザップは端正な顔を歪ませて、そう言った。彼には一人義弟がいるが、これが気が合わない。レオと同級生の彼に嫉妬をしているところもあるのだろう―――何しろ二人はやたらと仲がいいのだ。それこそ、ザップどころか彼の義弟と付き合ってもおかしくないくらい、とチェインは偶に思うことがある。流石にそれは言い過ぎとしても、彼らの方が本当の兄弟みたいだった。
だから―――、とチェインは思う。こいつは油断をしているのだ、と。今は脅威になるべく敵がいないから、安心をしている。隣にいられるのは自分だけだと思ってる。既にその脅威が忍び寄っているのに、それは見ないふりで知らないふりだ。面倒臭い男、と思ってチェインはまたポテトを齧った。知らないよ。誰かにとられても。
取られた後に優しくしたって遅いのだ。
このまま無言でいても良かったが、これ以上ぎゃあぎゃあ騒がれるのも面倒だと思ってチェインはそういうことをはっきり言った。オブラートに包むのは苦手だし、そもそも包んだって一文の得も無い。ザップは少しだけ呆気にとられてその話を聞いていたが、珍しく素直にうん、と頷いてポテトを齧った。何だか気味わるい、とチェインは思って呆気にとられる。素直なザップ程怖いものはなかった。
「…何だよその顔。知ってるよ俺だって。知ってるけど、それが出来たら苦労はねえよ」
そう言ってザップは溜息を吐いた。「俺だってこのまま兄貴ポジションはやだよ。ヤだけどどーしようもねーじゃん。あいつ、俺のことそーいう目でまず見てねえし」
なんだ、とチェインは思った。
なんだ、ちゃんと本気なのか。
そう言ってみると当たり前だろと怒った様に言われてまた目を逸らされる。これは、とチェインは残りのハンバーガーを齧りつつ思った。照れているのだ。馬鹿馬鹿しい、私の前で照れてもどうしようもないわよと呆れた。呆れた―――のだが。
少しだけ微笑ましい、と誤った事も思ってしまった。
「…あんたさあ、そういうとこ見せたら?」
「は?」
やっとザップがこちらを向く。ポテトを齧りながら、チェインは言った。「そーいうさ、レオのことが好きだって態度、あの子の前でも出せば。あんた全然出してないしそういうの」「だ、」「出してない。出してないからねあれは。ただの横柄な面倒臭い先輩だからね」レオが温情でただ傍にいるだけだからと結んでハンバーガーが包まれていた紙を畳む。うぐ、と言葉に詰まったザップを見ながら畳みかけた。
「じゃないとホントに誰かにとられるよ。あの子、ああ見えて意外にモテるから」
私も嫌いじゃないし、と付け加えたそれにザップが目を剥いた。いい気味、と思いながら立ち上がってトレイを持つ。「じゃ」私そろそろ授業だからと冷たく言って席を立った。ちょっと待てよ犬女、という、散々止めろと言っている蔑称を背中に受けながら、トレイを棚に置いて店を出た。当たり前だが、無視だ。
すぐ近くにある大学の庭に目を向ける。―――ああ。なんだ、いたんだ。そっと手をあげるとあちらも気が付いて手を振り、こちらにとことこと歩いてきた。
「チェインさんどーもっす。授業ですか?」
「うん。レオは?」
渦中の人物である。少しおかしくなって目をぱちぱちと瞬きさせると、どーしましたとレオは首を傾げる。「なんかいい事、ありました?」「…うん」なぜ分かったのだろう、と思いつつ頷いた。あったよと続けるとそうですか、それは良かったですとレオは笑った。いい事っていうか、おかしい事だけど、とは思ったが口にはしなかった。
――――ほらやっぱり。
「…誰かにとられちゃうかも、知れないじゃない」
「はい?なにが?」
何でもないよ、と笑ったチェインを見てレオはぽかんとしていたが、その後やっぱり釣られたように笑った。「やっぱりいい事ありました?」そう言うレオに、もう一回チェインは頷いた。いいこと。ていうか、今。
今、いいこと。
「…ついでに言えば、ざまあみろ」
「ハイ?」
終
褒めていただいて嬉しかった記憶が ありがとうございました。
――――なんでだよ。
おかしくね?そう言いながらむしゃむしゃと、まるで猿が餌を食べてるみたい―――そう言ったらお前云うに事欠いてそれはねえだろ、と詰られる。別に云うに事欠いてそう言った訳じゃないんだけど。いつもそう思ってるけど。そう言ったら顔を顰められた。今日はどうも言い返す気力もないみたいだ、とチェイン・皇は安心してシェイクを一口口に入れた。
「おかしいだろ。何でだよ。俺が一体何度付き合おうぜって言ってると思ってんだよあいつ」
「明らかに冗談だと思ってる、でしょ。ていうか、あんたいつも飲み会とかでしかそれ言ってないじゃない」
素面でそんなこと言えるわけねえだろ、と彼女の同級生はそう言った。何だか知らない飲物をずるずると飲んでいる横顔は、恐らく世間一般から見れば端正と言うものなのだろう。けれどもチェインからすればそう断じるには躊躇いがあった。既に彼の人間性も人となりも知り過ぎるくらい知ってしまっているからだ。
「ていうか、勝手に向かいに座んないで。知り合いだと思われたら迷惑」
「…オマエさー、おんなじサークル入ってておんなじゼミ入っててそーいうこと言うかね。俺だって別に好んでここ来た訳じゃねーから」
「それじゃなんでそこ座ったのよ。その辺幾らでも空いてるでしょ」
うるせえなと同級生は、ザップ・レンフロはそっぽを向いてハンバーガーを齧る。ピクルスがすとんと彼の口の中に入って行くのを見ながら、面倒臭いなあ、とチェインもそっぽを向いた。どうも、この男とは反りが合わない。今言われた通り、彼と同じサークルでゼミではあるのだが、毎度毎度顔を突き合わせる度に口げんかが絶えなかった。
割に仲が悪いと思われていないのはどうしてなのか、チェインには理解できなかった。道で会っても挨拶はしないし、帰り道の方向が一緒になったとしても一緒に帰ったりはしないし、たまたま学食で隣になったとしても進んで口を利いたりしない。なのになぜか教授のギルベルトにすら仲がいいですね、と笑顔で言われる始末なのだから訳が分からなかった。どうしてなのだ、とチェインも(恐らくザップも)最近は否定するのすら面倒になったから、しなくなってしまった。
「…オマエさー、どう思うあいつ」
「あいつとかお前とか、三人称が多過ぎるんだけど。もっと分かりやすく言って」
分かってて聞いてるだろそれ、とザップは眉間に皺を寄せると、ハンバーガーを持った手をテーブルに置く。青々としたレタスがバンズの間からはみ出していた。
「レオだってレオ。レオナルド」
「知ってる」
「お前が言えって言ったんじゃねーか!」
煩いなあ、とチェインはため息を吐いて自分もハンバーガーを齧る。相手が意中の男性だったらともかく、こんな男相手におしとやかにすることもあるまい、ともぐもぐとハンバーガーを齧った。大体が気にするような相手でもないのだ。
ザップも同じようにもぐもぐとハンバーガーを齧り、さっきまであいつといたんだけどと聞いてもいないのに話し始める。またか、と思いながらチェインも面倒だったから話を止めずに食事を続けた。聞いていようがいまいが勝手に話し続けるのだから、たとえ拒否したって無駄なのだ。
「資料室行ったんだよ、次発表だっつーから。で、本棚に本があるじゃん。腕が攣るとか言いながら背伸びしてたけーとこにある本を、ああ俺にとっては別に高くもなんともねーんだけどさ、ともかくそこにある本を俺が取ってやったんだよ、親切にも。そしたら、ああありがとうございます、とか言ったあと、あいつちょっと首傾げてカオ赤くしたから、俺も少しは期待するじゃねーか。するだろ?で、何つーかなと思って何だよって俺が聞いたら、あのアホがほざいんたんだよ」
別段興味が無かったからチェインは無視してずるずるとシェイクを啜った。ザップは全くそれに頓着せず、話し続けている。
「ああザップさんってやっぱり兄貴みたいっすね、とか」
「む、」
思わず咳き込んだ。オイなんだよ、と目の前にいる男は不審げな顔でこちらを睨んでいる。喉にモノが詰まった訳ではないし、気管にシェイクが吸いこまれた訳でもない。単純に、おかしくて咽てしまったのだ。
少しの間こほこほと咳き込んで、それから何とかシェイクを一口飲んで、顔を上げる。同級生が顔を顰めてこちらを見ていた。
「……お、もしろかった。いい。その話、次の飲み会でしたら受けるよ」
「面白がってんじゃねーよ!?俺は真剣に、話を、してるんだよ!」
わざわざ区切って言わなくても聞こえてる、とチェインは爆笑しながらそう言って、まだ収まらないそれを抑えるために腹を押さえる。収まらない。暫くこれは終わらないな、と思って諦めて笑いながら顔を伏せることにした。肘をテーブルについて笑っていると、オマエマジでふざけんなよと怒りと疲労が混じった声が、聞こえてきた。ふざけてないからこんなにおかしいんじゃん、と思ったが口にできなかった。笑ってしまうからだ。
徐々に笑いが収まってきて、息を吐く。「…あんたのせいで無意味に腹筋使った」「知らねーよボケ」苛立ったように言われて更におかしくなる。最早箸が転んでも笑いそうだった。
「あのな、俺は真面目に相談してるんだっつの。あいつ何なの?どーすればいいの?」
相談だったのか、とそこで理解した。はっきりそう言わないから分からないが、この男もこの男で悩んでいたらしい。彼はここ暫く、不毛な恋をしているのだ。
不毛。
この一言に尽きるとチェインは常々思っている。
何しろ相手は一つ年下の男なのだ。
名を、レオナルド・ウォッチと言う。
「…諦めれば?」
「何でそーなんだふざけんなよ。お前もーちょっと建設的な意見言えよ」
何故私がそんなことをしなければならないのだろう、とチェインは思って無視しながらポテトを齧った。大体が相談に乗ってくれと頼まれているわけでもないし、ザップが勝手にチェインの前に座って来たのだ。
大学近辺のファストフード店ではあったが、中途半端な時間帯だからか余り店は混んでいなかった。そこで遅い朝食を摂っていたチェインの前に座って来たのが、ザップである。
「……建設…、アンタがもーちょっと固くすれば。身持ち」
「固いだろ」
「一週間ごとに違う女と肩を組んでる奴を固いとは言わない」
だってアレマジで付き合ってる訳じゃねーし、とけろっと言う男に軽蔑の目を向けてチェインはため息を吐いた。これだ、と思う。ここがザップの悪いところ(の、一つとでも言うべきか)だ。倫理観と貞操観念が著しく薄い。それは相手の女子にも言えることなのかも知れないが、ともかく女遊びが酷いのだ。一週間と言わず二日連続で同じ相手と一緒にいるところを見たことがないと専らの噂である。流石にそれは尾ひれが付いているらしいが、どちらにせよ似たような状況であることに変わりはなかった。
「…あのさ、どー思う?自分のこと好きだって言ってくる人間が、自分以外の他人と噂がめちゃくちゃ立ってるんだよ?」
「ワーそんなモテるひとに好かれるなんて幸せー」
「……………………アッタマおかしいんじゃないのアンタ」
軽蔑を込めた視線のまま、侮蔑を含んだそれを言うと、はあ?とザップは苛立ったように目を吊り上げる。苛立ちたいのはこちらだった。どうも、やはり倫理観が一般とずれているようだ。おかしい。付き合っていたらこちらがメンタルをやられそうだ、とチェインは半眼になりつつポテトを齧った。どうしよう、せっかく空いてるからラッキーと思ってこの店入ったのに。やっぱり明日から朝ご飯はちゃんと家で食べて来よう。
「ちゅーかさー、あいつ鈍くね?そこが問題じゃね?俺があんだけ態度に出してんのに何で気づかねーの?」
苛立ったままむしゃむしゃと二個目のハンバーガーを齧っている目の前の男に疑問の視線を投げる。態度に出している?どこが?チェインが知っている限りのザップの行動は全くそれの正反対だった。毎日のようにパシる。飲み会の後迎えに来させる。事前に連絡もしてないのに勝手に家に泊まりに行く。明け方だろうが何だろうが呼び出しする。勝手に宅配ピザを頼んで金を払わせる。代返させる。レポートの代筆をさせる。…ここまで考えてチェインは頭が痛くなった。なんかもう、苛めである。ただのイジメだった。成人がさせることとも思えない。カツアゲもいいところだし、パシリもいいところだ。大丈夫なのかこの扱い。
それでもレオがザップに懐いている理由は分からなかった。それを補う何かがあるのかも知れないが、チェインにはさっぱり分からない。全くもって、分からない。
「…アンタさあ、よく絶縁されないね。尊敬できる」
「どーいう意味だソレは。俺ほどいい先輩はいねーよ」
「幸せな脳で羨ましいよ」
褒めてねーよな、と言われて勿論と返す。睨まれたが別段何とも思わなかった。
「…アンタもうちょっとレオに優しくしたら?可哀想だよあの子」
「はあ?じゅーぶん優しいよ俺は」
「あのさ、聞いてみなよアンタの義弟にでも。何言ってるんですかって真顔で言われるよ」
あいつの話すんなよとザップは端正な顔を歪ませて、そう言った。彼には一人義弟がいるが、これが気が合わない。レオと同級生の彼に嫉妬をしているところもあるのだろう―――何しろ二人はやたらと仲がいいのだ。それこそ、ザップどころか彼の義弟と付き合ってもおかしくないくらい、とチェインは偶に思うことがある。流石にそれは言い過ぎとしても、彼らの方が本当の兄弟みたいだった。
だから―――、とチェインは思う。こいつは油断をしているのだ、と。今は脅威になるべく敵がいないから、安心をしている。隣にいられるのは自分だけだと思ってる。既にその脅威が忍び寄っているのに、それは見ないふりで知らないふりだ。面倒臭い男、と思ってチェインはまたポテトを齧った。知らないよ。誰かにとられても。
取られた後に優しくしたって遅いのだ。
このまま無言でいても良かったが、これ以上ぎゃあぎゃあ騒がれるのも面倒だと思ってチェインはそういうことをはっきり言った。オブラートに包むのは苦手だし、そもそも包んだって一文の得も無い。ザップは少しだけ呆気にとられてその話を聞いていたが、珍しく素直にうん、と頷いてポテトを齧った。何だか気味わるい、とチェインは思って呆気にとられる。素直なザップ程怖いものはなかった。
「…何だよその顔。知ってるよ俺だって。知ってるけど、それが出来たら苦労はねえよ」
そう言ってザップは溜息を吐いた。「俺だってこのまま兄貴ポジションはやだよ。ヤだけどどーしようもねーじゃん。あいつ、俺のことそーいう目でまず見てねえし」
なんだ、とチェインは思った。
なんだ、ちゃんと本気なのか。
そう言ってみると当たり前だろと怒った様に言われてまた目を逸らされる。これは、とチェインは残りのハンバーガーを齧りつつ思った。照れているのだ。馬鹿馬鹿しい、私の前で照れてもどうしようもないわよと呆れた。呆れた―――のだが。
少しだけ微笑ましい、と誤った事も思ってしまった。
「…あんたさあ、そういうとこ見せたら?」
「は?」
やっとザップがこちらを向く。ポテトを齧りながら、チェインは言った。「そーいうさ、レオのことが好きだって態度、あの子の前でも出せば。あんた全然出してないしそういうの」「だ、」「出してない。出してないからねあれは。ただの横柄な面倒臭い先輩だからね」レオが温情でただ傍にいるだけだからと結んでハンバーガーが包まれていた紙を畳む。うぐ、と言葉に詰まったザップを見ながら畳みかけた。
「じゃないとホントに誰かにとられるよ。あの子、ああ見えて意外にモテるから」
私も嫌いじゃないし、と付け加えたそれにザップが目を剥いた。いい気味、と思いながら立ち上がってトレイを持つ。「じゃ」私そろそろ授業だからと冷たく言って席を立った。ちょっと待てよ犬女、という、散々止めろと言っている蔑称を背中に受けながら、トレイを棚に置いて店を出た。当たり前だが、無視だ。
すぐ近くにある大学の庭に目を向ける。―――ああ。なんだ、いたんだ。そっと手をあげるとあちらも気が付いて手を振り、こちらにとことこと歩いてきた。
「チェインさんどーもっす。授業ですか?」
「うん。レオは?」
渦中の人物である。少しおかしくなって目をぱちぱちと瞬きさせると、どーしましたとレオは首を傾げる。「なんかいい事、ありました?」「…うん」なぜ分かったのだろう、と思いつつ頷いた。あったよと続けるとそうですか、それは良かったですとレオは笑った。いい事っていうか、おかしい事だけど、とは思ったが口にはしなかった。
――――ほらやっぱり。
「…誰かにとられちゃうかも、知れないじゃない」
「はい?なにが?」
何でもないよ、と笑ったチェインを見てレオはぽかんとしていたが、その後やっぱり釣られたように笑った。「やっぱりいい事ありました?」そう言うレオに、もう一回チェインは頷いた。いいこと。ていうか、今。
今、いいこと。
「…ついでに言えば、ざまあみろ」
「ハイ?」
終
褒めていただいて嬉しかった記憶が ありがとうございました。