in the light

2016/05/01

レオホワ(アニメ1期最終回エンド)

――――だからまた。

真っ暗な中にいる。ずっといる。ここから出られない。同じ場所を、ぐるぐると何度も回ってる。出られない。ここからずっと。
けれど、そうじゃないと私だって困るのだ。


眼が覚めた。「………、…。」見慣れた天井が見えたけれど、そんなもの見慣れたくなんかなかった。ホワイト―――メアリ・マクベスはそう思って眉間に皺を寄せながら再度目を瞑る。そのまま眼を瞑りながらごろりと寝返りを打った。
「…あ。起きた?」
その声にはっとしてホワイトは目を開ける。眼を瞑っていたのにどうしてわかったのかな、と思いながら隣に顔を向けた。常にベッドの横に置いてある椅子には、レオナルド・ウォッチという友達が座っていた。彼の手には雑誌が一冊、ベッド脇のキャビネットの上にはカフェラテと思しき蓋付きの紙カップが置いてある。部屋に少しコーヒーの香りが漂っていた。どうも結構前からいたらしい。
「………レオ」
名前を呼びながらごしごしと目を擦り、顔を上げる。「あ、いいよ。寝てたら?」眠いんでしょ、と言われて少し考える。確かに眠いは眠かった。けれど。
「…起きるわ。…遊びに来てくれたんでしょ」
「遊びっていうか、見舞いだよ。見舞い」
苦笑しながら友人は言って雑誌を閉じた。ぱたん、という音がした直後、彼の友人である音速猿のソニックがぴょんとジャンプしてレオの頭から飛び跳ねた。「あ」ソニック、とレオが言う前にソニックがホワイトのすぐ横に着地する。大きな目でじいっとホワイトを見つめると、またぴょんと跳ねてホワイトの肩の上に飛び乗ってきた。
「あ。おいこら、駄目だって。来いよ」
そう言いながらレオが手を伸ばしてきたが、いいわよとホワイトはソニックの小さな頭を指で撫でた。普段と違って大人しくしていたソニックは、一しきりホワイトが頭を撫でると満足したのか再度飛び上がって今度はカーテンリールの方に跳んで行った。
「…アイツも男なんだよなー」
はあ、とレオは溜息を吐いてそう言ったが、ホワイトにしてみればその発言の真意はよく分からなかった。確かに男っていうか、オスだけど。それが一体何だと言うのだろう、今更。けれどちょっと首を傾げた自分のことを見て、レオは慌てたように何でもないと誤魔化してきた。不思議には思うがホワイトはそれ以上何も聞かないことにした。苛めてるような気分になったせいもある。
「てゆかさ、いつも思うんだけど髪くくったまま眠るのやめなよ。痛んじゃうよ」
「………………外」
「え?」
そゆこと女の子に直接言っちゃだめだからね、と思いながらまたホワイトは目を擦り、窓の外に視線を移す。レオもつれらたように窓の向こう側を見つめた。霧の街であるヘルサレムズ・ロットは今日も同じく霧に包まれているが、それだけではない。今日は雨の街でもあった。外はいつもより更に視界が利き難い。霧どころか白い幕のようだ。
「…外がどーかした?朝は降ってなかったんだけど、今になったら突然雨が降って来てさ。濡れちゃったよ」
「…………外、」
行きたいの、と言ってホワイトはレオを振り向く。レオは眉間にちょっとだけ、皺を寄せて首を傾げた。「何で?雨だよ」「…雨だけど」行きたいのよと言いながら更にレオの方をじっと見つめると、少しだけ、レオは仰け反った。少しだけ。
ぎくりとしたように。

レオナルド・ウォッチについてホワイトが知っていることは、少しだけ。写真を撮るのが好きだということ、妹が外界にいるということ、ソニックという友達がいること、いつも穏やかだということ。それから。
神々の義眼を持っているということ。
それについて、ホワイトも詳細は知らない。ただ、多分レオが望んで手に入れた力じゃないということは想像が付いた。…大抵そうだ。世界なんて。
自分が望んでもいない力を無理矢理押し付けてくる。
望んでいる者にはこれっぽっちも与えようとしないのに。
それが”いい”ことなのか”悪い”ことなのか、はたまた”正しい”のか”誤っている”のかホワイトには分からない。ただ、それによって絶望を見る者がいることだって間違いないのだ。自分みたいに。――自分と。
兄みたいに。
多分レオだってそうだ。レオだって、今はこうやってホワイトの横で穏やかに笑ったり、たまに外に連れ出してくれたりするけれど、けれど彼だってそのせいで何度も絶望を見ているのは間違いない、とホワイトは勝手に思っている。そんな力なんか欲しくない。欲しくないのに手に入れた力で何度だって地獄を見ている。その筈なのだ。
それは決めつけも甚だしかったが、ホワイトはそれを信じて疑わなかった。決めつけだと自分でも分かっている癖に。というよりも、むしろ”そう”でないと。レオが絶望を見ていないと。
―――辻褄が合わないじゃない。

そんな酷いことを思う。


レオは危ないよと言いながらもホワイトを外に連れ出してくれて、それから一本しかない傘をそっと傾けてくれた。「…やっぱ寒くない?雨の墓地って、夜だったら幽霊スポットだよ」「あら」じゃあ私にはうってつけじゃない、と笑ったホワイトのことを一瞬呆気に取られたように、レオが見つめる。ね、と更にホワイトが首を傾げると、それもそうかとレオもおかしそうに笑った。それを見てホワイトは思う。…そうやって笑うと雨なのに雨じゃないみたい。レオに言ったところで、さっぱり意味は分からないだろう。けれどそう思った。雨なのに雨じゃないみたい、と。
別にホワイトは雨が嫌いなわけじゃない。実はこうやってレオと二人で雨の中外に出かけるのは初めてじゃなかったし、その都度レオは傘を持ってくれた。だから雨は嫌いじゃない。けれどついこの間気が付いたのだ。雨の日に、一人で病室でぼんやり雑誌を読んでいた時だ。午後になってから外を見て、それでも雨は降っていた。なぜか気が滅入る。別に雨は嫌いじゃない筈なのに、なぜこう気が滅入るのだろう。雨なのに?雨だから?そうじゃなかった。
―――レオがいない。
週に一度、必ずレオは見舞いにやって来る。遊びに来たの、というホワイトに見舞いだってば、と苦笑しながらレオはいつもホワイトのベッドの横にある椅子に座る。昨日こういうことがあったんだ、とかソニックがああやってさ、とか色々な話をしてくれる。それから偶に一緒に外に行く。いつかみたいに映画を見に行きたい、と言ったホワイトにレオは仕方ないなあと一回だけ、外に連れ出してくれた。ただしその時は映画じゃなくて運河を見に行った。どういう訳かスクリーンが粉々になっていたので、映画はやっていなかったのだ。どーしよっかな、と少し焦っているレオに、それじゃ河が見たいとホワイトは言った。河?とレオは怪訝な顔をしたが、そうよ河、と宣言するように言ってホワイトはレオと一緒に、夜の運河を見に行った。
河は真っ暗だったが、外はいつものようにヘルサレムズ・ロットの光に照らされていて綺麗だった。単純に綺麗だ、とホワイトは光を見つめながらそう思ったのだ。きらきらした宝石みたいな灯りが河や道を照らしていて、夜空には飛行機が飛んでいるせいなのか、それとも何か生き物の眼なのかがきらきらと輝いていた。
手摺に腕を乗せて、暗い運河を見つめる。隣にいるレオは反対に手摺に背中を寄り掛からせて公園の方を見ていた。もしかして外に目を向けたくないのだろうか、とふとホワイトはそう思ってそっとレオのことを、横目で見る。
横顔を見てもレオが何を考えているのかはよくわからなかった。
ただ、彼の視線の先にはヘルサレムズ・ロットがあるということは分かった。外界にいる妹ではなく、今はこの街を見ている。けれど妹のことを見ていないわけじゃないのだろう。そう思って、ホワイトはプイとレオから目を逸らす。…そうやって。
大事なものを真っ当に大事に出来ている友達を見るのは少し辛い。
何しろ自分のやり方が誤っているとホワイトは知っている。


今だってそうだ。
そう思いながら、あ、とホワイトはレオが持つ傘からひょいと飛び出して墓石の間を駆け抜け始めた。雨が頬に当たってちょっと顔を顰めた。「え!?ちょ、何してんの!?」当然、後ろからレオの声が聞こえたが、ホワイトはそれを無視して走った。
「だ――駄目だって!それ、ちょっと…濡れるって!ホワイト!」
その声にくるりと振り向いた。自分の服の裾が、髪が、その拍子にくるりと一緒に揺れる。翻る。

雨の中だからなのか、それともここに眠っている人間の家族が薄情なのか、それとも。
―――墓の中に一緒に眠っているのか。

きらきらと自分の上に降ってきた水滴が、顔に、手に、腕に、足に落ちた。雨だ。外に出る前にレオがくくってくれた髪が空間を切るように、揺れた。水滴が落ちる。髪の先からぱたぱたと雨が落ちる。こちらを追いかけていたレオの足が止まったのがホワイトには見えた。友達の。
レオの顔を見つめる。
なぜかレオはぽかんとしていた。呆気に取られたとか、ぼーっとするとか、色々な言い方があるけれど、ともかくホワイトのことを見ていたのは間違いない。けれどなぜか少しだけ頬が赤い、とホワイトは気が付いた。…走って私を追いかけてきたからかな。そう思うと少し申し訳なく思えた。
しかしそうしていたのも一瞬だった。レオははっとしたように、慌ててまたホワイトを追いかけてくると、傘をそのままぐいとホワイトの方に突きつけるようにして差した。「…………。」黙ってそのまま傘に入る。レオの肩は少し濡れていた。
「…あのさあ。いきなり走るのやめてよ。危ないじゃん」
「…なんで?」
「転んだらってこと。あと、雨だよ今。体調とか…一応病人だろ?」
駄目だよ、とレオはまるで兄のように言った。自分の兄という意味ではない。一般的な意味での、兄だ。「………ごめんなさい」そう言うと途端にレオは狼狽えた顔になり、や、あの、となぜかもごもごと言った。はっきりしない。じっとレオを不思議そうに見つめていると、レオはホワイトから目を逸らしながら照れたように頬を掻いて、それから苦笑して口を開いた。
「…ほ、ほら。一緒にいたのが僕だってばれるとブラックに、」
怒られるでしょ、と彼は言おうとしたのかも知れない。けれどホワイトはそれを聞く前にまた身を翻して傘から出奔した。「え」嘘、という悲鳴のようなレオの声が聞こえた。無視する。なぜか分からないけれど、傘から出たくなった。しかもそれはただの傘ではない。
”レオの持つ傘”から出たくなった。

ホワイト、と自分を呼ぶ声が遠くから聞こえる。「……………。」雨は少しだけ弱まっていたが、それでも傘がないと辛い。ホワイトはいつかみたいに巨大な墓石の近くに佇んでいたが、たまたま近くにあった木の葉が陰になっていて雨宿り出来るようになっていた。別段木も意図してこうやって自生しているわけではないだろうが。
「…………バカみたい」
それが自分を評しているのか、レオのことなのか自分でもよくわからなかった。けれどできれば前者がいい、とホワイトは思う。あんなに自分を心配してくれた友人のことを蔑ろにして逃げて来て、しかも罵るなんて、と思って溜息を吐いた。水滴が少しだけ、スカートの裾から出ている足にかかる。
「ホワイ―――、……あーもう、ホワイト!どこだってば!」
ごめんって、という声にちょっと笑った。何を謝ってるのかよく分からない。レオは分かってるのかな、とバレない程度にそっと顔を木の影から出す。レオが墓の中をぱたぱたと走り回っている音が聞こえた。「ホワイトってば!風邪…あーもう!傘!」ここ置くから!となぜかレオは唐突に傘を投げ捨てるように、その場に置いた。え、とぎょっとして身体をくるりと反転させて、けれどまだそっと陰から彼を見つめる。
「俺帰るよ!?で、傘ここ置くから!風邪引くから絶対差して帰ってよ!」
―――帰るの?
もしかして仕事かしら、と思いながらじっとレオを見たが、仏頂面で友人はくるくるとその辺を見渡している。仕事だったらそもそもこんな我儘を聞いてくれないだろう、とホワイトは思いながら墓石の中にいる友人を見つめた。濡れた髪をがしがしと掻きながら、絶対差してってよとレオは再度怒鳴るように続けた。その間も雨は止まない。弱まったと思ったのに、更に強くなってきた。
「……あと、」
ごめん、と言ったそれはホワイトがいる場所にギリギリ聞こえる音量だった。

「………何でレオが謝るの」

ぱっとレオがこちらを見つめた。「…っいた!!」唐突にそう大声を出して、レオが置かれた傘を掴む。え、と思う間もない。傘を掴んだレオがこちらに全速力と思しき速さで走ってきた。ばしゃばしゃという水音と一緒に、顔を顰めたレオがこちらにやって来る。
「…れ、」
レオ、という前にぐいとまた傘を突き付けられた。とは言えここは一応、雨がそんなに当たらないのだが。「…風邪」引くからね、と言われたその声は、ホワイトにとって初めて聞く声だった。
レオは基本的に穏やかだから、大声を出したりとか、怒鳴ると言うことがまずない。聞いたことがない。ちょっとだけ拗ねたような声は聞いたことがあるが、それは軽口を叩いている時だ。あとは大抵嬉しそうだったり笑い声だったり、聞いていて柔らかな声が多い。つまりレオは他人に対して怒るということが殆ど無いのだ。本当はあるのかも知れないけれど、ホワイトは見たことがない。

だから一瞬分からなかった。
けれど流石に気が付いた。

「………?怒ってるの?」
「……当たり前だよ」
そうレオは言うと眉間の皺をそのままに、腰に手を当ててぐいとホワイトの肩を掴んで傘の中に更に引っ張った。「………。」普段だったら絶対にレオはそんなことをしない。積極的に、ホワイトに対して触れようとしない。どうもレオは女の子慣れしてないみたいだ、と最近やっと気が付いた。まあ、確かにもう一緒に遊ぶような年齢は通り越してはいるのだ。一回だけ、何かの弾みで転びそうになったホワイトをレオが抱き起してくれたことがあった。が、その後ごめんという声と共に手が離されたから、結局一緒に転ぶ羽目になった。そのくらい、レオはホワイトに触ろうとすることがない。
「…ほら。戻るよ」
風邪引くだろ、という声も明らかに怒っていた。「………うん」分かった、と言いながらその後に続く。またレオの肩が濡れているのが、目に入った。


つめたい、と呟くと当たり前だってばとレオは怒った様に言って、ホワイトの頭をタオルで拭った。「…髪解いたほうがいい?」「そりゃまあ」その方がいいとは思うけど、とちょっとレオは躊躇いがちに言った。何を躊躇っているのか、ホワイトにはよく分からなかったけれど。
いつも二つにくくっている髪を解くと、やっぱり髪留めも少し濡れていた。「…濡れちゃった」「当たり前だよ。もうやめてよ、あーいうの」てゆか足早いよね、とレオが言うのを聞いて吹き出した。
「え。なに?」
「…ううん」
何でもない、と笑ったホワイトのことを怪訝な顔でレオは見つめると、けれど結局黙って髪をタオルで拭ってくれた。

「…何で謝ったの?」
髪を拭い終わった後、病室で二人でココアとカフェオレをそれぞれ飲んだ。「え?なにが?」「さっき。墓地で」私が隠れてる時謝ったじゃない、と熱さにちょっと舌を出しながらそうホワイトは聞いた。湯気が白い病室を更に白くするかのように、漂う。
レオは何とも形容し難い顔になったが、結局困った様に首を傾げて、だってといやに子供っぽい口調でそう言った。「…なんか、あれでしょ。怒ったの。僕のせいでしょ?」そう言われて黙る。…それはそうなんだけど。
「…分かってないのに謝られてもさ。意味なくない?」
「………あー…」
そうだね、とレオは言って困った様に頭を掻くと、カフェオレをキャスターに置いた。「…ええと…じゃ、ホワイトは何で怒ったの?」「…怒ってないわよ。別に」「………これまで生きてた中で学んでることがあるんだけどさ」そう、唐突にレオは言うとホワイトの方を見て苦笑した。
「…女の子が大抵怒ってないって言うときは、嘘なんだ」
そう言いながらカップを傾けるレオを見て、眼をぱちくりとさせながらホワイトはちょっと笑ってしまった。くすくすと笑みを浮かべているホワイトを見て、レオはやっとほっとした様子で笑った。
「妹さんもそうなの?」
「ん」
アイツもそーだよとレオは言うとカップを両手で持つと、そっと口を開く。「…だからさ、とりあえずその怒りを解消しようと大抵僕らは謝っちゃうんだよ。謝ったら何とかなるだろって」そう思ってる、と続けられて自分の兄を回想する。…大抵ホワイトが怒った時、ブラックは泣きながら謝ってきたから、どうでもよくなってしまってホワイトは許していたのだ。兄の泣き顔を見ると、何で泣くのよという気持ちとしょうがないなあというそれが入り混じった気分になる。兄の癖に、まるで自分より年下のように見えるせいだ。
「……別に」
本当に怒ってないわ、とホワイトは言ってレオを見つめる。レオはきょとんとしてホワイトの方を見返した。「…ただちょっと腹が立ったの」「それ同じでしょ」そう言われてそれもそうだと気が付いた。支離滅裂だ。さっきまで寝ていたとは言え、一度外に出て、しかも走ったりしているのに。
何故かレオが相手だと色々とよく分からなくなることが多い。
それが罪悪感からなのか、羨望なのか、どこからきているのかはホワイトには分からない。
「………レオはほんとに」
いい奴ね、と言いながら立てていた膝に顔を埋めた。レオからは返事がない。そっと目だけを彼の方に向けると、また赤い顔をしていた。「…照れてる」流石にこれは分かる、と思いながら笑うと慌てた様子でレオはカフェオレを置き、ぱっと顔を窓の方に向けた。くしゃくしゃの髪の間から見える耳が赤い。
「………あの後私が出て来なかったら本当に帰ってたの?」
「……、…え?…、ああ…さっき?墓地で?」
「そう」
こくん、と頷くとレオは困った顔をして、それはないだろと簡単に言った。「あれで出てこないホワイトじゃないし」「…変な言い方するのね」そう言いながら顔を上げる。
「…出てこないかも知れないじゃない」
「出てこないことないよ。だってあのままだったら僕が風邪引くしさ」
「…引いて悪化して肺炎になってこの病院に入院してくれたら」
毎日レオと会えるけどね、とふざけて言うとレオはちょっと眉間に皺を寄せつつも、ホワイトから目をぱっと逸らした。また耳が赤いことにホワイトは気が付く。「…そ、…、……あのさ、そーいうのって不謹慎だよ」「病人が言う分には不謹慎じゃないの」そう澄まして言ったがレオからは返事がなかった。ちらりとそっちを見ると、黙って彼はカフェオレを飲んでいた。何かを誤魔化すように。

―――それが罪悪感からなのか。
―――羨望からなのか。
―――――それとも。

「……レオ」
ん、とレオがその声にこちらを振り向いた。いつもと変わりない、穏やかな顔をしていたからホワイトはほっとした。耳はまだ少しだけ、赤かったのだけれど。
「…どしたの?」
寒い?とレオに見当違いのことを言われてホワイトは笑ってしまった。
「…なんでもない」
「ええ?なにそれ」
何でもないの、と繰り返しながらその後またレオと小一時間程度会話をした。夕方近くなって、帰るねと言って立ち上がったレオを見送ろうとベッドから降りたが、いいからとレオは無理矢理ホワイトをベッドに戻してきて、そこでちょっと揉めた。
「玄関まで行く」
「だめだって。今日あんな雨の中走ったんだしもう寝なよ」
「大丈夫だってば。玄関までだからいいでしょ」
「だめ。寝て」
また来るよ、と言われて渋々ベッドに戻る。…寝ていようが起きていようが、結局変わることなんかないのに、と思いながら不満げにレオを見上げた。苦笑した友人は、また来るってと同じ事を繰り返した。ホワイトはむっとしながらその穏やかな顔を見上げる。不承不承口を開いた。

「……そしたらまた、一緒に行ってよ」

―――雨の中の墓地に。
―――――誰かと誰かが一緒に眠っている土の下に。

――――ちがう。
そうじゃない。

「………映画」
また一緒に行きたい、と言いながらレオの袖を掴んだ。何故か声が震えてしまって自分でも驚いたし、レオもぎょっとした表情になった。それが袖を引いた事に対してなのか、それともホワイトの態度のせいなのかは分からない。ただしレオはすぐにこくんと頷いた。けれどぼーっとした様子で、なぜかもう一度頷いたのでホワイトは呆気に取られた。どうしたのだ。
「…どしたの?」
「え?あ、…い、いや、あの」
何でもない、とホワイトにとってはよく分からないことを呟くとレオはまた、誤魔化すように外を見た。雨が降っている。白い霧の街は、中々視界が利かないだろう。レオでもない限り。そう思ってしまった自分に嫌気が差す。

「…また来るよ。雨の日も。……そーじゃなくてもさ」

その声を聞いて、窓の外を見ている友人をベッドから見上げる。落ち着いたのか、それとも照れ隠しなのか、レオはそう言ってゆっくりとホワイトの方を見下ろした。窓の外ではない。
ホワイトを見ながらレオが笑った。
「…また、来るからさ」
そんな顔しないでよ、と言われて気が付いた。泣きたくなった。次、いつ会えるかなんてわからない。それはブラックに対してだけじゃない。レオだってそうだ。レオだって。
私のせいでいつ会えるか分からなくなるかも知れないのに。

そんなことをホワイトが思っているとは露ほども知らないであろう、友人はソニックを肩に乗せて、帰るよと小さく別れの言葉を言った。「………。」無言でそっと袖を放すと、だからそんな顔しないでよとレオは言うと、また来るからと同じ事を言って手を上げた。ひらひらと振られたその掌を見て、自分もそっと手を振る。じゃあねと病室から出て行ったレオの後姿を見て、小さく呟いた。
「…またね」
絶対来て、と言えなかった自分を恨めしく思いながら毛布を被る。ホワイト、と言った墓地の中のレオの声が耳に残っている。一体あと何度そうやって自分が呼ばれるのだろう。レオ、と一体あと何度自分は呼べるのだろう。一体いつ。

―――私は世界から抜け出せるの。

どれくらい経ったのか分からない。ただし窓の外は既に真っ暗で、雨の音は聞こえなかった。止んだらしい。かつんかつん、というその足音にのろのろと目を開ける。よお、という知ってるようで知らない声がホワイトの耳に入ってきた。
「…なんだよ。ご機嫌斜めだな。義眼のガキが来てたんじゃねえのか?」
お前あいつが来たあと絶対に機嫌いい癖にさ、とせせら笑うように兄の顔が歪んだ。兄だけれど、兄じゃない誰かの顔だ。「………煩い」小さくそう言って顔を背ける。おいおい兄弟、と楽しそうに”そいつ”が言った。

「…お前いい加減に認めろよ。”そこ”がもうお前の居場所だって分かってんだろ?…分かってる癖に」

分かんねえふりはやめろって、と嘲るような声に耳を塞ぎたくなる。

ふりなんかしてない。分かってる。そんなこと、あんたに言われなくたって死ぬほど分かってる。あんたに出会う前から世界はずっと不平等で、ずっと私は同じところに突っ立ったまま、けれどそれでもよかったの。だって私にはずっとウィルが、お兄ちゃんが、…ブラックがいたんだもの。………ずっと。

―――ホワイト。

レオの声が一瞬で脳裏に蘇った。
そんなこととっくに分かってた癖に泣きたくなる。自分で決めたのに、自分で取り戻すって決めたのに。絶対にあなたと一緒にここにいるって決めたのに。
ぎしり、とベッドが軋む音がする。顔を上げる。泣きそうな顔をしているであろう自分を見て、”そいつ”は舌打ちをした。「……だから、そうやって自分が被害者みてーな顔はやめろよな。…したいのは」お前の兄貴かあの義眼のガキだろ、とまたそうやって楽しそうに”そいつ”は次の瞬間笑った。狂ったような声を耳に入れながら泣きたくなる。だから雨の日でも晴れの日でも結局同じだ。
顔を覆って毛布を被る。横からは楽しそうな笑い声が聞こえてくる。知ってる声で、知らない声で、知らない顔で、知ってる顔が笑っている。目を瞑って大抵思い出すのは兄のことなのに。
友人の穏やかな笑顔が脳裏に蘇った。

「………レオ…」

小さく呟いたそれは笑い声に掻き消されて聞こえなかった。
雨の音はもう聞こえない。雨は見えない。河も、墓地も、何もかも。
ホワイト、というその声だけ。頭の中に残っている。



***
そんなに泣くことないのに、と思わないでもなかったのだ。けれどきっとあのあと笑顔でいられたらそれはそれで、自分は腹が立つ。そうやってむくれた自分を見て、やっぱりレオは言うのだろう。
「………お、怒ってる?」
それでホワイトはこう、答える。
「…怒ってない!」
そのあと抱き付いて、意外にレオはちゃんと男の子だったから自分一人くらいは抱き上げられるだろう。そんなことを思いながら溶けて行く感覚に身をゆだねる。笑った顔が、怒った顔が、泣いた顔が、…結局どんな顔だって、どんなことをしてたって。
レオはレオだった。
(…………ああ、なんだ…)
(…そっか…)
兄は泣き笑いのような顔でレオを見ている。号泣しているレオの後ろに青空が広がっている。彼がまるで光に包まれているみたいに見えて、やっぱり彼は騎士というより英雄なのだ。そして更に身体が溶けて行く感覚が強くなる。
(…どーせならちゃんとしとけばよかった…)
唇の感覚は抜けていない。ちょっと遅かったな、と思いながら丸い、四角い、三角の、さまざまな形をしていると思しき”そこ”から抜け出る。世界から。

「………レオ」

結局別れの言葉もうまく言えない。だから最期もこうだ。何度も何度も、最後にホワイト、と呼んでくれた彼の声が蘇った。光が見える。あんなに真っ暗な中にいたのに。あの時の、レオと一緒に見た夜景みたいにきらきらとした光が見える。

レオはまるで光みたいだった。
そう思って、眼を閉じた。