ベスト・マッチ
2017/01/27
お疲れ様でした、と言いながら手をひらひらとさせて歩いていく後姿は前見た時と変わらない。「あ、クラウス」「?」どうしたスティーブン、と自分の愛弟子がその男と会話をしている。ここがこうでああで、と恐らく先ほどまでの件を詰めているらしきそれを言いながら、ちょっとだけその、傷がある顔が綻んだ。
「………………………………ああ見ると」
可愛げもあるんだけどなあ、と言った自分の横で、何がっすかと銀髪の男が欠伸をした。
スターフェイズのことだ、とぽつりと言ったブリッツ・T・エイブラムスのことを胡乱げ眼差しで見つめてきた件の銀髪は、ザップ・レンフロというライブラの構成員の一人だった。「………可愛げ?」どこが、とうげえとでも言いたげな顔でザップはエイブラムスの横から立ち上がる。「おいレオ。飯食いに行こーや」「さっきの話詰めなくていいんですか?」俺ここの意味よくわかんないんです、と言いながらとことこ歩いてきたのは、つい最近ライブラに入ったレオナルド・ウォッチという少年だった。
「あ?こりゃーつまりおめえの目を使えってことだろ」
「どう使えばいいのかって話っすよ。一瞬だったら暗幕じゃない方がいいかなあ」
書類を見ながらそう話し合っている若者二人の横から立ち上がる。「あ、お疲れっした」そう言ってザップがひょいと手を上げる。「エイブラムスさん。お疲れ様です」レオも同じようにそう言って、笑った。そこでふむ、とエイブラムスは首を傾げる。
「…つまりザップはこーいう分かり易い方がいいということなんだな」
「へ?」
意味が分からない、と言う顔をしたザップには特に返事をせず、それじゃなとエイブラムスは椅子を戻してすたすたと愛弟子とその参謀の許へ歩いた。一瞬だけ見たザップとレオの顔は不思議そうではあったが、兄弟には見えないくせにそれはなぜか、ひどく似ているようにエイブラムスには見えた。
スターフェイズ、と呼びかけながらライブラの参謀に近づいた。「ああ、どうも」お疲れ様ですと言いながらスティーブン・A・スターフェイズがにっこりと笑った。こーいう笑顔はどーもフツーのようでフツーじゃないのう、と思いつつエイブラムスは書類で彼の肩を叩いた。
「クラウス。五分程お前の参謀を貸せ」
「?」
きょとんとした顔になったのはクラウスだけではなく、スティーブンもだった。「…私のというよりは…ライブラのですが」「そこなのかよ」ツッコミは、と笑ったスティーブンはなんですかと苦笑してこちらを向いた。
「…そーいう笑い方は似合うな」
「はい?」
どういう意味ですか、と言ったスティーブンの腕を掴んで部屋の端に引き摺って行く。同時にクラウスは、では私は広間に戻りますと言いながら、会釈をしてドアノブを掴んでいた。「おう。すぐに返す」「…スティーブンは」私の参謀ではありませんよ、と二度目のそれを言うとクラウスはぺこりと再度の会釈をして、広間に向かった。その後をぞろぞろと蟻の行列のように部屋に残っていたメンバーがついて行く。時間帯からしてこれから昼飯か、とエイブラムスは今更思った。先ほどザップとレオがそう話していたのを聞いていなかったわけではなかったが。
ちなみにザップもレオもとっくに部屋からはいなくなっていた。
部屋に二人になった後、なんでしょうかとスティーブンは神妙な顔つきでエイブラムスにそう言ってきた。「…何か―――しましたか?」都合の悪いことでも、と続けられたそれに呆れてしまう。恐らくその都合の悪いこと、というのは組織にとって都合の悪いこと、という意味もあるのだろうし。
クラウスにとってという意味もあるのだろう。
「…お前なあ。何年やっとるんだ」
「は?この仕事ですか?」
そんなこと現実で言われると思ってませんでしたよ、とスティーブンはおかしそうに言うと、ええとと言いながら指を折り始めた。「……………。」それが演技なのか、それとも本当に数えているのか、その辺りも判断がし難い男だとエイブラムスは思った。
そのくらいそういう仕草が板についている。別段指を折る仕草、という意味ではなく。
―――――”スティーブン・A・スターフェイズという男”という、仕草だ。
エイブラムス自身はスティーブン・A・スターフェイズのことを殆ど知らない。ただ相当に切れ者で、なおかつ組織のことをクラウスと同等か、もしくはそれ以上に思っているということくらいしか、知らない。こういう言い方をすると誤解されかねないが、クラウスが組織を大切にしていないわけではない。彼はむしろ組織の構成員を大切に、それこそ命をかけるくらいは大切にしている。
反対にスティーブンは構成員よりも組織を大切にしていると見えることが、稀にある。恐らく彼はそれを表に出さないように努めているのだろうが、たまに、本当にたまにだけれど言葉の端々にそれが一瞬だけ現れることがある。エイブラムス自身は正式なライブラのメンバーというわけではないのだが、別段それが悪いことであるとは思ってはいない。そもそも組織なんだからそういう人間がいないと立ち行かないとも思う。たぶん。
あの愛弟子は優しすぎるのだ。
色々な意味で。
「えーとですね。ライブラを立ち上げてからは三年ほどですが」
「そういう意味じゃあないわ」
「そういう意味じゃない」
それじゃあ牙狩りになってからという意味ですかとスティーブンは言って首を傾げる。「…違う。そうじゃなくてお前、」「はあ」腕を組んだままスティーブンの方を見ると、若き参謀は変な顔でこちらを見ていた。そもそもこんな風に二人で話すこと自体、殆どないのだ。なぜなら、スティーブンがよく体調が悪いのでとか頭痛がひどくてとか言いながら自分を避けている傾向にあるせいだ。しかしどうもその原因は判然としない。嫌われているというそれとは違うらしい。
「クラウスのことを一体何年好きなんだ」
「はい?」
指を数えている格好のまま待っていたスティーブンは、それに呆気に取られた顔になってエイブラムスをまじまじと見つめ返してきた。――――これも、とエイブラムスは思う。
下手な演技だ。しかもそれを看破されると分かっていてこうしているのだから、ある意味時間の無駄だ、とたとえばザップ辺りだったら言うだろう。彼はこういう無意味なやり取りが大嫌いなのだ。
「…そういうのはせんでいい。…レオにでもしてやれ」
「…………ああ」
少年は素直ですからね、とそこでスティーブンは漸くふう、と息を吐いて少しだけネクタイを緩める。「…それが何か」問題ですかとスティーブンはやっとそれらしく笑った。
「………問題だとは言うとらん。ただお前、」
「言いませんよ」
先手を打たれた、と苦々しく思ったのでエイブラムスは素直に顔を顰める。それを見ながら、言いませんよとスティーブンは二度目のそれを言った。「…あいつがお前を好きだとしてもか?」「してもです」そう言うと組織のNo.2は机に寄りかかるようにして座った。
好きという感情の意味を説明するのは難しい。特に、他人のそれは尚更だ。いつくらいからそうなのかエイブラムスは知らなかったが、スティーブンはどう見ても、かの組織の長が好きなように見えた。しかしそのどう見ても、というのは一部の人間からすればという話で、恐らくザップやレオ、それから最近メンバーに加わったツェッド・オブライエンなんかは全く気が付いてもいないだろう―――そりゃあ好意を持っているということくらいはわかるだろうけれど。
恐らく、スティーブンが持っている好きは、そういう意味の好きではない。
「…お前は相手が幸せならそれでいい、というタイプには見えんがな」
「そりゃあそうですよ。僕はそういうタイプじゃないですから」
あっさりそう言ったスティーブンは、話はそれでおしまいですかと言いながら首を傾げた。「…なぜ言わんのだ」「なぜ?」なぜって、と言いながらスティーブンは心底不思議そうな表情で、椅子に引っ掛けてあった上着を手に取った。
「必要性がありますか?」
「………………………………………。」
そういうことに必要性を求めること自体がおかしい、とエイブラムスは思ったが、そこは口にしなかった。スティーブンがそう思うなら、最早それは外野がごちゃごちゃ口を出すことではないと思ったし、価値観の相違ならこれまでで嫌と言う程味わってきたからだ。
仏頂面のエイブラムスを見て、そんな顔しないでくださいよと言いながらスティーブンは背広をきちんと着ている。「…むしろ僕は、あなたが僕にそんなことを言うとは思ってもみませんでしたが」「むしろも何も」自分くらいしかそんなことを言う奴はいないだろう、とそういうことを言ってみる。するとスティーブンは、そうかもしれませんけどね、と笑って言いながら袖を直し、そしてすたすたと広間と繋がるドアの方に歩いていく。
ドアノブに手をかけた彼は、薄い笑みを浮かべながらエイブラムスの方を振り返った。
――――やっぱりそういう笑い方は。
似合い過ぎるくらい似合っている。だからエイブラムスは顔を顰めてしまう。
「…あなたの真意は僕にはわかりませんが」
「………………。」
「僕なんかのことよりは」
クラウスのことをもっと気にかけてあげてくださいよ、と言った時のスティーブンは苦笑していた。ごくんと息を飲み込んでしまう。その笑みも確かに似合いすぎるくらい、彼に似つかわしいそれだったし、演技ではないとエイブラムスにもはっきりと分かった。
それと同時に。
それでは、という一言と共にぱたんとドアが閉められる。クラウス、というスティーブンのいつもの声がドア越しに聞こえてきたが、エイブラムスはその場から動かなかった。溜息を吐いて椅子を引き、そしてそこにすとんと腰掛けて腕を組む。「…………馬鹿め。あんな顔するくらいなら」
さっさと言ってしまえばいいんだ、と悪態にも似たそれを吐き出して、エイブラムスはやれやれと目を瞑る。彼の苦笑の中に見える小さなその”何か”をエイブラムスは何て言えばいいのか分からなかったし、定義もわからない。恋慕なのか嫉妬なのか、はたまた憎悪なのか怒りなのか、声色からも態度からも全く分からない。けれど、どの道同じことだ。
「…何にせよ、全部クラウスの為か………」
馬鹿馬鹿しい。小さくそう呟いてエイブラムスは天井を仰ぐ。それを”為”と言っていいのかどうかはわからない。ずっと自分はスティーブンがクラウスのことを好きだと思っていたし、さっきスティーブンもそれを否定しなかった。けれどもたまに、今みたいなときにふと思うことがある。それは本当に恋愛なのか?度を越した友情と言ってしまってもいいのではないか?はたまたもしかしたら。
ただの執着心なのかもしれない。
「………………行くか」
そう言って肩を竦める。願わくばあの優しい愛弟子と、それからたまに憎々しい参謀が幸せになれればそれが一番素晴らしい。そして大抵、世界は素晴らしいし美しいものだと決まっている筈なのだ。そう思いながら、エイブラムスもドアノブに手をかけた。
終