ダンスステップは夕暮れから

2017/10/18

夕暮れは見えない。霧に包まれた世界はいつものように硝煙の匂いがして顔を顰めた。「………。」ゴーグルを外して後ろを振り返る。築かれた瓦礫の上に立っていた自分の眼に、コンクリートに座り込んでいる少年が目に入った。弟弟子と何事か会話しているのを見て、ザップ・レンフロはひょいとそこから飛び降りた。


「ザップさん」
がらがらという瓦礫の音を耳にしたせいか、そう言ってくるりと後輩が振り返った。「お疲れ様でした」「おー。おめーも魚類もな」そう言って無意味にレオの腕を引っ張って、ついでにぐるりと彼の身体を反転させる。わっとレオはびっくりしたように声を上げたが、直後ザップが彼の後ろからだらんと寄りかかったせいで、今度は呻き声を上げた。
「…珍しくお疲れのようで」
呻いているレオの声を背景に、ちょっと驚いた様子でツェッド・オブライエンはそう言った。「…そら疲れるわ。おめーらはさっき来たばっかだろーけど俺は昨晩からずっとその辺歩き回ってんだから」「ああ」そういえばそうでしたね、とツェッドは珍しく苦笑した。彼が苦笑するのが珍しいのではなく、ザップに対してそういう顔を見せるのが珍しいのだ。
「ちょ…っと、それはいいですけど、俺は手摺でも何でもないから…!退いてくださいって…!」
「何がいーんだ何が。よくねえだろ。労われよ」
「いやちょ、……こら、…ザップさん!」
重い、と喚いているレオの声を聞いているうちになんだか笑えてきてしまった。「も〜〜〜…何笑ってんですか」重いんだって、と文句を言っているレオを他所に、魚類、と言いながらザップは顔を上げる。「スターフェイズさんに連絡しとけ。こっちは済んだって」「先程しました。…あ、」丁度返事が、と言いながらくるりとこちらにわざわざ背を向けてツェッドが電話に出始める。律儀な奴だと半ば呆れつつ、ザップはいまだレオに寄りかかったままだ。
「…は〜〜…疲れた。…ザップさんこの後どーします。事務所行くかもっぽいすけど」
呻いていたものの、言っても退かなかったせいかレオは諦めたのかもしれない。結局そう言って頭上にいるザップに問いかけた。
「んー…いったん戻るっつーならどっか行くわ。ねみーし」
「そーですか」
わかりました、とレオは肩を竦めて言うとそこでやっとゴーグルを外した。ちょっと眼が疲れたらしく、ぱちぱちと瞬きをしていた。義眼がきらきらと青い光を放っているように見えたが、実際にそういうわけじゃないのだろう。なんだか星がちりばめられているみたいにもザップには見えた。
「…レオくん。あなたも。このまま直帰でいいそうです」
電話が終わったらしいツェッドはそう言ってスマートフォンをポケットに滑り込ませた。「え。ほんとに?」驚いたようにレオはそう言って、そこで再度ザップさん、と同じことを言った。流石に言われている意味が分かったので、不承不承ザップはそこから退くことにする。この後輩の背は腕置きにも寄りかかるにも最適だった。
「検問が厳しいそうです。だからミーティングは明日やると」
「マジすか。そっかあ」
レオはやれやれとでも言いたげにそう言って伸びをした。「………。」そうか、とザップはツェッドのそれを聞きながら思うとポケットに手を突っ込む。ライターを取り出して、更にシガレットケースから取り出した葉巻を口に咥えて火を点けた。事務所に行かなくていいのなら、と思いながらちらりと後輩を後姿を見つめた。くしゃくしゃの髪が目に入る。
レオは別段視線に気が付いた訳じゃないのだろう。けれどくるりとこちらを振り返ったので少し驚いた。無言で煙草を喫っている自分を見て、レオは一瞬きょとんとしたものの、結局嬉しそうに笑った。「……………。」何となく居た堪れなかったのでザップはレオから目を逸らす。正直な奴だ、と思わないでもないし、けれどもそれが別に嫌じゃなかったから、始末におけないと自分のことをそう思った。
「―――あれ?」
それじゃあ帰ろう、と三人で瓦礫の間を歩き始めたその時だった。ツェッドが突然そう声を上げて、慌てたようにポケットからスマートフォンを取り出した。勿論横を歩いていたレオとザップはきょとんとする。「?」分かり易くクエスチョンマークがレオの頭上に出ているのは―――見えなかったけれど。
「もしもし?…はい、…ええ。はい。だってまだ今……、え?……あ、はい」
わかりました、と言ってツェッドは通話を切った。どうやらどこかから連絡が入ったらしい。「…やはりいったん事務所に戻れとのことです」そう言ってツェッドは肩を竦め、ポケットにスマートフォンをするりと入れた。
「え」
マジで、と言いたげな顔をしたのはザップだったが、そう言ったのはレオだった。「検問は?」「…どうもそれどころじゃなくなったらしいですよ」西の方で誰かが暴れているとか何とか、と呆れたようにツェッドは言って腕を組んだ。つまり検問よりも優先すべきことが警察にできたということだろう。自分達も大概だが、警察も警察で大概忙しそうだ、とザップは今更思った。
「…つっても足がねーじゃねえか。魚類はどーすんだよ」
そう言ったのは、自分のランブレッタにレオを乗せていくという意味だった。が、なぜかそれを聞いてレオはちょっと怪訝な顔をした。「?」なんだよ、という意味でザップも怪訝な顔になる。ツェッドはそうですねえ、と呑気そうにそう言った。
「…じゃ僕は電車で。…あ、いや待って下さい。たぶんワンブロック先にパトリックさんがいるみたいなので」
ついでに乗せていってもらいますよ、とツェッドは言うとスマートフォンを三度取り出した。もしもし、という透き通るような声を聞いている間に、めんどくせーなあとザップは言いながら煙草をその辺にポイと投げ捨てた。レオがちょっと顔を顰めたのが目に入る。
「…物好きが多い街だよったく。だりーなオイ」
「……そっすね」
ふう、とレオも疲れたように息を吐いたが、ザップは気が付いた。「……なんだ」どうした、と言いながら後輩の肩を掴んで顔を覗き込んだ。「わっ!?びっくりした」そう言ってレオは驚いたらしく胸を手で押さえた。
「…元気ねーじゃん。いきなり」
「え?……ああ…」
まあ、とレオはよくわかるような分からないようなことを言って、ザップの手をひょいと自然に外してもう一度息を吐いた。「事務所戻るって言うから」そうレオが言った後、連絡つきましたとツェッドがこちらを振り返った。「それじゃまた事務所で」そう言ったツェッドに、ザップは挙げなかったがレオは手を挙げた。「オウ」「はい。また後で」そのままツェッドはとことことパトリックがいるであろう、ワンブロック先へと走って行った。
「………行くか。俺らも」
「はい」
そうですね、とレオは言ってとことこと歩き出した。ここまで一緒に来たわけではなかったが、大体いつも似たような場所に停めておくからレオも何となくどこにランブレッタが停めてあるのか分かるのだろう。その後姿を見て、ザップはさっき覚えた違和感を再度思い出した。違和感というよりは、ただの疑問だ。
そのまま後輩の横に並ぶ。レオは無言だった。瓦礫の音がする。時刻は大体、夕方六時になろうというところだ。ザップは昨晩から街をうろうろしていたが、レオとツェッドは午後からこの任務に加わったから、大体午後いっぱいくらいを潰したことになる。そんなことを言っていたら、ザップなんか昨日の深夜からなのだが。
「…元気ねーじゃねえか。どーした」
さっきと似たようなことを言ったザップに、そうですかね、とレオは言って顔を上げた。ちょっと驚いた。珍しい。大抵こういう時、レオは俯いているか前を向いているか、ともかくザップの方を見ることはあんまりないからだ。「……ねーよ。どうした」そう言って何となくぽんと後輩の頭に手を乗せると、まあ、とレオはさっきと似たようなことを言った。
「…だって事務所戻ったらどっか行くんでしょ。ザップさん」
「あ?……ああ…」
そーいえば、とザップは言って頬を掻いた。ついさっきまで事務所には戻らない予定だったから、すでにレオの家に泊まろうという気分だったのだ。「…そーだな。どっか行くわ」「……だから」「あ?」だからがっかりしたんですよ、とレオはザップからすれば信じられないことを言ってぐい、ともう一度伸びをした。

この後輩とよくわからない関係がぐだぐだと続いている。よくわからないというのはキスしたりすることがあるという意味で、けれど別にザップはレオと付き合っている訳じゃないし、愛人とだって関係を清算したわけじゃない。ただ、何となくレオといるとそういうことをしたくなるので、何となくそういうことをしている。レオもレオでどういう訳か嫌がらないのだ。だからそのまま、キスしたくなったらキスするし、セックスしたければする。触りたくなったら触る。けど好きだと言ったことはない。好きは好きで間違いなかったが、なんだかそれを言うのは、ずるいような気がした。
だからザップはレオが自分を嫌がらない理由を知らないし、聞いたことがない。答えてくれるかどうかも微妙だ。何しろこういう関係について、レオから言及されたことは余りない。ただ、今日は家に来ますかとかもうゴムないんですよとか、そういうことは言われることがある。付き合っているわけじゃないし、好き合っているわけじゃないし、かと言って。
嫌いなわけじゃない。好きなのは間違いない。口にしたことはないけれど。
この後輩との関係はまるで今の夕暮れ時みたいに、この街での境界線みたいにふわふわしている。混じり合っているみたいなのだ。

「…なんだよ。来てほしーのか」
だからびっくりしてそう言いながら、思わずまじまじとレオを見つめてしまった。「…悪いですか。俺がそーいうの言うのは」そう少し拗ねたように言ったレオを見ながら、ザップはぽかんとしてしまう。まさかそんなこと言われると思ってなかったし、というよりそんなこと思うような奴だと思っていなかったのだ。
「……そら…まあおめーがそう言うなら行ってやっていーけどよ。なんだ。新しいクエストとか始まったんか」
そう言いながら歩いていたので、やっとランブレッタが停まっている場所に着いた。ぽつんと停車している自分の愛車が盗まれていないことに今更ほっとする。ついでに言えば傷一つないことにも安堵した。この街はスクーター一台放置していくのにも勇気が要る街なのだ。とはいえそれはゴッサム時代からそーかもな、とザップはヘルメットをぽいとレオに投げる。
きちんとそれをキャッチしたレオは、そーじゃないですよ、と言いながら大人しくゴーグルを装着してヘルメットを被った。「?んじゃ何でだよ。なんか用事でもあんのか」「ないっす」「ねえのかよ」そう言いながらひょいと愛車に跨った自分の後ろにレオもひょいと跨った。
「ねえっすよ。ただ来てくれたら嬉しいなって思っただけだし」
「なんだよそーか。……………、………ん?」
なんで、と言いながら自分はヘルメットを被る手を止めてそう言って振り返ってしまった。レオは変な顔をしていたが、のろのろとこちらから目を逸らしてまあ、と三度目のそれを言いながら頬を掻いた。「…俺ザップさんといるの好きだし」「……………、……。」なんかおかしいぞ、とその時ザップは疑問に思った。おかしい。コイツがこんなこと言うなんてあり得るか?もしかして今、俺がここにいるのは現実じゃないのか?―――夢?はっとそれに気が付いて慌ててレオを見つめると、レオはきょとんとした後、おかしそうに噴き出した。
「…なんすかその顔。ほら、早く事務所戻りましょうよ」
怒られちゃいます、と言った後レオがぽんとザップの背中を叩いた。いつもと何ら変わらない、軽いそれが服越しにザップの背中に触れる。痛くもないし、ムカつくこともなかった。ただ、触れられた感覚は勿論あったから、ザップは今が夢じゃないということを確信する。がら、という瓦礫の崩れる音とか、空から聞こえる謎の生き物の鳴き声とか、遠くから聞こえるパトカーのサイレン音だって、きちんと現実のそれだった。
そしてこの街は夕暮れに包まれている筈なのにそれが見えない。代わりに霧が街を濃く彩るように包んでいた。―――いや、とザップはそこでふと思った。とっくに夕暮れは終わっている。だから霧がもし晴れたら見えるのはきっと夕暮れじゃなくてネオンサインだ。いつもお祭り騒ぎのこの街の中で光り輝いているのは、太陽でもないし星でもないし、ましてや月でもない。まるで。
ダンスホールの中にいるみたいなその光が目に映る。
「…………レオ」
「はい?」
どうしたんですか、と言ったレオに、ザップの意思よりも先に口からその言葉が出ていた。

「好きだ」

瞬間なのかどうかは定かではない。ただ、その時ザップの背後から蛍光色のネオンサインが唐突に光り輝き始めた。「わっ!?」「おわ」どうやら点灯時間になったらしいそれに二人で悲鳴を上げてしまった。「…………。」「…………。」白い自分の上着に派手な灯りがきらきらと映っている。
「…………、……、……。」
レオは無言だった。口が利けないのか何なのかは分からないが、ともかく無言でなぜかザップのランブレッタからひょいと降りた。「あ。オイ」どこ行くんだよ、と言ってザップも慌てて愛車から降りた。レオは降りただけでどこにも行かなかったので、ザップも黙ってまた愛車に寄りかかるようにして、座る。レオはザップを見ながら、無言のままヘルメットを頭から取った。そのせいか、元々ぐしゃぐしゃだった後輩の髪はちょっとだけ跳ねた。
レオの顔からゴーグルが外される。
外される前から分かっていてしかるべしだったのに、なぜかその時にザップは気が付いた。ちょっとだけ後輩の顔は赤くなっていた。「…なんだよ」ケンカ腰になってしまうのはいつものこととはいえ、どうしてこうなんだと思わないでもない。けれど改善しないのだから、一緒だ。
レオは無言でヘルメットをランブレッタの上に置くと、ぱっと右手をこちらに向けて差し出してきた。「………。」それはどういう意味なんだ、と思いながらも差し出されたら何となく、反射的に掴まないといけない気がしてその手を掴む。
途端に思い切り腕が引っ張られた。「うお、ば…っ」なんだよ、と言いながら、けれどその手の力に逆らいたくなかった。だから立ち上がった。逆らいたくない理由は、どうしてなのかわからなかった。けれどとにかく、その時のザップはレオに引っ張られるまま立ち上がったのだ。

その時また、後ろから光が差していることに気が付いた。
自然の光ではない。そもそも、この街は霧が濃いからそんなに強く自然界の光を見ることがない。太陽も、星も、月だってそうだし、流れ星だって見えた例がない気がする。朝だって明るくなったから何となく朝だと思うだけで、外で見るみたいにはっきりとした陽光や星の瞬きを感じることはない。だからその時ザップの背後から差してきたのは、どこかの店のネオンサインだったのだろう。蛍光色の派手なそれが全力で自己主張しながら輝いている。きらきらと光ったそれが、レオの眼に映ったのが見える。
ステージの上にあるライトみたいに。
右手がしっかりと掴まれていることに、今更気が付いた。

ぎゅう、と正面から抱き着かれたのは勿論初めてじゃなかった。なかったけれど、なんだかその時ザップは今までで一番緊張した。「…………、……おい」なんだよ、と言った自分の声が上擦っていて舌打ちしたくなる。師匠に見られたら情けないと言われる前に蹴飛ばされそうだった。
レオからは何も返事がない。「………。」だからザップは何かを誤魔化す様に顔を顰めたまま、そっとレオのことを抱き締め返した。「……おい。お前はどーなんだお前は」返事くれー聞きてえよ俺も、と言った声が震えなかったのは僥倖だ。まるで天から降ってきたみたいに、地の底からいきなり飛び出してきたみたいな感情はきっと元々そこにあったのに、ザップは今までそれを歯牙にもかけなかっただけなのだろう。あることには気が付いていたくせに、言わなくても何となると漠然としたことを考えていた。
ただ、ついさっきレオに言ったのは何かを何とかしたかったわけじゃない。ただ単に言いたくなったから言っただけだった。
「…遅くねーすか………言うの……」
「あ?」
後輩からそう言われてぎょっとする。がば、とその時レオは顔を上げてザップのことを睨んで言った。「おっせーよ!早よ言えや!!俺がどんだけ譲歩してどんだけ待ってたと思うんすかアンタ!」「………は、……ちょ、…っと待て!なんで俺が怒られてんだよ!」「怒りたくもなるわ!」いきなり押し倒されてキスされた俺の身にもなれや、と言ったあともう一回レオは抱き着いてきた。「ちょ、…おい」またしても声が上擦ってしまったのでげんなりする。なんだか脱力した。
「…………俺は」
レオのくぐもった声が聞こえる。別にいいけどさっきから顔押し付けてて苦しくねーのかコイツ、とザップはふと思って俯いた。ぐしゃぐしゃの髪の隙間から、真っ赤な耳が見えることに気が付いた。

「…あんたが俺に手ェ出してくる前からあんたが好きでしたよ」

一瞬ぽかんとしてしまった自分を放置して、レオはその瞬間ぱっとザップから離れた。「…ほら戻りましょ。流石に時間やべーっすよ」「………、ま、待てレオ」おい、と言った自分の声に被さるように、ほらザップさん、とレオはこちらにぽいとザップのヘルメットを投げてよこした。慌ててそれをキャッチする。「…ちょ…っと待て待て待て。その言い方やめろよ。合意だろ合意」「合意だけど最初に始めたのはザップさんでーす」「おい調子のんなクソガキ」ばしんとレオの背中を叩いくと、いってえという悲鳴と一緒にレオが笑った声が聞こえる。爆笑しているその声は、いつもよく聞くそれと全く変わらなかった。

舌打ちしながら跨った愛車の調子はよかったし、ついでに言えば街はそんなに混乱してなかったから事務所にだってスムーズに着いた。バカじゃねえの、バカって言った方がバカなんだ、とかいういつもの言い争いだってこの街のBGMに相違ない。ただしなんだか二人して笑う回数が多かった。現実にもショートカットがありゃー楽なんだよな、と言ったザップに、マリカーじゃねーから、と言ったレオの声はちょっと怯えていて、それにもザップは笑ってしまった。
愛車から先に降りたのはザップだった。ごちゃごちゃとヘルメットだのなんだのを外しているレオを置いて行ってもよかったのに、なぜかザップはそこで足を止めた。「……。」漸くゴーグルを首に提げたレオに、黙ったままザップは近づいた。
「ん」
そう言ってひょいと差し出した手を見て、レオはきょとんとした。「……へ」なんですか、と言いながら首を傾げた後輩は、それでもザップの右手をしっかりと掴んだ。その瞬間ぐいと思い切り彼の手を引っ張ったせいだろう、ぎゃあという驚いたような声が上がる。
抱き締めた後輩の身体は温かかった。
「だ、……な、なん……、」
びっくりした、と言ったレオの声は確かに驚いていたが、自分のように上擦っていなかったから結構ムカついた。俺だけかよ、と勝手に不満に思った後に、掴んだままの右手をそのままに、ぱっとレオの身体を離す。またレオからはわあという声が上がった。「な、ななな、なんすかもー。びっくりしますよ」「勝手にしろバカ」ひっでえ、と言ったわりにレオの声は笑っていた。笑ってられんのも今のうちだコノヤロウ、という謎の苛立ちを抱えつつエレベーターへと歩く。けれど何となく、レオの右手は掴んだままだった。

結局その日ザップはレオの家に行ったし、レオはそれについては何も言わなかった。ただやっぱり帰り道で見たネオンサインはきらきら輝いていて、眼に煩いとザップは思う。ただし。
「……うるせーけど嫌いじゃねえっつーのはお前に似てる」
「あの、俺が煩いならザップさんもうるせーっすからね」
そう言い返してきたレオとケンカになったのはその日の夜のことだった。てゆか嫌いじゃねえっつったことはスルーかよコイツ、と夜中気が付いたザップだったが、その時レオはとっくに熟睡していた。ただ、気が付けば後輩はザップの腕にしがみ付いていたから、まあいいか、とザップも眠った。
また明日が始まる。たとえば世界がそこにあるなら、ヘルサレムズ・ロットはまるでダンスホールみたいだ。

そしてこの後輩のベッドの中はホールの袖なのかもしれない。ステップを踏むのだってザップは嫌いじゃないけれど。