そこに至るまでの軌跡
2017/11/23→2022/11/28
人間の首って結構重いんだよね。
「は―――――…………」
唐突に引っ越し先を探す羽目になってしまったが、勿論所持金が増えている筈もない。「……給料日っていつだっけ……」そう言いながらATMからのろのろと歩き出す。一生に一度としか思えない出来事に、いったいこの街で何度遭遇しているんだろう。つい先日は突然拉致られたかと思いきや変な魔獣を頭にくっ付けられて空中から落下させられ、そんなに日も経たない間に著名人の首を運ぶなんて、誰が予想出来るのか。何にせよ、そのごたごたで我が家を失ってしまったレオは、仕方なく事務所に寝泊まりしていた。
「あーあ。何でこんなことになったんだかってゆかここに来てから俺二回も家追い出されてるし」
ついてないってゆか不可抗力ってゆか、とぶつくさと一人ごちながら事務所への入口へと向かった。中々すぐにいい物件は見つからず、というよりもつい昨夜に自分の家が破壊されたため、家探しは一日目だ。さっさと家を決めないと郵便物だって届かないし、今やレオは住所不定状態である。どこぞの先輩じゃあるまいに、と肩を落としながらエレベーターを降り、廊下を歩いてドアノブを捻った。
「……ただいまー」
仮宿とはいえ、行ってきますを言う以上ただいまも言わないとなんだか変な気がする、という理由でレオは昨日からそう挨拶をしていた。「おかえりなさい。レオくん」「あ」ツェッドさん、と言いながらとことことソファに駆け寄ると、ツェッドは読んでいたらしい本をぱたんと閉じて顔を上げた。
「どこかいい家は……、……見つからなかったようですね」
「は〜〜〜〜…良さげだなーって思うと生存率ヤバ気な場所だったりとか、家賃がめちゃくちゃ安いと思えば寝る隙間すらない部屋だったりとかで中々…あんまりバイト先とかここから離れてると嫌だし」
疲れました、と言いながら伸びをしてソファに寄りかかると、お疲れ様でしたと後輩は律儀に頭を下げてそう言った。「夕飯は?」「まだです。腹減りました」息を吐いたレオに、それはよかったとツェッドが微笑んだので、不思議に思う。なんで俺が飯食ってないとツェッドさんに都合いいんだ?そう思ったのが顔に出たのだろう。ツェッドは厨房の方を指さした。
「ギルベルトさんがお待ちですよ。レオくんの夕飯が用意されてます」
「……えっ」
なんで、とぽかんとして言ったレオに、ツェッドは穏やかに答えた。「クラウスさんが頼んだみたいですよ。レオくんにって」「…………く…」クラウスさんは、と言いながら立ち上がったレオに、執務室にとツェッドが答えた。その瞬間レオは高速で執務室に向かったので、ツェッドが後ろからおかしそうに噴き出した声が聞こえた。
ばたんとドアを思い切り開けたせいか、流石に驚いた様子でクラウスが顔を上げる。数瞬遅れて横に立っていたスティーブンもこちらを向いた。「少年。お帰り」「お帰りレオナルド」「あ、は、はい。ただいま戻り…、…や、えっと…帰りました…」今やここがレオの家も同然なのでそう言ってそろそろと部屋に入る。
「どうだ。家は見つかったのか?」
そう言っておかしそうに笑ったスティーブンに、レオは力なく首を振った。「いーえ。残念ながら」眉を下げて言ったレオを見て、そうかとクラウスが複雑そうな顔になる。その表情の意味がよく分からなかったので、レオは少し首を傾げてどうしたんですか、と質問した。
「…なんか僕悪いことしました?」
「ああ、いや。違うのだレオ。そうではないのだが…何というか」
難しいな、と言ったクラウスの横でスティーブンがさっきのツェッドのようにおかしそうに噴き出した。「少年、こいつは君がここに泊まることになったのが嬉しいんだよ。毎日会おうと思えばすぐ会えるし、元気かそうでないかすぐにわかるからね」そう言ったスティーブンの横で、クラウスは困ったような顔をした。
「…スティーブン」
「なんだよ。本当のことだろ」
そう言ったあと、スティーブンはまあいいじゃないか、とレオに言った。「一人暮らしの家はいわば自分のためだけの空間だろ?妥協はしない方がいいよ。暫くここに泊まってくれてた方が少年を探す手間が省けるしね」そう言われても手放しには喜べない。今度はレオが複雑そうな顔をしたせいか、クラウスが少しおかしそうな顔になった。
「……、…あ。じゃなくてじゃなくて。あの、クラウスさん。飯あざっす。なんかギルベルトさんに頼んでくれたってツェッドさんが」
有難うございました、と改めて言いながら頭を下げたレオに、慌てたようにクラウスが手を挙げた。「君が気にすることはない。私が勝手に頼んだことだ」「それが嬉しいんですって。有難うございます。助かります」もーくたくたで外に行く気が起きなかったし、と頭を上げて笑ったので、そうかとクラウスがほっとしたように言った。
「…と、いうことはもうこんな時間か…確かに飯の時間だな」
腕時計を見たあと、どーするクラウス、と言ったスティーブンに、そうだなとクラウスは言って立ち上がった。「なんだ。どこか行くのか」「ちょうどいいだろう」私たちも食事にしよう、とクラウスは眼鏡の奥にある緑の眼を細めてスティーブンを見下ろした。
そんなわけでツェッドも入れて四人で夕飯を食べることになった。ずらりと並んでいるサンドイッチを見てレオは思わず嘆息してしまった。なんか久々にこんなまともな飯を見るし食える気がする。だって昨日からずっと家を探してたしバイトには行ってたし全休は全休じゃなくなったし、と顔を覆って泣きたくなってしまった。というか実際顔は覆ったが泣くのは必死に堪えた。隣にいるツェッドが無言で肩を叩いてくれた。
「いただきまーす!」
「頂きます」
「…いただきます」
「うむ。いただこう」
異口同音でそう言うとめいめい好きなサンドイッチを手に取った。「…しかし今更ながら少年もついてないな。今まで住んでた家も確か二軒目なんだろ?」そうスティーブンは言うとどうやらパクチー・サンドイッチをぱくんと齧った。「言わんでください。…いや、いやいやいやスティーブンさん!それよりもですよ!それよりもです!」そう言いながらバーベキューサンドイッチを手に取ったレオが身を乗り出したので、スティーブンは変な顔をした。恐らく家よりも大事なことが思いつかなかったのだろう。
「俺の!!ハードダイブ4と!!それからX……、……Xステーションっすよ……!!家よりもそっちのが精神的ダメージヤバいんすから…!!」
ぎゅっとサンドイッチを握り締めて主張したせいか、ツェッドが慌てたように具が零れますよと教えてくれた。「…………。」無言で顔を上げてもそもそとサンドイッチを齧る。物凄く美味かったのですぐに相好が緩んでしまった。というか今こそ本当に泣きたくなった。人の優しさとサンドイッチの美味さが身に染みたのである。
「……えーっと…………、………ゲームか!」
物凄く間を空けてそう言ったスティーブンは、レオの方にまるで拳銃のように人差し指を突き出して言った。「…そーです。俺が必死で稼いだ金で買ったゲームです」「…そういえば…」公会堂の前で叫んでいた、とクラウスに思い出したように言われて流石に決まり悪くなった。
「あ〜〜〜…えっとそれはそのー、僕もちょっと取り乱してたのであれは忘れてください。…ともかく部屋っつーよりそっちの方が僕的にダメージでかいんすよ…。一回もプレイしてないし」
「…色々タイミングが悪かったんですね」
災難でした、とツェッドがひどく同情した様子で言ってくれたので、レオはあざっすと言って息を吐いた。
毎度毎度、たとえばカツアゲだとか仕事中に頭をぶつけたとか、警察にしょっぴかれた挙句に拘束されたとか、この街で酷い目に遭うなんてことはザラだったし、枚挙に暇がない。嘆いている暇もなく色んなことが押し寄せてくるから、前に進むだけで精いっぱいだ。だからレオだっていつもはこんなことを人に言わない。よくあることだし忘れよう、の精神で生きていかないとこの街で暮らすのは非常に困難を極める。
ただし今回は別だ。はっきり言って別だ。もう一から十まで全然別なのである。
「…以前住んでいた…その、つい昨日まで住んでいた家はどういった住まいだったのだね」
唐突にそう言われて、レオはきょとんとしながら顔を上げた。「えーっと…よくある一人住まい用の狭い部屋でしたよ。角部屋だったんで窓が二つあって」こう、と身振り手振りで適当に説明を始めたレオに、ほう、とクラウスは興味深そうに相槌を打ったので、怪訝に思う。どこにでもあるような部屋の説明を聞いて一体何が楽しいんだ、と思ったのだ。それをすぐに察したのは勿論スティーブンだった。
「…少年。クラウスは基本一人でいるということがないからな。そーいう話を聞くのが好きなんだよ。自分で経験がないからね」
な、と笑ってクラウスの方を見たスティーブンの顔を見て、レオははあ、と言いながら頬を掻いた。「…なんかそーやってるとスティーブンさん、クラウスさんのにーちゃんみたいですね」ぽつりとそう言ったレオの横で、ツェッドもこくんと頷いた。同じことを思っていたらしい。
「…君がいちいち私を子供扱いし過ぎるのだ」
珍しくクラウスが顔を顰めてそう言ったので、レオとツェッドは顔を見合わせて噴き出してしまった。スティーブンは悪い悪い、と全く悪びれることなくそう言った後、ぽんとクラウスの肩を叩いた。「…ま、だから少年、話してあげてくれよ。こいつにとって一人暮らしは秘境と同じなのさ」「スティーブン」言い過ぎだ、とむっとしたように言ったクラウスの声を聞いて、そんな面白いもんでもないですけどね、とレオは苦笑した。
「えーっと、窓二つだったんで外からの騒音はたぶん普通より煩かったんですよね。でも朝目ェ覚める時光が入ってくるからソレの方が楽だったし…ああ、あと壁紙が緑で」
それはちょっと気に入ってました、と言ってレオはサンドイッチを齧った。「どんな緑だったんですか?」「えーっと…芝生の色っていうと明るいかな…もーちょっと…ん〜〜新緑の色みたいな」「綺麗な色じゃないか。全部屋そうだったのか?」「いやーどうですかね。そもそも俺がそこ選んだのも角部屋で安かったからだし」そう言ったレオに、スティーブンが不思議そうな顔をした。
「そーなのか。普通角部屋の方が高いだろ」
クラウスとツェッドはそれを聞いて不思議そうな顔になった。二人とも様々な事情で部屋を探したことがないのだから、当然である。「?なぜだ。スティーブン」「ああ、そーだな。さっき少年が言った通り、窓が二つあるから採光性がいいし、通気性もよくなるだろ。それに隣人が片側にしかいないからな。気を使うのも1/2で済む。大体そんなとこだな」「そうなんですか」なるほどと大袈裟なくらい感心している組織の長と後輩を見て、そーなんすけどねとレオは言いながらぱくんとまたサンドイッチを齧った。
「家の前にエスカレーターがあるからなのか何なのか分かんないんですけど、窓が一か月に一回の割合で割れたりとか壁がぶっ壊れたりとか、ともかく事故が起きる率がめちゃくちゃ高い部屋らしくて、人が中々住み付かないんだって不動産屋は言ってました。あんまり頻繁に入れ替わるんで家賃を安くしてるって」
まー僕はそーいうジンクス的なやつ信じてないんでともかく安いからいーかと思って、と言って笑ったレオを、三人が神妙な顔つきで見つめている。「?どーしました皆さん」「………えっと…レオくん…」その、とツェッドが言いだし難そうに口を開いた。
「…レオくんは窓どころか部屋ごと破壊されてますけど…………」
「…………あっ」
うわマジだ、とはっとしたように言ったレオの前で、スティーブンがおかしそうに笑いだした。それを皮切りにクラウスもツェッドもつられたように笑いだした。「あっ。ちょ、ちょっと笑い事じゃないんですよこっちは!俺の心と必死に労働して買ったXステーションとハードダイブ4がですね」「……………。」ツェッドがレオから顔を背けた。
「ツェッドさん!」ツェッドさんまで、と言いながら顔を顰めたレオを他所に、三人は暫し笑っていた。
にしてもなあ、とやっと笑いを収めたスティーブンが呟いた。「まあ、逆に考えれば部屋とゲームで済んでよかったのかもしれないぞ。少年は無傷じゃないか」「いや、無傷は言い過ぎです。心に傷を負っています」そう真顔で言ったレオを無視して、スティーブンは立ち上がった。「ちょっと待ってなさい」
「?」
何なんだ、と思いつつもパストラミビーフのサンドイッチを齧ったレオに、クラウスが話しかけた。「…だが、私たちとしては君が無事でよかったと本当にそう思っている。レオナルドくん。よく任務を達成してなお、無事でいてくれた」「あ、ええと、いやそんな大層な…」えへへ、とちょっと照れながら言ったレオに、けれど、とツェッドが言った。
「…流石に兄弟子がその、アタッシュケースをレオくんの家目がけて投げたのには驚きました。まさかあんなことするなんて」
一体どうやって渡すつもりなのかと思っていたのですが、とツェッドは言うと溜息を吐いた。「あ〜〜…あれはまあ、確かに…思いっきり顔にぶつかりましたからね。いつ殺そうと思いました」「でしょうね」そうやれやれとでも言いたげにスモークサーモンのサンドイッチを手にしたツェッドの前で、クラウスが首を傾げた。
「確かにスティーブンはザップに…レオへあのケースを渡すようにと指示していたが、一体彼はどのようにそれを」
「あっそれがマジでひっでーんすよクラウスさん!あのクソバカ銀猿先輩はですね」
いきり立ったレオが開眼までしてそう話し始めた時だった。「ただいま」そう言いながらスティーブンが部屋の奥から戻ってきた。「あ。おかえりなさい」「お帰りスティーブン」「おかえりなさい」そう言って顔を上げた三人の許に戻ってきたスティーブンは、すとんと元居た席に腰掛けた。
「少年。手を出しなさい」
「?」
はい、と素直にレオが右手を出すと、その上にすとんと小さな四角い箱が乗せられた。「?…カード…」ですよね、と言いながらレオはそれを手にして蓋を開ける。まごうことなくカードが入ったカードケースだった。
「……UNO?うわ懐かしい。久々に見ました」
そう言って顔を上げたレオに、貸してやるよとスティーブンはひよこ豆のサンドイッチを手に取った。「ま、君のゲームの代わりにはならないだろうけど、暫く退屈だろ?ここにいる間それで遊んだらどーだ」そう言ってにっこりと笑ったスティーブンに、はあ、とレオはふんわりした返事をしながらぱらぱらとカードを捲った。ここに来てからはする暇なんてなかったし、大体カードを持ってもいなかったが、確かに実家にいる時には友達やミシェーラとよく遊んだ。ちなみにミシェーラはめちゃくちゃ強かったので大抵レオは負けていた。
「…ちゅーてもスティーブンさん…皆さん夜は帰っちゃうんだし、やる相手が――――、」
そう言いながら顔を上げたレオは、言いながら気が付いた。はっとして隣を見る。
「?」
きょとんとした顔でツェッドがサンドイッチを齧っている。
「………………!!ツェッドさん……!!」
「え。あ、はい。なんでしょう」
そう言ったツェッドの手を掴んで、レオは眼をぱちりと開けた。
もう寝ましょう、という声を耳にしながらカードを場に捨てた。「ハイUNO!あっといっちまい!!」「……レオくん……」寝ましょう、とがくんと顔を俯かせながらツェッドがそう言ったが、レオはそれを思い切り無視した。
「はい!ツェッドさんの番ですよ!はい!ツェッドさんの!番ですよ!!」
「レオくん……………」
僕もう眠いんです、と言いつつツェッドはぽいと手札を一枚場に捨てた。既に時刻は深夜一時だった。レオは寝る時間が余り一定していないが、この後輩は基本日付が変わる前に寝ているらしい。眠そうというか殆ど半分寝ていた。「……………ぐっ…クソ…!!あと一枚なのに…!!」「…レオくん…もう僕の負けでいいんで…!!」寝させてください、と言ったツェッドを無視してレオはもう一回カードを場に捨てた。
そして翌日、ソファで死んだように眠っているレオのところにのこのことザップがやってきた。「おーいレオ……、……あり?…なんでコイツこんなとこで寝てんだ」そう言って首を傾げたが勿論誰も返事をしない。ちなみにその日ツェッドは夕方まで眼を覚まさなかった。
終