今そーいうの間に合ってます

2017/11/17→2022/11/27

そーいえばお前、と言いながら先輩が首を傾げた。
「なんで顔そんっな腫れてんだ?」
「遅くね?」
絆創膏やらガーゼやらで顔を覆っている自分がそう言ったせいか、先輩であるザップ・レンフロは不思議そうな顔になった。


色々あったんです、と言って顔を顰めたレオナルド・ウォッチに、ふーんとザップ・レンフロはどうでもよさそうに言った。「色々って」「色々は色々なの。ほっといてくださいよ」猫探すの手伝ったでしょう、と言ってマッシュルームの缶を手に取ったレオの上に、ザップが腕を乗せてきた。
「わっ」
「おーおー生言うようななりやがって。人が心配してやってるつーに」
「しんぱい?」
ぎょっとしてそう言ってしまったせいか、そーだよとザップはふんぞり返るようにして頷き、更にレオの頭上にあるひよこ豆の缶を手に取った。「オウこれで合ってるか」「えーと……あ、それじゃなくてその右です。グリンピースですよ」似たようなもんだろとザップは辟易した様子で言って、缶を元に戻した。
こうなるとパトリックさんに口止めしとかないとなあ、とレオはつい最近あった出来事を回想する。妹へ仕送りする分が入った財布をカツアゲされ、取り返そうと努力したのはつい先日のことだった。まあ大抵努力したところで成果が出るとは限らないんだよね、とレオはその時の出来事を回想する。めちゃくちゃ痛かったけどあーいうのが無料で手に入れられちゃうこの街って怖いなあ、などとスタン警棒について今更ながら思いを馳せてみたりする。別にこの街じゃなくても手に入るのは外でも同じだろうけれど。
なんだかんだで財布はなぜかレオの手に戻ってきたのだが、理由がさっぱり分からない。いつの間にか腰に挟まっていたそれを見て、レオは大いに首を傾げたのだ。なんで?夜道で上司と出会った時には既に自分の手に財布が戻って来ていたので、益々分からない。一体どこで、いつ、どのタイミングで?考えたけれど分からなかった。大体、その時のレオはすぐ後ろにいるこの男の騒動に半ば巻き込まれそうになっていてそれどころじゃなかったのだ。またしても愛人のうちの誰かに呪われてしまったらしい先輩を乗せて猫を探していたレオに、というよりはザップに奇跡が起きた。奇跡って起こるもんなのかと思わずレオも口を開けて驚いてしまった。タイムリミットギリギリに見つかったその猫を抱えたザップの指示通りに向かったその店に彼の愛人らしき人はいたらしい。そいじゃなと言って悠々と部屋に引っ込んだ先輩にレオは脱力してしまった。俺マジでただの足に使われただけなんですけど。そう思った割になんだか心が軽かったのは、財布が戻ってきたことと、滅多に見られないプライベートの上司を見られたせいかもしれない。スティーブンさんってそーいう顔するんだなあ、と笑顔の彼を見て思ったのは、その時からさかのぼってつい10分ほど前だった。ちなみにそのあとまた元の場所に戻ってみるとスティーブンがまだいたので驚いた。ところで少年その傷はどーしたんだ、とどうやらずっと思っていたらしい上司にそう言われても、勿論レオは苦笑いしかできなかったのだけれど。


つーてもなあ、と言いながらザップがぺたんとレオの頬に手を置いてきたので、いってえと小さく悲鳴を上げた。「ちょ…っとあの、ま、マジでソレ痛いんでやめてくれませんかね…!?目もまだ腫れてるんですよ!」「おめー商売道具傷つけてんじゃねえよ。プロとしての自覚はねえのか」そう言ってザップはやっとレオの上から退いた。
「…プロ……ってわけじゃないし」
そう小さくぼそぼそと言ったレオを見て、ふんとザップは鼻を鳴らす。「行くぞ。次はなんだ」「え。……、…あ、えっと…」シチューのルウ、と言ったレオに、おしとザップは頷いた。
プロと言われれば確かにそうなのだが。何となくそう言われても素直には頷けない気がする、とレオは思っている。確かにこの神々の義眼を使って仕事に当たっているのは確かだし、血界の眷属を封じるにあたって最早なくてはならない力だということも間違いない。ただ、それはそれでとレオは思てしまう。
――――なんかそこで頷いちゃうのは。
違うような気もするんだよね、とぼーっと考えながらレジに並んでいると、後ろからどん、とぶつかられる。「ちょ…っともう、」ザップさん、と言いながら後ろを振り返る。しかしそこにいたのはどう見てもザップではなかった。見知らぬ異界人である。あ、と慌ててレオは姿勢を正した。何しろ、どう見ても堅気には見えないし、どう見ても堅気の空気をまとっていなかったからだ。
「す、」
すみませんと言う前だった。唐突にその男の後ろからザップが顔を出したので、レオはそこで固まってしまった。「あ。ざ、」ザップさん、という前に無理矢理ザップはレオとその男の間に入ると、なんだよとどうでもよさそうにレオに返事をした。「……なんだよって、…あ。そうだ会計」はい、と言いながらギルベルトに渡された経費をザップの手に押し付ける。「え?俺かよ?」「お願いします。俺ちょっと今、後ろの人と」話してたから、と慌ててザップの後ろにいる異界人に謝ろうとする。「あの、」すいませんでしたと言おうとしたがその前に先輩がレオを無理矢理レジの向こう側に押しやってしまった。
「わわわわ、あ、ザップさん」
ちょっと、ともがいている自分を他所に、ザップは会計しながら無言で自分の横に立っている、ザップの1.5倍はありそうな男を見上げた。
「んだよ。俺の後輩になんか用か」
その口調がどう聞いても剣呑なものだったので、レオはげっと顔を引き攣らせる。ザップがどこの誰にどうケンカを売ろうが知ったこっちゃないが、今その異界人と会話していたのはレオだったし、ザップにとっては別段なんの関わりもないことだとレオは思っている。「ちょっとだめですよ。やめてくださいって」そう言って慌ててザップを通り越して異界人と会話しようとしたが、またしても先輩はそれを邪魔してきた。器用に腕を伸ばしてレオの肩をそのまま押さえ、会計を済ましてレオに紙袋を押し付ける。「わわっ」小さくそう言ったレオを他所に、だからよと言ってザップは横を向いた。
「だからなんだよ。………レオに」
なんか用かっつってんだ、と言った声は物凄く低い。「ザップさん!」やめてくださいよ、と言いながら何とか片手を浮かせて先輩の袖をつかむ。しかしザップは異界人と睨み合っていて返事をしない。ザップさんってば、と言った自分の声が混乱していたせいかも知れない。そこでザップがこちらを振り返った。
「……………、」
なぜかその時、ザップは眼を見開いていた。「……、…んだよ」びびった、と小さく言ったザップのそれに混乱する。え?びびった?な、
なにに?
そう思っているレオを他所に、明らかにその場に険悪なムードが漂い始めた。さっきから異界人が一言も口を利かないせいもあるのだろう。じろりと睨みをきかせ始めた先輩とその異界人の間に、レオは何とか無理矢理割り込むことに成功した。「あ」レオてめえ、と言った先輩をなんとか後ろに追いやりながら、すいませんとレオは謝る。
「あ、あの。俺もその、ザッ……、えっと友達にぶつかられたと思っちゃってつい。だから悪気はなくて」
すいませんでした、と言って頭を下げる。ぱっと顔を上げたあとに気が付いたが、ザップはレオの肩をしっかりと掴んでいた。


隣で歩いているザップは変な顔をしている。「………なんだったんだアイツ」「だから言ってたじゃないですか。医者だって」そう言って苦笑したレオの横で、医者じゃねーだろアレ、とザップは辟易したように言った。
強面かつ堅気に見えなかった巨漢の異界人は、あの後レオに向かって傷がひどそうだけれど、とぽつりと言った。それを聞いてきょとんとしたレオに向かって、自分は医者なんだけれどたぶんその軟膏は君に合わないから別の薬を使った方が早く治るし手っ取り早く向かいにある薬局でこれこれこういう薬を買った方がいい、と息継ぎなしできっぱりと言ってきた。唖然としているレオとザップを尻目に、じゃあねと会計を済ました異界人は野菜ジュースを手にすたすたとマーケットを出て行った。世界は何でも起こるとは言えど、まさかそんな展開を誰も予想しなかっただろう。案の定レオもザップも無言でマーケットを後にした。気合を入れ過ぎたあとの空回り感が半端ない。
「…んでおめーも素直に買うしよー…」
「はあ。まあ別段フツーの軟膏だったし。実際今使ってるやつあんまり効いてる感ねーんすよ」
丁度いいです、と言ったレオにそーかよとザップは辟易したように言った。そんなザップを見て、あ、とレオはふと思い出した。
「あの、どーも有難うございました。助けてくれて」
「は?」
「さっき。あれ、庇ってくれたんでしょ」
俺のこと、と言いながらスクランブル交差点で足を止める。そこでザップも勿論足を止めたが、なんだか彼は変な顔をしていた。「……ちげーよ。邪魔だったんだよお前もあの異界人も」「あ、そーっすか」そりゃすんません、と言って信号を見つめる。赤いままだ。
少しだけ間が空いた。
「………………その怪我」
どーしたんだ、と言ったザップの声からは感情が読み取れなかった。レオは正面を向いたまま、紙袋を抱えたまま返事をする。「言いたくないので言いません」「ふざけんなよ。先輩命令だぞ」「言いたくないから言いません」同じことを二回言ったが、そこでくるかと思っていた鉄拳制裁はこなかった。
「………………。」
黙ってちらりと横にいる先輩を見上げる。物凄く拗ねたような、不貞腐れたような顔で信号を睨んでいた。
「…………ザップさん」
そう言った後、なんだよ、とやっぱりザップは不貞腐れた様子でそう返事した。「……ありがとうございました」そうレオが言った後、信号が赤から青に変わり、向かい側にいる人間も、異界人も、それからこちらにいる人間も異界人も歩き始める。勿論レオもザップも横断歩道を渡るべく、歩き始める。
どこからともなく聞こえるラジオの音を耳にしながら、けれどレオははっきりと聞いた。おう、という先輩の声を。

やっぱり不貞腐れていたから、そこでちょっとおかしくなって笑ってしまったのだけれど。