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2017/12/03→20221128
売店があると聞いてはいたものの、本当に存在するとは思わなかった。「うおー…しかも結構品揃えいいし…」そう言いながらリンゴを手に取ったレオは、悩んだ結果結局バナナを選んだ。「すんませーん。これひとつください」そう言って売店に座る店員に話しかける。ちらりとこちらを見た店員が、愛想悪く値段を告げてきた。
明日には退院できるみたいですねえ、と言いながらバナナを食べているレオの前ではザップがベッドに寝転がっている。というか包帯ぐるぐる巻きで寝転がっている―――のだから、入院しているのである。「すげーっすねこの病院。ザップさんもうちょっとで死ぬとこだったんすよ」「……、…うるっせーな…てゆかマジであのクソ犬どこ行ったんだよ…」もういないですよ、と言いながらバナナを食い終えたレオの方に、よろよろとザップが首を動かした。
「てめえ…しかも何呑気にバナナ食ってんだよ…」
寄越せや、とじたばたと手を動かしそうな勢いの先輩を見て、レオは苦笑した。「はいはいわかりました。お疲れ様でしたザップさん」そう言うと、途端にザップは複雑そうな顔になる。バナナの皮を剥いていたレオは不思議に思った。
「どしたんすか」
「俺今回何っもしてねーじゃん……!!俺ちゃんに任しておきゃーあのクソ犬ヤローバラッバラに、」
「いやですから。もうなってますって」
はい、と言ってバナナを口元に持って行ったので、ザップはばくんと勢いよくそれを齧って変な顔になった。「だからソレどーいうことなんだよ…あ〜〜〜〜くっそ…」殺したい、と言いながら、やっぱり先輩はじたばたと動こうとした。包帯にぐるぐる巻かれているので無理なのだが。
「……でもまーよかったじゃないすか。とりあえず解決したし眷属封じるのは成功したし」
俺もギリギリやばかったっすわー、と言いながら頭を掻いたレオの方にザップが首を傾けた。先輩の眼がちょっとだけ不安そうにも見えなくもなかったので、レオは慌てる。「あ、でも大丈夫でしたよ勿論。スティーブンさんが止めてくれて」そう言いながら気が付いた。あ、違う。不安じゃなくてこれは。
「お〜〜〜〜……そーかそーか……」
そう言って拗ねたようにザップが天井を向いた。一応自分が大丈夫だったということを伝えたかっただけなのだが、言い方失敗したな、とレオはちょっとだけ後悔した。あの眼はどうやら、心配ではなくその場に自分がいなかったことの不満である、ということが今更分かった。
いつもの彼を知っている者からすればにわかには信じられない話だったけれど、レオの先輩は結構仕事に対しては真面目だった。自分の役割はきっちりこなすし、やれと言われたら基本的にやる。失敗することは殆どない―――らしい。その辺はレオもよく知らないが、一緒に仕事をしていて彼が失敗しているところを見たことは、今までになかった。だから今日みたいに自分がこの場所にいるのに戦闘に参加できない状態は、どうもザップは嫌らしい、のだ。同士て嫌がるのか、本当の理由はレオも知るところではないけれど、何も役割がない時程先輩はがっかりしているのだから仕事自体は好きらしい。
今回もそれに相当するのだろう。本日のザップは事件が起きる前から事件に巻き込まれていたようなもので、怪我をしてヘリに乗せられた時既にほとんど意識はなかった。死なれてしまったら冗談じゃないとレオは必死に彼の名まえを呼んでいたが、余りに連呼したせいか救急隊員に叱られてしまったくらいだ。結果的に、この怪しい―――今となっては怪しくないけれど―――ライゼズに収容されたので、ザップは明日には退院が可能と言われていた。
「……んでおめえ今日はどーすんだ。帰んのか」
頭上を飛び回っている燕を睨みながら、ザップがそう言った。ぽたぽたと液体がチューブの中を流れていく様を見て、そーですねえとレオは言って先輩の食いかけのバナナを齧った。「いた方がいいすか」「けっ。いーよけーれけーれ。どーせ明日には退院だしよ」大体ベッドねえだろ、とザップは言って天井を仰いだが、燕が子燕に餌を上げている図を見てなぜか顔を顰めた。どうも鳥の声が嫌なようだ。
「まあないですけど。一晩くらいならここでもいいし」
「…いーよ別に。おめーは帰れよ」
「ん〜〜〜…でも明日迎えに来るのどーせ俺だし」
そう言うと、どーせってなんだよ、とザップはこちらを睨んだ。「あ。いや他意はないですよ。でもみんなそーいう面倒ごと俺に行かせようとするから」「おい」どーいう意味だ、といわんばかりの顔をした先輩を慌ててレオは宥めにかかる。
「わわわ違いますよすんませんすんません。面倒っつーかツェッドさんが言うにはザップさんが、……、………あ」
そこではっとして口を噤んだレオを見て、ザップは今度は不思議そうな顔をする。包帯に巻かれていても、何となくそういうのは分かるのだ。「なんだよ。俺がどーしたんだ」「え。あ、いや…」なんでも、と言いながらバナナの皮をゴミ袋にぽいと放り投げた。紙袋ががさがさと音を立てる。
「………、…えーっと何か欲しいもんないですか?買ってきますよ」
「いーよそんなん。なんだよ。さっきの続き聞かせろって」
「え〜〜〜っと…ほ、欲しいもんは?」
引き攣った顔になってしまった。そう言ったレオを訝し気な顔でザップは見つめると、けれど結局少し間を空けて口を開いた。「…喉乾いた」「あ、んじゃ水買ってきますから」寝ててください、と言って立ち上がったレオの肩にソニックが降りてきた。「おわ」「寝てても何も寝てるしかねーだろバカ」そう言ったザップの枕元にソニックを下ろすと、ソニックはきょとんとした様子でザップを見つめた。いつも元気なこの男がここまで怪我をしている図を見るのがどうやら彼は初めてなのだ。
「………なんだよエテモンキー」
顔を顰めてそう言ったザップの横にいるソニックに、んじゃとレオは言って椅子から立ち上がった。「ザップさん頼んだぞソニック」そう言って病室を出たレオの後ろから、そこまで落ちぶれてねーよ、という先輩の力ない声が聞こえた。
「……危なかった」
余計なこと言うとこだった、と言いながらとことこと廊下を歩く。普通の病院の薄暗さとは違う暗さのこの病院の雰囲気を説明するのは少し難解だ。あちこちに蔓延っている蔦のような緑を見て、クラウスは微笑ましそうな顔をしていた。「…ちゅーてもこれどこの植物なんだろう」そう言いながらちらりと天井を見上げたが、見たことがあるようななさそうな草だったから、結局分からなかった。異界産なのかどうかも分からない。ただし、頭上を飛び回っている燕たちはレオが春によく見る燕となんの遜色もないように見えた。
「売店は何時までやって……わわっ」
とん、と前から突然現れた誰かにぶつかってしまい、声を上げる。「す、すいませ……、…あ」先生、と言いながら一歩後ろに下がった自分を見上げたのは、眼鏡をかけた子供だった。
いや、本当は子供ではないとレオは知っている。「ども…すんません忙しいところ」そう言って頭を掻いたレオを見上げたルシアナは、いーよいーよとにこやかに笑った。髪がぴょこんと跳ねているのが、どうにも子供らしさを更に増させている。
「まーそれがこれの病院のフツーっていう感じだし。…てゆーかあれ?帰ったんじゃ……、……ああ」
そっか彼か、と言いながらレオが歩いてきた廊下の奥を覗き込むようにしてルシアナは言った。「泊まるの?だったら毛布かなんか貸すけど」「そりゃー有難いですけど…いいんですか。足りてないんじゃ」「部屋とベッドは足りてないけどねー」毛布はそーでもないんだな、とにっこりと笑ってルシアナは言った。
「ま、なのでベッドはないからもーしわけないけど貸せないのよね。ごめんね」
「いやいや全然。充分ですよ。有難うございます」
そう言って笑ったレオを見上げた後、ルシアナは興味深そうな顔をした。「…ねえ、野次馬的な下世話な話してもいいかしら」「へ…先生もそんなことに興味があるんですか」そう呆気に取られて言ったレオに、あるよそりゃーと笑ってルシアナは言った。
「これでもまあ、一応まだちょっとは人間だからさあ。少しはあるわよ。そういうの」
「や、そ、そーいう意味で言ったんじゃありませんよ!……ん?」
人間だから?と言ったレオに、うんうんとルシアナは頷いた。確かに目の前にいる小さな子供が人間―――多分まだ少しは――――だとレオはとっくに知っているが、それとさっき言った”野次馬的な下世話な話”が結びつく道理が分からなかった。しかしレオがそう疑問に思っている間、先に口を開いたのはルシアナだった。
「褐色の彼とは付き合ってるの?」
直球でそうぶつけられた質問にレオは思わず固まってしまった。ぎし、という音が出そうなくらい動きを止めたレオを見て、あらやだとルシアナはおかしそうな顔をする。「やっぱり聞かない方がよかった?野次馬的な下世話な話」「………、てゆかあの、…それは」恋愛的な、と嫌々そう言ったレオに、そーよとルシアナはにこやかに頷いた。
「人間しかいないわよ。そんな話に興味持つなんてね」
「……僕はこの間好きな人を追いかけて街を壊しまくる女性に遭いましたけどね」
「あらやだ拗ねないで。ね、嫌じゃなければ聞きたいわ」
「…………先生はそーいうことに興味が」
「堂々巡りね」
レオの発言を遮ってそう言ったルシアナは、レオの顔を見て、けれどと続けて腰に手を当てた。「よっくわかったわ。なるほど」君は嘘が吐けないのね、と言われてレオは呻きたくなる。「……付き合ってはないですよ」「あらそ?時間の問題っぽく見えるけど」そう笑顔になったルシアナはふと何かに気が付いた様子で壁に手を伸ばした。
きょとんとしているレオを他所に、ぷちんという音が聞こえる。「はい。お見舞い」今日は有難う、とルシアナは感慨深そうに言ってレオに何かを手渡してきた。「……、あ」これ、と言ったレオにそれじゃあね、と言いながらくるりとルシアナが廊下を戻っていく。角でむにょんと彼女が分裂するのを見て、レオは下を巻いた。あればかりは何度見ても慣れそうにない。
「…………いい匂いがする」
手元にあるちいさな花は壁に蔓延る蔦のような緑から咲いているものらしい。「…ちゅーかこれ摘んじゃっていーもんなんだ」そう言ったレオの眼に、びっくりするものが飛び込んできた。壁にある緑はすごい勢いで伸び始め、次々にぽんぽんと音が出そうな速度で花を咲かせたからだ。「うおっ。怖っ」普通だったらメルヘンな展開だとうっとりするところなのかもしれないが、この街で見るこの光景には、呑気にそうやって喜んでもいられない。レオはそう言って一歩後じさったものの、まあいいかとそのまま売店へと向かった。
はいどーぞ、とペットボトルの水を渡そうとしたが、よく考えたら先輩は包帯でぐるぐる巻きのままベッドに寝転がっている。飲めるわけがない。「……………。」無論ザップは苛々した顔でこっちを睨んでいた。「…この状況でおめーよ…」「すんませんすんません。いやーザップさんがそんなだと静かですねえ」「おいコラ」どういう意味だ、とじたばたと暴れようとした先輩を放置し、レオはぱきんと音を立ててペットボトルの蓋を開けた。
「ちょっと待って下さい。ストロー入れるから…」
「…………レオ」
「はい?」
そこで顔を上げたレオの前で、ザップが無理矢理腕を動かそうとしている。「あっ。だめですよまだ」骨がくっ付いてないんだから、と慌てて言ったレオは椅子から立ち上がってザップの挙動を止めようとした。事件直後から数時間経った今、当初よりはザップの容体はマシになっているため、包帯ギプスは少し外れている。けれど普通だったら痛みで動かせないし、そもそも動かそうとしても動けないのだが、この先輩ならやりかねないとレオは思ったのだ。がたんという音がして椅子が動く。
ぐっと肩を引き寄せられた瞬間わっと小さく声を上げていた。「……、」軽く唇にのってきた感覚に身体中が一気に沸騰した感覚に陥る。「………っん、」小さく声を上げた瞬間、唇はそっと離れた。ぶつかった瞬間はいたく乱暴に思えたのに、離れた瞬間に、いつもの倍くらいそのキスが優しく感じられてレオは戸惑った。
「………な、…なにすんでしょうか」
「…だって明日までできねーじゃん。これじゃ」
俺は動けねえしよ、と言ったザップにレオは顔を少しだけ赤くした。「……だったら言ってくれたらしますよ。こんな不意打ちみたいな真似しなくても」「お、マジか。んじゃ次はそーするわ」そう言ってザップは今日初めて機嫌がよさそうに笑った。「……………。」まったくもう、とそこから離れようとしたレオの手が軽く掴まれる。
「っ、」
びくっとしたレオを見て、なんだよとザップは言った。「何緊張してんだお前」「…………緊張はしてないですけど…」そう言って椅子を引き摺ってきたレオは、そのまま着席する。掴まれた手はそのままだったので、ペットボトルにストローが入れられない。そう思ったが、なぜかどうしても手を離してほしいと言うことができない。唐突に降って湧いたようなこの状況についていけなかった。
「…不意打ちっつーかさ」
「え?」
突然そう言われてレオは顔を上げる。ザップは天井ではなく、レオのことを見ていた。包帯に包まれた眼前が少し痛々しいが、それでもレオは男前だなあとこんな時にすら思ってしまった。何しろ顔は綺麗だ(とレオは思っているが同意を得られたことは余りない)。
「…………おめーのそーいう顔、結構俺は好きだからよ」
そう言った後に、ザップはちょっと子供っぽく笑った。「………………、……。」「だからそーいう顔も見てえわけだよ。いーか」更にそうやって続けられたあとにレオはぱたんとそのままザップの上に倒れ込んだ。「うお」なんだよ、という半分おかしそうな先輩の声がしたが顔が上げられない。「……………あの、俺」今日ここ泊まるんで、と言ったあとにそーかというザップの声が聞こえた。さっき帰れと言っていた時と比べて非常に機嫌がよさそうなその声を聞いて、ああもう、とレオはうつ伏せになったままもがきたくなる。いつもこうだ。結局俺ばっか振り回される。だからツェッドさんにもあんなこと言われるんだ。そして後輩に、今日言われたことを回想する。いったん事務所に戻って事後処理をしていたところ、誰がザップを迎えに行くかという話になったのだ。当然のように誰も立候補者はいなかったので、レオはのろのろと手を挙げた。
――――…んじゃー俺行きます。
そう言ったレオに、それがいいだろう、とかそうだねとか頼んだぞ少年とかいう声が三々五々にかけられた。皆結構冷たくね?と自分も立候補しなかった癖にそう思ったレオは、ちょっとだけ不貞腐れながら荷物その他をリュックに詰めた。一日とはいえ一応入院なのだから、必要なものを詰め込んだのだ。そんなレオを見ていたツェッドは一言だけぽつりと呟いた。
――――たぶん彼もレオくんが行ってあげた方が一番喜びますよ。
そう言われてレオはリュックにタオルをぎゅうぎゅうと押し込んでいた手を止めた。無言で顔を上げたレオを見て、ツェッドはちょっと目を瞠ったあと、おかしそうに噴き出した。そんな顔しなくても、と言った後輩はそのまま立ち上がってクラウスとスティーブンの手伝いへと向かってしまったので、レオはそのままやり場のない感情を所持したまま取り残されてしまった。
―――――………そうなのかな。
そう思ったあと一人で顔を真っ赤にしてしまったので、慌てて荷物を詰め込んでこの病院へとやって来たのだ。ここに来るまでに、何とか平静は保てるくらいの落ち着きは取り戻してはいたものの。
つい今のさっきでそんなものは消し飛んでしまった。「………毛布貸してくれるって言われましたから」「俺の横でいーじゃん」「…よくない。狭いでしょ」「おめえのベッドよりは狭くねえよ」そう言ったザップの声も物凄く嬉しそうだったので、レオは顔を覆いたくなった。今や自分の顔は驚くくらい真っ赤だろう。
いつの間にか燕の巣で燕と何事か会話らしきそれをしていたソニックが、レオとザップのことを見つめている。けれど勿論レオだって、それからザップだってそんなことには全く気が付かなかった。
終