ホップ・ステップ・ジャンプ
2017/12/03→2022/11/27
「じゃまた」
そう言って立ち上がったレオの首根っこを掴んだせいか、にゃあと変な声で悲鳴が上がった。「あだだだだだ!痛い痛い痛い!何すんですか!」髪が手にからまってる、とじたばたと暴れているレオを無視して立ち上がる。「なーにがじゃまた、だよアホ。飯食いに行くぞ」「ええ?」今から、と言いながら後輩はくるりとこちらを振り返った。
「や、だめです。今日行けないです」
「なにい?」
なんでだよ、と口を尖らせたザップを見て、レオはえーと、となぜか言い淀んだ。これは非常に珍しいことだったので、ザップはなんだか意外に思う。自分もそうだが、レオもレオでザップに対して全く物怖じせずにものを言うからだ。コイツほんとに俺のこと先輩だと思ってんのかな、と思ったことは一度や二度ではない。ちなみに先日思った時はレオの部屋でゲームをやっていたので、ここぞとばかりにザップは背後からレオを蹴飛ばした。その日の夜、寝る時に至るまでレオは口を利いてくれなかったので、それにはいたく閉口したけれど。
「いーから行くぞてめえ。今日はバイトねえって言ってたじゃねえか」
「言いはしましたけど…いやでも俺今日ブリゲイドさんと飯食いに行くことになってて」
「………は?」
途端に自分の声が低くなったせいだろう。すぐ目の前に座っていたツェッドが無言で立ち上がった。「…それじゃお二人とも。お疲れ様でした」そう言ってすたすたと姿勢よく歩き出したツェッドを一瞬睨んだ後、すぐにザップは目の前にいるレオに視線を戻した。お疲れ様ですとレオは言ってザップの陰からひょこっと顔を出して手を振った。ツェッドはそれを察したらしく、その時だけ振り返って手を挙げる。そしてそのまま階段を上って二階の本棚の方に向かった。
その後のレオは別段いつもと変わらない顔でこっちを見上げている。
「だからえーと…また明日とか…」
「おいちょっと待てよ。なんであいつと飯に行くんだよ」
「え?なんでって…こないだ約束したんですよ」
「こないだっていつだよ」
「こないだはこない……、…ってゆかもー、なんなんすか」
俺が誰と飯に行ってもいいでしょう、とレオはそこにやっと気が付いたらしい。そう言ってすぐ前にいるザップを押しのけてきたので、うぐ、とザップは口を閉ざした。確かにその通りである。
レオナルド・ウォッチという変な後輩ができたのは結構前のことで、元々最初にザップがレオを誤ってライブラに連れてきたのが最初だった。ただの一般人ならいざ知らず―――いや一般人ではあるのだが――ちょっとだけ”オプションがついた”一般人だった。そのせいでレオはいまだにこの組織に所属している。それから、歳が近いせいなのか、性格も嗜好も全然違うのにザップはレオと仲良くなった。ただし自分たちで互いにそう言うことは少ないし、認めることも殆どない。他人から指摘されたら漏れなく互いに否定して、否定しあったあとケンカになる。変な感じだ。
レオはどうなのか知らないが、ザップにとってレオみたいな存在は初めてだったので、結構新鮮に思ったりしている。一緒にゲームをしたり、一緒に遊んだり、一緒にどこか行ったり、一緒に昼を食べたりする相手ができたのは、愛人以外で初めてだった。それがレオがレオだからなのか、それとも友人という存在なら誰でもそうなるのかはザップには分からない。何しろ全て初めてなのだ。ただ、レオと一緒にいること自体はザップは大好きだった。愛人といる時より楽しいと思うことが増えてきたのだから、最近自分で自分にぞっとしている。
ただ、そんな自分もあんまり嫌いにはなれなかった。特にレオの顔を見ているとそうだ。
――――と、いうわけで傍目から見ても、自分たちの間でも仲がいいという認識は一応、あるらしい。ただしザップがつい今、レオに対して言ったことは確かにおかしい―――というか普通ザップはそんなことをいちいち他人に対して思わない。好きにしろとか勝手にしろと思ったことは沢山ある。ただし反対に複数人いる愛人のうちの誰かに思われたことはあるだろうし、その結果刺されたり呪われたりしたことはあるだろう。それはともかく、レオのような存在に対してさっき言ったみたいなことをザップが思うのはおかしい、筈だ。流石にザップもそう思った。
とはいえ初めてのことなので基準は分からないのだが。
ザップをえいえいと軽く押しながら、レオは意を決した様子で顔を上げた。
「あ、あのですね。いつも思ってましたがザップさんは俺のなんなんですか?友達で先輩ですよね?そんじゃ何で俺がザップさん以外の人と二人で飯に行くとか遊びに行くとかいう話をすると機嫌悪くなるんです?」
そういきなり、しかしきっぱりと言われたのでザップは一瞬絶句してしまった。しかしすぐに口を開く。反射的と言ってもよかった。
「な……ってねーよ!何だその言いがかりは!自意識過剰か?デマ流してんじゃねーよ自惚れんなこの陰毛頭!」
「うぬ……、…な、なな、なんすかソレ!こないだ俺がバイト先の飲み会に行くっつったらすっげー文句つけてきたじゃないですか!俺そんで行くのやめたんですよ!?」
「はあああ?人のせいにしてんじゃねーよクソガキ。会費払うだけの金がないとかぼやいてたのはてめーだろ!?」
「いーえザップさんのせいですよ!大体あの日俺の家でめちゃくちゃ機嫌よさそーにゲームやって飯食って泊まってったじゃないですか!」
ぎゃあぎゃあと喚き出したせいか、ソニックが煩そうな顔でレオの肩から身を起こした。「………。」ぎゃあぎゃと喚き合っているレオとザップを交互に見たあと、面倒臭そうな顔をしてぴょんと跳び跳ねる。しかしレオもザップもソニックに構っているだけの余裕がなかった。全く気が付かずに互いにケンカを続けている。
「いーですかザップさん!友達ってーのは適度な距離感で適度に付き合っていくのがフツーなんです。ザップさんの距離感はおかしい!ぶっちゃけ近すぎます!俺のことが好きなのは分かりますけどそやってあんまりくっ付かないでくれますか!?」
「だ……っ、す、好きじゃねーよバカかおめーは!?何きもちわりーこと言ってんだ!?大体てめーもてめーで新しいクエストが始まったとか新しいメニューが出たとか……、……」
そこで一瞬言葉が途切れたのは、息を吸ったからだ。「…っそういう時ばっかじゃねーか俺を家だの飯だのに誘うのは!なんだてめーはふざけてんのか!」「えっいやちょっと…言ってる意味がわからないっていうか…」それが普通じゃないでしょうか、と言ったあとレオは一歩後ろに下がった。なんだかそれにムカついたのでザップは一歩前に進む。レオは顔を顰めた。
「だってザップさん…愛人がたくさんいるでしょ…それじゃ俺が誘ったところで一蹴されるし……」
俺も冷たくされたいわけじゃないので、と言った後またレオが一歩下がる。勿論ムカついたのでザップは一歩先に進んだ。「わかんねーだろそんなことは。諦めてんじゃねえよ」「いい台詞をこんな時に使わないで下さい」そうレオは言って困った顔をした。
そこでちょっとザップも困った。別にそんな顔をさせたいわけじゃなかったからだ。「…………。」だから自然に無言になる。確かにレオに対してムカつくことは多かったが、今みたいな顔をしてほしいわけじゃない。ただ、もうちょっと、とザップはそこまで思ってはっとした。
――――もうちょっと?
もうちょっとなんだ。というか今言ったこともなんだかおかしい。ゲームをしたり、食事をしたりする際にレオに誘われたりするのは勿論ザップだって嫌じゃなかったし、むしろ嬉しい。けれどさっき言ったことは、まるでそれだけじゃ不満な様子に―――聞こえる。いや、不満なのだ。
けれど一体それの何が不満なのか言っているザップにもさっぱり分からなかった。
一方レオはレオで困惑した顔をしながら、ええと、と小さく言った。「…その、…真面目な話ザップさんが俺のことその、…すげー心配してくれたり大事にしてくれてるっつーのは俺でもわかりますよ」「………、」反論したくなったがそこは仕方なく我慢した。これ以上腰を折るのはザップとしても本意ではない。
「…でもその、……俺も俺の付き合いっつーもんがありますし……、……だってザップさんだって俺が同じようなこと言ったら」
嫌でしょう、と言ってレオは顔を上げた。なんだか困った顔と照れたような顔が一緒くたになった顔をしている。つまりレオはレオで混乱しているらしいとザップは察した。ただしそれは今のザップもそうだ。一体今、自分たちは何の話をしているんだ。
「………、……おめーは嫌か。俺が今みてーなこと言うの」
そして次にザップがぽつりと呟いたのはそんな一言だった。その時もそうだったが、後々改めて思い返すと死にたくなるような一言だった。拘るのはそこなのか、という意味もあるし。
その発言は色々な意味で自分がレオを好きだと言っているようなものだからだ。
レオはそこで初めてきょとんという顔になった。
「えっ。…嫌っつーか……」
そう困ったように言いながら、レオは頭を掻いて俯いた。「……嫌じゃないんですけど……、…その……何つーか……」困る、と小さくレオは呟いて黙ってしまった。
頭上から見える後輩の首や耳がなぜか真っ赤だというのはザップの眼にもきっちり入ってきたし。
けれどどうして今レオが赤くなるのか理由はさっぱり分からなかった。
少しの間無言が起きる。「………悪かったよ」「え」そう言ってレオが顔を上げた。顔はまだ少しだけほんのりと赤い。「…いーよ別に。行って来たらいーじゃねえか」そういう言い方しかできないのは最早性である。だからそう言って腕を組んだザップを見て、レオは子供みたいな顔をした。それを見てからザップは明後日を向く。なんだかレオの顔を見ていられなくなってしまった。
「……いいんすか」
「いいっつーか…そもそもおめえも言っただろ。俺が許すとか許さねえとか…そーいう話じゃねえじゃん」
そう言った口調が拗ねていたせいか、レオは驚いた顔をしたがすぐに噴き出した。むっとしてザップはそこでレオの方に顔を戻した。
レオはおかしそうな顔をしていたが、なんだかさっきとは打って変わった雰囲気になった。さっき怒っていた時は、怒るとか困るとか、そういう雰囲気だったのに。
なんだか今は誰がどう見ても機嫌がよさそうだ。
「…そーいう話じゃないですけど」
そう言ってレオはにっこりと笑った。「…でもそーいうわがまま言うザップさんは可愛いですよ」「……、か、」可愛いってお前、と言おうとするザップからくるりと身を翻して、レオは物凄い速度で広間のドアの方に駆けて行った。
「んじゃーザップさんお疲れ様でした。夜来るときはちゃんと連絡して下さいね!」
「行…、っかねーよバカ!!ってゆか誰がかわ……、……、…レオ!!」
てめえ、と言いながら追おうとしたがすぐにレオはドアの向こうに消えて行ってしまった。ばたん、と目の前でドアが閉まったので、そこでザップは脱力する。いつもだったらエレベーターの中にまで追いかけて行って文句をつけるところだったが、その時はなぜか追いかける気力がなかった。
「………っだよあのヤロ」
誰がかわいーだよ、と言いながら自分はレオと反対にソファの方に向かってどすんと思い切り腰を下ろす。「……クソ。レオのバーカ。陰毛頭、クソチビ。アホ。…………、……」そう言って煙草を咥えて、ライターで火を点ける。
「…………人の気もしんねーで」
煙がもくもくと天井に上って行く。
「…………なら正直に言ったらいいんじゃないですか」
そこで思い切りむせてしまった。ザップが煙草にむせるなんていうことは皆無だったが、今回は特別だ。何しろ誰もいないと思っていた広間には―――自分達以外にたった一人、ツェッド・オブライエンが残っていたということに気が付いたのだから。
げほげほとむせているザップの大体斜め上の頭上から、ツェッドの綺麗な声が聞こえる。「…広間ではもう少し静かにしてくださいね」そう言ってツェッドはとことこと階段を下りてきたが、ザップはいまだにむせていたので返事ができない。ごほごほと咳をしているザップを憐みの眼で見てきた弟弟子は、いつもより数百倍ムカつく存在にザップには思えた。
「て、……てっめぎょる……、…、聞いてんじゃね、……げほげほげほ」
「僕は部屋に戻るとは言ってませんし。というより挨拶したあとすぐ上に行ったじゃありませんか。見えてたでしょう」
ツェッドはそれじゃあ、と続けて挨拶すると今度こそ自室へと歩いて行った。「こ、…このやろ待て…!!」「お疲れ様でした」そう律儀にも行って部屋のドアを閉めた弟弟子を睨む余裕もない。何とか咳を押さえたあと、ソファの上にぱたんとうつ伏せで寝転がった。
「…………っ、…あ〜〜〜〜……、……んだよもー……」
わかったよ、と誰にともつかない悪態と返事をしたあと、ザップは観念して仰向けになった。
その日の夜レオの家でレオを待ちながらゲームをしていたザップを見て、レオは何も言わず脱力したまま玄関先で座り込んだ。「……なんでいるんですか…俺より先に…」鍵とか渡してねーっしょ、と言いながらリュックをベッドの上に投げ捨てたレオのことを見上げながら、そーだなとザップはそれを肯定する。この家の鍵穴の形も、前の家と同じく覚えるのは簡単そうだ。
「…飯どーだった」
「え?美味かったっすよ。分割でって言ったんですけどなんかそれはいいって言われました」
「?」
どういう意味だよ、と不思議そうな顔をしたザップを見て、いーえべつにとレオは言うと、ザップの横にすとんと座り込んだ。ちなみにザップはベッドでなく、ベッドのすぐ前の床に座っている。「なんだよ」「………んー…」べつに、とレオは言うとそのままザップに寄りかかった。「……べつに」そう同じことを繰り返した後輩はなんだか機嫌がよさそうだ。にこにこしながらザップの手元のゲーム画面を見つめている。
「……ブリゲイドさんに言われました」
「…………なんて」
そう言いながらなぜか操作をミスってしまった。「あ」「あー。もーすぐ瀕死ですよ」それ逃げられないタイプでしょう、とレオは言いながらすとんとザップの肩に頭を乗せた。「…いーよそんなんは。何言われたんだよ」「………俺とザップさん、仲良いなって」「…………そんで」それがどーした、と言ったザップにレオは何も言わなかった。ただ代わりにさっきよりも更に機嫌がよさそうな、嬉しそうな顔をしたあとえへへ、と子供みたいに笑った。
「……別に。…なんでもないですけどね」
「……………そーかよ」
そう言った自分の声も少しだけ浮かれていたのでなんだか色々と大概だし相当だ。けれどそんな自分でも別にいいか、とザップは思ってしまった。
寝る前に差し出された新しいカップも、それから新しい歯ブラシもザップには余り馴染みがない。ただし次は一緒に買いに行ってやってもいいか、と思うくらいには。
どうやらこの後輩が気に入ってしまったらしい。後輩の新しいベッドからも既に自分の煙草の匂いがしてザップは笑ってしまった。
終