オセロ

2020/08/22

白と黒の丸い駒が緑色の升目の上に並んでいる。


「碁じゃない?」
驚いてそう言った自分に「てかゴってなんすか」と先輩は不思議そうにそう言った。
先輩の手の中でかちゃかちゃと音を立てているのは、白と黒の丸い形をした駒だ。プラスチック製らしい。軽めの音を立てているところから、中身は空洞なんだろうとツェッドは想像した。
「ええと。碁っていうのは黒と白の丸い駒を、盤面で」
「オイいいっつうにわざわざ。説明されたとこで分かんねーだろコイツも」
先輩の正面に座る銀髪の男がそう言って、面倒臭そうに足を組んだ。その暴言に先輩はむっとした顔をしたものの、「あとで聞きますよ」と膨れて言う。たまにするその表情は、常よりも先輩の顔を幼くさせた。
「というか、あなたは碁が分かるんですか?」
二重に驚いてしまった。そういう顔をした自分―――ツェッド・オブライエンに、銀髪の男が顔を上げる。ぎろりとこちらを睨む視線は剣呑極まりない。ただ、人とは恐ろしいもので、剣呑極まりなくても毎日それを受けていれば慣れてしまう。ツェッドもそうだった。元々怖いと思ったことは皆無だったとはいえ。
まあ、自分は人ではないのだが。
そんなことを一々気にしていたら、この街では暮らしていけない。


ぱちんという音を立てて、駒がくるりとひっくり返った。なるほど、とツェッドはゲームの趣旨を理解する。
「同じ色の駒で挟んで、自分の色の駒を増やすんですね。碁よりルールが分かり易い」
感心したようにそう言った自分の隣に座る先輩は、「そうなんですか?」と面白そうに言った。どうも彼はゲームの類はのべつ幕無しに好むらしい。そういえば以前、明け方までUNOに付き合わされたことがあったな、とツェッドは思い出した。
「はっ。お前バカか?そこに置いたらこうなるだろーが」
そう言って、銀髪の男―――ザップ・レンフロというツェッドの兄弟子は鼻で笑いながら自分の駒を置いた。これまたぱちん、という綺麗な音を立てて、黒い駒が白い駒の隣に置かれる。そして、白い駒はくるくると黒く色を変えた。ツェッドはこれも初めて知ったが、白と黒はリバーシブルになっていて、ひっくり返せば互いの色になるようになっているのだ。よくできている。
「ええと―――でも、いいんですか?そんなことして」
「あ?」
ツェッドのそれに、ザップはきょとんという顔をした。存外、この男もそういう顔をすると幼く見える。
「あー、ダメですよツェッドさん。ザップさんに肩入れしちゃあ」
そう笑ったツェッドの先輩は、名前をレオナルド・ウォッチというのだが―――ひょいと自分の白い駒を再び盤面に置いた。つい先ほどザップが置いた駒の斜め隣だ。ぱちん、という音を立てて駒が並ぶ。
「……なんでんなとこ――――あっ」
はっとしたようにザップがそう言ったが、もう遅かった。「はいもーらい」と言いながらレオがぱちぱちと駒を白へとひっくり返していく。「あああああ」とザップが猫の子の首を絞めたような声を出した。
「……斜めも挟まれる対象だと知らなかったんですか?」
「わはは。んなわけないっすよ。だって僕とザップさん、一昨日からこれやってますもん」
縦と横しか見てないんですよね、と笑ったレオが、ぱちんと最後の駒を白くする。盤面は殆ど白くなった。
「……………四隅を取られている時点で、勝率は著しく低くなりそうですね」
そう言ったツェッドに、「まあ確率的にはそうっすよね」とレオは澄ました顔で言った。盤面の四隅は全て白で占められている。隣り合う二つの色を変えるという意味で、四隅を先に取るほど効率がいいことはない。レオはそれを既に学んでいるようだ。
まあ一昨日からやってるんじゃな、とツェッドは思いながら、ふと気が付いた。
「このゲームはなんて言うんですか?」
「オセロって言うらしいですよ」
レオがそう答えた。しかし、そこでソファに埋もれていたザップが、そこで顔を上げて反論した。
「あ?リバーシだろ?」
きょとんとした様子でそう言ったザップに「ああ」とツェッドは頷いた。
「それなら聞いたことがあります。ルールは知りませんでしたが」
伯爵が見せてくれた幾つかのゲームの中に、それがあったことをツェッドは思い出した。伯爵は碁やチェスの方が好きだったので、遂に彼とそのゲームをすることはなかった。
レオもきょとんとした顔になった。
「僕はオセロって言うんだって聞きましたよ」
「誰にだよ」
「チェインさんです」
「んじゃ間違ってんだろあの雌犬が」
そう言ってザップは手をぱたぱたと振ると、「つか」と言って盤面を睨んだ。
「おいどーすんだよ。俺が置くとこもうねーじゃん」
「どーするもなにもないでしょ。じゃザップさんの負けですよ。また」
「…………………。」
なるほど、とツェッドは二人の会話を聞いて納得した。どうやらこのゲームはザップの分が悪いようだ。さもありなん。あまりこういうゲームは得意そうには見えない、とツェッドは兄弟子を見てしみじみとそう思った。
「…おい魚類テメー。なんか不敬なこと考えてねーか」
「いえ。頭脳戦は不得意そうだなと考えています」
「考えてんじゃねーか!!それが兄弟子に対する態度か!!」
こっちに身を乗り出さんばかりに激怒してそう言ったザップを他所に、「はいはーい」と言いながらレオは駒をカチャカチャと片付け始めた。どうやら磁石でくっつくようになっているらしい、とツェッドは駒の挙動を見て気が付く。なるほど。やっぱり、よくできている。これならこうしたゲームにありがちな、駒を失くす回数も減るだろう。
「これで僕の13勝1敗ですね。ザップさんは13敗1勝です」
笑ってそう言ったレオに「だー!!」とザップが喚いてソファに再びひっくり返った。ツェッドは呆れてしまう。
「まさか1回しか勝ってないんですか?一昨日から?」
「るせーな!しゃーねえだろいつの間にか負けてんだから」
「いつの間にか………?」
心底不思議そうな顔をしたせいだろう。ザップは舌打ちをしてがば、と勢いよく起き上がった。だん、と足を思いきり床に打ち付けたせいで部屋が震えたような感覚がする。無論気のせいだが、そのくらい大きな音だった。
「おしわーった。そこまで言うならテメー俺のアシストにつけや」
「え?」
ぎょっとしてそう言ってしまった。「だからアシストだよアシスト。アシスタント」「いや、そこはわかりますよ。僕だって」顔を顰めてそう言ったツェッドに「んじゃいいだろ」とザップは太々しい態度でそう言った。
「おいレオあと一戦だ。次こそ俺が勝つ」
そう言いながら手招きされたので、仕方なくツェッドは立ち上がった。ちょこんと兄弟子の隣に腰掛ける。
「それはいいんですけど、ツェッドさんがアシストにつくんですか?それはちょっとハンデとしては大き過ぎますよ。僕すぐ負けちゃうじゃないですか」
レオはそう言って眉を下げて情けない顔をする。白と黒の駒を右手で投げて遊んでいる様は、どうしてかいたく板についていた。
「待ってくださいレオくん。僕、オセロをやったことはないです」
ツェッドこそ眉を下げてしまいたくなる。眉はないので触角を下げた。
初心者である、という意味でそう言ったのだが、隣から兄弟子が口を出してきた。「リバーシだっつうの」そこは今大して問題ではない。なぜどうでもいいことで混ぜっ返すんだ、とツェッドは言いたくなった。
「でもツェッドさんこういう系めっちゃ強いじゃないすか。僕マリカーでしか勝ったことないし」
そう言いつつも、レオは既に盤面に駒を並べ始めた。ぱちぱち、という音は小気味良く部屋に響く。碁もそうだったが、盤に駒を並べる時の音というのは、なかなかどうして美しいものがあった。
「いえ、でも、本当に初めてですから。ハンデにはなり得ないですよ」
幾ら単純明快なゲームだとしても、いやそれだからこそ、余計に戦略の種類が増える。オセロもその類のゲームだとツェッドは判断した。盤面の数、駒のあり方、先の先の手まで読んで行うゲームだ。今回初めてやる自分にそこまで期待を寄せられるのも、困る。
クラウス辺りが嵌ったら長そうだな、とふと思った。あの長は、たまにこちらの話そっちのけで一人パソコンでゲームに興じている。意外にもマイペースなところがあった。
「ごちゃごちゃうっせえな。オラ始めんぞ。次俺が白な」
「りょーかいっす。んじゃ先手どーぞ」
そう言ってレオがこちらに手を差し出した。ザップは「けっ」と悪態を吐きながら駒を手にしてぽいと中空に投げた。
「おい魚類。勝てなきゃオメーを水族館に売り飛ばすからな」
「…………………。」
酷い責任転嫁かつ無責任かつ暴言かつ侮辱もあったものだ。
「…ワン・センテンスで人を怒らせるのは、本当に得意ですね。あなた」
そう言ってツェッドは小さく溜息を吐いた。


ぱちぱち、という音がして盤面の色が鮮やかな純白に変わっていく。
「…………………ほらあ………」
だから言ったじゃないですか、と言いながら小さなソファにもたれるようにして、レオが呻いた。
「わーっはっはっは!!見たか!これが俺の実力よそこに直れ!!」
ついさっきとは打って変わって、ザップが胸を張ってそう言った。ソファに寄りかかるどころか、テーブルに足を置いて誇りそうな勢いである。顔が生き生きしている。いじめっ子の顔だな、とツェッドは思ってしまった。
「殆どツェッドさんでしょーが!!てゆかそれは何キャラなの!?元ネタが分かりません!」
そう言ったレオは、「あ〜〜〜ここに置いたら負けるけどここしか置く場所がない〜」と嘆きながら、駒を持った手をうろうろとさせている。空いている升目はあと二つだった。
「おらレオ、早よ置けや。オメーのターンだぞ」
にやにやしながらそう言ったザップは、ぽい、と駒を中空に投げて再びそれを手で受け取る。なんとも器用な手つきだったが、一緒にオセロ―――ザップ曰くリバーシ―――を打ったツェッドからすれば疲労困憊の一戦だった。あっちに打とうとするザップを止め、こっちに打とうとするザップを止めの繰り返しだったのだ。なぜ先を読んで打とうとしないのか、と何度言ったかわからない。
「疲れた……」
ぐったりとしてそう言ったツェッドに、「よしよしよーやった魚類。褒めてしんぜよう」とザップは王様然とした口調で言った。普通にイラっとした。
「うう〜〜〜……はい…」
ぱちん、と音がしてレオが駒を置いたのが分かる。ぱちぱち、という白が黒に変わる音がしたが、レオの顔は浮かなかった。次にどうなるかがとっくにわかっているためだろう。
「わはは。アホめ」
そう言ってザップがレオの置いた駒の隣に自分の駒を置く。アホもなにも、そこしか置く場所がないので、むしろこっちがどんなアホでもそこに置くだろう。盤面は殆ど白一色になった。
「……あ〜あ……やっぱダメだ…ツェッドさんつえ〜〜〜…負けました………」
「おい待てコラ。相手は俺だろーが」
「いや、ザップさんが打つ手を全部ツェッドさんが止めてたじゃないですか。実質僕はツェッドさんとオセロしていたようなもんです…」
「言ったなこのヤロー」
そう言ってザップはすっくと立ちあがり、ぽかんとしているレオのところにぱっと移動して、ぺしんと頭を叩いた。「あたっ」そう言ってレオは額を押さえたが、ザップはそれに留まらない。レオを無理矢理立たせると、自分はソファに座って、レオを引っ張って膝の上に載せる。そのままレオの背後から、レオの首を腕で押さえると軽く締め始めた。ついでに頬を抓っている。なんとも器用だ。
「あだだだだ!!いたいいたいいたい!しぬ!!やめてください!!」
「おしんじゃ言ってみ?レオナルドくんは誰に負けたのかなー?」
にやにやしながらそう言う様は、誰がどう見ても24歳男性のすることではない、と言うだろう。当然ながら、ツェッドもそう思った。
「はいはい。やめてください。というか本当にレオくんの言う通りじゃないですか。あなた僕がいなきゃ負けてましたよ」
「なにを〜〜〜?バカかお前は。仕事と同じでお前は俺のアシストで生きてるようなもんだろーが」
「…………?」
仕事中にアシストをした記憶はそれはまあ、一応あるにはあったが、アシストをしていたから生きていた、と言われると疑問しか残らない。というかアシストという考えなら、ザップだってツェッドのアシストをしているのだから、似たような立場なのではないだろうか。お互い様というわけだ。
そう考えていたが、はっとした。
「あ、レオくんを離してあげてくださいよ。苦しそうです」
「…っツェッドさん…!!もっと早く言ってください……!!苦しい……!!!」
そう言ってザップの腕をぱたぱたとタップするレオに、「わはは。ざまーみろ」と最早ただの悪態を吐いて、ザップが腕を離した。げほごほとレオが咳をする。
「あ〜〜〜くるしかった…!!…ザップさんあと一戦やりましょ。僕も負けっぱなしはヤなんで」
「お?なんだ陰毛頭やる気じゃねえか」
にやにやと笑ってレオの頬を抓っているザップに「あの」とツェッドは小さく挙手をした。
「もう僕あなたのアシスタントはしませんよ。お一人でどうぞ」
「何〜〜〜?バカかお前。んじゃどうやって勝つんだよ」
鋭い視線と共に投げかけられた言葉に、ツェッドのみならずレオも沈黙した。
「プライドとかないんだ…?」というレオの視線を受け止めて、
「そうみたいですね…」とツェッドもアイコンタクトをする。
まだレオとの付き合いも一年にもならないというのに、この男の挙動や発言に関しては既に視線だけで分かり合えるようになってしまったのが、悲しいところだ。それだけ個性が強いのだろう。
「……おいてめーら。何しみじみした顔してんだ。ぶっ殺すぞ」
「いきなし沸点上がりますよね…。まあでも確かにツェッドさんがいないと勝負にはならないので…」
そう言いながら、レオはぺしぺしともう一度ザップの手を叩いた。首を絞めるのはやめたが、兄弟子はレオに後ろからだらんと寄りかかっている。まるで巨大なぬいぐるみを抱っこしている子供みたいだった。
「じゃ、3回までツェッドさんのアシスタントオッケーってことにすればいいんじゃないですか。ハンデとしては3手じゃ弱いかもしれませんけど、まーいいでしょ」
「お〜し言ったな。んじゃ、お前が負けたら俺の言うことなんでも聞けよ」
そう言ったザップに、レオは顔を顰めた。
「それ、こういうのなくてもザップさん僕になんだかんだ言うじゃないですか。嫌ですよ」
「こういうのないとお前言っても聞かねじゃねえか」ザップも渋い顔でそう返す。
――――ていうか。
「……ええと…僕の拒否権とかはないんですね…聞いてないし…」
そう呟いたツェッドの声は聞こえていないらしい。なんやかやと罵り合っている先輩たちを眺めて、ツェッドは小さく溜息を吐いた。ああ、ええ、まあ、分かってましたけどね。


そこで「じゃあ」と言って退席する手もあるにはあった。が、ツェッドはあと一戦だけならと二人の対局に付き合うことにした。言わばツェッドはボーナスアイテムのようなもので、ザップが一体どこで自分を使うのか興味があったという理由もある。
「よし行け!」
というわけで、初手からそう言われるとは思わなかった。深々と溜息を吐いたツェッドの横で「なんだよ」とザップは心底不思議そうな顔をしている。
「あの、話を聞いてましたか?僕はあなたのことを3回しか助けられないんですよ。それじゃここぞというところで僕を呼んでくださいよ。初手くらいは考えてください」
「はあ?いいだろそんなの俺の勝手なんだしよ」
「どうせあなた、次の手もその次の手も僕を使うんでしょう?」
そう言ったツェッドに「うん」とザップはやけに子供っぽく頷いて、駒をぽいと中空に投げる。重力に従って落ちてきた駒を、ぱしりと器用にキャッチした。それを見て、深々と溜息を吐く。
「…ダメです。最初くらいは頑張ってください」
「なにい〜〜〜?お前弟弟子の癖に俺に逆らうのかよ」
「いや、今それは関係ないでしょ」
レオの冷静なツッコミに、「けっ」とザップは悪態を吐いたものの、渋々と自分でぱちんと駒を打った。流石に初手から「そこはまずい」と言えるほどツェッドもこのゲームに精通しているわけではない。まあ無難なんじゃないかな、と思いながら盤を眺めた。
レオは「じゃここ」と言ってすぐに駒を置いた。こちらが不毛なやり取りをしている間、シミュレーションをしていたらしい。ザップはそれを見て、肘でツェッドをとん、と軽く押した。
「よし魚類、行け」
「いやですから。もうちょっと頑張ってくださいよ」
頭を抱えんばかりにそう言ったツェッドに、「またかよ」とザップは眉間に皺を寄せた。それはこちらの台詞だ。大体、どうしてそうすぐにツェッドを頼るのかわからない。恐らく本人としては頼っている意識はなく、『使ってやっている』くらいの考えなのだろうが。
「おい何なんだよオメーは。この俺ちゃんが使ってやってるっつーのに」
「ですから、言ってるでしょう。僕を使うならもうちょっとタイミングを見極めてください。どっちに置いたらいいのか悩んでる時とか、あるでしょうに」
「ない」
きっぱりとそう言われてしまった。「…………この先あるかもしれませんから…」人間だったらきっと米神を引き攣らせていたところだ、とツェッドは言いながら、「はい」と次の駒を手渡す。ザップは不満そうにそれを受け取ると、一切悩みもせずにレオの置いた駒のすぐ横にぱちんと自分の駒を置いた。行き当たりばったり感がすごい。
「ん〜〜〜…んじゃここ」
レオは淡々と駒を置いている。今のところは彼もそんなに悩む素振りがなかった。
先ほどの対局で分かったが、どうやらレオも前半はあまり考えずに次々と置いていくタイプのようだ。これは誰であってもそうかもしれないが、中頃から少しずつ指す手が遅くなっている。四つ角を狙いながら打っているというのは何となくわかった。
(……となると)
こちらがするのはそれを防ぐことだ。とはいえ、その考えを相手に悟られるのもあまりうまくはない。特に今まはツェッドではなく『非常に短慮で』『分かり易い』『挑発にすぐ乗る』兄弟子が指し手である。下手をするとすぐ角を取られてしまう。
というわけで、とツェッドは「あの」と小さな声で兄弟子に話しかけた。レオは次の指し手に悩んでいる。
「あ?なんだよ。聞こえねえしでけー声で言えって」
「…………。…大きな声で言ったらレオくんにバレるでしょう」
そうひそひそと言うと「なんだよ。何隠してんだ?」と兄弟子はいたく呑気そうにそう言った。この状況でどうしてそんな考えにしか至らないんだ?とツェッドは驚愕を通り越して呆れてしまう。普通この状況だったら、このゲームのことだろうと誰だって思うんじゃないだろうか。
「違いますよ。このゲームのことですこのゲームの。レオくんは多分角を狙ってるから、そこを防ぎましょうと僕は言いたいんですよ」
苛々してしまった。つい早口になったツェッドに「へー」とザップはきょとんとしてそう言った。
「何でわかるんだよ」
「さっきの対局で何となく…というか、この手のゲームではそれが定石なんですよ。先にこっちが角を取れるように考えて動いてください」
「ふーん」
そうザップがどうでもよさそうに相槌を打った後、レオがぱちんと駒を置いた。「はいどうぞ」その声に二人で顔を上げる。絶妙に嫌な位置に駒が置いてあるのを見て、ツェッドは唸ってしまった。そこに置くんだ。やだなあ。
そうツェッドが思っているとはいざ知らず、ザップは「おし」と言って易々と駒を置こうとツェッドが手にしていた駒をひょいと奪った。「あ」そう呟いたツェッドに「なんだよ」とザップは不思議そうな顔をしたものの、すぐさま駒を置こうとする。
「ちょ、ちょっと待って待って!ここですよ!僕の使いどころは!!」
慌ててそう言って腕を止める。「うお!?なんだよ!」びくりとした様子のザップに「わはは」とレオがおかしそうに笑った。
「あ、アシストに止められてる……!!あははは。な、なんで……!!」
「……………。」
ぶん、とツェッドの腕が振り払われる。「あ」はっとした時には既に兄弟子がレオのことを再び絞め落としていた。それを見てああ、と溜息を吐いてしまう。変なところばかり俊敏だ。
「何笑ってるのかな〜レオくんは〜〜〜。そんなに大先輩が好きなのかな〜〜〜〜?」
「うぐぐぐぐぐぐぐくるしいやめてやめてしぬしぬしぬしぬ」
にこにことした兄弟子の笑顔の中に、明らかなる怒りがあるのを目にする。笑って怒る、というのは上司がよくやることだったが、この兄弟子の場合は怒りを前面に押し出しているせいか、笑顔というよりはただの引き攣った顔だった。
「やめてくださいよ………」
もう何度目のやり取りなんだ。不毛過ぎる、と思いながら盤面を眺めた。ここで僕を使ったとして、巻き返せるだろうか?と不安になる。今のところ、レオの方が優勢だった。しかもツェッドがアシストできるのは、3回だけなのだ。
げほ、というレオの咳き込んだ声に顔を上げる。
「……っ、も〜〜!やめてくださいよ!なんで一々暴力を振るうんですか!」
「オメーこそなんだよ!男なら手くらい出したらどーだバカ」
「積極的に暴力を勧める人初めて見たわ!」
鋭いツッコミを入れたレオが、「大体、ザップさん僕が手を出したらめっちゃ怒るじゃないですか」と頬を膨らませて文句を言っている。まあそれはレオくんじゃなくてもそうだと思うけどな、とツェッドはそう思うと、盤面に目を戻す。やはり次の一手に悩む。そこに置いたら次の一手でそこに置かれるだろうし、かと言ってこっちに置いても後々不利になりそうだよな、と真剣に考えこんでしまった。
だからツェッドはその呻くような声が聞こえるまで、じっと盤面を睨んでいた。
「……っむぐ、」
その声にはっと我に返る。「あ。すみません」考えこんでました、と言いながら顔を上げた。
顔を上げながら、ツェッドの『冷静な部分』は「おや?」と思ってはいたのだ。なんだ、今の声。
呻くような、声を出そうとしたら無理矢理―――――防がれたような。
声じゃなくて、口を。
「ぐえ」
「は?」
開口一番そう呟いてしまった。ザップの顎にレオの掌底がヒットしていた。結果、ザップは天井どころか天井を通り越して、自身の背中にあった壁を仰いでいる。
レオはレオで、右手はザップの顎に手のひらを押し付けていたが、左手はザップの肩を思いきり押していた。ザップがレオのことを、つい先ほどのようにぬいぐるみでも抱っこしているような体勢だったせいで、膝の上から落下はしなかったようだ。よくよく見れば、ザップの右手はちゃんとレオの腰を支えていた。
「い……っお…まえなんだよ…!!暴力かよ!」
「こ、こ、こっちの台詞ですけど!?何すんすか!!ここは!事務所!!」
なぜかレオはそう怒鳴ったが、顔が真っ赤だった。事務所であることに何か問題でもあるのか?とツェッドはいたく不思議に思う。ずっと事務所にいましたけど。兄弟子も兄弟子で、さっきまで暴力を推奨しておいてその口ぶりは何なんだ、とも思った。いつもながらめちゃくちゃである。
レオは「もーサイアク」と言いながらザップに背を向けた。つまりさっきのぬいぐるみ状態に戻ったわけだが、ザップは「オメーだ最悪なのは」と言った割になぜか機嫌がよさそうに見えた。にやにやした顔は、今日見た中で一番嬉しそうに見える。
「……………ケンカでしょうか」
そう言ったツェッドに、レオは「え」と狼狽えたように言った。年中この二人はケンカをしている。今のようなやり取りで、一々誰かが『ケンカですか?』と聞くようなことは皆無だ。
つまり、ツェッドがわざわざそう聞いたのは、『一体何をしてるんですか?』という疑問の裏打ちだった。
レオは「いや、その」と困ったように言うと、「ちょっと、ザップさんが、その」と引きつった笑みを浮かべた。
ザップは「俺のせいかよ」と言いながらも何故かにやにやしている。一体何がそんなに彼を嬉しがらせているのか不明だったが――――よし、とツェッドはそこでなぜか、決心した。
「…それじゃ、ここから僕がこの勝負を引き継ぎます。僕が勝ったらレオくんとそこの人は僕の言うことを何でも聞いてください」
そう言いながら、ぱちんと駒を盤上に置いた。
「え」
「お?」
レオがぎょっとしたように言ったのとは裏腹に、ザップは目をぱちくりとさせて、どこか面白そうな口調で言った。
「それもいーな。おーしレオやっちまえ。俺が許す」
「え、いや、なんで…?てゆかザップさんさっきの一局やっといてそういうこと言うんですか…?」
レオは物凄く戸惑ったように言うと、顔を上げた。「なんでも…?」と言いながら、不安げに眉を下げる。
「はい。なんでも。もうすぐお昼ですから」
そう言ったので、レオも意図に気が付いたらしい。なるほど、という顔になった。
「…んじゃ、ハンバーガーで」
「いいでしょう」
肩を竦めたツェッドに、レオはそれでも「うう」と呻いて駒を手に取った。


結果として、ツェッドが大勝した。
「…………………。」
頭を抱えてソファに倒れ伏しているレオを放置して、「おー」とザップは感心したようにそう言って盤上を眺めている。
「すっげ。大人気ねー」
「まだ12歳なので」
澄ました顔でそう言いながら、盤上に手を伸ばす。盤上は殆ど白一色、つまりツェッドの駒で埋まっていた。レオは「ああ〜〜」と呻きながらじたばたと藻掻いている。ゲームをやるというだけあって、負けると結構悔しがるタイプらしい。UNOの時はそんな暇もないくらい連続で勝負していたので、分からなかった。
ぱちんと最後の駒を置いた後、「…ゲームセットですかね」と分かり切ったことをそう言った。ザップは「お前嫌味だねー」と笑って言うと、「おいレオ」とすぐ横で悶えている後輩に声をかける。
「オラ負けだ負けだ。さっさと起きろよ。男らしく負けを認めろ」
ばしばしとレオのことを叩いてそう言ったせいか、レオは「痛い」と嫌そうに言ってもそもそと起き上がった。盤上をじっくりと眺めて、深い溜息を吐く。
「…負けました。投了です」
「はい。お粗末様でした」
そう言ってぺこりとお辞儀をすると、「お粗末なのは僕の方なんですけど」とレオは嘆いた。
お粗末という程ではなかった―――というか、ツェッドからすれば結構ギリギリの勝負だった。兄弟子と何度か勝負していたというだけあって、レオの指す手には慣れがあったし、それにツェッドもこのゲームを知ってからまだ二戦目だ。しかも、途中までザップが指していたせいで、半端に不利な状態だった。
「あーあ。ザップさん相手だったらぜってー勝てたのに」
「どーいう意味じゃコラ」
そう言ったザップがぺん、とレオの額を叩いたので「あだっ」とレオが呻き声を上げた。どういう意味も何も、そのままの意味だろうに、とツェッドは思う。大体、毎日やっておいて13敗しているというのも中々すさまじいものがある。
「…じゃ、ツェッドさん。約束通り僕はハンバーガー奢るってことで。いいすか」
「はい。お昼ですしね」
にこやかにそう言ったツェッドに「ぐぬぬ」とレオは呻いた。奢るというよりゲームに負けたことが悔しいのだろう。
「おっしゃ。んじゃ俺もな」
便乗してザップがそう言ったので、レオは「は?」と真顔でそう言った。
「いやなんで?」
「何でってオメー。そいつが俺の勝負を引き継いだんだぞ。んじゃ俺もその権利があんだろ」
「いえ、ないです。というか、僕言ったじゃないですか」
ザップの主張に呆れて割り込んだツェッドに、「あ?」とザップが本気で意味が分からない、という顔をする。三歩も歩いてないだろうに、とツェッドはある意味酷いことを考えた。
「言ったでしょう。僕が勝ったら『二人に』なんでも言うことを聞いてもらう、って」
「……………あー」
そういえば、という顔をしたザップの横で、「そうですよ」とレオも口を尖らせた。
「都合よく話を改竄しないでくださいって。しかも、僕には都合悪いし」
「いーだろうがどーせお前の財布は俺のモンなんだからよ」
「僕の財布は僕のものですけど…大丈夫ですか…?」
あんだとコラ、と言いながらまたザップがレオの頬を抓り始めたので、「はいはいはいはい」とツェッドはそれを手で制した。いつもそうだが、放っておくと常にこうだ。100%ザップが悪いのは分かっているが、レオもそれなのになぜかザップと仲が良いのだから、色々な意味で性質が悪い。
「うう…いってぇ……どうしていつも俺ばっか…」
「ふん。オメーが生ばっか言うからだ」
べえ、と子供っぽく舌を出したザップに、「それじゃあ」とツェッドは淡々と言った。
「あなたに聞いてほしいことなんですけど」
「あ〜なんかそういう話だったな………あんだよ。言っておくけど俺は金はねえぞ」
「そんなことは分かってます」顔を顰めてしまった。というか、それじゃカツアゲじゃないか。
「ツェッドさんがそんなことするわけないじゃないですか。…でもツェッドさん何頼むんですか?ザップさんに」
レオはちょっとこの状況にわくわくしているらしい。口ぶりからして、ツェッドが何を言うのか気になるようだ。確かに、今の今までツェッドがザップに何かを頼んだことなんて、ほぼ皆無に等しい。戦闘は別だったが、それ以外で彼に何かを頼んだ記憶がとんとなかった。頼まれた記憶なら物凄くあるのだが。
ザップはげんなりした顔で「んで」と投げやりにいいながら煙草を取り出した。立場上仕方ないが、とても嫌そうだった。
ツェッドは悩まなかった。

「…僕に何か隠していることがありますよね」

そう言った途端、ザップがぴたりと手を止める。そして同時にレオも笑顔を凍り付かせた。
「…………やっぱり、あるんですね」
そう嘆息混じりに言ったツェッドに、「あー…」とザップは非常に珍しく気まずそうな声で言った。
「…いえ、別に言いたくないなら僕はそれで構わないんです。人の秘密を暴く趣味はないですから」
そう淡々と続けた自分の声が―――微妙に、いつもより低いな、とツェッド自身でも気が付いていた。なんか、なんだ、なんというか、感じ悪いな、僕。そう、思わないでもない。
「………あ〜〜〜、いやちげーよ。別にお前に言わんでおこ、とかそういうことじゃ…てゆか、お前以外にも言ってねえし。なあ」
レオ、と言いながらザップは煙草をしまったその手で、ばしんとレオの肩を叩いた。隣に座っている先輩は、いつもよりもさらに身体を縮こまらせていて、小動物が身体を丸めているようにも見える。顔を俯かせているせいで、表情はさっぱり分からなかった。
「…………えっと…あの〜〜〜…」
そう言いながら、レオがのろのろと顔を上げた。物凄く気まずそうな顔をしている。
「…ツェッドさんに…あの、隠していたわけではなく…その……ええと……僕が…あのー、あんまり、こういうことを人に言うのはどう、っていうか、ええと…あのー…」
煮え切らない様子でそう言ったレオは、「その」とよくわからないことを続けて、ザップを見上げる。ザップは「んー」と悩まし気な顔をした後、隣にいるレオの頭に腕をどさ、と載せた。
「うにゃっ」
重い、という顔をしたレオがちょっとザップを睨んだ。ザップは当然それに構わず、「んじゃ言うけど」と淡々とそう続けた。

「先月の終わりから俺ら付き合ってまーす。はい終わり」

レオが「ああ」と呻いたせいか、ザップが「なんだよ」とおかしそうに笑った。口調の割に、その表情はいたく嬉しそうで、誰がどう見ても幸せそう、と言うであろう表情をしていた。
が、ザップのそれを聞いて、ツェッドは持っていたオセロの駒を取り落とした。
「えっ」
「えっ?」
「ん?」
ぎょっとしたように言ったツェッドの前で、レオもぎょっとしたようにそう言った。むしろ、ツェッドよりぎょっとした様子にも見える。ザップは不思議そうな顔で首を傾げて、「なんだよ」とやっぱり不思議そうにそう言った。
「えっ……え?……そうなんですか?」
唖然として言ったツェッドに、「なんだよ」とザップはぽかんとした様子でそう言った。
「お前それ疑ってたんじゃねえの?」
「え……いや、全然。そんなこと微塵も考えてませんでしたけど。てゆかあなた、女性が大好きじゃないですか。あの、恋人が沢山、」
「あ?そーだよ。俺の愛人は皆かわいーぞ」
何言ってんだコイツ、みたいな表情でそう言われて、ツェッドは黙った。いや、僕が言いたい。何言ってんだコイツ。支離滅裂を擬人化したみたいな存在だな。
一方で、ザップの横にいたレオは茫然としていた。「え……嘘……それじゃないんだ…?え……」などとよくわからないことをぶつくさと呟いて頭を抱えている。こちらがかわいそうになるくらい、混乱していた。
「……あの、レオくん…」
恐る恐る話しかけると、「はい!!」とレオは大仰に返事をして、顔を上げた。
「あっ、あああ、あの!?いや、確かに僕とザップさんは付き合ってるんですけど、その、ツェッドさんが言いたいことはそれじゃなかった……的な………あはは…」
こちらの表情を見てなのか、徐々に尻すぼみになっていくレオの語尾に、こちらが申し訳なくなってしまった。
「…ええと…あの、はい……予想もしてませんでした…」
ツェッドのそれに、「ああああ」とレオは呻き声を上げた。
それこそ、今日一番の。


大体よお、とザップが言いながらハンバーガーを手に取った。
「オメーの言い方が回りくどいんだよ。あれじゃー俺らからすれば嫌味だぞ」
「ザップさんもうやめてくださいよ…。この件は言えば言うだけ僕らにもダメージです」
肩を竦めてそう言ったレオは、アイスコーヒーを手にして小さく息を吐いた。
昼過ぎになって、ダイアンズ・ダイナーに三人でやってきた。カウンター席がいっぱいだったので、ボックス席を案内される。ビビアン・ヒルの愛想のいい接客を受けながら、ツェッドはレオの奢りでハンバーガーを昼食にすることにした。
「何か隠してるなあとは思いましたけど、幾ら何でもそんなこと隠してるなんて思ってなかったんですよ」
そう言ったツェッドに、「つか別に隠してねえよ。なあ」とザップはレオに同意を求めた。
「えっ。いや、僕は隠してましたよ!?」
びっくりした様子でそう言ったレオに、それは成功だったみたいだな、とツェッドは思う。ツェッドには二人がそういう関係であるなんてこと、全く分からなかったからだ。
ザップは「マジかよ」とびっくりした様子でそう言った。
「その割にお前こないだキッチンで俺にキスしてきたじゃねーか」それを聞いて、ツェッドは咽た。
「わあああ!!」
レオは色々な意味で悲鳴を上げたらしい。ザップをばしんと軽く一回はたいてから、ツェッドに水を差し出してきた。どうも、と言いながらコップを受け取る。視界にちらりと映ったレオの顔は真っ赤だった。
「あれは誰もいなかったからですよ!!僕は今日のザップさんみたいにソファではしたことないでしょ!?」
「あんだよだからかよ…もうコイツにはバレたんだしいつでもしてこいって」
「しねーよ!!」
顔を真っ赤にしたままレオがそうツッコミを入れたので、ザップは爆笑した。色々知りたくない真実が耳に入った気がしたが、ツェッドはそれを『聞こえなかったこと』にすることにした。人生、知らない方がいいことなんて山ほどある。あ、でも、そっか…あの変な間と会話はそういうことだったんだな…、と結局ツェッドは気が付いてしまったのだが。
「大体何で隠してんだよ。別にいーだろバレたって」
「よくありませんよ。大体、うちって社内恋愛いいんですか?」
「そこかよ。知らんけどいいんじゃねえの。知らんけど」
「知らないんじゃないですか」
やいのやいのと呑気そうな会話をしている二人の前で、ツェッドは深く深く溜息を吐いた。それに気が付いたらしく、レオがぴたりと大人しくなる。
「あの〜〜〜ツェッドさん…その、僕としてはまだツェッドさんと友達でいたいんですけど…」
「え?はい、それは当然僕もですけど…」
再び予想外のそれを言われてちょっと戸惑った。レオはほっとした様子で「よかった」と言って胸をなでおろしている。その横でザップはストローを咥えながら、どうでもよさそうな顔をしていた。
「…オメーそーいうこと心配してんのかよ。コイツがんなどーでもいいことでお前と縁切るか?あ?」
呆れたようにそう言ったザップに「だって」とレオは口を尖らせた。
「ツェッドさんからすれば、ザップさんは兄弟子でしょ。僕はツェッドさんの友達ですけど、まあ…男だし…フツーの人間だし、…だから、ほら…弟弟子的にこう、なんつーか」
「はあ?」
全然わからん、という顔をしたザップの前で、なるほど、とツェッドはレオの言いたいことを理解した。
「レオくん。僕はこの人の交友関係に全く興味がありませんし、誰と付き合おうが破滅しようが心底興味がないです」
「おいテメーどういうこっちゃそれは」
少しは興味持てよ、と喚いているザップを無視して、ツェッドは続けた。
「…むしろ僕はレオくんが心配ですけど。いいんですか?この人で」
「おい」
それに更にザップが苛立ったようにツッコミを入れる。
レオはきょとんとしていたが、「ええと」と少し困ったように言った。途端、ザップが黙る。
今までツェッドが見たこともないような顔をしていた。無表情に見える。――が、何となくツェッドは気が付いていた。多分、これは。
「…いいんです。てゆか、僕がもう、ザップさんじゃないとやだなっていうか」
そういう感じです、とレオは苦笑してそう言った。
その瞬間ザップがたちまちふにゃふにゃと表情を和らげる。ああ、やっぱりなとツェッドは時分自身のそれが間違っていなかったことを知る。あの顔は、不安を誤魔化すために無表情だ。
「………勿体ない話ですね…。あのう、絶対捨てられないようにしてくださいね」
切実そうにそう言ったせいか、「何で俺が捨てられるんだよ!」とザップは激怒した。レオはそれを聞いた途端、爆笑し始めてザップに「何笑ってんだコラ」と睨まれている。
「…オセロみたいですね、あなた」
コーヒーを手にしたツェッドがそう言ったせいか、レオを苛めていたザップが「ああ?」と剣呑な口調でそう言った。レオは頬を抓られて呻いている。
「ころころよく表情が変わるなって意味ですよ」
「…………そりゃーお前」
褒めてねえよな、と神妙な顔でザップは言うと、レオの頬から手を離した。レオは「痛い」と呻いて頬を押さえる。
「はい。褒めてませんよ」とザップに笑って返事をした。ちょっとだけ愉快な気持ちになった。
「大体、僕の方が強かったですしね。オセロ」
そう澄ました顔で付け加えると、ザップは顔を顰めて「性格わりーな」とそう言った。さもありなん、確かに性格悪いことを言ったかもな、とツェッドも思う。
レオは頬を押さえながら「次は負けませんからね」とそこで漸く笑ってそう言った。

それを見て、ふと思った。
レオくんも、オセロみたいだな。この人と一緒で。