N・O・1

2020/03/28

今年こそ帰って来るんでしょうね、という声は非常に恨みがましく聞こえたから、思わず苦笑いしてしまった。『ちょっと、そこでどーして笑うの?帰って来てってば!』「あ〜〜〜いやでもほら、」仕事がさあ、と言ったレオナルド・ウォッチの脳裏には、頬を膨らませた妹の顔が浮かんだ。


そんでお前今年も帰んねーの?と言った先輩の顔も声も呆れていた。「帰ってやりゃーいいだろ。ホントお前冷血漢だね」「手続き面倒なんですよ。あと金もないし」「そのために今日働いてたんだろ?」そう言って葉巻を咥えたザップは息を吐いた。煙が緩々と夜空に向かって上って行く。
「そのためっつーわけでもないですって。てゆかザップさんはこの日こんなところにいていいんですか」
イブっすよ、とヘルメットを外しながら言ったレオに、いーんだよとザップは辟易とした様子で言った。「誰かたった一人のとこにいたなんて後からバレてみろよ。修羅場で終わったら運がいいぜ」そうですか、と肩を竦めてレオはバイクから降りた。
「ゆーても俺もまだあと一時間はありますよ。ここで待ってたら風邪引くでしょ」
はい、と言って手渡したのは勿論バイクのキーでもスクーターのキーでもない。レオの自宅の鍵だった。「………。」無言で手を出してそれを受け取ったザップは、なんだか想像の中の妹のように恨みがましい目でこっちを見ている。「いや、俺も仕事なんで。しかもこんな日に早く上がるなんて冗談じゃありませんから」「……やっぱおめーは冷たてー奴だ」「修羅場生みそうな状況作る人に言われたくないっすね」言い返したあと、べえと舌を伸ばしてレオはゴーグルを外すと息を吐いた。駐車場に白い靄が漂うようにして、消えていく。
「んじゃピザは二枚でいいっすね。飲みたかったらテキトーに酒買ってください。俺は要らないから」
「…わーったよ。んじゃさっさと労働してこい」
言われなくても、とレオは笑ってくるりとその場から身を翻し、店舗へと向かった。早く戻らないと怒られるな、と慌てて走ったせいで帽子が脱げそうになり、慌てて手で押さえる。明日まで店員全員がサンタの扮装をして配達をする決まりなのだ。メリークリスマス、ハッピーホリデーズというその台詞もここ最近ずっと口にしているから、最早店内では誰もメリークリスマスとは言わなくなっていた。

神の子の生誕祭であろうが、それが近くなかろうが、別段血界の眷属には何の関係もないらしい。つい今朝方に我らがライブラは眷属を封じたばかりだった。赤い十字架が空から落ちて来るのを見て、レオはほっと息を吐いてその場にしゃがみ込んだ。お疲れ、と言いながらすとんとチェイン・皇がその隣に着地して、瓦礫が崩れる音と共にザップがこちらに戻ってきたのを覚えている。あー腹減ったしねみーし、と欠伸をしている先輩を見上げながら、レオは漸くそこで力が抜けてきたことに気が付いた。何してんだ、というきょとんとした顔とか、ライターをポケットに戻す手とか、少し汚れている服だとか、けれど怪我はどこにも負っていないらしい顔とかを見たら、よくわからないけれど脱力した。はあ、と長い息を吐いているレオの横で、ザップは不思議そうな顔をしていたけれど。
なんだかわからないけれど安心する。顔を見ると、手に触ると、声を聞くと安心する。それが彼の先輩だった。レオにはその理由が分かるようで分からない。確かに、腕っぷしは頼りになるし面倒見はいいけれど、それを上回る程度に人格その他は色々と破綻している男だったからだ。上回るっていうか、と思いながら店内からちょっと駐車場を見る。既に自分が乗ってきたバイクにザップはいなかった。「…………せめぎ合いっちゅーか」そう独りで言った後、肩を竦めてただいま戻りました、と言いながらバックヤードに歩いた。

「もしもーしザップさん」
そう言いながら駐車場を歩いていると、もしもしと非常に嫌そうな声でザップが応答した。ひっでー声、とレオは苦笑すると、今から帰りますと電話の向こう側に告げる。この街でも雪が降るらしく、ついさっきからひらひらと白いそれが空から舞うように降ってきたところだった。『おいおせーよ。さっさと帰ってこいやボケ』応答の声もひどく低い。恐らく電話が嫌というより、機嫌が悪いのだろう。彼は余り放置されるのが好きじゃないらしい。
「すんませんそれが道が大破しちゃったんでバイク無理っすわ。なんで電車と徒歩なんで、フツーよりちょっと遅くなります」
『はあ?おいふざけんなよ。根性でそこは何とかしろって』
「またソレっすか」
無理っすよ、とレオは言ってそいじゃと言いながら電話を切ろうとした。左手にある袋の中にはピザが入っている。二枚分ともなるとそこそこ重いんだよな、と思いながら歩こうとしたが、ちょっと待てよというストップの声がかかった。「?はい」なんですか、と言ったレオにばたばたという謎の音が携帯電話から聞こえてきた。「あのーザップさん、何してんすか」そう言ったあと、ばたんという音とがちゃがちゃという鍵を締める音がした。
『そっち行くわ』
「え?」
そっち、と復唱したあと、そーだよとザップは言って階段を降り始めたらしい。分かり易くかん、かん、という音が聞こえてレオははっと我に返った。「え、いやいや待って下さいよ。なんで?今俺家に向かってるって」『そこにいろよ』まだ駐車場だろどーせ、と言ったザップに、まあそうはそうだけど、と言いながら振り返る。無駄に広い駐車場を通り過ぎて、そろそろ歩道に足を踏み出そうとするところだった。
「…んでももー道出るし…」
『いーからいろっつーに。どーせまだ店やってんだろ?中で待ってろよ』
「はあ……、…えーっと、いや、なんで?」
そう言ったレオに、先輩は恐らくいつもの意地が悪そうな顔で笑ったのだろう。レオには何となく想像がついた。『バーカ。なんでもだ』「………。」子供じゃあるまいに、と思ったのに、なぜかレオはそのままはーいとそれこそ子供っぽく返事をしていた。
半分溜息交じりだったものの、もう半分はなんだか少し嬉しそうだった。そんな自分に気が付いたが、レオは別にそれでもいいかとそう思った。


ただいまと店に戻ってきたレオを見て、勿論同僚たちは怪訝な顔になった。「サーセン。バイクだめになっちゃいまして」友達が迎えに来ると言うと、なんだそりゃと勿論口々に言われた。電車と徒歩で帰れる距離に家があると皆知っているのだ。何しろそれだからヘルプ要員としてレオはお呼びがかかることが多い。
「僕も知りませんよ。でも来るって言うから」
外に用事があるんじゃないですかね、と言ってバックヤードのパイプ椅子に腰を下ろしたレオに納得したらしい。同僚達はんじゃ最後の一回だ、と言いながら外に出て行く。確かに時間帯的にそろそろ配達が終わる頃合だった。レオは時間的とタイミング的に先に上がったのだ。
「あーおいレオ。お前ちょっと留守番してろ。さっき注文入っちまったんだよ」
嫌そうな顔をしてそう先輩が言ったので、え、とレオは顔を上げる。「だってもうとっくにラストオーダー終わってるじゃないですか」「かけてきたのが店長の友達なんだってよ」「ええ〜…」それ職権濫用ですよね、と言ったレオに、そーだけどよと先輩も辟易した様子で言った。
「特別手当出すって拝まれちまったからには行くしかねえよ」
幾ら吹っ掛けてやっかな、と言いつつロッカールームに歩いていく先輩の後ろ姿を見てレオは溜息を吐いた。「…大人はずるいよなぁ」そう言ってピザを膝の上に置いたまま行ってらっしゃいと手を振る。勿論彼には見えていないだろうが、しかしそこで突然先輩が振り返ったのでレオはきょとんとした。
「お前ソレピザ交換してっていーよ。どーせ売れ残り余ってっから」
「え?これ?」
冷めちまうだろ、と言ってひらひらと手を振りながら先輩は去っていった。「……いやでもソレ業務上規定違反に……、………」そう言って手にあるピザの箱を眺めたあと、息を吐いて天井を向いた。一応バックヤードもクリスマスなので店長が無駄に飾りつけをしていたが、店員からは片付けは俺たちだろうに、と不評だった。勿論店長の前では誰も言わない。
「…パーティしてるかなぁ」
そうぽつりと呟いたのは故郷にいる妹のことだ。ここに来るまでは毎年家族でささやかなクリスマス祝いをしていたが、毎年、デザートをどこで買うか選ぶのはレオの妹のミシェーラ・ウォッチだった。ここは去年食べたし、あっちは一昨年食べたし、と言って悩みながらケーキのカタログを睨んでいる彼女を一枚撮ったら怒られたことがある。『おにーちゃんも一緒に選んでよ!』そう言われて呆気に取られた。そういえば、いきなり撮っても何も言わずに撮っても、彼女からそれで怒られたことは一回もない。
きっと今年はトビーが一緒に選んでくれてるだろうなあ、と人のよさそうな彼女の婚約者を思い出した。最後で話したのは恐らくレオが入院した病室でだろう。退院したすぐ後にレオは仕事に向かったし、彼―――トビー・マクラクランとミシェーラはヘルサレムズ・ロットを後にした。彼なら幸せにしてくれるだろう、とレオはずっとそう思っている。別に代わりを任せるとか、そんな意図はレオにはない。今までもこれからも、妹にとってのトータス・ナイトは恐らくレオなのだろうし。
騎士が二人のお姫様っていうのも中々見栄えがいい。そう思ってしまったあとに、アホかよと思わず笑ってしまった。「…ちょっとそれは…、…自信過剰か」そうぽつりと呟いたあとだった。携帯が着信を告げたので、慌ててレオはポケットから携帯電話を手に取った。
「はいレオナルド」
『着いた』
「え?嘘もう?」
飛ばしてきたんだな、とレオは顔を顰めて何となく時計を見てしまった。いつもより道も混んでいるだろうから、結構かかるだろうと踏んでいたのにむしろいつもよりも短い時間でザップは到着している。事故るっつーに、とレオは思いながら応答する。「…あのー、俺留守番頼まれちゃったんで、ダメなんすよ。まだ帰れません」『はあ?』仕事上がったんだろ、という呆れた声に、そうなんすけどとレオは言って立ち上がった。ピザの箱をバックヤードに置いてある安っぽい机に置き、そのまま部屋を出る。暗い廊下にも細々とクリスマスの飾り付けがしてあったが、これも店長の仕業だった。
廊下から駐車場に通じるドアを開ける。駐車場にはぽつぽつと雪が積もりつつあった。「……、だから……あ、」ザップさん、と言って手を挙げると、ゴーグルをつけたザップがスクーターに跨ったまま駐車場の横の道路の路肩に一時停止している。「レオてめー何してんだよ!早よ帰ってこいや!」顔を顰めているらしい先輩はこっちにそう怒鳴ってきたが、そう言われてもレオも帰れない。「だからまだ帰れないんですよ!……、あ〜、えっと、ちょっと待ってて!」そう言って奥に引っ込んで慌てて社員室に飛び込み、壁にかけてあった鍵を引っ掴んで再び廊下を走った。店側の方はもう閉まってるから大丈夫、と思いながら外に出て鍵を締める。そのままザップの許に走った。
雪の上にレオの足跡がついていく。
「……上がったは上がったんすけど、ちょっとだけ留守番しないとなんなくて…、……だからもーちょい待って下さいよ。もーちょい」
「てめー人が折角迎えに来てやったっつーに。ふざけんなよ」
「それはまあそう……、あ、じゃあ」
ちょっとだけだから、と言ってレオはザップの服を掴んだ。「もうどーせあと15分くらいで戻ってきますから、それまでザップさんも中にいましょーよ」「は?」俺も、と言ったザップの眼が呆れた様子でレオを見た。
「だって寒いでしょ。ここじゃ」
「そりゃさみーけどよ。…おめえはそんでいーのかよ」
無償労働じゃねーの、と言ったザップに、それは別にとレオは苦笑した。「元々ザップさんが来る時間ととんとんだなーって思ってたから。そっちよりむしろ関係者以外のザップさんを中に入れることの方が問題っすね」そう真顔で言ったあと、にザップは息を吐いてヘルメットを外した。
「おめーが言うなよ」
「あはは。ですね」
そう言った後、やれやれといった様子でザップがスクーターを動かした。


すげー部屋だな、とザップは言うとパイプ椅子に腰かけた。「店長がクリスマスだからって頑張って飾りつけしたんですよ。片付けは俺たちなんですけどね」「はー…」旦那じゃあるまいに、と呆れた様子で言ったザップは足をひょいとテーブルに乗せたので、レオはぺしんとその足を叩いた。「なんで初めて来たところでそうくつろげるんですか…」「んだようるせーなモー」そうは言いつつ、仕方なさそうにザップは足を下ろした。ちなみにレオの家に初めてやってきた時も、ザップは全く躊躇することなくレオのベッドに寝転がったのでレオは嘆息したものだった。
「そーいえばクラウスさんが準備した樅の木本物でしたね。初めて見ました」
ライブラに今月登場したクリスマスツリーを思い出してそう言ったレオに、ああ、とザップは呆れたように言った。クラウスがどこからともなく持ってきたツリーが事務所に置かれたのは今月初めのこと、丁度彼が飾りつけをしているところにレオは出社してきてびっくりした。こんなでかいツリー映画かドラマでしか見たことがない気がする。そう思っていると、一緒に飾りつけをしてほしいと言われて金色のモールを手渡された。モールなのに俺のパジャマより手触りがいいような気がする、とレオは思って僅か虚しくなった。
「本物っつう問題……あ?おめえ家でクリスマスやってたんじゃねーの?」
不思議そうにザップに言われて、ああ、と言ってレオは頷いた。「やってましたよ。でもあんないい木見たの初めてです」「木にいーわりーってあんのか?」「あるんじゃないすか」「テキトー言うなー」そう言ってザップは笑ったあと、レオの手にあるピザを見た。
「ソレもー食っちまっていいんじゃねーの。戻ってこねーじゃん」
「え?ピザ?」
そう言って首を傾げたレオに、そーだよとザップは言ってそのままレオの膝にあるピザの箱を手に取った。「腹減った。おめーの家で食うころには冷めてんだろ」「え?飯食ったんじゃないの?」そう言ったレオに、食ってねえよとザップは言ってさくさくと箱のふたを開ける。「ええ〜…そらまだ全然…、…あーでも道混んでるもんなー…」まだまだか、と言って時計を見たレオを他所に、ザップはもぐもぐとピザを既に頬張っていた。
「うお早っ。嘘だろ!?」
「…ん〜〜〜〜…チーズはうめーなーホント。あと他どーにかしろよ」
「店内でそーいうこと言わないでくれますかね」
レオはそう言って溜息を吐くと、まあいいかと自分も一枚ピザを手に取った。確かにこのままだと確実に冷める。別のピザと替えろと言われたものの、悪いことだと分かっていてやるのは気が引ける。わざわざこんな日にやることでもないような気もした。「……帰んねーのか。家」ぽつりとそう言われて、レオは一瞬何を言われているかわからなかった。手にあるピザのチーズが溶けて手に零れ落ちたせいかも知れない。
「……、……あ、ああ…俺?」
そう言って自分を指さしたレオに、そうだよとザップは苦虫を噛み潰したような顔で言った。「おめえ以外誰がいんだよ。俺は帰る家とかねーから」「ツッコミ難いことさらっと言わんでください」そうレオは言ってぱくんとチーズを口に入れた。
「帰りませんよ。言ったでしょ。金ないし手続き面倒だし、それに何があるか分かんないですし」
今朝も眷属封じたばっかじゃないですか、と言ったレオに、まあそーだけどよ、とザップは言ってレオと同じようにチーズを飲み込んで指を舐めた。「ミシェーラちゃんに言われねえのかよ。帰って来いとか」「あー、…それは言われましたけど…」ほれ見ろ、とザップは言うとレオの腕をごす、と肘で打ってきたのでいて、とレオは声を上げた。実際のところ大して痛くはなかったが、反射的にそう言ってしまったのだ。
「帰ってやりゃーいいのによ。この冷血糸目」
「煩いなあもー…なんですか今日は。ザップさんは俺がここにいて嬉しくないんですか」
人が折角バイト終わりに家に泊めてやるまでしてやってるのに、と実際はまだ泊めていないが、その予定なのでレオはそう言って顔を上げた。「いーですか。俺にもし彼女がいたらぜってー断ってますからね、こんな日に泊まりとか」「いねーじゃん」「…………いないけど」いないけど、と言って今度はレオがごす、とザップの腕を肘打ちしたが、ザップは痛いとも言わずおかしそうに噴き出しただけだった。
「は〜〜〜〜…俺には全然ザップさんの気持ちがわかりませんわ。なんでわざわざイブに愛人じゃなくて俺なんですか?誰か一人のとこにいたらヤバイっていうけど、バレないようにする方法なんか幾らでもアンタ熟知してそうなのに」
そう言ってぺたんと顎をテーブルにつける。「………。」なぜか返事が無かったので、レオは不思議に思ってちょっと顔を動かしてザップを見上げた。頬がテーブルに当たって冷たく感じる。ザップはなんだか変な顔をして、ピザを齧りながら壁を睨んでいた。壁の方を見たが別に何もない。ただ、店長がせっせと飾りつけした銀色のモールが見えるだけだ。
「…バーカお前それが無理なんだよ。こっちより一枚も二枚も百枚も上回ってくるのが女っつーもんなんだ。無駄だ無駄」
ごくんとピザを飲み込んだあとザップはそう言った。ピザ食ってたからか、とレオは思うとはー、と相槌を打った。
「そーいうもんすかねえ」
そう言ってレオは起き上がると、ぱくんとピザを齧った。「でも俺だったらぜってー彼女だけどなー。女の子ってイベント大好きなんでしょ?怒られないんですか?」「………そらまあ……、……てゆか何だお前こそさっきから」そう言われては、と言いながらレオはピザを齧りながらザップの方を見た。チーズがまたしても伸びている。
「この俺がおめえと一緒にいてやってんだぞ?俺がもし愛人といたらおめーは一人寂しくバイト帰りに売れ残ったデザートか何か買ってエテ公と家でおめでとうとか言いながらロンリーパーティじゃねーか。今俺とこーして会話できることがもー奇跡なんだかんな。分かってんのかよ」
「………奇跡………、」
奇跡かあ、と言って息を吐いたので、オイコラとザップは怒ったように言った。「分かってんのかっつーに」「はいはい分かってます分かってます。ザップさんといられて嬉しいです」「おざなりじゃねーか」今度はぎゅっと頬を抓られたので、いたいいたいとレオはちょっと笑いながら文句を言った。そんなに痛くもなかったせいもある。
「……ちゅーか、まあ、ほら。トビーもいるし」
「あ?」
ぱっと手が離れたので、レオはやっと息を吐いて残りのピザを齧った。「…別に俺の代わりをやって欲しいとか、そーいうこと思っちゃいませんよ。ミシェーラにとっちゃ俺は替えがないし」そう言ったからだろう。ザップには話を元に戻したことが伝わったらしい。
「…おめーにしちゃ大きく出たな」
そう言って椅子を揺らした先輩の横で、レオは壁にかかっているモールを見てぱくんとサラミを口にした。
「逆がそうですから。俺の妹はミシェーラだけっつーことは、…いくら情けなくても大して強くなくてもかっこ悪くても」
ごくん、と飲み込んだチーズは確かに美味かった。「…兄貴は俺だけじゃないですか。だから…トビーには……、…俺ができることもしてほしいけど、俺じゃできないこともあいつの為にやってほしいんですよ。……クリスマスを一緒に祝ったりとか、一緒に湖に行ったりとか」そう言ってレオは立ち上がる。ザップが顔を上げた。黙々と無言でピザを齧っている先輩の表情は、少しレオには読みにくかった。
「コーラ持ってきますよ。レジどーせまだ閉めてないんで」
「…酒はねーのかよ」
「運転手が何言ってんすか」
笑ってそう言ったあと、レオはバックヤードを後にする。「…つか当たり前みてーに俺が全額出してんな…」あとで何と言っても1/3くらいは徴収しよう、と思いながら財布を取り出して二人分のコーラ代を手に取って、レジに入れた。やっぱりまだ閉めてなかった、と店内の時計を見る。そろそろ日付が変わりそうだと気が付いて色んな意味でぞっとしてしまった。「…サンタはそろそろ煙突潜ってるころか…」そうふざけたことを呟いたあと、二人分のコーラを手に廊下を戻る。暗がりの中見るトナカイの眼はちょっと怖かった。
「戻りましたよー。はいコーラ」
「………俺も別におめーじゃなくてもいいんだけどよ」
「うえ?」
コーラをテーブルに置いたあと、ザップはがたん、と椅子をちゃんともとに戻してコーラを手に取った。「…んでも今日おめーじゃん。俺がいるのは」「はあ。そっすね。俺はザップさんとが一番ちょーどいいっすけどね」そう言った途端、げほごほとザップがせきこんだのでレオはぎょっとした。
「えっ!?ちょ、ちょっとだいじょーぶですか!?水、」
「い、…ばかいーよべつ、げほげほげほ」
「あーあーあー」
もう、と言いながら紙ナプキンを手に取って渡すと、ザップは顔を顰めてそれを受け取り口を拭った。「いち、……っだよおめえ、…い、いきなりそーいうこと言うなやアホ」「そーいうこと?は?俺なんかまずいこと言いました?」「………、」そこでザップは物凄く嫌そうな顔をした。「?」なんだその顔は、とレオが言いたげな顔をしたせいか、何でもねえよと言うとプイとそっぽを向いてしまった。いつも分かり易い癖に、たまにこうやって分かり難いんだよな、とレオは思うとはあ、と一応相槌を打つ。ただし一体何に対しての相槌なのか、よくわからなかった。
「……ん?ああ、一番丁度いいって言ったことですか?」
「おせーよ。てゆか易々言うなや」
流石にもうザップは咳き込まなかったが、びしりと軽くチョップしてきたのでいた、とレオは額を押さえた。「だってザップさん気ィ置けないし。気遣いとかしなくていーし。ザップさんも俺に対してそーでしょ?」「………今日はお前矢鱈とでかく来るな」そうザップは言うと、どん、と音を立てて紙カップをテーブルに置いた。
「ははは。ホリディなので」
「何の関係があんだよ。……まーそーだけどよ。おめえに気ィ使っても何の得にもなんねーし」
「そーいうのは損得の問題じゃありませんからね」
まったくもう、と呆れた顔をしたレオは、けれどそれは嘘だな、とザップの言葉を思った。気を使わないって言ったけど、それは嘘だ。ザップはザップで、たぶん無意識化の中でレオに気を使っているところはある。凄く分かり難い箇所で、気を使われていることがあるということくらいは、レオだって気が付いていた。
たとえば夜中魘されて起きた時とか、任務中だとか、護衛の時だとか、それからさっきだってそうだ。
家に帰らないのかとこの男が聞くのは、最早帰れと言われていると同義だとレオは思った。言いすぎかもしれない。けれどレオはそう思ったのだ。妹に顔を見せてやれとそういう意味なのだろう。この男に家族がいるのかどうかレオは知らなかったが、少なくともクリスマスに家族と過ごすのが一つの祝い方だと知ってはいるらしい。ただ、それは気を使っている、というよりは、とレオは思った。
「……優しいんだろうな。いちおう」
「誰がだよ」
「ザップさんがですよ」
そう言った途端、ザップはまたごほごほと咽だしたのでレオは思わず噴き出してしまった。


おめーと会話してるとバカになりそーだ、と顔を顰めながら駐車場を歩く先輩の横で、ひでーなとレオは言ったものの笑っていた。あの10分後くらいに先輩が戻ってきたので、レオは店の鍵を預けてザップと共に帰途につくところだった。お前部外者入れるなよ、と言われはしたものの、すんませんとレオが笑って謝るとまあいーけどよとどうでもよさそうに返されたので、大して気にしていないらしい。それよりも幾ら吹っ掛けるかの方が大事なのか、とレオは思いながら新たなピザを抱えてザップと共に雪の中を歩いた。
「ねーマジでまだ食うんすか?もークリスマスですよ」
「なんでクリスマスなのにピザ食っちゃわりーんだよ。てゆかおめえあれで足りたんか」
「だってもー俺眠いもん」
何がもん、だよとザップは言ってぱたぱたと服に着いた雪を払うと、駐車場の端にある駐輪場にある愛車のハンドルを撫でた。「…あーったく…雪が酷くなってきたじゃねーかよ。おめえに付き合うとろくなことがねえ」「俺のせいかよ。んじゃ別に今から愛人のとこ行ってくりゃいーじゃねえすか」「だーもうお前だからよ、」しつけーぞ、と言ってザップがこっちを振り返った。そこでレオも気が付いた。あ、ほんとだ。今日もうこれで三回くらいこれ言ってる。ザップが苛立ったようにヘルメットをレオの方にぐいと押し付けてきた。
「あのな、そんっな俺がいるのが嫌か?俺はわざわざ数多いる愛人の手を泣く泣く払い除けててめーのとこにいてやってんだぞ。つまり今日のナンバーワンはおめえなんだよ。もーちっと喜んだらどーなんだよ」
「…………ナンバーワンですか」
そうぽつりと言ったそれはザップの耳にも届いたらしい。「そーだよ。……あと、おめーの妹ちゃんだけじゃなくて、」「へ」ザップがポケットからスクーターの鍵を取り出したのが見える。
「俺もおめーは……、…レオは一人だよボケ。……ほら早よ乗れ」
零時回ってんだぞ、と辟易した様子でザップは言うとひょいとスクーターに跨った。「………一人ですか」そう繰り返したそれは、それなりの声の大きさだったからザップにも聞こえていただろう。けれど返事はなかった。


そっか一人か、と思いながらぼーっとザップの背中を見つめて家に帰った。家に帰るまで、信号で停まっても珍しくザップは一言も口を利かなかった。
「………ねーザップさん」
だからスクーターがレオの家に着いて停車したあと、レオはやっと口を利くことができた。なんだかレオもレオで、何を言えばいいのかよくわからなかったのだ。ヘルメットとゴーグルを外して、ピザを抱え直したレオを見て、なんだよと言ったザップはいつもと変わらないように見えた。
「…俺はこの街じゃザップさんだけだから」
「は?…なにが」
「………今日じゃなくてもナンバーワンですけどね」
「あ?」
お前今日はどーした、と言ってぺたんと額に手を当てられる。手が冷たいな、とレオは思うと苦笑して、部屋帰りましょう、とそう言った。「……そらいーけど」「あ、あと金払ってくださいよ。流石に全額は嫌です」「あー、…何か映画でもやってりゃいーよな。テレビ」「ザップさん」見てても寝ちゃうくせに、と言いながら彼の腕を掴んだが、ザップはそれについて特に何も言わなかった。

雪の中の足音が二人分聞こえる。「……メリークリスマス」そう呟いたあと、おう、とザップが言ったのがレオの耳に入った。