boy meets guy
2018/12/18
霧が煙る中を歩いている。大して寒いとは思わなかったが、それでも数か月前と比べてしまうと今の方が少しは寒い。来月になったらもうクリスマスか、とザップ・レンフロは珍しくそれを思い出した。毎年のことだったが、そんなに行事に関心がない。
雑踏から抜けて細い道に入ると、そのまますたすたと突き進む。もう夜のせいか、いつもはもう少し人が歩いているが、今は猫一匹いない。マンションの入り口に何人かの異界人が屯していたが、そのくらいだった。「………。」ぱたぱたとポケットの中を探ったが、札が二枚程入っていた。んじゃカツアゲしないどくか、とザップは思うと隘路を進む。コンビニに寄ろうかとも思ったが、面倒になったのでやめた。道を突っ切って目当ての建物の前に漸く到着した。
「あーったく…地味に遠いんだよな地味に」
また引っ越さねえかな、と酷いことを言いながら階段を上る。かん、かんという金属製の音も、もう聞き慣れた音になってしまった。大家さんに叱られるのは俺なんだから、静かに上って来て下さいよ、といつも怒ったように言う後輩の顔が浮かんでちょっと笑ってしまった。すぐにはっとする。
「……あ〜〜〜…」
どうかしてる、と思う自分の顔がにやけているんだから始末におけない。握った手を振りかぶってどんどんとドアを叩いた。外から見た限りでは灯りが点いていたから、家主がこの中にいるのは明白だ。締まりのない顔を見せるのは嫌だったので、何とか普通の表情を形作る。
「……、…おーい。おーいレオー。いるんだろ。開け…」
最後まで言えなかった。ばん、という大きな音と一緒にドアが勢いよく開いたからだ。うお、と言いながら一歩下がる。ギリギリドアに顔はぶつからなかったが、前髪が風を切って流れるように動いた。「っぶね、お前なんだよ!いつももっと…」「ザップさん!」言葉を遮られるのはよくあることだったが、こういう時こういう状況で後輩がザップの名前を叫ぶのは珍しい。何しろ既に深夜十時過ぎだ。ザップは言い返す前にきょとんとした。なんだよ、と言おうとして口を開く。
けれどそれよりもレオナルド・ウォッチの方が早かった。すう、と息を吸う音が聞こえる。
廊下は静かだった。
「あ……会いたかった…!!」
こっちを見上げながら泣きそうな顔でそう言われたので、ザップはそこで固まってしまった。
後輩の名前はレオナルド・ウォッチという。
つまりはザップがやってきたこの家の家主なわけだが、既に二回程引っ越しを余儀なくされていて、この家はたぶん三度目の住まいだ。一回目の住まいは無理矢理追い出され、二回目の住まいは色々あって爆破された。爆破された時、彼が文字通り血の滲むような努力をして得たゲームハードとゲームが一緒に破壊され、大泣きしていたのをザップは覚えている。流石に不憫だと思ったので、その日レオを虐げるのはいつもより控えめにしておいた(ちなみに弟弟子にそう言ったが、控えめの意味ってご存知ですかと言われてしまった。ケンカになった)。
そして今の住まいは三回目の住まいだ。もしかしたらもっと引っ越しているのかもしれないが、ザップは今言った二軒の家とここしか知らない。中入って下さいとレオはいつになく笑顔で言うとザップを中に引っ張り込むようにして入れると、ドアを閉めた。がちゃん、とザップの背後で鍵がかかった音がする。
「あーよかった。ザップさんが来てくれて助か……、……うえ?」
あのーどうしたんですか、というレオの声が聞こえたが、ザップは返事をしなかった。代わりにドアがどん、という悲鳴を上げる。ザップがレオをドアに押し付けたからだ。「うお!?え…っえ、いやな、なに…」「こっちの台詞だタコ」「へっ」何が起きているか分かっていないらしい後輩の手を、ぎゅっと掴んで顎に手をかけた瞬間、レオはやっと理解したらしい。レオの口が『え』という形になったがザップはそれを無視してその口にがぶ、と噛み付いた。
「……っむ、…んー、…んー!!む、……んー!!!」
「……………、……っおいテメー…」
なんだよ、と言いながらぐいと服の下に手を突っ込んだせいだろう、レオはぎゃあと悲鳴を上げた。「ちょ、ちょちょちょなんですか!?なに!?いきなり!?そーいうテンションなの!?」「そーいうテンションなのはオメーだろうが」「は!?俺が!?」どこが、と言われたが無視して耳を舐めたので、ぎゃあとレオはまた声を上げた。
「ちょ、ちょっとやめてやめろやめやめやめ!ちげーし!?ザップさんと違って俺は年中発情してませんけど!?」
「おいテメーさり気なく俺をディスってんじゃねーよバカ。朝まで犯すぞ」
「それはいつもじゃないですか!ともかく違うの!てゆかなんでそーなったんですか!?」
そう言いながらレオはぐいぐいとザップを押したので、仕方なくザップは一歩下がった。「なんだよ。口だけかコラ」「いやだからその口だけって何なんですか?ちゅーか俺前言ったたでしょ。玄関では一生やりません」べえ、とレオは舌を出してそう言うと、顔を赤くしながらもすたすたと室内に入っていく。「…………。」誘っといてなんだよ、と顔を顰めたザップだったが、コーヒーでいいですね、というレオの声にはオウ、と返事をした。
声は誰が聞いても拗ねていたけど。
何で好きになったのかは覚えていない。一緒にいる間にいつの間にか好きになっていたとしか言いようがない。そもそも”誰かが誰かを好きになる”ことに理由は必要なのだろうか?そんなことを勿論ザップは考えたことがない。触りたくなったりセックスしたくなったりしたらもうそれは好きだということじゃないかと思う。そこからしか始まらない。
だからこの少年に対してそう思うようになってしまったことからして、ザップからすればおかしいことだったのだ。
ただし誰かが言っていた。
――――世界は何でも起こるから。
よっと、と言いながらコーヒーをテーブルに置いたレオは、ザップがベッドに座っているのを見てほっとした様子でこちらにやってきた。「…………。」その様子を見て、やっぱ誘われてる、と解釈したザップはばさばさと上着を脱ぎ始める。「そいでザップさん、あのですねー、」そう言いさしたレオをばたんとベッドに押し倒したので、ぎゃあと後輩はまた声を上げた。
「え……っえっとだから!?なに!?なんで!?さっき違うって言ったような!?人の話を聞いてました!?」
「いやもーお前分かっててやってんだろ。どう見ても誘ってんだろソレ」
「さ、誘ってない!何度この流れやればいいの!?バカなの!?脳が性欲でできてるの!?」
先輩に対して何だその口調は、と言って頬を引っ張ったのでにゃあとレオは悲鳴を上げた。「いにゃにゃにゃにゃいひゃいいひゃいやめへくらはいいひゃい」「…おお。餅みてー」そう言ってむにむにと弄っていると、ぴょんと手元に音速猿のソニックが跳んできた。
「あ?なんだいたのか。いてもいーけどこれから俺らヤるぞ」
「や、やらにゃ…はにゃして…はなひれくらさい…!!」
ソニックはレオを悲し気に見た後、首を振ってザップの手をぺたぺたと叩いた。「……。」無言でこちらを見る目にじわじわと大粒の涙が浮かんできたので、いつかの事務所での出来事を思い出してザップは顔を顰めた。「……わかった。わーったよ。やめろその眼を」そう言ってぱっとレオの顔から手を離すと、ソニックはほっとした様子でレオの頬をぺたぺたと触った。心配しているらしい。
「ありがとソニック…大丈夫だよ…」
うう、と呻きながらレオは頬を押さえてのろのろと起き上がった。「……おいてめーさっきから何だよ。ヤりてーなら抱いて下さいって言えっつーに」天国見せてやるから、と言って溜息を吐いたが、レオは顔を真っ赤にしてぶんぶんと首を振った。
「だから違うって何度も言ったでしょ!?俺はザップさんと違ってそんなに毎日したいとかヤりたいとか思ってないの!」
ぶっちゃけ俺からすればそれが異常なんだけどな、と思いながらそーかいとザップは顔を顰めて返事する。玄関先の出来事が遠い夢のように思えた。もしかして夢なのか、とはっとしたが流石にそんなことはない。大体、さっきレオの頬を抓った時めちゃくちゃ痛がっていたではないか。
「んじゃなんなんだよ。お前玄関先で抱いて下さいって言ってたじゃねえか」
「都合が良すぎる改竄だなオイ。言ってねえし…!言ってねえよ…!!」
これですよ、と顔を赤くしたままレオはひょいと何かを取り出した。薄い、プラスチックの長方形の容器は、頻繁にこの部屋で見るものの一つだった。
ブルーレイディスクだ。
「…………ホラー?」「はいホラーです。全米ナンバーワンヒットした」「ああ…」そんなんあったようななかったような、とザップは記憶をひっくり返した。しかし思い出せない。全米ナンバーワンとか全米が泣いたとかいう文句を死ぬ程聞いたせいか、どの映像がどの映画なのか、全く記憶になかった。
ヘルサレムズ・ロットも映画は多い。というか外よりもギリギリ合法ちょっと違法、くらいの映像はその辺にあるビデオ・ショップにも大量に置いてある。人間が見たら気が狂うとか、人間じゃなくても発狂するとかいう触れ込みのものだって沢山あるが、そうじゃない映像や映画だって沢山ある。つまり普通の映画や外界で評判になった映像作品だってきちんと揃っているのだ。ここで作られたものは外にないかもしれないが、外で作られたものはここにもある。何でも”起きる”とはよく言ったものだ。何でも”ある”とも言えてしまうのだから。
「……つまりオメーはアレか。一人じゃホラーを見たくねーから俺を利用しようと」
「利用とか言う言い方やめてくれませんかね。都合よくザップさんが来てくれたから喜んだだけですよ」
「もっとわりーわバカ」
てゆかこえーなら見なきゃいいじゃねえか、とベッドに寝転んだザップを他所に、レオはディスクをセットしてベッドに戻ってきた。ついこの間漸く買えたと言っていたゲームハードは、今時のそれに相応しくブルーレイディスクもきちんと対応している。「怖いけど見たいんですって」「…あー…お前気持ちいい癖によくないよくないっつーもんな。それか」そう言うと、顔を真っ赤にしたレオに枕を投げつけられたので受け止めた。レオは無言ですとんとベッドの上に着地する。否定はされなかったので、ザップはちょっと笑ってしまった。
ちゅーか俺も見る流れになってんだけど。
正直ザップはそんなに映画が好きじゃない。映画というか、テレビもそんなに見ない。暇だったら見るが、そもそもゲームだってレオがライブラに入るまでそんなにやる方ではなかった。それより愛人を抱いていたいし、愛人といちゃいちゃしていたいし、愛人に愛を囁いている方が好きだからだ。レオが来てからゲームをしたり、ランチを二人以上で食べに行ったり、それからこうやって映画を見ることもぼちぼち増えた。特に前二つについては殆ど毎日のようにそうしている。
最初ザップは、それに戸惑った。いつの間にかそうなってはいたものの、ある日はたと気が付いたのだ。三日にあげず足しげく通っていた愛人の元に向かうのが一週間ぶりだということに。異常である。ザップからすればそれは異常なことだったのだ。そしてこの一週間、愛人どころかこの生意気で煩い後輩とばかり一緒にいたことにも同時に思い出し、ザップは唖然とした。何でこの俺がこのクソバカチビ変態眼球の持ち主なんぞと一緒にいたんだ?そう思いながら抱いたせいか、愛人は何か別のこと考えてるわね、と何度もザップに聞いてきた。ザップは返事をしなかった。
けれど結局、その次の日も次の日もザップはレオと昼を食べに行ったし、空き時間にゲームをした。飲み会で潰れてしまったレオを(ザップが無理矢理飲ませたからなのだが)家に送ったりとか、任務の後に一緒に帰ってレオの家に泊まったりとか、慣れないことが続いた。続いたけれど、それに嫌だと思っていない自分にも戸惑った。それで。
それで――今やこうなのだから話にならない。もうそれはとっくに始まっていたことだったらしい。
「………見たくもねーホラー見るよりもよー…」
セックスしようぜ、と言いながら起き上がる。そのまま座っているレオの後ろに身体を置くと、ぽんと後輩の肩に顎を置いた。「わっ。見たいから見てるんですって」「んじゃ見ながらでいーって」「絶対俺集中できないから」顔を顰めてはいるものの、頬が赤いのを見てザップはちょっと息を吐いた。ひょいと顔をレオの肩から退けると、わーったよと言いながらレオの肩を引っ張った。
「わっ」
「んじゃ俺も見るわ」
そう言って後ろから抱き着くような格好になったせいか、え、とレオはまた声を上げた。「…この体勢で?」「そーだよ。楽じゃねーか」この方が、と言ってレオの頭の上に今度は顎を乗せる。重いですって、とレオは言ったものの声はおかしそうだった。
「……いーですけど。退いてって言ったら退いてくださいよ」
「ヤだよ」
ヤなのかよ、と呆れたように言いながらレオはリモコンを手に取った。
テレビの中では何だかよくわからないものが蠢いていた。「……………。」ホラーっつーかグロ系じゃねーか、とぼーっとその映像を見ながらザップは欠伸をした。やはり土台映画に向いていないのだ。「…………。」一方後輩はさっきからザップの腕をしっかり掴んで放してくれない。ザップの位置からだと顔が見えないからどんな顔なのかは分からないが、窓に映った横顔を見るに、真剣に見ていることは間違いないようだった。
「…………………。」
テレビではなく窓を見てしまう。ごくんとレオが唾を飲み込む音が聞こえた。やっぱこーいうのつまんねーなー、と思っていると、再びレオがザップの腕を更にしっかりと掴んできたのでテレビに向き直った。主人公がどう見ても怪し気な通路を進んでいくところだった。緑色の光が非常口から溢れている。
「……なんでこーいう奴って怪し気なところに好んで行くんだろうな」
「え?え、そ、そりゃー…」
話進まないし、と元も子もないことを言ったレオは、ザップの腕に自分の腕を絡めるようにすると、ぎゅうと寄りかかってきた。背中に何かがないと安心できないらしい。「…………。」まーこういうのも別に悪かねーか、と思いながらぼーっとテレビを見つめる。主人公がドアノブに手をかけた。それを見てそっとザップは息を吸う。
ぎい、という気味の悪い音を立ててドアが開いた。レオが明らかに緊張した面持ちでテレビを見つめている、その瞬間。
「わ」
「ぎゃあああああああああ!!」
レオの耳元で小さく呟いた途端、画面の中ではなくレオが悲鳴を上げたのでザップは爆笑してごろごろとベッドに転がった。「わははははははは!!!や、やっべ期待…き、期待通り…っば、馬鹿だ…!!」「ば、ば、ばば、馬鹿はてめーだ!!何すんだコノヤロー!」死ね、と言ってレオが唐突にザップの視界を回し始めたのでげっとザップは起き上がった。視界が回り始める。
「ば、…っバカてめーこんなことで使っ…!!コラ!!やめろバカ!!」
そう言って何とかレオの腕を掴まえると、後輩はぜいぜいと息をしていた。そこで漸く視界が平常に戻る。「………う、…うえー………、…おめー何でソレ俺には即使うんだよ……!!」気持ち悪ぃ、と言って手で口を押さえたが、レオは憤懣遣る方なしと言った形相でこっちを睨んでいた。青い目から燐光が発しているように見えるのはいつものことだったが、今のそれは怒りの炎にも見える。
「……っ何すんですかもー!!死ぬかと思ったでしょ!?」
「死ぬのはどう考えても主役だろーが…うげー…あー、あー天井がまわる……」
「あ」
そうだった、と言ってレオは慌ててテレビに向き直ったが、すぐにこっちを振り返った。「ザップさん起きて。起きて起きて」「なんでだよ…きもちわりー…」「えっ。なんで?」なんでってそれは、とレオは困ったように言ったが、ともかくと何がともかくなのか分からないことを言った。
「起きてください起きて。泊めませんよ」
「…んだよその雑な脅しは……ったく……」
そう言ったものの、ザップはのろのろと起き上がった。視界を回されたものの、マジギレされて回された時よりは軽かったから、平衡感覚はいつもより早く戻りそうだ。
それにしても珍しい、とザップはまじまじとレオの後頭部を見つめた。くしゃくしゃの髪があっちゃこっちゃに跳ねているのはいつものことだったが、さっきみたいにレオがザップに頼むというか、お願いというか―――つまりそういった言い方をするのは珍しかった。レオからザップに頼むことと言えば、家に深夜来るなとか連絡しろとか部屋に勝手に入るなとかゲームを進めるなとか、頼みというよりは文句が多い。だからこのようにちょっとしたことでも、文句じゃなければザップは結構すぐレオからの頼みを聞いてしまう。ただし内容にもよる。ただし金を取ることも多い。ただし土下座させたりする。
ザップが起き上がると、レオはザップのところにやって来ると(とは言えベッドの上は大した距離ではない)くるんと身体を反転させ、そのままさっきみたいに寄りかかった。ぼすん、と軽い音とは反対に、レオの身体はやっぱり成人間近の男なのでそれなりに重い。
「……………。」
「……………。」
「……………。」
「…………な、なんすか」
そう言ってレオが上を向いてきた。「…何も言ってねーだろ」再びまじまじと後輩の頭を見ながらそう言ってしまった。レオはちょっと間をおいた後、小さく呟いた。「……言ってねーすけど」そりゃまあ、と言ってレオはテレビに向き直る。その耳がまた赤かったので、ザップは思わず噴き出してしまった。
終