五つ年上の先輩に構ってほしいって言われています(いません)
2018/02/18
「じゃ、どーぞ自由にやってください」
「……………………。」
横に座っている男が不満そうな顔を隠そうともせず、こっちをじっと見つめている。隠す気がないっていうか、正直っていうか―――とそこまで思って苦笑してしまった。「……なんだその態度は」そう不機嫌そうに言った先輩は、けれどそういう顔が結構似合っていた。
泊めろと言われて驚いた。泊めろという内容にではない。そう言われたこと自体に、レオナルド・ウォッチは驚いたのだ。
「……え…っど、どうしたんすか…!?そんなことわざわざ聞くなんて…」
そう恐れ戦いた顔で言ってしまったのは、悪気あってのことではなかった。いつもレオの都合なんかお構いなしに、いきなりやって来るこの先輩がこうも礼儀正しく断りを入れてきたから、レオはそう言ったのだ。なのにソファに座っていたザップ・レンフロはむっとした顔をしてレオの頬を抓ってきた。「いひゃいれすよ」「痛いですよ、じゃねえよ。何だよその態度は。人が折角断り入れてやってんのによ」「いやー…」それが普通なんですけど、と言いながらよいしょとザップの手を退けて、レオはいいですけどと返事をした。
「でも俺バイトだから、十時くらいにならないと帰れないんです。先います?」
鍵渡しとくから、と言ったレオに、ザップは変な顔をした。「?」何か変なことを言っただろうか。そう思ったレオに、おめーさあ、とザップは言うとソファの背凭れに寄りかかってレオの方に身体を向けた。
「…いつもぎゃんぎゃんうるせえ癖になんだよ。今日は矢鱈素直じゃねえか」
「いや、いつも俺が煩いのはザップさんが突然やってきて、突然俺のベッドを占領して、突然服を脱ぐからですよ」
常識を滔々と述べたのに、ザップはけっと小さく悪態を吐いて腕を組んだ。「いつもそー言やいいんだよ。この俺が泊まってやるっつってんだから」「……………。」なんでそこで偉そうかつ上からなんだろう、とレオは思いつつも、ともかくと言ってポケットからごそごそと鍵を探り当てた。
「どーしますか。預けときます?…あ、俺が帰った時部屋にいないとかいうのは勘弁してくださいよ」
締め出し食らうってことになるし、と言ったレオに、わかったよとザップは言って鍵をぱしりと奪うように受け取った。「家にいりゃーいいんだろ」そもそも泊めろって言ったのはザップさんじゃん、と思ったが口にしなかった。言っても無意味だ。
「てゆか今日はなんで?暇なんすか」
そう言ったレオに、暇っちゃ暇だけど、とザップは怠そうに言った後黙った。「…暇だと俺はおめーの家行くように見えてんのか?」「そーいうわけじゃないけど。愛人とこ行かないんだーって思ったんですよ」「あー……」まあ、とザップはよくわからないことを言って黙った。珍しくお茶を濁す様な言い方をされたので、レオは不思議に思う。この男がする隠し事は、基本女か借金か酒を飲んでしでかしたことかのどれかだったから、隠そうとしても無駄なことが多い。だから隠し事では―――ないのだろう、とレオは思った。
「…なんかあったんですか?誰かと」
そう小声で聞いてしまったのは、どこかにチェイン・皇がいるかもしれないからだ。女性の前で話すのには少し気が引ける話の可能性もある、とレオは思った。一応そのくらいは気を使う。たぶんチェインは気にしないとは思ったけれど。
小声で話しかけたせいか、ザップは不思議そうな顔をしたものの、いーやと首を振った。「俺の愛人はみんなかわいーからな。んなこたねーよ」「……はあ…」そーなんすか、と半ば呆れて言ったレオにそーなんだよとザップは淡々と言った。
「…ちゅーかあれか?おめーは俺がいちゃー迷惑なのかよコラ。この俺が泊まってやるって、」
「ソレさっき聞きました。分かりました分かりました!いーっすよ全然!」
こうやって事前に連絡を入れてくれるなら、とレオは言って両手をぐいと突き出した。「でも朝飯は作れませんからどっか出るようですよ」「いーよそんで。おめーの料理めちゃくちゃまじーもん」「…………。」無言で肘打ちしたものの、力が弱かったせいなのか、ザップは何すんだとおかしそうに笑うだけだった。結構、とレオはその顔を見て思う。
結構この男は最近そういう顔をすることが多い。どれと言われると幸せそうとか、楽しそうとか、元々そういう顔をすることが多かった先輩だったが、ここ最近どうもそういう顔を見る機会が増えたような気が―――する、とレオはその時思った。気がする、どころではない。増えている。
だからその時、肘打ちした力が弱かったせいだけで彼がそういう顔をしたのかどうか、レオにはわからなかった。
もしかしてもっと別に何か、理由があるのかもしれないとか。
そこまでは思わなかったけど。
いざバイトを終えて家に帰ってみると、先輩はちゃんとレオの部屋にいたのでほっとした。「あーよかった……いなかったらどーしようかと」「だからいるって言っただろ。人の話聞けよ」聞いたけど信用してないんです、ときっぱりと言いながら内鍵を閉めて中に入る。何だとコラ、と言いながらザップが抗議の意らしく腕を振り上げていたものの、こちらに来る様子はなかった。
「ザップさん飯はー?」
「もー食ったよ。流石に」
「はーい。んじゃ俺勝手に食ってますから勝手にしててください。…ってもーしてるか…」
どーいう意味だよ、という声に顔を上げて奥に歩く。「だって俺飯まだっすもん。でも腹減ったから今から夕飯食うって話」そう言って椅子に腰を下ろすと、ザップはああ、とおざなりともとれる返事をしてベッドでごろごろとゲームで遊んでいる。いつもながら自由過ぎて舌を巻く。普通、友達の家来たらもーちょっと遠慮とかすると思うけど、とレオは今更思いながら手を合わせ、いただきますと呟いた。
「…っと、……あーやべ…、…おまえ、…何食うんだ……、…いてっこのやろ」
「サンドイッチです。もー夜だしそんなにいっぱい食いたくねーし」
ゲームをしながらまで気になる内容だったのか、と不思議に思いはしたが、レオはそう言ってデリで買ってきたサンドイッチの包みを開ける。スモークサーモンサンドがこの時間まで残ってるのは珍しい、と思ってすぐに種類は決めてしまった。大抵人気だからすぐになくなってしまうのだ。値引きのシールは真新しかった。
「…そーだなぁ。お前最近太ったもんな」
「ぐっ」
唐突に聞こえてきた相槌に、ごほごほ、と咳き込んでペットボトルに入っていた水を飲む。そんなレオを見て、ザップは反対に噴き出した。割にゲームを弄っている手も指も止めない。がちゃがちゃというボタンが押される音が部屋に響いている。
「もーちょっとオブラートに包んで言ってくれないっすか…」
「太った以外に何つーんだよバカ」
「…………………背が伸びたんです」
嘘吐けよ、と爆笑して言っている先輩にプイと背を向けた。畜生いいよな痩せてる人間は。しかもザップさんの場合はあんなにもの食っておいてなんで痩せてるんだ?てゆかあの痩せ方普通に病的だよね。おかしいっつーの、と思いながらごくんとサンドイッチを一気に飲み込んで、水を飲んだ。どん、とペットボトルを机に置いたせいかザップがこっちに目を向けた気配がする。
「……ごちそうさまでした」
「うっし終わったな。んじゃこっち来いこっち」
「へ?」
唐突に機嫌がよさそうに笑った先輩にきょとんとして、顔を窓からザップへと戻す。「どしたんすか」「バーカ今日からイベント始まっただろ。やれよ」「ああ……」手招きされた理由はどうやら今ザップが必死にやっているゲームのことらしい。そういえば今日から新イベントが始まるって運営がアナウンスしてたな、とレオは思い出した。
「ん〜〜〜…それもーちょい後じゃだめですか。俺今日見たいドラマがあるんです」
「なにい?」
ドラマだあ?と言って顔を上げたザップの横に、レオは移動してすとんと座った。枕を引き寄せて膝に乗せる。「そーっすドラマ。つーわけでザップさん。俺これから30分ドラマに集中したいんで」
じゃ、どーぞ自由にやってください、と言ったシーンが冒頭のそれだった。不機嫌そうな顔をした先輩を見て、レオは無表情ともとれる顔で手を軽く上げる。
「だってザップさんだってヤでしょ?自分が楽しみにしてるところ邪魔されたら」
「邪魔?オイてめー今邪魔って言ったかコラ」
「あ」
つい本音が、と言いそうになって慌ててやめた。「…えーっと…邪魔は言い過ぎでした。すいません」そう言って頭を掻くと、ふんとザップは鼻を鳴らし、ともかくと言いながらレオの枕元を勝手に漁り始めた。普通だったら枕が置いてある位置に、物が雑多に置かれている。
「ちょっとちょっと荒らさないでくださいよ」
とは言いつつも大して焦らなかったのは、そこにあるものと言えば殆ど決まったものだったからだ。ゲーム機か目覚まし時計、たまに傷薬や財布や雑誌、新聞や写真、カメラなんかが置いてある。案の定、先輩はすぐにレオのゲーム機を取り出してほれと言いながら押し付けてきた。「いーからやれよ。俺がつまんねーじゃん」「ええ…30分くらい待てねえのかよ…」そう言ったレオは時計を見て慌てた。
「あ。やっべもうすぐ始まる。ザップさん30分。そんだけっすから」
「ふざけんなよ。俺とそのドラマどっちが大事なんだよ」
「ソレ言ってて恥ずかしくなりませんか…少なくとも今は」
そう言ってレオはリモコンをくるりと器用に回してテレビに向けた。電源ボタンを押しながら口を開く。「……ドラマです」「レオてめえ」コノヤロウ、と言いながら首に腕をかけられたので、痛い痛いと悲鳴を上げた。最近どうもこの苛められ方が多い。
「ちょ…っくる、苦しい!もーすぐ始ま…あ、そ、そんじゃザップさんも一緒に見ましょう!ね!?」
「ああ!?なんっで俺が今までの粗筋を全っ然知らねードラマ見なきゃなんねーんだよ!」
「見てればたぶんわかるから!ね!?」
一緒に見ましょうよ、と言いながらぱたぱたと腕をタップすると、ザップは漸く首にかけていた腕を外してくれた。「わかるわけねーだろ」「わかりますってば。ね」見ましょ、と言いながら思った。なんか子供をあやしているみたいだ。そう思ったのが通じるわけもなく、しかしザップはむっとした様子のまま、渋々わかった、と言ってくれた。
言ってくれたのにぶっちゃけレオが驚いてしまった。「………えっ。み、見るの!?」「おい。どーいう意味だそれは」おめえがそう言ったんだろ、と言ったあとにザップはぽいとゲーム機をレオのベッドの上に放り投げると、そのままレオの肩ににどすんと寄りかかってきた。「わっ!?」「………。」レオがそう悲鳴を上げたにも関わらず、ぐいぐいと押す様に力をかけてくるので堪らない。普通に重い。
「ちょ…っとざっぷ、さん、……重い…!!」
「お前と違って背がたけーしなぁ」
「嫌味かよ…!!こ、この…ってあ、やばい」
はじまる、と言って慌てて画面に集中する。けっとザップは面白くなさそうに言ったが、レオに寄りかかるのは止めなかった。
あいつ誰、と言われたので答えた。「主人公の叔父で先週裏切ったと見せかけて実は第三組織の味方だった人」「……ケリーって誰だ?」「主人公の恋人の友人で主人公のこと好きだと思わせぶりな態度取ってたら実は恋人が好きだったっぽい子」「…女だろ?」「そう…、……あーもうちょっと話しかけないで下さいよ!内容頭に入ってこないじゃん!」「…………。」いやおめーが見てれば分かるって言ったから、とザップは呆れたように言うとひょいとレオの隣からやっと退いた。唐突に身体が軽くなったので、レオはわっと小さく悲鳴を上げる。
「な…退くの?てゆか面白いでしょこれ」
「内容が全然入ってこねえよ」
そうザップが言った丁度その時、CMに入った。「あ。前半…マジかてゆかサムが裏切ってると思ってたんだけどな〜…」「サムって主人公じゃねえのか?」「主人公と同姓同名のクラスメイトですよ。ほら巻き毛の」「…………。」わざとややこしくしてねえかこれ、とザップはげんなりした様子で言うと、レオにむかってぱたぱたと手を振った。その時のレオは手を振ったと思ったが、あとから思うにどうやらそれは手招きだったらしい。
「?なんすか。どっか帰るの?」
「帰んねえよバカ。ちょっとお前少し下がれ。壁に寄りかかれ」
「?」
何言ってんだ、と思ったもののずっと前のめりになっていたからそれもいいかも、とレオは単純にそう思って靴を脱ぎ、ベッドの奥に移動した。とはいえ大して大きくもないから、すぐに壁に到着する。壁に備えつけのシングルベッドは、とても狭い。壁に寄りかかって座った途端だった。レオの膝が無理矢理横に倒されたので、いってえとレオは悲鳴を上げた。予想もつかないタイミングで予想もつかない方向からの攻撃は、非常に驚くし痛い気がする。その上、レオの倒されたその膝に先輩がすとんと頭を乗せてきたのでレオはぎょっとした。
「おわ!?え…っえっ何!?ななな、ど、ど、どーしたんですか!?」
俺はレオナルド・ウォッチですけど、と言ったレオにぎゃーぎゃーうるせえなと言いながらザップががば、と顔を上げた。「バカかおめーは。そんなこととっくに知ってるわアホ」「え…知ってるのに…?」錯乱したんですか、と言いながらもなんだか頭の中が混乱していた。
おかしいぞ。
そう思ったのは、ザップの態度にではない。自分に対してだ。普通、幾ら仲がいいとはいえ同僚で男の先輩に膝枕されたら、自分の性格上嫌がる筈だ。しかも相手はザップである。ザップ・レンフロなのだ。初対面時に自分の顔を足で踏み、土下座している自分の背中を足で踏み、暴走車(のようなもの)に引っかかってしまった自分を勝手に亡き者にし、愛人トラップという恐ろしい罠を仕掛け続けていたこの男なのだ。なのに―――、なのになぜか。
全然嫌じゃなかった。悲鳴を上げたのは嫌だからという理由ではなかった。
ただ単に、緊張したからだ。人に触れたのが久しぶりだったわけじゃないし、大体この男とは任務中であってもそうでなくても接触は常にしているようなものだ。レオの腕を引っ張ってくれたりレオのことを放り投げたりレオのことを抱えたりと、職務上不承不承そうやって先輩はフォローを重ねてくれる。普通に日常的に接している時、今日だってよくされたように腕をかけられたりとか頭を撫でられたりとか頬を抓られたりとかは常にされる。
―――なのに。
なのになぜかたった今された膝枕には物凄く緊張した。心臓がどきどきと酷く早鐘を打っていることにレオは困惑する。なんで今、そんなに早く動かなきゃいけないんだ?
レオがそう思っているとは勿論露知らない先輩は、錯乱ってどーいうこっちゃと顔を顰めた。
「だっておめーがソレ使ってんじゃん。枕」
「まく…え?」
これ、と言って自分が持っている枕兼クッションを手にしたレオに、そうだよとザップは言った。「なんかの上じゃねえと画面見えねえもん」「ああ…」角度的に、とレオは言ってええと、と言いながら枕を差し出した。
「んじゃこれ使っていいっすから。俺の膝よりマシでしょ」
「あー…」
これなあ、と言いながらザップはぼすんと一旦それに頭を乗せた。「……ん〜〜〜〜…だめだこれ使ってると俺眠くなんだよ」おめーが持ってろ、と言ってザップは起き上がると再び枕をレオに押し戻した。「……えっと…んじゃー」どうすんすか、と少し引き攣った声で言ったレオの膝がばしんとまた倒される。丁度胡坐をかく格好に似ていた。
「わあ!?」
「うし動くな」
そのまま、とザップは言うとレオの膝にすとんと頭をのせてきた。「………っ!!?あ、あの、あのーザップさん…」「あー?んだよ」「あの、こ、こういうのって…」ふつう、と言いながらもレオは混乱していた。あれ?おかしくない?昔から見てる漫画もドラマも映画もともかくなんでも、こういうのって年上のお姉さんとかに甘えながらするもんじゃないの?もしくは耳かきとかする時じゃないの?なんで?そう混乱しているレオの耳に、おい、とザップの声が入ってきた。
「始まるぞ。説明しろよ説明」
「うえ?…あ、は、…はい………」
そう言ってレオは画面を向いた。CMが漸く明けたところだった。
全く内容が頭に入ってこなかった。確かに人間関係が複雑かつ、登場人物が矢鱈と多く入り組んでいるドラマだったから、毎週本当に集中していないと内容が全然分からなくなる。だから前半集中して見ていたというのに、後半は全くもって何も頭の入ってこなかった。ぞっとしてしまう。
主人公がサムの名前を呼びながら摩天楼の中を走り回るエンディングを見ながら、ザップが口を開いた。「……これもーサムって奴死んでんだろどー考えても。ひでー話過ぎねえか」「…………、……。」ぼーっとエンディングテロップを見ているレオに、おい、とザップが言って腰を叩いてきた。
「にゃあ!?」
「何がにゃーだ。人の話聞いてんのかよ」
そう言ってザップは小さく欠伸をした。「…は…っあ、い、いえ。あの、えーと…眠いんですか?」もうじゃあ風呂に、と言ったレオに、んー、とザップはやっぱり眠そうに言ってしかも目を瞑ってしまった。
「えっいやちょ、ちょっとザップさんだめ、寝ないでください。寝ないで。起きて」
「………ねみい…」
「待ってどうしてなんでこんなに突然、あの、ざ……」
ザップさん、という前にすやすやと先輩が寝息を立てていることに気が付いた。「………嘘だろ…」もう、とがくりと肩を落とした後に溜息を吐く。自分の膝の上ですやすやと寝息を立てている先輩は恐らく既にシャワーくらいは浴びているのだろう。いつも着ている上着はその辺に放置されていたし、レオが帰ってきた時髪が少し濡れていた。けれどレオはこれからシャワーを浴びて、出来たら髪も洗って、寝る前にホットミルクの一つも飲んで眠ろうと思っていたからこの状態は誤算だ。
「……ザップさーん。ねえ。ねーってば…」
そう言って軽く揺さぶったがザップはすやすやと眠っている。寝顔だけ見れば子供に見える、とレオは思ってはあと溜息を吐くと顔を上げた。テレビが点け放しだったので、リモコンを手に取って電源ボタンを押した。ぶちんという音を立ててテレビが暗くなる。
「……ソニック…は、もう寝てるか…」
テレビのすぐ横で丸くなっている友人を見た後、レオはそっとザップを見つめる。「……寝てる…」そう言って先輩の髪に、そろそろと触れた。信じられないほど通りがいい銀色の髪に溜息を吐きたくなる。これで口さえ開かなきゃ、と思って―――やめた。
「…喋んないザップさんなんてザップさんじゃないしな。……別に」
喋ってもきれいなのは変わんないし、と言おうとして慌てて黙った。「い……、い、今俺は、」何を言おうとしてたんだ、と言おうとした瞬間にんん、という声が聞こえてきてはっとする。言わずもがな、レオ以外にここにいる人間はザップだけだ。
「あっ。お、起き…」
「……んー……………、……………んだよ……、……うるせーなもー………」
レオのくせに、と言ってザップはまた眠ってしまった。「………、……………。」
その瞬間だった。
眠る直前に見せたザップの顔が、笑顔だったのが悪かったのか。
それとも軽く寝返りを打った時にレオの服が軽く引っ張られたのが悪かったのか。
名前を呼ばれたのがそもそも悪かったのか。
レオには分からない。分からない――――が。
「…………………え…」
その一文字を言いながら、自分の顔が物凄く真っ赤になったことにレオは気が付いた。見なくても、分かるくらい熱が生まれている。
「………、…えっ…い、…いや……ちょ、」
ちょっと待って、と言いながら慌ててばしんと自分の顔を叩く。「……ま、…待てよ…!!なん…え…っ!?…い、いやいやいやおかしい!今、今俺が、…俺がすべきことは……!!」その時また膝からんん、という声が聞こえてびくっと背筋を引き攣らせた。
「…………うるせーってばこのアホ……、…静かにしろって……」
レオ、と言ったあとにまた先輩が笑ったので、レオはまた固まってしまった。
何で起こさねえんだよ、と言いながら欠伸をしているザップにぐいとゲーム機を突きつけた。「……俺はシャワーを浴びてきますのでどーぞご勝手に」「?何怒ってんだお前。……あ、」さては、と言った声がにやついていることに不審を覚えたが、とにかくバスルームに行きたかった。だからすぐに歩き出そうとしたのに、すぐにがしりと襟首を掴まれてレオは悲鳴を上げた。
「ちょ…っと、も、もー!何すんすかザップさん!」
「俺が構ってやんなかったから拗ねてんだなーったく。分かり易いやっちゃのー」
レオくんは構って欲しがりだもんなー、とふざけたことを言いながらいつものようにぐりぐりと側頭部を小突かれたので、やめてくださいとレオはばしんとザップの手を弾いた。普通にムカついた。
「いてーなコラ。何すんじゃ」
「…俺はシャワーを浴びて来るって言ってんでしょ。あとほら」
クエスト準備しといたからと言ってレオはさっき渡したばかりのゲーム機を指さした。
「うおマジか。何してんだお前。起こせよ」
「俺ザップさんよりプレイ時間短いからイベント到達レベルいってないって言ったでしょ。…俺の方も到達レベルまで上げといたから」
出たら続き出来ますよ、と言ってレオはバスルームに飛び込んだ。マジで?という初めて聞いたような声がして、マジっすよとレオは返事をしながら服を脱いだ。
―――誰が構って欲しがりなんだ。
シャワーを浴びながらそう思った。いやそれはむしろアンタだろーが。泊まってまでゲームしたいとか、ドラマが終わる30分も待てないとか、挙句の果てには膝枕までさせやがって、とそこまで思って慌てて首を振った。「………あ〜〜〜もう…」ホントに、と言いながらバスルームから出た。外からはゲーム音が聞こえてくるから、ザップはどうやらゲームを再開したらしい。こりゃ出たらすぐにプレイか、とレオは思って肩を竦めながら身体を拭く。
「は〜〜…俺はただフツーに一日を終えたかった…」
それだけなのに、と言った瞬間ドアが開いた。「おいレオここどーやんだ。わかんねえ」「ぎゃああああああ!!」「うおおおおお!?」なんだよ、と心底不思議そうな先輩をバスルームから追い出して慌てて再度身体を拭き直し、服に着替えた。
「?なーお前何怒ってんだよ。いーじゃねえか別に。男だしよ」
「そ、そーいう問題じゃないの!俺はヤなの!」
もう、と真っ赤な顔をしながらザップの手元を覗き込んだレオを見て、ザップはきょとんとしているらしい。価値観っつーかなんつーか、とレオは呆れながら画面を見て、ああ、とすぐに答えを導き出した。「これならこっちの…聖域にある薬を―――」取ってこないと、と言いながら顔を上げる。
すぐそこにザップがいることを知らないわけじゃなかったのに。
「……………。」
結構な至近距離で眼が合ってしまった。その瞬間レオが思っていたのは―――何もなかった。余りに驚き過ぎてしまったからなのか、それとも何かほかに別の理由があるのか、レオにはわからない。ともかく思考が停止した。
「………んー」
ねみーな、とザップが先に口を開いた。レオに理由はわからなかったが、ザップもなぜかレオと眼が合った瞬間黙っていたのだ。「……え。あ、……はあ……」そっすね、と言ったレオを見て、だよなあとザップは言うと欠伸をした。
「寝るか。おめー奥にしとけよ」
俺はこっち側にしてやるから、と当然のようにベッドに寝そべろうとする先輩を見て、無心のままレオはこくんと頷く。シングルベッドはとても狭いから、正直十九歳と二十四歳の男が寝るのにはぎゅうぎゅうだ。けれどザップは一度も床で寝ると言ったことはなかったし、泥酔してしまう以外でそうしたことは今までになかった。だから必然的に彼が泊まった日は、こうやって一緒に寝るかレオが床で眠ることになる。
今日はどうやら一緒に寝る日らしい。
「……はーい」
そう言った声が少し拗ねていて困惑した。今なんか拗ねるとこだったのか?そう思ったレオと同様、ザップも不思議に思ったらしい。
「?なんでおめーまた怒って……、…ああ」
なんだ、と笑って言ったザップを怪訝に思って見上げる。なんだか悪戯っぽい、まるで子供みたいな表情をしているのに疑問を抱く。
「…んじゃー次は俺が膝枕してやろーか」
にやりと笑ってそう言ったザップの顔を見て、レオは当然絶句してしまった。
顔はきっと赤くなかったとそう思いたい。
終