甘党辛党

2017/10/15

2022/03/28 改稿

がしゃん、という音と「ぎゃあ」という悲鳴が重なった。
酷く耳触りが悪いその声に、思わず顔を歪めてしまう。煩いな、と呟くと何事か足元から反論があった。更に煩い、ともう一度とどめとばかりに足元に力を入れてしまう。
そこで向こう側から名前が呼ばれた。

「チェインさんその辺にしてあげてください。この人今日は元気がないんです」

――――だから、とチェイン・皇は足元を見下ろした。
だから追い打ちをかけてるのに。
そう思ったのが伝わったのか、幼い風貌の同僚は苦笑しながら、「ね、お願いしますよ」と柔らかくそう言った。

どのくらい前に入ったのかは思い出せないが、その同僚、レオナルド・ウォッチという少年がチェインはそれなりに、そこそこ、口にするのはちょっと照れる程度には、好きだ。
恋愛だとか、親愛だとか、そういう単語を使う気にはならない。ただ単に好ましいな、と思っている。敢えて言うなら友愛と言う言葉が一番近いと思う。見た目のせいもあるのだろう、弟みたいな子だと最近は思っている。何しろ自分より背が低いし、多分年下だ。
愛称が「レオ」であるその少年は、驚くべきことに同僚のザップ・レンフロと付き合っているらしい。
チェインはこのザップという男がどうにもいけ好かなかった。嫌いだとか、不快だとか、煩わしいとか負の方向の表現は多々あると思うが、それを全部ミックスしても足りないくらい、好きではない。たまには見直したとかよくやったなとかお疲れだとか思うことだってあるにはあるが、本当にたまにだったし、元々好きじゃないからこそ、ちょっといいことをしただけでもそう思えるだけかも知れない、と最近気が付いた。憎い訳ではない。嫌いなのだ。理由は色々あるし、色々ない。根本的に反りが合わないだとか女関係が酷いとか人間的にどうしようもない、とか。
色々あるし色々ないのだ。

仕方なしにひょいとザップの上から降りて肩を竦める。
「…まあ今日はこれくらいにしておいてやるか。往生したら?」
「これくらいで往生って何だよ。んじゃ本気でやったら往生どこころか骨も残んねーじゃねーか」
分かってんじゃん、とそこでやっとチェインはソファに向かう。あのクソ女あとでぜってー泣かしてやる、というザップの声が背後から聞こえたが、それは無視した。
「ザップさんがセクハラするからですよ」
「してねーよ。アイツが自意識過剰なん、」
やれやれと思ったがもう一度頭を踏んだ。やっと起き上がったップの上にぱっと現れたチェインを見て、わっとレオが声を上げる。
「…あ、そーだレオ。買い物行きたいから一緒に来て。ギルベルトさんから頼まれてるの」
「テメーいい加減にしろやコラ!退けってば!」
「あ、え、えーと。ハイ」
ザップさん危ないから手を振り回さないで下さいよ、とレオはおかしそうに笑って、それでもチェインに向かって頷いた。
その顔を見て何故かレオと初めて会った時のことを思い出した。自分の下にいるザップが誤って連れてきた相手がレオで、しかもそれだけではなく別の問題まで一緒に連れてきたのだからてんやわんやだった。けれどあれがなければここにこうやっていることもなかったんだろうなあ、と今更思う。無言でじっと見つめていたからか、レオが少し緊張した様子で何ですか、と首を傾けた。
「…ううん。べつに。変わんないなと思って」
「……それは俺が全く成長してないとかそういう」
「身長的な意味なら、まあ、それはそうだよね」
マジで?とレオが悲しげに言っているのに構わず、ザップが「オイてめえ」と唸る様に言った。
「いーから退けよ!いつまで乗ってんだ!」
「…雑音が聞こえるなー」
雑音ってなんだよ、という何の捻りもない暴言を聞きながら溜息を吐いた。レオがそれを見て、まあまあとよく分からない宥め方をしてくる。宥められたところで、下にいる男に対して感情の揺れ動きは全く無い。
けれど困ったような顔をしている後輩を見たら少しだけ罪悪感が湧いたので、仕方なく退くことにした。ただしこの罪悪感の矛先はザップではない。レオである。
姿を消した後、ザップが再度暴言らしきことを言っているのがちらりと聞こえたが、面倒になったから相手をするのをやめることにした。時間が惜しい。
ソファに戻ってそっと後ろを振り向くと、頭を押さえているザップと、それから苦笑しているレオが、仲良さそうに話していた。
やっぱりよく分からない、と目を逸らす。
理解し難いことは世界にひょいひょいと転がってはいるが、あれだってそのうちの一つなんだろうな、とそう思った。


「ええと…あとクランベリー。量りで売ってるやつ」
メモを見て呟いたチェインに、了解すと言いながらレオが辺りを見回した。「…あ、あっちかな。量りは」うん、と頷いてそちらに足を向ける。
「生のでいーのかな」
「ドライだったら書いてあるんじゃないすか」
電話します、と首を傾げたレオにいいよと首を振った。「なんか、そこまでしなくてもいい気もする」「そんな感じですか?」そう言ってレオは買い物かごを持ち直した。中にはコーンの缶詰とか芽キャベツとか、スリムシュガーなんかが入っている。重くない、と聞いてはみたが重いと言われてもそっかガンバレ、と纏める気だったので、余り聞いた意味はなかった。レオは大丈夫ですよ、と胸を張っていたから多分大丈夫なのだろう。格好を付けているだけかとも一瞬思ったが、そういうことをする少年でもない。大体、こちらに恰好を付けても余り意味はないだろう。
「つか、今日は何で僕を誘ったんですか?」
少し前を歩くレオは不思議そうに言った。「偶然会ったりとか、たまたま一緒になったとかだったら分からなくもないんですけど」
大抵チェインさんお使いは一人でしょ、と一歩程前を歩いていたレオが振り返る。その拍子に籠の中身ががしゃんと音を立てた。あ、と慌てたようにレオが籠を覗き込んだが、缶詰がバランスを崩して倒れただけだった。

―――何で。

何でねえ、と頭の中で復唱しながら少し考える。多分傍から見れば無表情というそれに近いのだろう。レオは慌てたような顔になって、「嫌とかそういう訳じゃないですよ」と弁明らしきそれをした。
少し考えたあと首を傾げて、「何でかなあ」と呟いた。レオがきょとんとした表情になる。
「…もしかして話したかったのかも」
「僕と?……何を?」
それは分かんないけど、と返事をすると、レオは益々不思議そうな顔になった。「何すかそれ」と言うレオの隣に並ぶと、「いいからさっさと買おうよ」と先を指さす。
はあ、とレオは未だ納得してはいないようだったが頷いて、大人しく生鮮果物のコーナーに向かった。

ただの疑問だったのかもな、と大量に並んでいる果物を見ながら考えた。質問したかったからなのかも知れない。一体どうしてあんな男と付き合ってるのか、知りたかったのかも知れない。けれど多分、納得がいく答えが返ってくる訳もないし、どんなことを言われても納得なんかできないのだ。理解すら遠いところにある。恋愛に限らず感情は人の自由なのだから、理解も納得も要らないとは思うけれど、聞いておいてそれかよという反応をされるのは、幾らレオだって嫌だろうとチェインは思う。少なくとも自分は嫌だ。
「…あれ…?クランベリーが無い…」
「あるじゃん。ほら」
「え?嘘。どこですか?」
そう言いながらじっと目を凝らしているレオの後姿を見つめて、ふむ、と少し考える。ホント、何で誘ったのかなとしみじみと思う。
確かにレオの言う通りで、買い物を頼まれた時は通常、チェインは一人で向かう。調度品だったり、家具だったり、今日みたいに食品を頼まれることはまれだったが、どちらにせよ一人で行く。誰かを誘ったりはしない。だからこれは本当に稀なのだ。
くしゃくしゃした髪を見つめながら、肩を竦める。クランベリーがまだ見つからないようだ。どうやら眼はよくても間違い探し系は苦手なのかもしれない。
「そこ。ほら」
隣に並んでからそう言って指をさすと、レオはあ、とやっと気が付いたらしく珍しく目をぱっと開いた。青い義眼がきらきらとしているのを見て、ちょっと驚く。仕事中以外で滅多に彼は目を見開くことがないからだ(一応今も仕事中ではあるが、それとはまた違う仕事中だ)。それを見る度にまるで星みたいだとチェインは思う。
視線に気が付いたのか、レオがこちらを向いた。それを見てふと思った。元々彼の眼はこんな風に青かったのだろうか。それとも、この義眼を移植されているせいなのだろうか。

どっちにせよ聞く気はなかった。聞いたところで余り意味はない。
それこそさっきの感情の問題と同じだと思った。

「…?」
やっといつもの糸目になったレオが不思議そうな顔でチェインを見つめる。
「…何でもないよ」
そう言ってクランベリーに近付くと、さっさと買っちゃおうよとチェインは続けた。レオは怪訝な顔をしていたが、はい、と小さく言って量りにクランベリーを載せた。


籠をレジに持って行ったところで、ちょっと俺も買いたいものがあるんでいーですか、とレオが言った。
「全然いいって。行ってらっしゃい」
「ども」
ぱたぱたと奥の方に行くレオの後姿を見つめる。それを見ながらそういえば、とふと先日のことを思い出した。やはり同僚である、ツェッド・オブライエンの心臓とも肺とも言えるボンベが奪われた時のことだ。
地面に這いつくばる様にして必死に痕跡を探していたレオは、眼の酷使による痛みと熱さに悲鳴を上げながら探索を続けていた。特にやることがないから、と別件の任務に顔を出さなかったチェインはそんなレオの後を無言でついていったのだが、別段その時もそんなに会話をした訳ではない。
なぜか、その時見たレオの背中はチェインの中で矢鱈と印象に残っている。
格好良いなとか、凄いなとか、そういう感情は抱かなかった。多分それはレオからすれば当たり前のことだったのだろうから、そう思うのも何だか変な気がしたのだ。それはどうやら後からやってきたザップにも言えることで、彼が静かに怒っているところを見ても、この無計画バカ、と思っただけで格好良いとは思わなかった。実際、あれは無鉄砲にも程があったのだ。
ただどうしてか、二人は似ていると思った。
無茶をするとか、実直だとか、地道な方法だとか、そういうことは関係ない。多分、あの二人はその辺りが似ているのだ。けれどやり方と表現の仕方が違うから揉めたり無為に争ったりすることが多い。
手段ではなく、感情の矛先が似ている。
性格や外見や趣味や人格は全くもって似ても似つかないのに、それだけ重なるところがあるのだ、と最近気が付いた。

だからなのかな、とそう思った。
だからお互い好きなのだろうか。

紙袋に缶詰だのジャムだのを詰めていると、レオが自分の買い物を済ませて戻ってきた。「すいませんどーも。俺そっち持ちますよ」よっと、と奥にあった方の紙袋をレオが引っ張る。「そっち重いよ」とチェインは何の気なしにそう言った。ジャムと缶詰と、それから牛乳が入っていた。
「そりゃあ、だから僕がやるんですよ」
レオは全く何でもないことみたいにそう言って、笑った。一瞬自分の脳が停止してしまった感覚に襲われて、目を瞬かせる。何すかもう、とレオはおかしそうに言った割に苦笑した。
「俺だって女性に気くらい使えますよ」
「……ああ、…あー、そういう」
「どーいうことですか」
思いの外レオは軽々とそれを持つと、それじゃ帰りましょう、と今度はちゃんと笑った。それを見てちょっと考える。
「…そーだね」
結局チェインはそう言ってもう一つの紙袋を抱えた。


交差点で信号を待ちながら隣を見る。「…重くない?」「いえ?別に」そんなでもないすけど、と本当にレオは何でもないように言った。多分嘘じゃないのだろう。そっか、と今更ながらチェインは納得して前を向いた。
「…レオも男だったね」
「どーいう意味ですか?結構傷つきますよソレ」
「…や、なんかこう」
あの職場そういう感じないでしょ、と言いながら信号が青になったのを見て、足を進める。そうですか、とレオは考えるようにして言った。
「男女平等、的な」
「んー…まあ、大体そんな感じ」
少しニュアンスは違うけどまあそんなところかな、と思う。男女平等というより、性別を超越している感じがある。やっぱりうまく言えないし、丁度いい単語が見つからなかった。
「……そういや、俺とザップさん付き合ってるの結構皆知ってますけど、なんかフツーですよね」
「ていうか皆レオにびっくりしてたけど」
「え?なんで」
きょとんとした顔でこちらを見上げて来たので、少しおかしくなった。「…猿と付き合ってるってだけでびっくりすることなんだって。性別とかその前に」そういうことですか、とレオは苦笑して頭を掻いた。片手だけだったが、別段荷物を落としそうな気配も素振りもない。やっぱり男なんだなと二度目の納得をする。
「…まあ、別に俺と付き合っててもあの人何も変わりませんけど」
「うん」
そーだよね、と頷くと「ですよねえ」とレオは苦笑して仕方なさそうな顔になった。そう言えど付き合ってはいるのだから、そこに別段蟠りは無いのだろう。大体、付き合っていてもしょっちゅうケンカをしているのだから、その辺は前と何の変わりもないのだ。

事務所近くにやって来てから、そう言えばとチェインはふと先ほどのレオの買い物の事を思い出した。
「そういえばさ、何買ったの?さっき。スーパーで」
ドアノブを掴みドアを開ける。先に入るようレオを促したが、レオは律儀にも手を振って、チェインに先に入る様に言った。ちょっと逡巡したが結局チェインは先に入る。
「レディファースト?」
「え?ああ、えーと、…えーとまあ、そーです」
嘘、と笑って言ったチェインのことをレオがびっくりしたように見つめた。きょとんとして聞くと、レオは慌てた様子で荷物を持ち直して、いえ、と変な顔で言った。
「チェインさんがそーやって笑うの珍しかったので、びっくりしました」
「え。そう?」
「そうですよ」
そうなのかな、と思いながらさらにドアを開ける。事務所に着いた。多分また先に入ってと言われるだろうな、と予想したので自主的に先に入る。レオが荷物を抱えてドアを潜ったところで、チェインはドアを閉めた。「あ、すいません」「いーよ」こんなことを一々気にしていたらここで生きていくのは大変だ。

レオと一緒にギルベルト・F・アルトシュタインの許へ向かう。かちゃかちゃと紙袋の中のものがぶつかりあう音が聞こえた。
「…あ、そーだ。そういえば、さっき何買ったのって聞かれてましたね」
「あ。そうだね」
聞いたというのに忘れていた。それを察したのかレオはちょっとおかしそうに笑って、チョコレートですよとそう言った。
「チョコレート?なんで?」
「食いたくなったので」
「それだけ?」
「?だって」
チョコって食いたい以外でなんか買う理由あります?とレオは真顔でそう言った。確かに言われてみればそうだ、と自分で聞いた割には簡単に納得して、そうだねとチェインは頷く。「…暫く食べてないから忘れてた」「チェインさんはどっちかっちゅーとお酒のイメージすけど」そう言われてちょっと間が空いた。あ、とレオが慌てた様子でこちらを向く。
「え。あ、なんかすいません。イヤでした?」
「嫌って訳じゃーないんだけど。つか事実だしなー…」
とはいえ女子としてそう言われるのは微妙な気分だ。酒飲みと言われているも同然だからである。確かに酒には強いし、甘いものよりそっちの方が好みと言われればそうなのだが、それをレオに言われるのは何とも言えないものがあった。
それを察したのかどうか、レオはええと、と困った様にそう言った。別段フォローしてほしい訳じゃないんだけどな、とそっと横目で後輩を見て思う。ここで普通だったら気にしないで、とか別に怒ってないよ、とか言うところなのだが、何となくチェインは黙ってしまった。レオが何を言ってくるのか気になったというのもあるし、微妙な気分と思ったが、本当はちょっと腹が立ったのかも知れなかった。自分で怒ったという意識はなかったのだが、その実そうでもなかったのだろうか。自分でもよくわからなかった。

レオがそうやって悩んでいる間にギルベルトがこちらに気が付いてやってきたので、どうぞと言いながら二人で荷物を渡した。どうも有難うございますとギルベルトは穏やかに言って袋を受け取ると、ひょいと軽々とカートにそれを載せてとことこと歩いて行く。流石執事、とよく分からないことを思いながら部屋を出た。部屋を出るまでチェインもそうだが、レオも無言だった。
広間に戻ってから、あのう、と言う声が後ろからかけられてチェインはくるりと振り向く。「…えーと、その。すいませんあの」言葉を必死に探している様子のレオはそう言って、困ったような顔になっていた。さっきのことだろうな、とチェインは察したが、なにが、とそう言う。分かっている癖にそう言うのは意地が悪いと分かっていたが、どうしてかそう言いたくなった。
「…あー、その、俺酒あんま飲めないので」
「?うん」
意外な方面のことを言われて思わずきょとんとする。目をぱちぱちと瞬かせているのを見て、レオは困ったような顔のまま頭を掻いて、だからその、と気まずそうに続けた。
「…チェインさん酒飲めるでしょ。格好良いなと思ってたので、ついああいうことを」
言ってしまったんですけど、とレオは困った様に続けるともう一度頭を掻いた。「…女性にああいうのは、まあ、普通に嫌でしたよね。すいません」そう、酷く困った様子でレオは言うと、やっぱりしょんぼりとした様子で眉を下げた。
―――格好良い。
そう言われたのは初めてではない。後輩に言われたこともあるし、友達に言われたこともある。可愛いより、それの方が言われたことが多いかも知れない。ただ、まさか目の前にいる同僚にそう言われることがあるとは思わなかった。久々に、結構驚いたと自分で思いながら、ちょっとおかしくなってしまう。
「…格好良いかなあ?」
「格好いいすよ。マジで」
チェインの言葉を聞いた後、レオは安心したように息を吐くとそう言って、自分がスーパーで買ってきた紙袋からごそごそとチョコレートを取り出した。何の変哲もないただの板チョコだった。
ぱきん、と音がするまでそれに気が付かなかった。はたと目を向けると、レオがはいどーぞ、と言いながら板チョコの半分をこちらに向けて差し出してきていた。
「…何ソレ」
そう言いながら反射的にチョコレートを受け取った後、レオを見つめる。レオは少し照れたように笑うと「それで勘弁してください」と子供っぽく笑った。
手の中のチョコは銀紙と包み紙に包まれた、何の変哲もないチョコレートだった。カカオ何パーセントとも書いてないから、本当に普通の、ただの甘いだけのチョコレートなのだろう。砕けた欠片が少しだけ銀紙の周りに散らばっている。
「…ありがと」
小さくそう言ったチェインにいえこっちこそ、とレオは苦笑して言った。その直後だ。

「レオ」

その呼び声にぱっとレオが目を向けた。自分も後ろを振り向くと、いつもの如く、ソファで雑誌らしき何かを読んでいたらしいザップが手招きしている。「金は無いですよ」「ちげーよバカ。何でそーなんだよ」そう言い合いながら、レオがソファに座るのが見えた。無言でそれを見つめながら、気が付いた。
レオが手元にあったチョコレートを半分に割っている。つまり半分の半分だから、四分の一くらいの大きさになった。何を言っているのかは今一聞こえなかったが、レオはそれをザップに渡していた。ザップは最初怪訝な顔をしていたが、何か一言二言言ったあと、結局それを受け取っていた。レオはレオでチョコレートを食べているみたいだ。
自分の手元にあるチョコレートを眺める。その大きさは一枚の半分で、つまり二人が食べているチョコレートより大きさとしては大きい。
「……。」
黙ってそれをぱきんと砕いて口に入れた。甘い。久々に食べたチョコレートは、思っていたより甘くてちょっと驚いた。
「………。」
無言でまたソファの二人を見つめると、楽しそうに笑いながらまだチョコを食べている。一体何がそんなに楽しいのか、と思いつつももう一欠片チョコレートを口に放り込んだ。やっぱり甘い。
―――格好良いなと思ってたので。
…そうでもない、と少しおかしくなって自分に笑った。そうでもないのだ。本当に。チョコレート一つでこんなに笑えてしまうのだから、レオが思ってるほど大人でもないし、格好良くもない、とそう思って残りのチョコレートを見つめる。
甘いけど、やっぱりチョコレートは美味しかった。


翌日。珍しく昨日レオから貰ったチョコを一気に平らげていなかったらしいザップは、残りと思しきチョコを食べていた。それを無言で見ていたチェインに、何だよとザップが怪訝な目を向ける。
「…別に。勝ったな、って思っただけ」
「ああ?何がだよ」
「教えない」
なんじゃそら、と言うザップを前に思わず笑ってしまった。本気で勝ったとか負けたとか思ってないけど、と頭の片隅で思う。けど、別にいいのだ。そういう問題じゃない。ただチョコレートを貰ったのが嬉しかっただけだから、と思いながら笑っているチェインを見ながら、益々ザップが怪訝そうな顔になる。「え?何オマエなんか拾い食いでもしたの?」「アンタと一緒にしないで」そう言って踏んだ瞬間悲鳴と同時にドアが開く音がした。二人でドアの方を向く。
「おはよーございま……ってうお!?チェインさんそれ首折れてません!?その人!怖!」
「折れてたら死ぬから折れてないよね。つまりもっと踏んで大丈夫」
「何でそーなんだよバカいでででででバカやめいてててて」
やめてあげてくださいよ、と笑って言うレオに目を向ける「……あのさ」「ハイ?」ザップの上からそう話しかけたにも関わらず、レオは普段通りにこにこと笑顔で返事をした。ザップからは悲鳴が聞こえてきている。
「…チョコありがと。おいしかった」
「あ、そうです?フツーのチョコレートですけど」
「うん」
美味しかったよ、とそれだけ言ってぱっと姿を消した。途端にわっ消えた、とレオが驚いた声を上げて、ザップが犬女てめえ、と叫ぶのが聞こえる。それをおかしそうに見えながら、ひょいと窓の方に向かった。そろそろ出かける時刻なのだ。


そのあと少しの間、甘い酒ばかり飲むようになった。先輩どーしたんですか、とびっくりしたように言う後輩に「何でもないよ」と返事をする。さくらんぼがグラスの中で揺れるのを見て、たまにはこういうのもいいかな、と珍しくそう思った。
ただし暫くスーパーに行くたび、チョコレートを注視してしまうようになったのは、言わないでおこうとそう思った。
あの年下の後輩には。