触ってみてからわかること
2017/04/08
起きたか、と言われて額にあてられていたらしい手が退けられた。「……、」どこだっけと思いながら天井を見ると、どう見ても毎日ほぼ見ている天井に相違ない。あ、そうか俺の家だ。それにようやく気が付いて、自分の額に手をのせていた人物のほうに、顔を戻す。
「……熱はまあ下がったっぽいな。…だいじょーぶか」
「………、あ、…」
はい、と頷いたあと隣にいる男を見つめる。「…………。」なんだよ、と先輩は苦笑して言った。俺の顔になんかついてるか、と言われてから首を振る。そうじゃない。そうじゃないけどなんだかとてもその時。
レオナルド・ウォッチはザップ・レンフロが好きだと思った。
――――そして瞬時に記憶が甦る。
思いきり毛布を被ったレオに、おい何だそりゃ、と呆れた声でザップが声をかけてきた。「…………。」何だそりゃも何もない。顔がものすごく真っ赤になっているのは言わずもがな、心臓が痛いくらいに音を立てていた。「…おまえなあ。これだから童貞は」明らかに半分以上ふざけたことを言いながら、ザップがぽんぽんとレオの背中を叩いた。ただし直接ではない。レオは毛布に包まっている。いつもだったら言い返すところだったが、今やそんな余裕はレオの中になかった。黙るしかできない。
「………そ、そーいうわけじゃねーっすよ…」
「んじゃどーいうわけなんだおめえは。水飲めよ」
喉乾いたろ、と言われて確かにそれはその通りだ、とレオは今更のように自分の喉の渇きを思い出した。「………すんません」そう小さく言いながらもそもそと毛布をかき上げる。腰に地味に痛みが走ってあいて、と悲鳴を上げつつ、顔を出した。
別段何も変わらないザップがそこには座っていて、ほらと言いながらコップをレオに差し出している。「…あざす……」そう言って素直にコップを受け取って水を飲んだ。やっぱり喉は乾いていたのだろう。水は冷たかったから、余計に気持ちがよかった。
ザップはレオの横に座っていた。同じベッドの上だから狭い。今何時だろうとレオが時計を見ると、恐らく自分は二時間ほど寝ていたらしかった。あまり記憶がない、っていうかとレオは思いながらそろそろと隣にいる先輩を見つめる。ん、とザップは勿論すぐレオの視線に気が付いて、いつもの如く灰色の目をレオに向けた。
「………どーした」
きょとんとしたように首を傾げてこちらを見つめたザップを見て、またしてもレオは瞬時に先輩から目を逸らし、俯いた。「……だからおめえな」その態度はなんだ、と言いながらザップにがしりと頭を掴まれたが、そのせいも相まってレオはますます顔が真っ赤になるのを意識した。「…、あ、えーと。は、はざっす…」「…今は夕方五時だぞ」「………………。」そんなこと言われても、と思いながらのろのろと更に俯いたレオに、だからなあとザップは呆れたように言ってレオの頭をわしゃわしゃと乱暴に撫でた。
「レオおめーな。処女喪失したからってそりゃーねえだろ」
「そ、………、そーいうこと、言わないでくれます…?」
なんとか自分の上にあった手を退けて息も絶え絶えにそう言うと、なんでだよ、と矢鱈楽しそうにザップは言った。「ほんとのことじゃねーか」「…ほんとのことだから」やなんですよ、と言いつつやっと顔を上げる。顔を顰めていたはずが、ザップと目が合ったとたんにレオは動揺してしまい、明らかに狼狽えた顔になった。そんな自分を一瞬呆れたようにザップは見つめたものの、だからよと言ってまた笑った。
「何なんだその態度は。…別にヤったからって変わんねーべ」
「そりゃザップさんはそうかもしれませんけどね」
俺は違うんすよと言ってやっと顔を顰めることができた。「?そーいうもんか」「…そーいうもんなんです」そうレオが言ったあと、そーかとザップは顎に手を当てて首を捻るようにした。「…あー…そりゃーまあ」そう言われて、レオはなんですかと無意味だったが一応髪を整えつつ、そうザップに聞いた。寝ていたせいもあるが、さっきザップの手にぐしゃぐしゃにかき回されたせいで髪はあっちゃこっちゃにいつもよりも跳ねていた。
「ヤってる最中のおめえはエロかったけどよ。ガキの癖に」
そう言われて脱力した。思わずうつむいてがくりと肩を落とす。そういうことでもないんだけどっていうか今の俺にそれは精神的ダメージ半端ないんでやめてほしい。「……、そ、…ういうことじゃ、」なくて、と言いながらよろよろと顔を上げると、ザップはおかしそうに笑ってだっておめーさ、と言いながらレオの頬を無意味に軽く抓ってきた。
ザップは”基本的に”レオに暴力を振るうことが多いが、ややこしいことにその暴力にも種類がある。これは機嫌がいいときのやり方だなあとレオは思いながら、眉間にちょっとしわを寄せた。機嫌がいいとき。
つまりただ単に触りたいと思っているだけらしい、と気が付いたのは付き合いだして大体一週間くらいだった。いちいち頬を抓られたり頭を乱暴に撫でられたりして、一体なんなんだとレオは不審に思った。割にそのやり方がいつもと違うからだ。そしてある夜、ゲームをしていたらちょおお前こっちこい、と言われてベッドをぱたぱたと叩かれた。レオはベッドの横で、ザップはベッドの上でそれぞれゲームをしていたのだ。
なんですか、と怪訝に思いながらレオはもそもそとベッドの上に乗った。乗った途端にぐいと腰を引き寄せられたので当然驚いた。わっと声を上げて何ですか、ともう一度言ったレオを無視して、ザップはそのままゲームを続け、レオは何が何だかまったくわからなかった。この体勢結構照れるんだけど、と思ってはいたが、口に出すのも何となく照れ臭かったので、レオはそれ以上何も言わずやっぱりゲームを続けた。その途中。
途中でなぜか首にキスされてぎゃあと声を上げた。
慌てて首を押さえて隣にいるザップを見つめて文句を言った。なにすんですかと喚いたレオに、おまえさあとザップは呆れた顔で言ったのだ。―――こんな近くにいちゃーそりゃそーなるって。具体性のかけらもない、そう言ったザップにレオは絶句してしまった。
そのあと別にザップはどうということもなく、ただ単にレオを抱き寄せるようにしてゲームを再開したのでレオが硬直する羽目になった。動けない。ゲームをする余裕がなかったので、もういっそのこと眠ってしまおうかとすらレオは思った。心臓の音がうるさくてそれすらできなかったけれど。
「…死んじゃう死んじゃうばっかり言いやがってよー。AVかっつの」
勉強でもしたのかよ、と半ば以上ふざけてザップは言うとレオのことをおかしそうに見つめた。「…っ、…そんなことしてないっすよ…」言いながら何となく思い出してしまったのでのろのろと俯いた。いつもだったら馬鹿じゃねーのこの人、と一刀両断しているところなのに、今日は無理だ。明日はどうかわからないけれど、ともかく今日は無理だった。
「……だってほんとに死ぬかと思ったんすよ。…なんか、…わかんないけど色々」
「まあお前はそーだろうな。この俺が相手だしな」
さっきから矢鱈ご機嫌だ、とレオは顔を顰めたままザップを見上げる。ただし顔は真っ赤だったからあまり説得力はなかった。「つかおめえ熱はいーけど腰はいいんか」「あ。え、えっとそりゃまあ、ちょっとは痛いですけど…」「腹は」「あ、それは」大丈夫ですと言いながらレオはまたうつむいた。さっきから同じことばかり繰り返しているが、顔を見たら見たでやっぱり緊張するし、見なければ見ないでなんだか変な気もするのだ。色々とぶれている。
俯いたのはやっぱり恥ずかしかったからだ。
さっきまでしていたことは印象的過ぎてすぐに思い出せる。
さっきまであんなに名前を呼ばれて、あんなにやさしく触れられて、あんなにたくさん好きだと言われたことはたぶん、今まで一回もなかっただろう。あったらレオはその時にも死にそうになっているはずだ。
「…レオ」
そう呼ばれるのは好きだった。「…何すか」そう言って恐る恐る顔を上げる。顔はたぶんまだ赤い。「…何つー顔だよオイ」そう苦笑してザップは言うと、そのままひょいと顔を近づけてきた。あ、とレオもその意図にすぐに気が付いて目をつむる。ごくん、と唾を飲み込んだあとに唇の上にいまだ慣れない感覚があった。
「…………、」
軽いキスだった。すぐに唇からその感触がなくなり、レオはそれでも緊張して息を吐く。「…なんだよこんなんでよ。何なら足腰ぐずぐずにしてやっか」「も、もー今日はいいっすそーいうのは」そう言って手で軽くザップを押した。耳まで赤くなってきた気がする。
「…んじゃ」
日付変わったらしてやるよ、とザップは笑って言うとレオのことをぐいと引き寄せた。「ちょ、ざ、っぷさ、」すとんとそのまま抱き寄せられてまたレオはごくんと唾を飲む。すぐ目の前にザップの体があって無意味に緊張した。さっきまでずっと目の前にあったのに、なんだかものすごく、照れる。「…………、」ザップの心臓の音が聞こえてきた。
「…おまえの身体」
すっげえあちーよと言ってまたザップが笑った。「………ザップさんだって」そうですよ、と負け惜しみにもならないそれを言うと、おめえほどじゃねえだろとザップはそう言ってレオの背中を撫でた。触れてくる手に益々緊張して、レオはまた、ぎゅうと目をつむった。
終