四月に雪は降らないが

2017/01/22

疲れた、と言った後輩はぱたんとベッドに寝転がった。「…ザップさんもー寝ましょ…」眠いです、という声を聞きながら欠伸をして、それからザップ・レンフロはおう、と軽く返事をして、それから。

空気が凍っている外に向けて、窓を開けた。


最初に動いたのはレオだった。
「寒い!寒い寒い寒い!!なんで!?バカなの!?寒い!」
「…うるせえなオイ」
そう言って煙草を咥えた自分の腕が掴まれる。「おわ」「おわじゃねーよバカ!閉めろ!雪!雪ふってるんすよ!」外は、と言いながら真っ青な顔をした後輩は無理矢理ザップを通り越して手を伸ばし、窓を閉めた。ばたん、という音と一緒にガラスが反響したのか揺らいだのか、がたがたという音がする。安普請だな、と思いながらザップは煙草に火を点けた。
「あっ。煙草喫わないでくださいよ!禁煙っすよここは!」
「…おめえうるせーなもー…少し静かにしろよ。夜だぞ」
「ええ?なんで突然まともなこと言うんですか?」
どういう意味だ、と顔を顰めてレオの額を小突くと、痛いですよとレオは不満げに言って口を尖らせたあと、仕方なさそうに窓を開けた。きい、という小さな音と共に雪が降っている外と、それからレオの家の室内が繋がる。純白とまではいかないなりに、遠くに見えるネオンサインの上に雪が降り積もっているのは中々に綺麗だった。雪が緑や赤に反射している様は、まるでクリスマスツリーを眺めているみたいだった。「…………。」似合わねえな、と少しおかしくなったものの、ザップは咥えていた煙草を口から離して煙を吐き出す。勢いよく吐き出された紫煙が外へと逃げるように飛び出していった。
「…寒いんですけど」
「んじゃ風呂入ってこいよ。まだそっちのがマシだろ」
「………どーしたんすか今日は…」
まともなことばっか言って、とレオはまた聞き捨てならないことを言った割に、素直に立ち上がった。んじゃ俺風呂入ってきますよ、と言いながら服を持ってのこのことバスルームに歩いていく後姿にザップは返事をせず、外を見つめた。
雪が降っている。

もう寝ると言っていた割に、とふとつい今しがた風呂に素直に歩いて行った後輩のことを考える。「………。」期待してんのかな、と一瞬ザップは思ったがいやいやとすぐにその考えを打ち消した。そんな訳がない。―――そんな。
レオはたぶんそういう奴じゃない。
そんなうっすらした、曖昧なことを思ってぼーっと外を見上げる。確かに寒かったが、なぜか今日、それは気にならなかった。座った窓枠も手に触れているガラスも非常に冷たくて、身体はまるで氷みたいに冷たい。ふと氷を操る上司のことを思い出して、ザップは苦笑いした。やっぱりらしくない、と思いはしたが、連鎖的につい先日した会話のことも思い出した。

『―――おまえ、』
少年はどうするんだ、というひどく漠然としたことを言われたことを思い出す。『…………どーするもこーするも』どうもしませんよ、と言ったザップを見て、上司のスティーブン・A・スターフェイズは変な顔をした。『…俺が』けじめでもつけるように見えましたか、と言った自分の声は呆れているようにも聞こえたし、拗ねているようにも聞こえた。大人げねえな、と自分でも思ったが、スティーブンはそれに対して特に何も言わなかった。
『…僕はいいけどな』
お前がいない間の責任は取らないぞ、と言ったあと上司はすたすたと組織の長、かつ友人の許へと歩いていってしまった。『……………。』どっちが、とザップは溜息を吐いてその時もまた窓際に歩いた。――そう。どっちが。
「…責任なんつー言葉がもー俺に、」
似合わねえ、と心中思いながら目を瞑った。煙草はいつもながらの味がして、やっぱりこの味がないと自分は生きていけないなとふと思う。金も女も酒もそうだけど、けれど一番はこれだ。この味がないときっとどこにいたって常に餓えているようなものだ。いつからなのかは知らないし、レオにはよくこのニコチン中毒と罵られるのだが。
「…………………。」
もう一度煙を吐くと、今度は煙が少し室内に流れ込んできた。風に流された雪が頬に触れて少し身震いする。風邪でも引いたらスティーブンに叱られる、と身を竦めながらもザップは窓を閉めなかった。室内で煙がこもるとレオが怒るのだ。

そうして十五分くらい経っただろうか。レオが出ましたよ、と言いながら風呂から戻って来た。「ザップさんは風呂入……、…ってうわ、ちょ…」風が、と言いながらレオがザップの方を見つめた。眼が合う。
「………おう」
なぜか初めて会ったような顔をしてザップは手を上げた。レオはぽかんとしていたが、な、と小さく口を開けてその辺に思い切り持っていた服を投げ落とした。ザップが今度はぽかんとする。
「ちょっと」
何やってんすか、と言いながらレオがこちらにずかずかとすごい速度で歩いてきた。「え」何?と繰り返したザップの手が掴まれる。煙草を持っていた方の手だったので、慌ててザップは少し身を引いた。ぐらりと身体が窓の外に傾いだが、落ちる程ではない。それよりも煙草の火がレオに当たりそうで、ザップは慌ててぽいとそのまま煙草を外に投げ捨てた。あ、と思う前にぐいっと今度は肩が引き寄せられる。危ね、と思った時には室内に倒れ込んでいた。
「だ、…っおわっ!」
少し雪は床にも入り込んでいたらしい。手が冷たい、と思う前に自分の下にいたレオがすぐに抜け出して、窓を思いきり閉めた。ばたん、という音と一緒に窓枠が軋む音と、それから家全体が揺れるような感覚がする。「……………。」やっぱ安普請だ、とザップは酷いことを思うと、のろのろと起き上がった。
「…にすんだよ。あぶねえな」
「あぶねーなじゃありませんよ!」
レオはそう言うと、何してんすかと言いながらザップのすぐ前に座り込んできた。恐らく窓を開けていたことだろう、とザップは察して目を瞑る。こうなるともうレオはぎゃあぎゃあと煩いから、馬耳東風と受け流してしまうしかない。
――――こうやって。
声が聞けるのもいつまでかわかんねーわけだし。
そう思っていたら、唐突にがしりと顔が掴まれた。「おわ」レオの手は温かかったが、それは恐らく風呂上がりだからだろう。「やっぱり!つめってーなもー!」もう風呂入るかどーにかしてくださいよ、とレオは言うと慌てたようにぱっと手を離した。
「……は?」
「は、じゃないっすよ。何してたんですかこんな長時間窓開けとくって」
風邪引きますよ、とレオは言うとベッドの上に放置してあった毛布を掴んでぐるぐるとザップに無理矢理被せて、肩から巻き付けるようにした。「おわっ。ば、な、」何すんだよと言う前にまたぺたんと両頬から手がやってくる。
レオの手は温かかった。
「…ほらもーすっげえ冷たい。やっぱ風呂入ってきてください」
ベッドは譲ってあげますから、と言ってレオは首をちょっと傾げた。「ね」その言い方はまるで大人が子供に、いや、兄が弟に言い聞かせてくるような言い方で、ザップは少しだけむっとする。年下の癖に、と思わないでもない。
―――思わないでもないのに。
なのに嫌いじゃなかった。
ぺたりと触れた自分の手が冷たかったのだろう。レオはむっとしたように顔を顰めた。恐らくそれは手が冷たいから触るな、という意味ではなく、ついさっきまで寒気溢れる外に身を乗り出していた自分への怒りなのだろう、とザップは察する。自分の頬に触れているレオの手と、それから手の甲はやっぱりまだ温かい。けれどこうしていたら、きっとレオだって冷えてしまうだろう。
「…ベッドはお前が使え」
「え?俺?なんで?」
珍しい、と言った後に引き寄せた肩も、レオ自身も温かかった。風呂に入っていたせいなのか、それとも元々レオの体温が高いのかはザップは知らない。知らないのだ。こうやって。
ずっと触りたかったのは本当なのに。
ごくんという唾を飲み込む音が耳に入って来る。
ザップさん、と名前を呼ばれるのをずっと待っていたが、レオは予想に反して何も言わなかった。少し残念に思う。ザップはレオからそうやって名前を呼ばれるのが好きだったのだ。泣きながら呼ばれるのも、怒りながら呼ばれるのも、切羽詰まって呼ばれるのも、朝起きた時そうやって呼ばれるのも、それから。
自分の手を引きながら笑って自分を呼ぶレオが好きだ。
「………最低半年」
「え?」
「…………外界へ調査任務だってよ。俺」
「………え?」
人手が足りねえんだってさ、と言いながらそろそろと身体を離すと、レオはけれど今まで接した中でも物凄く近い距離感で、ザップの前にいた。いつも提げているゴーグルも、いつも汚れているタートルネックの服でもない。けれどレオはレオで、いつもザップの傍にいるレオに相違なかった。「…こないだほら、支部がやられただろ。二つ。あれで結構人が減ったんだよ。そんで」俺みてーな優秀な人材が必要だっていう話でよ、と半ばふざけながらザップはやっとレオの手から自分の手を離す。けれどレオの手はザップの頬を掴んだままだった。
「…んで、最低半年から…まあ長くて五年だな。そんくれー」
行ってくるっつー羽目になったわけだ、と言って肩を竦めた自分の前でレオはぽかんとしてこっちを見ていた。何を言われているのか今一つわからない顔をしている。「……聞いてんのか。オイ」レオ、というと漸くレオは脳の動きを再開させたらしい。のろのろと彼の小さな口が動くのがザップの目に入る。
その口が。
―――自分のものだったらどんなにいいか。
そう思ったのは一度じゃなかった。口どころか、ザップはレオが髪の一本から足の爪先まで自分のものだったらいいと思ったことが、少なくとも十回はある。抱き締めたいと思ったことも、キスしたいと思ったことも、あまつさえ抱きたいと思ったことだって何度もある。けれどそのたびにレオがザップを呼ぶのだ。

―――ザップさん!

その声を聞くたびにザップはその願望が、いやむしろ欲望というそれが足を引っ込めるのを意識する。そうやって名前を呼んで、信じられないくらいお人好しで、ザップのことを信頼しきっている、自分に素直な笑顔を向けて来る後輩に。
そんなことをしていいわけがない。
「………それ、」
いつ、と言ったレオの声は平坦だった。呆然としているらしい。ザップはそれを聞きながら少し顔をレオから逸らした。「…一週間後」「い…っ一週間後!?」そんな早く、と言ったあとレオは狼狽えたような顔になり、なんで、と小さく言った。その声は既に平坦ではないし、淡泊でもない。責めるような口調だったことをザップは意外に思った。
「なんで言ってくれなかったんですか!?そ、…そんな長期任務だったらもう、」
ずっと前に、と言ったあと漸くレオの手はザップの頬から離れた。名残惜しい、と思いながらザップは少しだけ笑ってしまった。それが果たして自分に対してなのか、それともレオに対してなのかはわからなかったが、恐らく後者だ。何しろこの場合自分に対してそうやって笑うのは。
嘲笑以外に他ならないからだ。
「……だってめんどくせーじゃん。お前今みてーにぎゃあぎゃあうるせーと思ってたし」
だからザップはそうやって、また半分以上ふざけた様子で、それから残りは投げやりにそう言った。レオは絶句したように手をぴたりと中途半端なところで止めて、それからのろのろと下ろした後俯いた。「……お前も風邪引くぞ」そうぽつりと言った後、ザップは立ち上がろうとした。やっぱり言わない方がよかったな、という、少しの後悔を抱えながら。

立ち上がれなかったのはレオが抱き着いてきたからだった。
「………なにすんだよ」
そう言ったあとはっとする。レオの身体は温かいから自分はいいかもしれないが、今やザップの身体は冷凍庫に入っていたと言ったら―――過言かもしれないが、ともかくレオよりは冷たいに決まっている。「ば、…離れろってオイ」風邪引くだろ、とまた同じことを言ったザップに、レオは座ったままぎゅっと抱き着いて離れなかった。
「レオ、」
「……………だから…」
最近愛人といるとこ見なかったんですね、と言われて少し黙った。確かに最近女とは遊んでいたが、それは後腐れがない一夜限りの付き合いが殆どで、大抵決まりきった顔の愛人とはもう会っていなかったのだ。寂しくなるわね、と言っていた彼女たちの表情は一様に同じように見えて、ザップはそれでもおう、と軽く頷いて彼女たちを抱いた。馴染みの店にいる、馴染みの女たちには一通り挨拶をして、ついでに金があれば適当に寝て、それからやっぱり同じようなことを言われた。寂しいわ、と言った彼女たちの顔も、不思議なことにザップにはやっぱり同じに見えた。
「…よく見てんな。そーだけどよ」
何年も待たせとくっつーわけにいかねえだろ、と言った後レオの頭に手を置いた。レオはザップに抱き着いたまま、更にぎゅっと抱き着いてきたから少し閉口する。ついでに言えば、レオが自分の冷えた身体にある熱を奪い取っていくような気もした。自分はいいけれどレオは風邪を引いてしまうだろう。
「…おいレオ。いい加減に、」
「俺は」
レオが唐突に発したそれに怪訝な顔をする。「…俺はどうなるんですか」そう言った後輩の声は少しも震えていなかったが、平坦でもなかった。どれと言われれば怒りが一番近いかもしれない。けれどその声が一体どういう感情が込められているのか、ザップにはその時わからなかった。
「……どうって。いや、そりゃお前は普通に旦那とかスティーブンさんとかと、」
眷属を、と言ったザップの身体からレオが離れた。代わりにがしりとまたさっきみたいに頬を両側から掴まれて、レオが少し身体を浮かせる。お陰で自分はレオのことを見上げるような格好になった。座り込んだまま、けれども後輩はザップのことを上から見下ろしている。
真っ青な眼がザップのことを映していた。
「…………アンタそんなに…」
俺のことどうでもいいのかよ、と言ったあとにレオが俯いた。「…ど、」どうでもいいって、と繰り返したそれを遮るように、レオが息せき切るようにして口を開いた。俺は、というその声を聞いたのは。
なぜか初めてみたいに思えた。
「…いつもパシられるし、ザップさん乱暴だし金返してくんないし、刃傷沙汰ばっかり起こすし、そーいうとこすっげえ迷惑だと思ってるけど」
「…………………………、」
一通りムカつくことはムカついたが、とりあえずザップは黙っていた。黙って泣きそうなその後輩の顔をそっと見上げる。レオの青い目は、いつも思うがきらきらしていた。元々そうだったのか、それとも義眼のせいなのかはザップには知る由もなかったし、その眼のせいでレオがどれだけ泣いてきたのかも知っているつもりだった。感謝するつもりなんか毛頭ないし、かと言って自分がそれに文句をつけるのも変だとザップは思う。そうは思うが。
ただ、綺麗だな、とその時は思った。今この状況よりも、自分が思いもよらないことを思ったことに苦笑したくなる。けれどレオはそんなザップに気が付いているのかいないのか、くしゃくしゃの顔でザップを見つめていた。
「…けど、……アンタは俺とのことを、……そーやって…」
簡単に捨てれるんだろ、と言いながらレオはずるずるとまたしゃがみ込んだ。ザップの頬から手が離される。「…俺はそんなことできないし、…そんなに早く、」ザップさんがいなくなるなんて思ってなかった、と言ったあとレオはまた俯いた。
「…いなくなるとは言ってねえだろ」
そうぽつりと言った自分の声が動揺していないように聞こえたのは僥倖だった。レオはのろのろと顔を上げてザップの方を見つめてきたが、その顔が今にも泣き出しそうで、むしろそれにすらザップは動揺する。「…んな顔すんなよ」「…なんで………」言ってくんなかったんです、とレオは二度目のそれを言うと俯きながら、今度はザップの服を掴んだ。
「…だから言ったら今みてーにお前ぎゃーぎゃーうるせえし」
「当たり前ですよ!………あた…当たり前じゃねーかバカ…!」
暴言を言いながらレオがまた顔を上げる。今度こそ、レオの両眼からゆっくりと涙が落ちてきたのでザップは少し身構えた。―――きっと。
あの涙だって舐めたら塩辛いのだろう。
ひっく、とレオはしゃくり上げると片手で自分の目を拭った。拭いながら、くぐもった声が聞こえる。こんなことなら、というそれが一体どういう意味なのかその時のザップには理解できなかった。
レオが息を吸った音がする。

「…………あんたのものになっとけばよかった……」

それが耳に入ったあとだった。
雨と雪が違うのは、音がしないところだとザップは思う。冷たいのもそうかもしれないし、溶けてしまうのも触れないのもそうだし、それから雨と違って雪は地球の上に降り積もる。目に見えるかたちでゆっくりと嵩を増していく。雨もそうかもしれないが、雨は地上に落ちた途端に雨ではなく、水になってしまうのだ。雪と違って。
だからその時だって、ザップは外で雪が降っていることなんか気にもしていなかった。
ガタガタと吹雪にも近いその風が窓を揺らしていても。
しんしんと積もり始める雪が地面を覆っていても。
雪のせいで自分の手が冷たくなっていても。
そんなことは目の前にいるレオナルド・ウォッチを抱き締めない理由にはならなかったのだ。

ごくんという唾を飲み込む音がどっちから発せられたものなのか、ザップにはわからなかった。ただお互いに触っている身体の中にある心臓は、煩いくらいに音を刻んでいて少し閉口する。時計の秒針の音よりも、ソニックの寝息よりも、それから窓の音よりも、隣人が見ているらしいテレビの音よりも。
抱き締めているレオの身体から聞こえてくる鼓動の音の方が大事だった。
「……………そんなん言うなら」
俺だって、と言ったあとに目を瞑った。もう遅い。ザップさん、と名前を呼ばれる度に、手を引っ張られる度に、たまに寝ぼけて一緒のベッドで眠る度に、それからそれから、ほかにも多すぎて思いつかないし思考が追いつかない。けれどとにかく視界にレオが入る度に。
その気持ちはまるで雪みたいにどんどん降って積もっていくのだ。
雨と違ってずっとずっと雪は雪で雪のままで。
―――もう遅い。
「…………お前に好きだっつっとけばよかった」
のろのろとレオが顔を上げた気配がしたが、ザップはレオを離さなかった。離したらまるで消えてしまうとか、そんな馬鹿なことを思ったわけじゃない。けれど雪はそうだ。雪は降ったところでいつか消える。積もったところでいつかは溶ける。溶けたあとは水が残って春がくるが、別段それは大きな問題じゃない。何しろ自分が今抱き締めているのは雪じゃない。
「…ザップさん、」
「うるせえ」
「……………………じゃあ、」
今から、というそれにのろのろとザップはやっと、顔を上げた。「…俺、あんたのものになっちゃいましょうか」「…………は?」「え、いや、だから」レオはぼーっとしたような顔をしていたが、けれどもはっきりとそう言って自分を指さした。
顔がちょっとだけ赤いのは風呂から上がったばかりだからなのか。
いや、もうとっくにそんな時間は過ぎている。大体、この後輩はずっとザップのことを抱き締めていたのだから身体も半端に冷えている筈なのだ。
ザップの熱が―――移ると言うよりは。
レオがそっとザップの頬に手を寄せる。
――――レオの熱がザップに移っている。
「……、………俺、…ザップさんのに」
なっちゃいたいかなって、というふわふわした答えを聞く前に手を伸ばした。
翌日、雪が積もっていたことをザップは覚えていないし。
そんなことは最早翌日だってどうでもよかったのだ。


ただいま、と言いながら手を上げた自分をレオは引き攣った顔で見つめてきた。「……な、」「…ただいまだっつってんだろオイ。お帰りなさいハニーくれー言えって」「う、」嘘、と呟きながらレオががんと音を立ててマグカップをテーブルに置いた。壊れるだろうに、と呆れた顔をした自分に向かって、レオが一直線に走って来る。こりゃ殴られるかタックルのどっちかだ、とザップが身構えた次の瞬間、確かに衝撃はザップの腹にやって来た。
思い切り抱き締められていると気が付いたのは五秒後で、それから後輩の肩が僅か震えていると気が付いたのは六秒後だった。「…な、」なんだよ、と言った自分の声は上擦っていて少し戸惑った。抱き締められているというよりは、抱き着かれていると言った方が近いかもしれない。何しろレオの背は自分より低い。
「…お帰りなさいハニー」
「うわオイやめろ気持ち悪ィ」
「てめーがやれって言ったんじゃねえか!!」
そう言ってがば、とレオが顔を上げた。「………お前変わんねえなぁ」「さ、三か月じゃ変わるも変わんないもないっすよ。てゆか最低半年じゃなかったんですか?」そう言った後輩を何となくザップは抱き寄せて、俺もそう聞いてた、と呟くようにして言いながらドアに寄りかかった。わわ、というレオの声を聞くのは言った通り、三か月ぶりだった。
「思っていた以上に早く片付いたんだと」
何なんだっつー話、と言った後溜息を吐いた自分を見て、レオは何それ、と子供のような口調で言った。「そんなことあるんすか?」「あるんじゃねえの。…ほらよく言うじゃねえか」そう言った後にひょいとレオの頬に手を伸ばした。
三か月前とは反対に。
「………世界は何でも、」
「起こるけど…」
そんな都合良くはないじゃないすか、と言ってレオは溜息を吐いた。肩を竦めるその仕草はいまだに似合わない、とザップは思うとまあいいだろと言いながら笑った。「…んでお前どうする?もっかい俺のもんになっとく?」「…いや、一回なったんだからもう、」ずっとあんたのでしょ、とレオは呆れたように言ったが、結局ザップと同じように笑った。ぎゅう、と抱き着かれた後にザップもそれもそーか、と答えて笑う。それから何となく、ふと外を見た。
雪は降っていない。どころかそろそろ夏だろう。けれど夏が終われば冬になるし、冬になったらまた雪は降るかもしれない。この街の気候は一定しないからザップにも分からない。ただ、雪が降ろうが降るまいが。


腕の中にいる後輩は溶けたりしない。
雪は嫌いじゃないけれど、そう思った。



タイトルは某シリーズの「VSイマジネーター」より