たとえば明日のそれからを
2016/9/29
たとえばだけど。
そういう話は好きじゃないらしい、とレオナルド・ウォッチはその後姿を見ながらふと思い出した。好きじゃない、と彼がそう言っていたことを思い出したのだ。なんだかひどく遠回りな気がしたが、事実だから仕方なかった。
――――もしもだとかたとえばだとか。
そんな話して何が楽しんだよ、と言った先輩の声は本当にその通り、馬鹿馬鹿しそうだったから、らしいなとレオはその時思った。実際、目の前に起きたことしか見たくないし考えたくないというのは、確かにその先輩にとても似合っていたからだ。
「…………レオ!」
やっぱ駄目だわ、と言いながら先輩が手招きする。「…はーい」そう言ってとことこと彼のところに駆けて行くと、先輩は喫っていた葉巻を手に持って、面倒臭そうに自分たちがいるビルの壁面を見下ろした。「…おめえなんか見えるか」「…五人」そう呟いた後マジか、と先輩は言っていたく怠そうに伸びをした。
「…そんじゃおめえ先戻ってろ。下」
「え。いいんすか」
「いーよ」
たかが五人、とザップは本当にどうでもよさそうに言ってまた葉巻を口に咥える。「…ああ、んじゃついでに受付の女の番号聞いといて」「いやそれは」あとで自分でやって下さいよ、と言ったレオが顔を顰めると、先輩のザップ・レンフロはちょっと目を瞠らせた。何なんだその顔は、とレオが思っているのが顔に出たのだろう、ザップは笑ったまま葉巻を口から離し、おめえもよ、と笑って言った。
「…余裕が出てきたな」
そう言った直後一回軽くデコピンされて、いて、と小さくレオが呻いた瞬間にはもう、ザップはその場にいなかった。「………あ、」嘘、と呟きながら慌ててその場にしゃがみ込んで下を見る。既にザップがすぐ下の階の窓ガラスをぶち破って部屋に侵入している音がした。がしゃんがしゃん、という色々なものが壊れる音の中、何だてめえとかうるせえよとかいう悪口雑言が聞こえてくる。「………派手だなー…」行くか、とレオは呟いて立ち上がり、屋上の出入り口に走った。
頬に裂傷ができていた。「珍しいっすね」そう言って先輩の愛車に跨ったレオの前で、何が、とザップは変な顔をしてレオを振り返る。ゴーグルを装着している彼の頬にぺたんと手を触れると、当たり前だがザップはいてえと小さく呻き声を上げた。
「ば、何……、あ、なんだ」
切ってた、と言いながらザップは自分の頬に手で触れた。気が付いてなかったのか、とレオは思うと、どーりですーすーすると思った、などと言っているザップの頬をじっと見つめる。頬と言うよりは、その傷だ。
「…絆創膏持ってないんで」
「あ?」
「これで」
すみません、と言いながらぐいと袖を押し付ける。「イテ」「我慢してくださいよ」血が止まらないでしょ、と言ったレオに、あのなあとザップはレオの手を退けることをせずに、しかし呆れた様子で言った。
「これから帰るんだぞ。血が止まるまでこのまんまかよ」
「だって血が止まらないと」
痛いじゃないですか、と言ったレオのことを見て、ザップは変な顔になった。「?」どうしたんです、と言ったレオのことを黙って見ながら、なんでもないとザップは言うと、そこでやっとレオの手を退けた。「あ」血が、と言ったレオに、いいよとザップは面倒臭そうにそう、言った。
――――そういう。
そういうのが嫌だ、とレオは思いながら、けれど結局黙ってザップの後ろに乗ってスクーターで事務所まで帰った。信号で止まる度に、曲がり角で速度を落とす度についつい先輩の頬を凝視してしまう。血は中々止まりそうになかった。
ぺたぺたと先輩の頬の治療をしていると、絆創膏は足りますかという声がかけられた。ギルベルト・F・アルトシュタインがそこに立っている。「…あ。ええと、むしろガーゼの方が、」「バカいーよ別に。大丈夫っすよギルベルトさん」「でも」痕になっちゃいますよと言ったレオに、なるわけねーだろとザップは呆れたように言った。
「てかこんなんフツーじゃねえか。何だよ今日は」
「………ふ、つうって」
――――そうだ。普通だ。普通だけど。
黙ってしまったレオを前に、ザップは不思議そうな顔になる。「……今回のお仕事は中々」手ごわかったようで、と言いながらギルベルトが薬箱に包帯その他をしまい始めた。「あ、すみません。いいっすよ僕が、」慌ててレオはそう言って振り返ろうとしたが、途端に声がかけられた。
「やって貰えよ」
え、と言う前にザップを治療していた手が掴まれる。「…やって貰え」そう言ったザップの顔は別段いつもと変わらず、怠そうなそれだった。ギルベルトはそれを聞くと、そうですよレオナルドさん、とにこやかに言ってぱたんと薬箱のふたを閉める。
「まだまだ元気ですから」
「そ、そういう意味で言ったわけじゃありませんよ」
「ふふ」
お大事にミスタ・レンフロと歌うように言うと、ギルベルトは薬箱を抱えてすたすたと去っていった。「…………………。」黙ってその後ろ姿を見つめる。―――不死の身体を持つ彼のことを、レオは殆ど知らないも同然だった。名前くらいしか、知っていると言っていいものがない。斬られれば普通に痛いですし、ゆっくりと治るだけだから中々万能とも言い難いです、と前に言っていたことを思い出す。けれどそれでいいんですよ、と言っていた彼の声はひどく幸せそうだったから、レオはその時ちょっとだけ、思った。羨ましいな、とそう思った。
「…………レオ」
ぐい、と手がまた引っ張られたのでわっと声を上げる。「あ、すいません。傷」「…いいいよそんなん」どうでも、と続けられてレオは何だか何も言えなくなった。いつもだったらもう少し。
文句だったり心配だったり。
何事か言うべきことがあるはずなのに。
黙っているレオを見て、なんだよとザップは変な顔をすると、レオの手を掴んだまま立ち上がった。「あ」「帰んぞ。報告も済んだし腹も減ったし」どこ行く、と言いながら歩き始める先輩の頬には絆創膏が貼ってある。レオが貼った三枚分のそれは、既に真ん中の部分にじわじわと血が滲んでいた。
「……………………、」
どうでもよさそうにする意味が分からない、とレオは思いながら腕を引かれて事務所を出る。目を瞑りたくなったがそういう訳にもいかない。今は別に夢の中でもベッドの中でも、ましてやこの男の腕の中でもなんでもない。今レオが立っているのは。
――――世界の中だ。
びくりと身体が震えたことに気が付いて目を覚ました。「………、」汗をかいている。被っている毛布をゆっくりとかき上げて起き上がって息を吐いた。外をちらりと見たが灯りがちかちかと瞬いているところを見るとまだ深夜なのだろう。深呼吸しながら頭を抱えて膝に縋り付くように上半身を倒れ込ませた。
「……………ザップさん」
名前を呼んだ。全く意味なんかなかった。何しろ今レオの先輩はこの部屋にいない。飲みに行くと言って夕飯の後にひらひら手を振って歓楽街に歩いて行った先輩の後ろ姿を見て、はいとレオは素直に返事をして彼を見送った。背中を見ながら、また。
仕事中と同じことを思い出した。
――――もしも。
―――――もしもですよ。
――――だから俺は、
そういう話が嫌いなんだよとザップは嫌そうな顔で煙草を喫っていた。それを思い出したらなんだかほっとした。笑顔じゃなくて、とレオは自分で思いながら苦笑してしまう。「………嫌そうな顔でほっとするって」
どんなマゾなんだよと自虐的に言いながら顔を上げる。吐き気はしなかったが頭が少し痛い。仕方なく、そっとベッドから降りる。とりあえず顔を洗ってそれから、水を飲んだ。「………………ザップさん」意味もなく先輩の名前を呼んで、当たり前だけれど返事がないことに息を吐き、それからまたベッドに戻る。明日が休みでよかった、と思いながらレオは無理矢理目を瞑った。
目を開けると部屋が明るかった。「…………、」朝になったんだ、と目を擦って起き上がる。しかしその光にどうも違和感があったので窓を見た。窓の外はやっぱり真っ暗で、あれ?とレオは呟いた。灯りを消して寝た筈なのに、とそう思った。
「レオ」
はっとその声に正面に向き直る。「……、」ザップさん、と言う暇がなかった。途端に消灯されて部屋はまた暗くなる。唐突に部屋の灯りが点いたり消えたりしたせいか、ソニックが嫌そうに机の上で身じろぎをしたのが、レオの視界の端に映った。
ベッドが軋んだ音がする。
「………来るなら最初から来ればいいじゃないですか」
そう言ったレオの横に無理矢理潜り込んできた先輩は、飲みたかったんだよと拗ねたように言うと、レオに腕を伸ばした。「…………。」黙ってレオは彼を見る。「何してんだよ」ほら、と言われてのろのろとそのまますとんと先輩の腕の中に収まった。なんだかこうされる度に、抱き枕にでもなった気分になる。
外からはいつもの喧騒が聞こえた。
「……傷」
だいじょうぶですか、と言ったレオにザップは変な顔をした。「?」本気で分からないらしい、と気が付いてレオはぺたんとザップの頬に手を乗せる。そこでやっとザップはああ、と合点した顔になった。
「?だいじょーぶもなんも。たぶんもう治ってんじゃねえの」
「いくら何でも早すぎでしょ。それは」
そう言ってレオはそっと頬から手を退ける。暗いけれど絆創膏が彼の頬にきちんと貼ってあるのは誰の目にも明らかで、そしてレオの目にはうっすらとそこに滲んでいる血がきちんと見えた。「……………………。」
ほら見ろ、と誰かが喋った気がしたが空耳だ。
強いて言えばその誰かは自分なのだ。
「…………………もしもですよ」
「ああ?またかよオメー」
それ好きだな、とザップは言うと顔を顰めた。「…………。」好きなわけじゃないけど、とレオは思いながらもしもともう一回呟いた。本当にそれは、呟くというのがぴったりで、レオはザップにそう言っているつもりがなかったのかもしれない。
「…もしも俺がここからいなくなったら」
どうします、と言ったレオを、ザップは物凄く嫌そうな顔で見つめた。「………。」思わず笑ってしまう。そんな顔しなくても、と思ったレオのことをぺちんとザップは軽くたたくと、そりゃあよとやっぱり嫌そうに言った。
「外界に帰ったっつー意味だろ?もしももなんも、んじゃいつか絶対起きんだろーが」
「………………………………………。」
そう思ってはいるのか、とレオは思った。つまりそれはレオの目が、神々の義眼が無くなった未来ということになる。妹の―――ミシェーラ・ウォッチの視力を取り戻したということと同義だ。
…自分よりこの人の方がそれを信じてるってのも。
変な話だな、とレオは思った。別に諦めている訳でもないし、光が見えないわけじゃない。けれど、それはレオの中で予想外の一言だったのだ。自分以外で自分をそうやって信じている人がいるというのは、何だか少しだけ面映ゆいし。
誇らしくもある。
「…したらアレだ。どーにか理由つけて俺も外行くしかねーわな。暫くは無理だろうけど」
ぼーっとしていたレオの耳に、そんな言葉が飛び込んできてえ、と思わずレオは顔を上げた。「?あんだよ。そりゃそーだろ俺遠恋とかぜってー無理だし」「……ええと」俺らその時もこういう感じなんすか、と思わずレオは言ってしまった。当然ザップは眉を吊り上げると、ぐいとレオの頬を抓る。あた、と声を上げたレオのそれを聞いた途端にザップはぱっと手を離した。いつもより短い。
「こーいう感じってなんだよ。あたりめーだろバカ。おめえの一生はもう俺のモンって決まってんだから使い倒してやる」
「………………………。」
思わず黙ってしまったレオに、なんだよとザップが怪訝な声で言った。「?どーした」今日はおかしーぞおめえ、と言いながらザップがぐいとレオを引き寄せた。何度もされている筈なのになぜか今日は息が詰まる感覚がして、レオは戸惑う。自分自身に戸惑いながら、なんでもないですと小さく、また呟くように言った。
「………………俺が」
大人しく別れでも告げるとでも思ったのかよ、と言ったザップにレオは返事をしなかった。そんなことは考えたこともなかったし、大体考えたくもないことだった。もう。
もうこの先輩が横にいないことを考えるのすらレオは怖い。
「…お前はが何怖がってんのかしんねーけど」
俺は死なねえよ、と言われた瞬間レオはごくんと唾を飲み込んでしまった。―――そんなこと。
思ったことがない、と嘘を思いながらやめてほしいと祈るような気持ちになる。そんなこと聞きたくもないし考えたくもない。だから今日、レオはそこから逃げた。逃げて逃げて逃げた結果の悪夢だ。逃げたくなんかないし、そんなこと今から一々考えたって仕方ない。それは誰しも避けられないことなのだ。けれど別に今考えなくてもいい。なのに。
なのにザップの頬から流れる血を見ていたらレオはふとその考えに至ってしまった。
――――この人が死んだら。
どうしよう、と思った瞬間が一番怖かった。恐怖と言っていい。どんなホラーよりも怖い。妹の視力が奪われた時と同じくらいの、怖さだった。屹然とした態度を取っていた妹を見て、もうあんなこと絶対にさせないと誓ったのに。
レオにはもう一つ怖いことができてしまった。
どうしたらいいのか分からなかったので黙っていた。ザップは黙ったままのレオの頭を軽く撫でると、死なねえよとまた言った。「…………だから」そういうことばっか考えんなよ、と先輩は言うとレオのことをそっと抱き締めるようにして、な、と念押しするように言った。
「……はい」
ゆっくりと返事をしたレオに、ザップはそれでも少し考えるように黙った。レオも別段何も言わなかった。部屋はソニックの小さな寝息だけになる。
「………………………んじゃーもしも」
「え?」
最初に口を開いたのはザップだった。もしも論は嫌いだ嫌だと散々言っていたのに、とレオはちょっと呆気に取られて顔を上げる。ザップはレオを見ていた。
「…もしも明日の昼飯俺と一緒に食うんだったら何がいーんだ。おめえは」
「え?そ、………えーと。ナポリタン…はこないだ食べたし」
そんじゃハンバーガー、と言ったレオに、俺は中華がいいとザップは言って笑った。「また?こないだも食ったでしょ」「覚えてねーよ一々。…そんじゃ次だ。もしも」俺が浮気したらどーすんだ、と珍しく先輩は悪戯っぽく笑って言ってきた。レオはその質問に呆気に取られつつ、ええとと一応考える。考えている間にちょっと眉間に皺が寄った。もしもっていうか。
「……常にしてるよーなもんじゃないすか…」
「どーいうこっちゃそりゃ。俺一月以上おめえしか抱いてねーぞ」
「…俺とこーいうことするようになったのはもう半年くらいですけどね」
「付き合うようになったのは先月からじゃねーか」
別にいーけど、とレオは言うとちょっと口を尖らせる。「…もうザップさんを家に泊めません。外で寝て下さい」「あんだそりゃ。したら俺愛人とこ行くぞ」「…んじゃもう別れますよ。バカ」そう言ってちょっと拗ねた顔をする。バカってなんだよ、と言いながらもザップは矢鱈にやにやしてレオの頭をぐしゃぐしゃにした。何なんだ、とその機嫌のよさを疑問に思いながら頭を押さえてレオはちょっとだけ首を傾げる。意味が分からない。
「…ほら」
「え」
「……………たとえば」
お前が暗いとよ、と言いながらザップはまたレオをぎゅうと抱き締めた。煙草の匂いがする、とレオは思いながらちょっと煩くなった心臓に呆れてしまう。本当に。
何度目なのか分からないのに。
回数なんか関係ないのだ。
「…俺だってあんまりいー気分はしねーだろ。…レオが笑ってねえと」
調子狂うんだよ、と言った後に部屋に沈黙が起きる。「…………………なんか言えよ」俺がアホみてーだろと言った先輩の声はちょっと照れていて、レオはそれを聞いて吹き出してしまった。うお、というザップのそれを聞きながらくすくすとレオは笑って、なんだよと文句を言っているザップのそれすら耳に入ってこなかった。
今度こそ朝だった。鳥の声をバックミュージックにしながら適当に朝の身支度を済まして、いまだベッドで寝こけている先輩の顔を見つめる。「…朝飯どーしますか」そう言ったが返事はない。ザップは寝ている。黙ってその顔を見ながらレオはその場にしゃがみ込んだ。ベッドの上に顔を乗せて、ザップの寝顔を見つめる。
「……………………………。」
頬にはまだ絆創膏がある。そっとそれに手を伸ばした途端、ザップがぐいとレオの手を引っ張ったから堪らない。わあと声を上げてベッドに倒れ込んだ。「ちょ、わ、び、」びっくりした、と言ったレオに欠伸をして、ザップは目を擦っている。
「…寝込みを襲うならもーちょいこう…、…エロく誘えよ………」
「襲ってません。朝飯どーすんすか」
ノリわりーぞと言いながらザップはのろのろと起き上がったが、レオは何となくベッドに寝転がったままザップを見上げた。「飯は………んー…おめえなんか作れよ…」ねみい、と呟いた後眠そうな顔でザップがレオを見つめてきた。
後ろには窓がある。逆光でよく見えない筈の先輩の顔は、レオの目にはよく見えた。
太陽の光がザップを照らしている。きらきらと銀色の髪が輝いていた。
「………たとえば」
へ、という前にぎしりとベッドが音を立てた。「あ、ちょ、…なにす、」「…おはようのキスを俺がしてきたらどーするとか」はい?と聞き返す前に口が塞がれた。心臓が跳ねる暇もない。すぐに唇は離れたが、ザップの顔をぽかんとして見ているレオのことを、ザップは本当におかしそうな顔で笑った。
「………こーいうたとえばなら俺は好きだね」
「…………………、」
絶句してしまったレオを他所に、ザップはひょいとベッドから立ち上がる。「サンドイッチにしろよ。辛子入れたやつ」こないだ作ってたやつな、と言いながらすたすたとザップは洗面台の方に歩いて行ってしまった。ザップの後姿を見ながらのろのろとレオは起き上がり、それからはい、と小さく返事をしてベッドから降りる。
「…………………………たとえば」
自分で小さく呟いたそれは、ザップには勿論聞こえていないし、レオ自身の耳にすら殆ど聞こえないような小さな声だった。「……、………………や、」それを振り切るように立ち上がって、レオは言った。
「…サンドイッチ作ります」
だからそーしろって言ってんだろ、と不思議そうな声でザップがそう言ったのが聞こえてきた。はい、とレオは返事をしてパンと卵、マヨネーズを探す。たとえばもしも、万が一。それよりも今は。―――それよりも。
唇の感覚を思い出してちょっとだけ、レオは笑ってしまった。照れ笑いだ。何度もしている割に、あんなふうにされたことはなかった。
「…あー…てゆかまだ辛子あったかな」
「あ、耳切るなよ耳。パンの」
顔を拭きながらそう言ってレオを指さしたザップを見て、レオははいはいと笑って返事をした。レオの顔を見てザップはちょっとだけ目を瞠ったが、オウ、と結局そうとだけ言ってまた顔をごしごしと拭っている。ぱたりと滴が一滴だけ、床に落ちた。
辛子は見つからなかったけど、ザップは別段何も言わなかった。
代わりにまた作れよ、とだけ言われてレオははい、と返事をした。
終