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2016/07/02

2019/10/13(Rewrite+Up)

部屋にどんどん物が増えてる。


基本的にレオは物を持たない。必需品以外は部屋に置かない様にしている。理由は一つ、部屋が狭いからだ。そもそも元手が無いから物を増やしようがないというのもあるが、元手があったところで猫の額のような部屋を更に手狭にすることはない、というわけで不要なものはさっさと捨てていた。あんまりものに執着する性質ではないらしい、とレオはある日カメラの手入れをしていて思った。
「…写真は好きなんだけどな」
記録を残すのはさ、と呟きながらソニックを試し撮りする。「?」きょとんとした顔をしたソニックがぴょんとレオの肩に飛び乗って来て、わわ、とレオは声を上げてベッドにぱたんと寝転がった。「あぶね。びっくりするって」そう言って頭を撫でると、ソニックは擽ったそうに眼を瞑った。

―――ここで問題がある。増えているのは、そもそもがレオの所持品ではない。

「………あ」
曇ってきた、と言いながらベッドを降りる。その時だった。どんどん、と言うドアの音にぎょっとする。「………。」だってまだ夕方四時なのに、と少し狼狽えながらなぜかレオは外をまた見て、曇っていることを確認して、それから仕方なく部屋の入り口に向かう。「………はーい」そう言いながら渋々といったふうに、ドアノブに手をかける。
「………なんかもう」
わざとらしいよな、と自分自身に呆れながらドアを開けた。―――なにが。
何が仕方なく、なんだ。

「よ」

そう言って立っていたのは、先輩のザップ・レンフロだった。


「…マティーが今日はやっぱりダメ、とかわけわかんねーこと言ってきてさあ」
ザップはそう言いながらレオのベッドに勝手に寝転んで、枕元に置いてある自分のゲーム機をひょいと手にした。「…んでミシェルもあと二時間しねーと空かねえつうから」暇でよ、とザップは怠そうに言うとぱたんとレオのベッドに仰向けになる。それはいいんすけど、とレオは言いながら眉間に皺を寄せて内鍵をかけた。
「ザップさんソレ持ち帰って下さいよ。俺の部屋は物置じゃありません」
「ヤだよ。事務所に置いとく訳にいかねーじゃん」
「どっかの愛人とこ置いといてくださいよ」
「どこに置いたかわかんなくなんじゃねーか」
つまりそれは愛人が多いから、ということだろう。それじゃ俺の部屋に置いておいたって同じじゃね?そう思いながら玄関から部屋に戻った。戻るも何も、そんなに距離はないのだが。

―――というわけでレオの部屋にはレオのものではなく、レオの先輩の私物が増えている。たとえばさっき言ったゲーム機もそうだし、服だってたぶん二、三枚は洗濯物の中に混じっているし、歯ブラシとコップは置いてあるし、あとはこの間皿が足りないとか何とか言われて皿も一枚買わされた。そんなに俺の家で飯食う事ないじゃん、と一応抵抗したレオだったが、これから増えるかもしれねえだろという謎の理屈により買う羽目になってしまった。今思うと、ただのごり押しだ。
「…ちゅーても俺もあと一時間くれーしたらバイト行くんで。帰って下さいよ」
「おめえ何でそう変なとこで俺に冷てーんだよ。傷つくだろ」
そう嘯いて笑いながらゲームを操作しているザップの方を見ながら、そりゃすいませんね、とレオは肩を竦めて椅子に座った。ザップからは返事がない。ゲーム機を操作するカチャカチャという音だけが耳に入る。「…………。」ぼんやりしながらレオは外を見た。
空はまだ曇っていた。


仲が悪いと言ったら嘘になる。レオだってこの先輩と仲が悪いと思ったことは一回もないし、むしろその反対で仲はいい―――のだろう。だからこうやって、ザップだってわざわざ休みの日までレオの家に遊びに来たり暇潰しに来たりするのだ。
―――ひまつぶし。
「………。」
自分で思ったそれに少しやられた。「…………。」バカだ、と自虐しながらのろのろと意味もなく、また外を見る。その時だった。
「おいレオ」
先輩が自分を呼んだ。「…はい?」なんですかとザップの方を見ると、ザップは画面から目を離さずにレオをひらひらと手招きしていた。一体何だ、と思いながら立ち上がってそちらに歩く。
「なあおめえここ意味わかるか。俺全然わかんねえ」
そうザップがぐいとゲーム機をレオに突き出してきた。「え?」どこです、と言いながら画面を覗き込んだ。最近自分たちがやっているゲームはアクションRPGだったから、つまりバトってばかりではないのだ。ザップはアクションはいいがRPGがいたく苦手で、チームバランスを考えることとか、途中のダンジョンに際しての謎解きとかが不得手らしい。だから殆どそういう箇所はレオが受け持っている。自分のもやっているんだから二回やるわけで、何だかそれもゲームをやるということから考えれば、本末転倒な気がした。
「んー?…あれ?前に一回似たようなとこあったじゃねーすか」
「そこをおめーにやらせたからわかんねんだよ」
そういえばそうだっけ、と思いながらレオはひょいとゲーム機を受け取ってザップのすぐ横にちょこんと座った。
「ここはー、えっと確かなんか…この湖の奥の方にあるなんかを取ってこないと……、…うっわザップさん全然防御上げてねーっすね。どんだけ攻撃に力入れてんすか」
「攻撃は最大の防御って言うだろ」
言いますけどね、とレオは苦笑しながらゲームを操作した。「だろー」ザップは我が意を得たりとばかりに笑うと、レオが操作している画面を覗き込みながら、何だそこそんな場所あったんか、などと言いながら首を傾げた。
「…ありますって……あ、」
ほらここ、と言いながらゲームを持ったままレオはザップの方にちょっと身体を寄せた。
「…………、…どこだよ」
「だからここっすよ。ここ」
少しだけ変な間が空いたことに疑問を覚えつつ、ぱっと顔を上げる。すると思っていた以上にザップの顔が近くにあってレオは少しぎょっとした。何とかそれは顔に出さないように努めたが、そう思っていたのは自分だけらしかった。ザップは何だそのカオ、と怪訝な顔でレオを見つめてきたからだ。
「え?あ、や、あの。…黙ってれば顔は綺麗なのにって」
「おい」
どーいう意味だ、とザップに頬を抓られていつものように痛い痛い、とレオは呻く。痛いし呻いたけれど。
ちょっと安心する。誤魔化せたからだ。
「…てか説明はいいんだよ説明は。次また似たようなとこ出てきたらおめえに頼むって」
ザップはぱっとレオの頬から手を離してそう言うと、面倒臭そうにレオのことを見ながら首を傾げる。「いーだろそんで」
「いや、次俺が都合よくいるとは限んねーでしょ」
そう呆れて言ったレオに、何でだよ、とそこでザップはまた笑った。「?何でだよってそりゃ」いつでも俺が横にいる訳じゃないし、と言おうとして―――やめた。何だかその言い方は、嫌だった。

色んなことを認めてしまうような気がした。
認めると、理解すると、知るは全部違う事だったけれど、似ている。レオはもうとっくに知ってもいたし理解もしていたけれど。
―――”それ”を認めたら取り返しがつかないと思っていた。

「……そりゃ、…俺だって忙しいから」
だから結局何だかよくわからないことをそうもそもそと言って頭を掻く。案の定ザップは怪訝な顔をしてはあ?と言いなあらレオを見つめた。
「あんだそりゃ。どーいうこっちゃ」
いなくねえだろ、とまた当たり前のようにザップは続ける。「だって俺レオの家にソレ置いてんだからよ。おめーがいねえとやらねえよ。てか出来ねえだろ」「…あ」そういえば、とそれを思い出して頭を掻いたレオをおかしそうに見ながら、だろ、とザップは言ってまたレオの手元を覗き込んだ。「いーから早よ進めろって」


――――そういえば、じゃないんだよな。
ゲーム機を操作する音を耳にしながら、レオはぼんやりとベッドから窓の外を見ている。相変わらずの曇り空は、けれど雨が降りそうという程でもない。降らないで欲しい、とレオはこれから従事するバイトのことを考えながらそう願った。
何となくベッドから机の方に戻りそびれた。隣ではいまだザップがゲームに熱中している。大抵レオも一緒にやるのが常だったが、今日は何だかそんな気分じゃなかった。ザップも珍しくやろうぜとも言って来なかったから都合がいい。
いつの間にかソニックはすやすやと昼寝していた。
「………あのー」
「あー?…なんだー…」
「……家います?」
「あ?」
何が、とポーズをかけたらしいザップがレオの方を向いた気配がしたが、レオは窓を見ていた。正確に言えば窓の外だ。「…ザップさん大体二時間暇なんでしょ。んじゃ一時間は絶対空いちゃうじゃないですか。俺バイト行っちゃうし」「…つっても」鍵どーすんだよ、と言ったザップにいいっすよとレオはなぜか投げやりに言った。
「あ?」
「だって盗まれて困るもんないすもん。基本的に金は持ってるか銀行かだし。貴重品はスマホとゴーグルとカメラくらいだし」
だから別にそのまま行っちゃっていいですよ、と言いながらレオはやっとザップの方を向く。「……んー…」そうザップは言うと、いやと一言そう言った。
―――なんとなく。
たぶんそうだろうな、とレオは思った。そう返ってくると思っていた。
断られるだろうな、と思ってはいたのだ。大体そんなリスクを冒す必要性はレオにだって、ザップにだってない。幾ら何でも鍵をかけずに家を後にするには、この街は少しだけ”普通過ぎる”。この街じゃなくたって常識的に考えて、自宅に誰もいないなら、鍵はかけていくべきなのだ。施錠せず出た結果レオの部屋が荒らされたとしたら、恐らくこの先輩でさえ少しは悪いなとは思うのだろう。というより、寝覚めが悪いと言うか。何となく嫌だとは思う筈だ。だからそんなことを受け入れる訳もない、とレオにだって分かっていた。
分かってはいたけれど。
―――分かっていることと受け入れることはまた別だ。

「…んじゃいーわ。おめえバイトどーせ今日は四時間くれーだろ。んじゃ俺このままここいる」

しかしザップは唐突にそう言って、暇だ、とまたころんと体勢を変えて仰向けになった。「…え?」呆気に取られてレオは振り返る。「だからおめえん家いるって。早よ帰ってこいよ」「…え、だ、だってえーと…」ミシェルさんは?と上擦った声で言ったレオに、いいよとザップは雑に言った。
「…いいって」
「連絡しとくって。いーからおめえはさっさと帰ってこいよ」
暇だろ、と言ったザップに変な顔を向けたが、ザップはゲーム画面を見ていたので気が付きもしないだろう。何で暇なんだ?とレオは思った。だって今だって別に一緒にゲームをしている訳でもないし、喋っている訳でもないし、ただ同じ空間にいるだけなのに。しかもレオがバイトから帰ってきた時は大抵疲れているから、ザップがいたとしても殆ど喋らないでシャワーを浴びて、すぐ寝る。ゲームなんかしているどころじゃないのだ。
「………………そりゃ」
ザップさんがそれでいいならいいですけど、とぼそぼそと言ったレオに、よくなきゃ言わねえよ、とザップはまたおかしそうに笑った。


だからレオは家の鍵をザップに預けてバイトに行った。「…はい」外出たくなったらちゃんと鍵かけて下さいよ、と言ったレオに、さっきと言ってることちげーじゃねえか、とザップは呆れたように言った。
「いーから早よ帰ってこいよマジで。あとピザ買って来い」
「嫌ですよ。何で家でまでわざわざ」
「俺が食うんだからいいだろ」
そう言ったザップに顔をちょっと顰めたものの、レオはわかりました、と言って家を出た。
「…行ってきます」
小さくそう言った後、おー行って来い、というザップの返事が聞こえてきて、レオは何だか変な気分になった。

部屋にはものが増えていく。
それと同時に、色んなものもレオの中で増えているのだ。

多分、とバイト先のバイクで信号待ちをしながらレオは思う。「…多分じゃねーっつの。もう」一人でそう苦笑して言った。排気音やエンジン音で自分の声が聞こえるのは誰もいないだろう。聞こえていたらむしろ困る。
多分自分はあの先輩が好きなんだろう。
余り人には言えないような意味で。
「………………。」
認めるも認めないもないのだ。うっすら光っている赤い信号を見つめながら、家にいるであろうザップのことを回想する。人のことを殴る蹴るは日常茶飯事、しかもそれに加えて金を借りては返さない、昼飯を集るは当たり前、上に愛人宅まで送迎させられピザ代は払われず、と恐るべき思い出が矢継ぎ早に頭の中を駆け巡って溜息を吐いた。何でこんなことしか思い出せないんだ。「…………、…あ」信号が変わった。青だ。
―――そう、さっき思い出したみたいに人格が、性格が、その他人道的倫理的にめちゃくちゃな男だ。その割にレオだとか、同じく同僚であるツェッド・オブライエンだとかに対して面倒見はいい。犬猿の中であるチェイン・皇とも一応微細ながら信頼関係はあるらしい。―――そういう男だ。基本的には良い人なんですよ、と前にレオは友人であるリールにそう言ったことがあるが、正にそうなのだ。素直じゃないだけで。
ふとした時に起きるそれをレオは上手く言えない。
ただ笑顔を見た時だとか、頭を撫でられた時だとか、あぶねーよバカ、という暴言と共に庇われた時だとか。
そういう時ばかりにそれが起きるわけじゃない、と最近気が付いた。そうじゃない。ただ庇って貰ったり、触ったり触られたり、ザップが笑ってるところを見るだけでそうなるわけじゃない。あえて言うなら頻度が多いのがそういう時なだけだ。
けど本当に。
――――ただ一人で家にいる時にだってそれは起きる。
まるで何かが思いきり崩れされていくみたいな。
そんな気分だ。


レオはこれをザップにも、無論他の誰にも言うつもりは一切ない。負け戦が嫌いなわけじゃなかったが、これはまた話が別だ。負けどころか勝敗すら出ないだろう。最悪戦がなかったことにすらなるかも知れない、とレオは思っていた。ともかく言わない。言う気はない。ただ多分、好きですと言ったところでザップがレオに対する態度を変えるとか、そういうことをするとはレオは思わなかった。多分そういうことをする人じゃない、とレオはあの男を認識している。けれど、かと言って認識が変わるかどうかは別だ。流石にザップだってレオから好きだと言われて断ったとしても、少しは気にするだろう。断ったことではない。レオが自分を好きだと思っていたという事実をだ。
――――なんかそういう。
変なところで優しいから嫌なんだ、とレオは思う。けれどきっとそういうところがあるから彼を好きになったのもまた事実で、そして起きてもいないことを想像して傷ついている自分を殴りたくなる。いい加減、面倒臭い。そう思っている。

…一つだけ疑問に思っていることがあった。
たまにザップは黙ってレオの横にいることがある。それが一体どういうタイミングで起きるのか、これもレオには分からない。ただレオに用事があろうがなかろうが、ザップの方でもさっきみたいに予定が入っていようがいまいが、その時がくるとザップはレオの隣でぼんやりしていることが多い。大体事務所だ。レオが事務所で一人事務作業をしている時に無言でのこのことやって来て、隣に座って黙って煙草をふかしていることがある。どうしたんですか、ときょとんとしてレオが言っても具体的な返事はない。ただ何でもない、と一言言ってレオの横にいる。それが一体何を意味しているのか、レオにはわからない。
そして多分、今が丁度その時なんだろうとレオは思った。―――だから。
だから愛人との予定もキャンセルして、レオにあんなに何度も早く帰って来いとそう言ったのだ。一体何が基準なのか、本当に分からない。大体、横にいたからと言って別にお互い話すこともないのだ。
「……。」
ふう、と溜息を吐いて制服から私服に着替えた。「お疲れ様でした」そう言ってピザ屋を出る。社割がきいてかなり安くなったピザを持って、家に帰った。ソニックはまだ寝ているのか、それともザップと遊んだりしているのだろうか。―――そこまで思ってはたと気が付いた。
「…あの人ホントに俺の家にいるのかな」
よくよく考えたら、ザップがそんなに長い時間大人しくレオの家にいること自体が信じがたいことだった。もしかしたらもう途中で飽きて帰ってしまったかも知れない。そしたらその場合困るのはレオだ。鍵の所在の有無だとか、もし施錠されていたら締め出しを喰らうことになる。そして大いにありうるのがその可能性だった。「………あー…」何故俺は同じような過ちを何度も犯すんだ、と思いながら足早に帰途についた。


案の定ドアには鍵がかかっていた。「………嘘だろ…」もー、と言いながらレオはポケットから携帯を取り出す。「…俺の身になってみろよマジで」色々な意味でそう八つ当たり気味に呟きながら、先輩へ電話をかけた。出ない。予想はしていたが、出ない。「………出ねーし」
俺は今日どこで寝るんだよ、と思いながらドアに寄り掛かってずるずるとしゃがみ込んだ。ちなみに既にドアは何度か叩いているが誰も出なかったし、大体外から見た時部屋に灯りは点いていなかった。寝ている可能性もありはしたが、ザップの眠りは浅い方なのでドアを叩いたら恐らく起きる。つまりレオの部屋には今、誰もいないのだ。
「…大家さんに……いや待て鍵失くしたって見なされて俺の信用が…」
大体、友達に自宅の鍵を貸したという時点で余りいい顔はされないだろう。「…ソニックは…あー、いやでも多分どっか行ってんなー…」ドア叩いて何の反応もねえもん、と思いつつ仕方なく大家のところに行く決断をした。背に腹は代えられないし、外で寝るのも嫌だ。「…ったくザップさんが来るとろくなことねーよ」悪態を吐きながら、立ち上がる。レオが今言った通り、本当にろくなことがないのだ。

たとえばついこの間、宅飲みしようやといきなり酒を持ってやって来た先輩は、酔った挙句窓ガラスを瓶でぶち破った。嘘だろと顔を青くしたレオを見て、ザップは爆笑しながらおめえカオすっげえ青いなわはは、と見てすぐ分かることを言って笑い転げていた。ちなみに窓ガラス代は一切支払われていない。修繕が終わるまで、レオは暫くガムテープを窓に貼っていた。

更にその前。唐突にザップが深夜にやって来て、泊まらせろよと普通に言ってきた。いいですけど床で寝てください、と言ったレオを完全に無視してザップはレオのベッドで眠り、レオは不承不承床で寝た。幾ら何でも一緒に寝るのは色々な意味で、―――嫌ではなかったけれど嫌だった。が、朝思いきりザップがベッドから落下して来てレオは潰された。むぎゅ、と呻いたレオの上でザップはすやすやと眠っていて、レオは普通にザップを蹴飛ばした。無論後々揉めた。というか一方的なリンチにあった。

更に更にその前が一番恐怖だった。ザップはなぜかホラー映画を借りてきて、それを一緒に見る羽目になったのだ。どうして俺が嫌です嫌ですと必死で拒否したが拒否権なんか最初からなかった。しかもその映画はレオが想像している以上に怖かったので、レオはその日の夜二回も三回も目覚めてしまった。ちなみにザップは映画ではなく一々レオが怯える様を見て爆笑していたので、映画の内容を全然覚えていなかった。見ていないも同然である。

覚えているだけでもこれだし、しかも恐ろしいのは、これが半月足らずの間に起きている出来事だということだ。「…………。」そりゃ本当に嫌だったらレオだって拒否しているのだから、本当に嫌なんだ、とは断言できないのかも知れないけれど、と溜息を吐く。「あー…どうしよう鍵付け替えになったら敷金が…」ザップさん人のもんだろうとなんだろうとお構いなしだしな、と一人ごちて階段を降りようとした、その時だった。階段を誰かが上ってくる音が聞こえる。隣人か、とはたとレオは顔を上げた。

「……あ?何だ帰ってたんか」

「……へ?」
ぽかんとした声を上げたレオの前に顔を出したのは隣人ではなく、今までレオが悪態を吐いていた相手だった。「…ザップさんだ」明らかに驚いているレオを見て、何だそのカオ、とザップはそれこそ怪訝な顔でこちらに歩いてきた。
「おうピザ買ってきたな。褒めて遣わす」
そう言ってザップは笑うと、レオの頭をぐしゃぐしゃと撫でる。「……え?な、なんで?」「あ?なにがだよ」そう言いながらひょいとザップはレオの自宅の鍵を取り出してドアを開けた。「いーからピザ食おうぜ」「………はあ」ぽかんとしたまま、レオはザップの後から部屋に入る。後ろ手でドアを閉めて、施錠した。
「ほれ」
ぽいと何かが投げられたので慌てて受け取る。ついさっき使ったばかりのレオの部屋の鍵だった。「あ。……や、て、てかなんで?愛人とこに行ったんじゃ」「?今日は行かねえって言ったろ」ザップは不思議そうにそう言って、だから早よピザ、とレオをせかした。慌ててピザを持って部屋の奥に向かう。
蓋を開けるとチーズの匂いがする。レオからすれば嫌という程毎日嗅いではいる匂いなのだが、別段嫌いではない。レオもレオでピザは好きだ。ザップから種類は指定されていなかったが、この先輩はドギモはチーズだけは絶品だとそればかり言っていたからチーズは増量して貰った。気が付かれるわけもないそれを頼んだ後に、なんだか尽くしているみたいで嫌だなと自分にげんなりした。どんどん泥沼にはまっている気がする。
「…ちゅーかよ、おめえが帰ってくんのに鍵かけて外出てくって」
俺はどんだけ鬼なんだよ、と言いながらひょいとザップはピザを口にしてもぐもぐと噛んでいた。微妙に眉間に皺が寄っている。
「……や、だって元々そう…愛人とこ行く予定だったって言ってたし」
だから予定を元に戻しただけかとも思ったのだ。そうレオは言ったが、俺が言ってんのはそこじゃねえだろ、とザップは顔を顰めつつ言った。チーズが伸びている。食ってから言ってほしい、と思いながらもレオはダイエットコークを手に取った。もう今日は閉店だからとサービスで入れてくれたのだ。
「おめーを外に放置して俺がどっか行くと思うか?」
「思ったから言ったんですよ」
「この野郎」
顔を顰めたままぺちんと額を小突かれた。「イテ」何すんすか、と言ったレオにふんとザップはそっぽを向いた。何がザップにとって怒るところなのか、レオにはよくわからない。
「…ええと。…ん?あれ、じゃあどこ行ってたんですか」
バーかどっかですかと言ったレオに、おめえなとザップはまた顔を顰めた。「行くわきゃねーだろこんな短時間で。どーせ行くならレオのバイト上がりがてら一緒に連れてくっつの」
「ああ…まあ、そうですね……。…?んじゃ一体」
どこに、と言って首を傾げながらストローを咥えたレオに、これと言いながらごそごそとザップはポケットからひょいと何かを取り出した。―――ん?見慣れた銀色の薄いそれを見て、レオはきょとんとする。あれ?…だってさっき投げ返された――――うん、投げ返されたのに。俺また渡したっけ?そう思いながらごそごそとポケットを探る。果たして自分の”それ”はちゃんとポケットに入っていた。
鍵である。
「?鍵に見えるんですけど」
「そりゃ鍵だからな」
「?…え?なんか…どっかのコインロッカーの?」
「ちげーよ。おめえの家のだよ」
「………ん?」
いやいやいや?とレオは手に持っていたコーラを膝に置くようにしてザップを見つめた。「……あのうそれはどういうことでしょうか?」「?どういうことも何も…おめえの家の合鍵作ってきたっちゅー話だけどよ」そうザップはさらりと言うと、別のピザをひょいと手に取ってぱくんと口に入れた。「あぢ」そう言いながらむぐむぐといつもの如く美味そうにピザを食べている先輩を見て、レオは呆気に取られた。

あ。
――――合鍵?

「ちょ―――ちょっと待て!待て待て待て!?どーいうことすか!何で俺の家の合鍵をアンタが勝手に作ってしかもアンタが勝手に所持してんの!?」
「はあ?なんだよいいだろ別に。俺が金出したんだし」
「いや金の問題じゃねーから!?鍵っすよ鍵!…つ、つまり」
俺の家のセキュリティが更にガバガバじゃないですか、と言ったレオの額にぺちんという衝撃がやってきた。「あたっ」「…どーいう意味だそれは」ひっでえなオイ、と言いながらも、ザップは余り怒ってはいないようだ。それでも額を押さえて眉を八の字にしているレオに、あのなあとザップは口を開いた。口の中にはピザが放り込まれた。
「失くさねえよ流石に。だいじょーぶだって」
「い、いやあの…色々と言いたいこと満載なんすけど、その、まず」
何でソレ作ったんです、とレオはザップが手でもてあそび始めた鍵を指差した。銀色の薄い鍵はすぐに折れてしまいそうに見える。実際、ザップ辺りからすればチョコレートくらいに軽く折れるかも知れなかった。…流石にそれは言い過ぎだ、とレオはすぐに思い直したが。
「ん?だってあったら便利じゃん。レオがいなくてもすぐ入れるし」
「いやいやいやここ俺ん家だから。休憩所じゃねーから。どんだけ俺の生活スペースに侵食してくる気なんすかアンタは」
「言う程じゃねーだろ。俺そんなおめえん家来ねえだろ?」
それじゃその鍵は何で作ったんだよ、と言いたくなるようなことを言ったザップを睨んで、レオは腕を組んだ。ベッドが拍子にぎしりと軋む。「…今日言ったでしょ。ザップさんのゲーム機は置いてあるし、えーとあと服も二、三着ありますよザップさんの。それから歯ブラシもあるしコップもあるし」それを聞いてだってそれはよ、と言いながらザップは口に咥えていたピザを引っ張った。チーズが伸びる。
「しゃーねえじゃん。あったら楽だし」
「いやしゃーなくねえよ。どっか持って帰って下さいよ」
「ヤだよ。愛人とこ置くとどこにあるか分かんなくなるっつったべ」
「俺の家にあったってそれじゃ同じじゃないですか」
「お前と愛人は違う」
そう言われてむっとした。そりゃそーだよ。そうに決まってんじゃん。俺の方がそんなのとっくに分かってるっつーの、と言いたかったが、言ったところでこちらの意図が伝わるとは思えないし、大体伝わったところで困るのはレオだ。「……、…と、…ともかくっすよ。その鍵は返して下さい。百万歩譲って妥協して俺が金を出しますから」「はあ〜〜?ヤに決まってんだろバカ。ざけんなよヤだよやんねーよ」「だから俺の家は休憩所じゃねえっつの」そこではたと気が付いた。…恐ろしいその可能性にだ。
「ちょ、…ちょっと待って下さいよ……ま、まさかとは思いますけど俺がいない間に俺の家をつ、つつつ使う気じゃねーだろうなアンタ」
「?使うって何にだよ」
「だ、だから………、……そ、その辺で」
女の人ナンパとかしてきて、ともそもそと言いながら俯いてしまった。なぜこんなことを俺が言わなくちゃいけないんだ?言いたくないけど俺の部屋をホテルとかヤリ部屋代わりにされちゃ堪ったもんじゃねえ、とレオは心底思ったからそう言った(つもりだった)のだ。なぜかザップにレオが言いたい事が一ミリも伝わらないのだから仕方ない。
「………。」
ザップからは返事がない。おいまた無言の肯定じゃねーか、とレオは流石にそれはやめて下さいよマジで、と言うべく顔を上げた。
ザップは変な顔をしていた。「……?」ありゃ、とレオは思う。笑っているか、もしくはそれを押し殺しているかのどっちかの顔だと思っていたからだ。
「………しねえよ。そんなん」
小さくそう言った後、ザップはプイとそっぽを向いてまたピザを齧った。「………え。…あ、そ、…そうですか」そう言ってレオはまたストローを咥える。何かを誤魔化しているような気分になった。
―――なぜか罪悪感を覚えてレオは怪訝に思った。だって考えられる当然の可能性だったのに。
なのに言ったそれを意識したその時じゃなく、ザップの顔を見たら唐突に罪悪感を覚えた。「………。」なんだかすごく自分が酷いことを言った気がしたのだ。むしろレオの方が酷い目に遭っているのに。
困ったな、と思いながらもレオはのろのろと顔を上げる。ザップは窓の外を見ている。とっくに外は真っ暗だった。「…あの。いいから鍵。下さいよ。…そういうのめんどくさいでしょ」「…めんどくせーって何がだよ」そう言われて少しほっとしたのは、返事の内容にではなく返事があったことについてだ。無視されたら嫌だな、とレオは思っていた。
基本こういう時にザップはレオのことを無視しない。”こういう時”というのはたとえばふざけている時だとか、普通に話している時を除く。つまりなぜか気まずくなったりとか、ケンカをしたりとか、そういう時だ。それはレオもそうだったから、たぶんお互いにそれはまずいと何となく察しているのだろう。本能のようなものだ。
「…だって幾らザップさんでも、…鍵とか持ってたらなんか色々気ィ使うでしょ。俺に。…それになんか、フツーないっすよ。と―――、…えー、えーとその、と、友達なのに。……合鍵とか」
付き合ってる訳じゃあるまいし、と半ば呆れた口調で自然に言ってしまった後にはっとした。――――あ。

―――言っちゃった。

それはレオが意図的に避けていた言葉だったのだ。言った後に気が付いた。ザップが誰と付き合ってるとか、愛人の話をしたり聞いたりするのはいい。けれど自分とザップのことをそういう風に、万が一でもそんな風に連想される語句は避けていた。―――筈だった。気が緩んだとか、油断とかそうじゃなく、ただ単にそれは話題の流れで言ってしまっていただけだったが、レオはそれすらも避けようとしていた。そんな、ありえない可能性を一瞬でも出すのが嫌だったのだ。
だから嫌なんだ、と思う。
そうやってただ目の前にいるだけなのに簡単に突いてくる。痛いところではない。突かれた途端にあらゆる場所が痛くなる。だから今だってそうだ。口にした途端、それはレオの中で痛いところになってしまう。崩れ落ちる。

「――――レオ」

その呼び声が耳に入ってレオははっとして顔を上げた。「………え?」そう言ってザップの方に顔を向ける。「………おいレオ、」なぜかザップは凄く焦っていた。手に持っているピザからチーズが零れおちそうになるのが見えて、レオは慌ててザップの手を掴んだ。「ちょ、ち、チーズが落ちますよ。俺のベッドなのに」「バカいーよそんなん。オイそれだ。それじゃねーか」「は?」なにが?と言いながらひょいとチーズを掬って口に入れたレオに、それだってとザップはまた同じことを言った。意味が分からない。
ザップはピザをぽいと口に放り込むと、もぐもぐと口を動かしながらレオの手を掴んだ。レオは今ザップの手を掴んでいたので、つまり反対に手を握り返されたことになる。「え?あっ、ちょ、油が。ちょ、ザップさん手、」「……わかった」そう言ったザップの声は、さっきと同じで焦っているように聞こえる。―――いや違う、とレオは気が付いた。焦っているっていうか。

――緊張してる?

一体今何を緊張することがあるんだ、とレオは思う。むしろこの体勢の自分の方が緊張するけど、と半ば自虐めいたことを思いながら、何すかと先ほどのチーズの残りをむぐむぐと飲み込む。一々こんなことで緊張していたら身が持たない。もう慣れっこだ。

「…俺お前が好きだわ」

―――――へ。
殴られた時よりも衝撃が強い。
「……………………は?」
ぎし、とまるで自分がロボットにでもなった気分だった。身体が上手くいうことを聞いてくれない。それは感情だけで十分だ、とレオは現実逃避しながらも、顔を上げる。
「………え?い、いやあの。…な、なにが?」
「何がじゃねえよ。わかった。…あー、あーそっかそーだな。…そーっぽいななんか」
そうぶつぶつと言ってザップは考え込むようにちょっと首を傾げて眼を天井に向けている。一方レオはいまだにこの状況についていけていない。何が起きているのかも今一理解できていない。――――なんか今。
好きだとか言われたような気がするんだけど。
「ちょ、あ、あのー………ザップさん?」
「あ?なんだよ。てかこれで俺が鍵持ってても別に問題ねーだろ」
「い、いや何が?ど、…え?あ、あの今、」
ごくん、と唾を飲み込んだ。

「…俺のこと好きとか言いませんでした?」

そう言ったレオを見て、言ったけどとザップは簡単に肯定した。「聞いてただろ。なんか知んねーけど俺おめーが好きだわ」「………………。」今度こそ絶句したレオが持っているピザをひょいと手毎ザップは掴んでもぐもぐと食んだ。「…なんっかどーもおめえ見てるとよー、苛々する割に殴りてえわけじゃねーしむしろ逆だったりするから変だなと思ってたんだ俺は。…あーやっとわかったわ。オウよかったなあオイ」
めちゃくちゃかっけー恋人が出来たぞ、とザップはおかしそうに言った後笑いだした。「………………。」ま、待てよとレオは言いたくなる。待て。俺まだ返事してないぞ。全然何も言ってない。アンタのことが好きだとか、そんなの全然一回も一言も口にしてないし、わかりました付き合いましょうとも言ってない。なのに何でそんなに楽しそうで自信たっぷりでいられるの?おかしいだろ?大体何だよそれ、俺が今まで必死に隠してたり無視したりしてきた俺の好意みたいななんか、そういう感じのものはどうしたらいいんだよ。何でそんな、そんなことあっさりと。
「………そ、…っ、あ、あのねザップさん、俺、あ、アンタのこと、」
好きだとか言ってないでしょ、と言う前にザップがこっちを向いたせいでなぜか口がきけなくなった。崩れる。またこの感覚、と思いながらレオは狼狽えて後ろに少し下がる。「…………、……。」やっぱり何も言えない。
「…なんだ。…ああ、だから」
これ、と言いながらひょいとザップが鍵をレオに見せる。「あ」やっと口は利く事ができたが、それだけだ。それしか言えなかった。
「…持ってていーだろ。さっき言ったじゃねーか」
「……、…な、なに……なにが?」
「だからさ」
いつでもおめえん家入れるっつうことは、とザップはそこでなぜかまた、おかしそうに笑った。「……いつでもレオに会えるだろ?」そう言って首を傾げるように揺らしたので、彼の薄い銀色の髪が揺れる。―――たったそれだけだ。それだけなのに。
またしてもレオの中の何かが崩れる。崩れて崩れて受け取り口がない。思えば部屋のものと同じだ。増えたところで置く場所がない。だから崩れたとしても、崩れたものは置く場所がない。誰も受け取れない。レオだって受け取れない。だってどんどん増えていくのだ。
崩れるものだって。

―――ピザを食べてなくてよかった、とその時レオは心底思った。のろのろと顔を俯かせたが、耳は多分真っ赤だろうから余り意味はない。ぎゅう、と思わず目を瞑りながらどーした、というザップの声を聞く。「………、…な、」「ん?」そう言った後ザップはひょいとレオの頬に手を寄せた。けれどレオは俯いているからザップがどんな顔をしているか分からない。

「………失くさないでくださいよ…」

小さく震える声でそう言った後、だから失くさねえよとザップは笑った。
「………。」
いつの間にか握られている左手が熱い。ピザを食べていたところできっと味は分からなかっただろう。ピザより、ゲームより、―――はたまた歯ブラシだとか服だとか皿だとか、言ってしまえばそんなものより。

やっとザップが増えた。
そう思ってレオは漸く、真っ赤な顔を上げた。





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