100年先までファンファーレ

2016/01/08

サイレンの音のせいで目が覚めた。「……うー…」少し掠れる声を出しながら、のろのろと枕元の時計を見つめる。秒針がこちこちといつもの如く秒を刻む音が聞こえた。ぼやける目で文字盤を見てからすぐに、自分の目を疑った。
「………嘘だろ」
マジか、と言いながら慌てて隣に寝ている先輩のことを揺さぶる。「ザップさんザップさん、起きて!起きて下さい起きて起きて!」揺さぶったが職場の先輩であるザップ・レンフロは全く起きなかった。むにゃむにゃと意味をなさないことを呟きながら枕に抱き着いて眠っている。もー、と言いながらレオナルド・ウォッチはザップさんと再度先輩のことを呼んだ。すっかり自分は目が覚めてしまった。
「……、……んー…?」
何だよ、とザップが目を擦りながらやっとこちらを見つめてきた。アッシュグレーの瞳が眠そうに瞬きをしているのを見返して、やべっすよとレオは言いながら枕元の時計をザップに突き付けた。
「んー……?」
「時間!時間見てくださいよ!」
「あー?……、…あー、…なんだ……、……………。」
すやすやと寝息を立て始めた先輩を見て、寝るなよと思わずザップの額をぺちんと叩いた。いて、と小さく呻いてザップは再度目を開ける。「…もー、…んっだよテメー……、…散々ヤったじゃん…」そう言って枕に縋りついたザップだが、しかし何故かすぐにぱっと目を見開いた。さっきまで眠そうにしていたのとは大違いなそれに、少しレオは驚く。大抵こうなったらザップは殆ど起きないからだ。
「なんだ。足んねーのか」
「ちげーよ!!」
それを聞いた次の瞬間がば、と起き上がってそう怒鳴ってしまった。途端に足の間を流れる嫌な感覚に引き攣った声を上げ、またベッドによろよろと倒れ込む。自分の内から自分のものではない異物が這うような感覚の他、それの冷たさに思わず声をあげてしまったのだ。冬の寒さは秋口からひたひたと忍び寄ってきていたが、一月である今が丁度ピークの開始時にあたるらしい。しかも今は夜だから寒いことこの上なかった。未だ服を着ていなかったせいで毛布から身体を出すと死ぬほど寒い。
「オウなんだ。やっぱ足んねーのか?オメー結構好きだよな」
「…だ、か、ら、ちげーよ…!何でそーなんすか…!」
エロい声を出すオマエが悪いね、とザップは真面目な顔でふざけた事を言うと、寒いだろうに少し身体を起こして肘をベッドについてレオの方を見た。一方レオはうつ伏せで枕に顔を付けていたから、肩から毛布が引き摺られてやっぱり寒かった。もしかして雪でも降ってるんじゃないだろうなと少し疑わしくなる。嫌いじゃないが、バイトのことを思うと少し面倒だった。
「…んで?なんだよさっきからぎゃーぎゃーと。明日休みだからってはしゃいでんじゃねえよクソガキ」
「おお…なんかすげー分かり易い寝起きの悪さっすね…」
オメーに言われたかねーよとザップは呆れたように言うと、やっぱり寒かったのかまた毛布に潜りこんで、ついでとばかりにレオを抱き締めた。文句を言おうにもこれだと結構暖かいので、結局レオは文句を言うのを止めた。

―――まあ寒いとか別にして俺もこれが好きなんだろーな。

そう思いながら、つか時計見ました、ともそもそと顔を上げてすぐ横の先輩にそう問いかける。首を傾げたせいか少しザップは擽ったそうにすると、見たってと眠そうにそう答えた。くあ、と欠伸をしているところを見ると、なぜか猫を思い出した。全然似ていない。
「…ん?あれ。待って下さい。俺そんな寝起き悪くねーっしょ」
「今そこかよ」
ザップはおかしそうにそう突っ込むと、イヤ寝起き悪ぃよオマエ、とそう言ってまた欠伸をした。「悪くねーっすよ。んなこと言われたことねーすもん」「あー、…あーそう…」「あ、ちょ、待って待って待って。寝ないで下さい」「あ?…あーもうなんだよー……寝ようぜ…オマエが俺をどんだけ好きかは分かったから…」「あ、それは嘘でしょ。分かってな……いやちげーよそこじゃねーよ」そう無意味な応酬が続いたが、ザップは結局目を瞑ってしまった。これじゃこのまま寝ちゃうだろーな、とレオはそれを見て溜息を吐く。重なる足は少し重かったが、その代わり暖が取れている。くっついていると温かかった。
――――心臓の音が聞こえる。
ふと、それに気が付いてちょっと自分から身体を寄せる。途端に目を瞑っていた先輩の目がぱち、と開いたのでぎょっとした。どうしていつも俺が嫌なタイミングで眼を開けるんだこの人、と眉間に皺を寄せると、ザップはおかしそうに笑った。それを見てレオはきょとんとする。そういう柔らかい笑い方は珍しかったからだ。
「…なんだよ。やっぱヤりてーんだろ。素直に言えって」
「だから違いますってば。何で全部そっちに持ってくんすか」
「顔赤くして言ってもなー…」
説得力ねーよ、とザップはまた笑うと自分もレオの方に身体を更に寄せてきた。あ、と思う前にキスをされていたから緊張する。自然に身体が強張る。いつの間にか、自分の手がシーツを固く握りしめていた。
抱き締められるのだとか、キスをされるのだとか、たまに頭を撫でられたりするのだとか、そういうのがレオは苦手だった。ザップがそういう分かり易いことをするのが珍しいと言うのもあるが、元々友達だったせいか中々慣れない。極端な話、セックスよりもそういった行為の方がレオは苦手だ。顔を見つめられたりだとか、撫でられたりだとか、たまにめちゃくちゃ嬉しそうにザップは笑いながらレオのことを抱き締めるから、それにも物凄く緊張する。
反対にザップはそういう能動的な行動は別段何とも思っていないらしいが(そりゃ自分からしているのだから当然かも知れないが)、レオから言われる一言で真っ赤になったりするから、たまにレオはぽかんとすることがある。レオからすれば当たり前と思えることが、ザップには慣れないことらしい。お帰りなさいと言ったりだとか、映画を見ながらお互い寝てしまって起きたあとだとか、寝顔を見られたりだとかすると結構先輩は動揺する。思いの外動揺する。そして大抵それは照れているだけなのだ。お互いそういうポイントが違う。
―――ちがうけど。
たぶん、お互い根底にあるものは同じなのだ。――じゃなきゃ今、と思いながら舌を絡める。(…いま、……、…こーやってらんないだろーし…)曖昧にそう思いながらちゅっと音を立てて唇が離れる。はあ、と息を吐いた後頬を撫でられた。
「…あ、でももーゴムねーから生だぞ」
「あってもなくても同じじゃないすか…や、だから違います。時間」
だからそれが何だって、と言いながらザップは面倒臭そうに枕元に放置してあった自分のスマホをひょいと手に取った。「さみ」そう呟いてぐい、とまたレオのことを引っ張る。おわ、と声を上げながらまたぎゅうと抱き締められて懐炉にでもなった気分になった。
「…別に何もねーぞ。連絡も来てねーし」
「そ、じゃなくて…っ、…ちょ、苦しいんですけど…」
「だってさみーじゃん」
「…そらまあ。服着てないし」
でもめんどいし、そーすね、とお互いぐだぐだ言い合ったあと、ちょっと顔を見合わせた。先に笑ったのレオだった。意味なくくすくすと笑ったあと、ザップがくしゃくしゃとレオの髪を撫でてやっぱり笑った。
「いーから時間。時間見てくださいよザップさん」
時間、と顔を上げたレオの髪を弄りながら、ザップがスマホの画面を見る。んー、と言いながら画面の光に反射した先輩の顔がレオの目にも映った。ブルーライトは暗い部屋の中だとかなり目立つ。
「…………あ」
気づいた、とレオは苦笑して、ほらね、と言いながら天井を向いた。「大体一時間前ですよ。気づかなかった」「…おー……一時間前っつーことは…」ザップはそう言ってスマホをスリープ状態にすると枕元に投げるように置いて、寒そうに肩まで再度毛布を引き上げた。
「レオが俺によがってきもちいですザップさん好きですって言ってたころか」
「うおおおおお!!!忘れろ!!!」
思わず普通にツッコミを入れてしまった。案の定身体を動かしたから足の間にまたぐちゃ、と液体が零れ落ちた感覚がしてひう、と小さく声を上げて大人しく毛布に潜る。バーカ、とザップは楽しそうに笑ってそう言った。声が矢鱈嬉しそうに聞こえたので無性に腹が立つ。もう、と少し顔を顰めた。果たしてそれが一時間前だったかどうかは別としても、それはそれで事実だったのでかなり恥ずかしい。
「あ、あのですね。人間気持ちいいことをしてると頭のネジが緩むもんなんです。だからそれは本音というよりは本能に近いので、俺の本心ではありません」
そう言い終わった後に気が付いた。それだと本能でザップのことを好きだと言っていることになる。本心より酷い。墓穴、と思った時には既に遅かった。ザップはぽかんとした後すぐ爆笑して、何だよその言い訳、と息も絶え絶えにそう言って、やけに嬉しそうに笑った。対照的にレオは顔を顰める羽目になる。けれどどうせ顔は真っ赤なので、余り説得力はないだろう。そう思ったからもう諦めた。それ以上の言い訳は更に墓穴だ。
「…………。」
すぐ前にいるザップのことを見つめる。視線に気が付いたのか、なんだよとなぜかいつもより柔らかく、ザップがそう言った。
「………んー…まあ。…とりあえずザップさん」
今年も宜しくお願いします、と言って手を伸ばす。それを見て、先輩は一瞬びっくりしたような顔になったがすぐ笑顔になった。「ん。してやらんでもねえ」「なぜ上から」「上だからだ」そう言われた後ぎゅうと抱き締められた。
―――あ。
また心臓の音がする、と当たり前の事に少し感動する。本当に当たり前のことなのに、と思いながら目を瞑ったが、こーやってるとさ、と直後ザップの声が聞こえたのできょとんとして目を開けた。
「…レオのか俺のかどっちだかわかんねーよな。心音。まー別にどっちでもいーんだけど」
「………………………………。」

――――同じじゃない。
――――同じこと考えてたわけじゃない。
――――けど。

けど、と思いながらレオは笑顔になると、そうですねと返事をする。何でやたら嬉しそうなんだよ、という不思議そうなザップの声には返事をせずに目を瞑った。やっぱり眠い。そりゃそうだ、今は深夜で一時間ほど前まで自分はこの先輩に抱き潰されていたようなものなんだから。
「…あ、あけましておめでとーございます…」
「…つか、フツーそれが最初だよな」
「…そんじゃザップさんも言って下さいよ。今年もよろしくとかそーいうんでいいすから」
「あー?……あー、んじゃまあ…」
そこでぐい、と顔を引っ張られてうぎゃあと声を上げた。目を瞑っていたせいか睡魔に引きずられていたのに、お陰できっちり覚醒する。もうザップだって眠ると思っていたからこんなことが起きるとは予想もしていなかった。
ザップの顔が目の前にある。

「めんどくせーからまとめて言うわ。今年も来年もそっから先も、」

ずっと宜しくしてやるよ、とまたしても偉そうにザップは言うとおかしそうに笑ってレオの額にちゅっと一回キスをした。「…………、………。」思わぬ返答にぽかんとしてしまったレオのことを見て、ん、とザップが不思議そうな顔になる。それを見ながら、のろのろと口を開いた。
「…け、けっこーときめいちゃったじゃねーすか……」
照れ隠しとばかりにふざけたことを言うレオをまたおかしそうに見て、何じゃそらとザップは笑った。「毎年言うのめんどくせーべ。だからまとめて言っただけだっつーに」「そ、そーいう意図なのはわかってるんですけどね?」つまりそれってこっからずっと俺と一緒にいるってことだからね、と脳内で補完して呻いたレオをまた不思議そうにザップが見つめる。なんだよ、と言われたが答えられなかった。それ、いや、下手するとプロポーズも同義だから、と突っ込みたかったが流石に言えない。そもそもそういう意識はこの男にないのだ。絶対に。
「…も、もーわかりました。よ、よよよよろしくお願いします」
「?オウ。よろしくしてやる」
その返事にやっぱり全然分かってねーよな、とちょっと悔しく思いながら顔をぼすんと先輩の身体にくっ付けて目を瞑る。再度身体を抱き締められながら、冬の寒さと対照的な温かさに安心した。人肌と言うより、恐らくこの人だからだろうなと自分で自分に呆れながら睡魔に身を任せる。外からはやっぱり、爆竹やサイレンの音が聞こえてきていた。

翌朝起きてから二時間後、やっぱりテメー寝起き悪いよとザップに詰られるレオだったが、そんなことないですといつものごとく言い返す。それから二人で一応新年なんでということで改まってキスをして(これはお互いなぜか緊張していた)、それから外に出て適当に新年を祝った。未だ爆竹はそこここで鳴り響いていたし、蛍の光が流れているのは既に紐育ではないヘルサレムズ・ロットでも同じらしい。それから帰ってテレビでフットボールの試合を見た。試合途中でザップは寝てしまっていた。
ザップの寝顔をぼーっと見つめながら、また起きた時この人照れるのかなあ、とレオはちょっと考える。考えたあと、まあいいかと肩を竦めた。
「…何しろずーっとよろしくしてくれるらしいし」
そう自分で呟いて、おかしくなってちょっと笑った。
おかしくなったというよりは、嬉しかったのかも知れない。

やっぱりザップは寝顔を見られていたと知ると最初は怒ってその後は微妙に口数が少なくなった。「照れなくてもいーじゃないすか。散々見てるし」「照れてねえよバカ」その声も少し低いから、レオはまた笑ってしまった。


――A Happy new year.