Go Go!
2015/09/03
不思議に思っていることがある。
不思議というより、疑問だ。そう思いながら隣に座る先輩たちをこっそりと見つめた。「…ザップさん、あの、重いんすけど」「…るせえな…俺は今寝てんだから邪魔すんな」「起きてるじゃないですか」ていうかたかだか十五分くらいしか乗りませんからね、と先輩の一人である糸目の少年、レオナルド・ウォッチはそう言った。
バスに乗るのは初めてだった。
レオナルドが、ではない。レオナルドの後輩にあたる、つまり自分だ。ツェッド・オブライエンはバスに乗ったことが無かった。通常だったら徒歩かもしくはバイクで向かうところだが、今日はたまたまバスで向かうことになった。それというのもツェッドがバスを利用したことがない、と聞いた職場の上司がいい機会だから乗りなさい、と勧めてきたのだ。はあ、とぼんやりした返事をしたツェッドと同じ任務に就いたのがレオナルドだ。
もう一人はおまけのようなものだった。
「…なんっでバスなんだよ。オマエ今日バイクじゃん。バイクで行けばいーじゃん」
低い声でそう言ったザップ・レンフロと言うおまけ――ツェッドの兄弟子は、ぐったりした様子で隣に座るレオに寄りかかっている。週中だというのにいつもと比べて元気が無かった。
「あのですね、それは何度も言ったでしょうに。ちゅーかアンタフツーにグロッキーなだけじゃないですか」
「…だけってなんだよだけって…あー気持ち悪ィ……」
例えばレオが体調が悪いのならすみませんと詫びようもあるのだが、何だかこの男がぐったりしていても一言も詫びたいと思わなかった。そのせいでツェッドは何となくぼんやりと先輩たちを見つめてしまい、お陰でレオがああツェッドさん、と苦笑いしてこちらを向いてくる結果を導いた。「どーですかバス。俺も久々に乗りましたけど」
この先輩、レオナルド・ウォッチには温和という単語がとても似合う。黒い髪はあっちゃこっちゃに跳ねていて、兄弟子からは陰毛頭という非常に屈辱的なあだ名を与えられていた。ふわっとした笑顔のせいなのは糸目のせいか、それとも穏やかな性格のせいか。ともかくとしてこの少年はツェッドにとって大切な先輩に他ならなかった。
「ええと、乗り方で少し戸惑いました」
「釣りが出ないってけっこー鬼畜システムっすよね。両替出来ねーし」
スクールバスくらいしかまともに乗ったことなかったから俺もよく知りませんでした、とレオは続けて笑った。スクールバス。確か学校送迎用のバスのことだ、とツェッドは思い出してなるほどと頷いた。ちなみにレオはまだスクールバスを利用している年齢に、見えなくもない。
「…オマエまだ全然いけるってスクールバス。今度ストリートの方で待ってろよ。乗せてくれるぞ」
グロッキーな顔をしつつもそうやって憎まれ口を叩いてきたザップは、うえ、と言いながらずるずると背凭れに寄りかかる。漸く肩から重さが消えたらしいレオは顔を顰めて、自分の肩を少し撫でた。「いいから寝ててくださいよ。喋んないほうがいいです」「…るせーよ……」べえと舌を出したのはポーズというよりは気持ちが悪いからだろう。普段はバスなんぞに酔ったりしないのに、今日のザップはバスに乗ってものの一分もしないうちにぐったりし始めたのだ。
「…この人はいったいどうしてこうなんですか?」
躊躇わず指をさしてそう言うと、この人は昨日深夜一時回るまで酒を浴びるように飲んでいたんです、とレオは顔を顰めてそう言った。「アホでしょ」
途端にがたん、とバスが揺れる。ザップがまたレオの肩に凭れた。「…紐育の癖に舗装されてねーのかよ…」「もう紐育じゃありませんからねえ」呑気にそう言ったレオに対して、いつもはぎゃあぎゃあと煩く喚くザップだったが今はそんな気力が無いらしい。無言で青い顔のまま、目を瞑った。
「ほらいーから無理しないで寝てて下さいって。起こしますから」
「…うん……魚類てめー覚えてろよ…」
小さくそう言ったあとぐったりとザップは更にずるずると背凭れとレオに寄りかかった。。青い顔は更に酷くなったように見える。「…なぜ僕に恨み言を」呆れてそう言うと、ほんとですよねえとレオも呆れた様子で言った。
そもそもバスに乗る予定だったのはツェッドとレオの二人だった。そいじゃ行きましょうそうしましょう、と二人が連れだって出かけるところに丁度ザップが外出から帰ってきた。そのまま彼は事務所で待機する予定だったのだが、二人が出かけると聞いてくっついてきた。体調が悪いんだから止めた方がいい、と散々レオが止めたのだが、それを無視してのこのことやってきた。結果がこのありさまなのだからさもありなんだ、とツェッドはつくづくザップを見て思った。
多分自分でもこうなると分かってはいたのだろうにこうやってくっついてきたのだから、よっぽどバスが好きなんだろうなとツェッドは思っていたのだが、乗車早々にザップはバスが嫌いだと公言したのだからそれはどうも見当違いだったらしい。よくよく考えれば毎日スクーターで事務所に来ているのだから、それもそうなのだ。
だからツェッドはなぜザップがくっ付いて来たのか分からなかった。レオはやれやれと言った様子で隣に座る先輩を困った顔で見つめていたが、結局仕方なさそうに笑った。最近ツェッドは気が付いたが、レオはザップと一緒にいるときこの顔をすることが多い。困ったなあでもしょうがないなあ、という、顔だ。決まって笑顔だが、その顔をザップに直接見せることは少なかった。その辺が、とツェッドは思う。
そのへんがよく分からないのだ。
この先輩たちはお互いよく喧嘩をする。毎度毎度よくも飽きもしないなあと思うくらい喧嘩をする。大抵はザップの暴言から始まるそれだったが、ともかく毎日ぎゃんぎゃん犬猫のように争っている。つまり毎日一々仲直りをして、更に次の日別の原因で喧嘩しているのだろう。なのに、どういう訳かこうやって大抵一緒にいるのだから分からない。仲が悪いのならば一緒にいなければいいと思うのだが、つまり彼らの仲はいいのだろう。ケンカするほど仲がいいというやつらしい。
次は××です、というアナウンスが流れる。「…もー着く?」ぼそりとザップが呟いた。言い方が子供っぽいのは口を一々開くのが億劫だからだろう。レオがあと二つです、と返事をするとザップは声にならない声で呻いた。レオは呆れた様子でため息を吐くと、困った様に隣の先輩を見つめた。
「眠れないんですか?」
「…だってキモチわりーんだもん」
やっぱり口調が子供っぽかった。普段こんな口調の男ではない。レオくんならともかくこの人がこういう口調って気持ち悪いな、とツェッドは思いながらため息を吐いた。
「…てめー魚類コラ…大先輩が死にそうだっつーのにその溜息はなんだよ」
「自業自得でしょう。というより別段あなたは来なくてもよかったんですから」
事務所で休んでたらよかったじゃありませんか、とツェッドが言うと、てめーあとで三枚におろしてやる、とザップは言ってうう、と再度呻いた。顔が更に青い。
「…吐く前に言ってくださいよ。降りますから」
ツェッドがそう言うと、ザップはぐったりしたまま口を開いた。まさかと身構えたが流石にその場で吐いたりはしなかった。「…ゆうべ散々吐いたし吐くモンねーよ…」そう言うとレオが呆れた様子で額を押さえて眉間に皺を寄せる。
「ダメ人間じゃないですか…」
今日は早く寝て下さいよと続けるレオに、間を空けたもののうん、とザップは物凄く珍しく素直に頷いた。こんな先輩初めて見たかもしれない、と思うくらい素直だった。そもそも彼がこんなに大人しくレオの隣に座って、レオに寄りかかっているのを見たこと自体、初めてだ。
「…ツェッドさんは?気持ち悪いとかありませんか?」
「あ。僕は大丈夫です。三半規管は丈夫なようで」
「まー、じゃねーとあんだけ跳んだり跳ねたりできませんもんねえ」
「ああ、そうですねえ」
呑気な会話をしている間もバスはゆっくりと目的地に近付いて行く。時計を見ると乗車してから十分少々が経過していたから、渋滞が無い限り、あと五分程度で目的地には到着するだろう。
ふと気が付くと、レオに凭れている先輩はぐったりしながらも寝息を立てていた。あ、寝てるとツェッドが気が付くと同時にレオも気が付いたらしい。あ、と小さく声を上げた。
「…寝てる。まさかマジで寝るとは」
そう驚いたように言うレオに、ツェッドは首を傾げた。寝たほうがいいとあんなに勧めていた割には。「…思ってなかったんですか?」思わずそう言ったツェッドにええまあとレオは曖昧な様子で頷いた。
「…なんかどーもこの人他人に寝顔見られるの嫌みたいなんです。嫌っつーか、苦手っつーか」
そう言ってちょっと目をザップに向けたレオは少しばかりおかしそうに笑った。
その笑顔を見て少しツェッドはぎくりとした。
何だか見てはいけないものを見てしまった気がしたのだ。
幾度となく見ている笑顔の筈なのに。
がたん、とバスが揺れたがザップは眠っているせいか呻かなかった。ただ顔は青いままぐったりとしているままだ。「…早く着けばいいですけどね」一応そう言ったツェッドに、一瞬驚いた顔を見せたもののレオもそうですねと苦笑いした。
「…そもそも、どうしてこの人くっついて来たんでしょう。体調が悪くなるって分かっていたでしょうに」
大人なんだから自分のコンディションくらい分かっている筈だ、との意を込めてツェッドはそうため息を吐いた。実際、ザップもそうだがツェッドだって、たとえば他のライブラ構成員だっていつ何時戦闘に駆り出されるのか分からないのだから、本来ならば体調は万全にしておくのが普通なのだ。やむを得ないことも勿論多々あるとは思うが、ザップのこれは確実に自業自得である。元々そんなによくなかった体調を更に悪くしているのだから、世話は無い。
「………そーですねえ」
なんででしょうね、とレオは言った。さぞ困った顔だろう、と思っていたツェッドはレオの顔を見て少し驚いた。なぜか、レオは少しばかり照れた顔をしていたからだ。
どうしてだろう、とそう思ったけれど、結局聞けなかった。
「…何ででしょーね。ほんと」
レオがそう繰り返して、困った様にこつんと自分の頭をザップの頭にぶつけたからだ。
やっぱり照れたような顔のまま、けれどもなぜかツェッドには嬉しそうな顔に見えた。
それこそ初めて見る顔だったから、何だか言う言葉を失くしてしまった。そのせいか少しだけ沈黙が起きる。それにはっとしたのか、レオががば、と思いきり顔を上げてこちらに向けてきたからぎょっとした。わ、と小さく声を上げてしまう。
「あ、ああいや!?何でってえーとその、ひ、暇だからじゃあないですかね!?」
「…………………そ、そうですね?」
そーですって、とレオがぶんぶんと大袈裟ともいえるくらいに首を縦に振ったところで、うう、という呻き声がレオの隣から聞こえてくる。「…あ」やべ、とでも言いたげにレオが慌てて隣を振り返る。ぐったりとしたザップが口を押えていた。
「…レオてめーうっせーよ………」
そこで次は××、××、という車内アナウンスが聞こえてきた。漸く次が目的地だった。
バスを降りてから、レオとツェッドは更なる目的地まで足を運んだが、ザップは死にそうだったので近くの公園のベンチで休んでいることにした。本当に一体何しに来たんだろう、とツェッドは疑問に思いながらレオと連れ立って道を歩いた。
「…なんかただ気持ち悪くなるために来たようなものですね。あの人」
「そーっすね。アホなんすよ」
ま、帰るころまでにはマシになってるっしょ、とレオは笑った。そうですね、と相槌を打ってツェッドも先に進む。果たしてやっぱりツェッドからすれば、ザップが一緒になってついてきた意味はさっぱり分からなかったのだが。
(…レオくんには)
わかったみたいだ、と考えながらなぜか矢鱈と嬉しそうな先輩の隣を歩いた。
帰り道はやっぱりバスだったのだが、ザップの顔色は幾分マシになっていてツェッドもレオも少し安堵した。ただし乗車中なぜかザップはまたレオにだらだら寄りかかっていたから、顔色ほど体調はよくなっていなかったのかも知れない。
「…ねーザップさん。髪があたってくすぐったいですよ」
「るせーよ」
そう言って笑っている先輩たちの声が聞こえてふむ、と思った。
バスはどーだった、と上司ににこやかに感想を問われてああ、とツェッドは口を開く。
「…あの人が体調悪い方が静かでいいですね」
「…それはバスについての感想じゃないな?」
そう言われて、それもそうだと思いはしたが。
バスよりも何だか隣に並んでいる二人のことが気になってしょうがなかったです、とは流石に言い難かったのだった。
次回はやっぱり二人で乗りましょう、というツェッドに、一瞬ぽかんとしたものの、レオもそーですねと笑って答えた。
ざけんな、というもう一人の先輩の声を背景に。
終
タイトルはスガさんの曲から。